220 / 231
5章.妹君と辺境伯は時を刻む
219.お姉様は消えた②
しおりを挟む
リーゼロッテはディートリンデの意識──もっと言えば魂が違うことを確信していた。
急に炎の魔力が失われたディートリンデと、自らの中にいつの間にかあった炎の魔力、そして『生きたままとなると魂が入れ替わるくらいまで変質しない限りは無理じゃな』とエルは言った。
そこから考えるに、ディートリンデの身体には魔力のない魂が入っているのではなかろうか。
そして──。
リーゼロッテの真剣な眼差しに気づいたのか、ディートリンデは小さくため息をついた。
「…………………誰でもないわ。ただの、死んだ女よ」
一口にそう言うと、彼女は威嚇するように声を荒げ始める。
もはやリーゼロッテと親睦を深めようなどと思っていない。
だからこそ、純朴そうな顔をして近づいてくる彼女が煩わしかった。
「それで? 死んだ女に何の用よ? まさか本当の姉はどこだとか騒ぎ立てるんじゃないでしょうね?」
いつもならばこう言えば、リーゼロッテは縮こまって口を噤む──はずだった。
しかし彼女は怯えなど微塵もなく、むしろどこか思い詰めた様子で口を開いた。
「……お姉様の……ディートリンデの魂は私の中にいます」
「……思い出ってやつ? おめでたい話ね」
「いえ……おそらく……いいえ、確実に私の中にいます」
「………」
断言するリーゼロッテに、ディートリンデはもう何の皮肉も出てこない。
妹が何を考えているのか、ディートリンデとして何年も一緒に過ごし、虐め尽くした彼女はうっすらと理解し始めていた。
それと同時に、なんであんたがそんなことまでしなきゃならないのよ、と何故か苛立たしい気持ちになったのもまた事実だ。
自分のため、と言いながらどうしてディートリンデにそこまでしようとするのか、彼女には理解ができない──いや、したくない。
理解をしたらその時点で、許されたくなってしまう。
それだけは嫌だ、とばかりに彼女は首を振った。
「貴女がその身体に宿ったのはいつですか?」
「……今更言ったところで……」
「四歳、だよね? お母上が亡くなった頃だと聞いているよ?」
ぶつぶつと口の中で呟いていると、テオが口を挟む。
「ちょっと! 勝手に言わないでよ!」
「ごめんごめん、でも彼女の話も聞いてあげて? 君のことをずっと、本当のお姉さんだと思ってたんだから」
「…………何よ」
悪戯っぽく笑うテオに毒気を抜かれ、ディートリンデはトーンダウンした。
彼に言われるまでもなく、彼女に申し訳ないと思う気持ちは少なからずある。
素直にそれを認めたとして、リーゼロッテはそれを受け入れるだろう。
しかし、今更受け入れられたところで、とディートリンデは彼女から視線を逸らした。
「その……私の中のディートリンデの魂はもう、弱り切ってしまって……私は彼女を元に戻したい……ですが、お姉様……貴女にもまた、ディートリンデとして生きてこられています。貴女のご意志をちゃんと、聞いておきたいのです」
「……意志……」
リーゼロッテの言葉を噛みしめるように反芻する。
「フリッツ様に暗殺を持ちかけられた時に少し……考えました。もしかしたら、時の魔力でお姉様の身体を……貴女が来る前に戻したら、ディートリンデの魂も元に戻るかもしれない。貴女の魂も元の場所に戻ることができるかもしれない、と」
「……確証は?」
「確証はありません。もしかしたら戻るかもしれないし、戻らないかもしれない……二人ともダメかもしれないし、そのままかもしれない」
「………………」
「ですが……私は、お姉様を助けたい。烏滸がましい考えかもしれませんが……助けたいのです……」
言い連ねるリーゼロッテの瞳に、うっすらと涙が溜まり始めた。
極論を言えば、彼女はディートリンデに死ねと言っているようなものだ。
あれだけ虐め抜いたらそう言われても仕方がない。
ディートリンデは覚悟していた。
しかし、憎いはずの自分の意思を確認すると言う。
お人好しもここまで来ると馬鹿だ大馬鹿だ、とディートリンデは涙を堪えるリーゼロッテを呆れた表情で見つめた。
「…………あんたってホント………」
「……お姉様……」
「だからお姉様じゃないってば。あー……もういいわ。分かったわよ。やるわよ」
ディートリンデの半ばヤケクソ気味の言葉に、リーゼロッテは目を丸くした。
「よ、よろしいのですか……?!」
「ちょっと、自分で言っといて驚かないでくれる? どうせここで拒否したとしても何処かで野垂れ死ぬだけだし。それなら今死んだところで何も変わりゃしないわ。でしょう?」
ディートリンデは隣で鎖を持つテオに同意を求めた。
牢獄の中で彼に『死刑のタイミングはテオが決めろ』と約束させた手前、お伺いは立てるべきだろう。
彼もそれを理解してか、「まぁそれはそうなんだけどね」と肩をすくめた。
急に炎の魔力が失われたディートリンデと、自らの中にいつの間にかあった炎の魔力、そして『生きたままとなると魂が入れ替わるくらいまで変質しない限りは無理じゃな』とエルは言った。
そこから考えるに、ディートリンデの身体には魔力のない魂が入っているのではなかろうか。
そして──。
リーゼロッテの真剣な眼差しに気づいたのか、ディートリンデは小さくため息をついた。
「…………………誰でもないわ。ただの、死んだ女よ」
一口にそう言うと、彼女は威嚇するように声を荒げ始める。
もはやリーゼロッテと親睦を深めようなどと思っていない。
だからこそ、純朴そうな顔をして近づいてくる彼女が煩わしかった。
「それで? 死んだ女に何の用よ? まさか本当の姉はどこだとか騒ぎ立てるんじゃないでしょうね?」
いつもならばこう言えば、リーゼロッテは縮こまって口を噤む──はずだった。
しかし彼女は怯えなど微塵もなく、むしろどこか思い詰めた様子で口を開いた。
「……お姉様の……ディートリンデの魂は私の中にいます」
「……思い出ってやつ? おめでたい話ね」
「いえ……おそらく……いいえ、確実に私の中にいます」
「………」
断言するリーゼロッテに、ディートリンデはもう何の皮肉も出てこない。
妹が何を考えているのか、ディートリンデとして何年も一緒に過ごし、虐め尽くした彼女はうっすらと理解し始めていた。
それと同時に、なんであんたがそんなことまでしなきゃならないのよ、と何故か苛立たしい気持ちになったのもまた事実だ。
自分のため、と言いながらどうしてディートリンデにそこまでしようとするのか、彼女には理解ができない──いや、したくない。
理解をしたらその時点で、許されたくなってしまう。
それだけは嫌だ、とばかりに彼女は首を振った。
「貴女がその身体に宿ったのはいつですか?」
「……今更言ったところで……」
「四歳、だよね? お母上が亡くなった頃だと聞いているよ?」
ぶつぶつと口の中で呟いていると、テオが口を挟む。
「ちょっと! 勝手に言わないでよ!」
「ごめんごめん、でも彼女の話も聞いてあげて? 君のことをずっと、本当のお姉さんだと思ってたんだから」
「…………何よ」
悪戯っぽく笑うテオに毒気を抜かれ、ディートリンデはトーンダウンした。
彼に言われるまでもなく、彼女に申し訳ないと思う気持ちは少なからずある。
素直にそれを認めたとして、リーゼロッテはそれを受け入れるだろう。
しかし、今更受け入れられたところで、とディートリンデは彼女から視線を逸らした。
「その……私の中のディートリンデの魂はもう、弱り切ってしまって……私は彼女を元に戻したい……ですが、お姉様……貴女にもまた、ディートリンデとして生きてこられています。貴女のご意志をちゃんと、聞いておきたいのです」
「……意志……」
リーゼロッテの言葉を噛みしめるように反芻する。
「フリッツ様に暗殺を持ちかけられた時に少し……考えました。もしかしたら、時の魔力でお姉様の身体を……貴女が来る前に戻したら、ディートリンデの魂も元に戻るかもしれない。貴女の魂も元の場所に戻ることができるかもしれない、と」
「……確証は?」
「確証はありません。もしかしたら戻るかもしれないし、戻らないかもしれない……二人ともダメかもしれないし、そのままかもしれない」
「………………」
「ですが……私は、お姉様を助けたい。烏滸がましい考えかもしれませんが……助けたいのです……」
言い連ねるリーゼロッテの瞳に、うっすらと涙が溜まり始めた。
極論を言えば、彼女はディートリンデに死ねと言っているようなものだ。
あれだけ虐め抜いたらそう言われても仕方がない。
ディートリンデは覚悟していた。
しかし、憎いはずの自分の意思を確認すると言う。
お人好しもここまで来ると馬鹿だ大馬鹿だ、とディートリンデは涙を堪えるリーゼロッテを呆れた表情で見つめた。
「…………あんたってホント………」
「……お姉様……」
「だからお姉様じゃないってば。あー……もういいわ。分かったわよ。やるわよ」
ディートリンデの半ばヤケクソ気味の言葉に、リーゼロッテは目を丸くした。
「よ、よろしいのですか……?!」
「ちょっと、自分で言っといて驚かないでくれる? どうせここで拒否したとしても何処かで野垂れ死ぬだけだし。それなら今死んだところで何も変わりゃしないわ。でしょう?」
ディートリンデは隣で鎖を持つテオに同意を求めた。
牢獄の中で彼に『死刑のタイミングはテオが決めろ』と約束させた手前、お伺いは立てるべきだろう。
彼もそれを理解してか、「まぁそれはそうなんだけどね」と肩をすくめた。
2
あなたにおすすめの小説
存在感のない聖女が姿を消した後 [完]
風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは
永く仕えた国を捨てた。
何故って?
それは新たに現れた聖女が
ヒロインだったから。
ディアターナは
いつの日からか新聖女と比べられ
人々の心が離れていった事を悟った。
もう私の役目は終わったわ…
神託を受けたディアターナは
手紙を残して消えた。
残された国は天災に見舞われ
てしまった。
しかし聖女は戻る事はなかった。
ディアターナは西帝国にて
初代聖女のコリーアンナに出会い
運命を切り開いて
自分自身の幸せをみつけるのだった。
無一文で追放される悪女に転生したので特技を活かしてお金儲けを始めたら、聖女様と呼ばれるようになりました
結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
スーパームーンの美しい夜。仕事帰り、トラックに撥ねらてしまった私。気づけば草の生えた地面の上に倒れていた。目の前に見える城に入れば、盛大なパーティーの真っ最中。目の前にある豪華な食事を口にしていると見知らぬ男性にいきなり名前を呼ばれて、次期王妃候補の資格を失ったことを聞かされた。理由も分からないまま、家に帰宅すると「お前のような恥さらしは今日限り、出ていけ」と追い出されてしまう。途方に暮れる私についてきてくれたのは、私の専属メイドと御者の青年。そこで私は2人を連れて新天地目指して旅立つことにした。無一文だけど大丈夫。私は前世の特技を活かしてお金を稼ぐことが出来るのだから――
※ 他サイトでも投稿中
【完結】 異世界に転生したと思ったら公爵令息の4番目の婚約者にされてしまいました。……はあ?
はくら(仮名)
恋愛
ある日、リーゼロッテは前世の記憶と女神によって転生させられたことを思い出す。当初は困惑していた彼女だったが、とにかく普段通りの生活と学園への登校のために外に出ると、その通学路の途中で貴族のヴォクス家の令息に見初められてしまい婚約させられてしまう。そしてヴォクス家に連れられていってしまった彼女が聞かされたのは、自分が4番目の婚約者であるという事実だった。
※本作は別ペンネームで『小説家になろう』にも掲載しています。
冷徹公爵の誤解された花嫁
柴田はつみ
恋愛
片思いしていた冷徹公爵から求婚された令嬢。幸せの絶頂にあった彼女を打ち砕いたのは、舞踏会で耳にした「地味女…」という言葉だった。望まれぬ花嫁としての結婚に、彼女は一年だけ妻を務めた後、離縁する決意を固める。
冷たくも美しい公爵。誤解とすれ違いを繰り返す日々の中、令嬢は揺れる心を抑え込もうとするが――。
一年後、彼女が選ぶのは別れか、それとも永遠の契約か。
若い頃に婚約破棄されたけど、不惑の年になってようやく幸せになれそうです。
長岡更紗
恋愛
侯爵令嬢だったユリアーナは、第一王子のディートフリートと十歳で婚約した。
仲睦まじく過ごしていたある日、父親の死をきっかけにどん底まで落ちたユリアーナは婚約破棄されてしまう。
愛し合う二人は、離れ離れとなってしまったのだった。
ディートフリートを待ち続けるユリアーナ。
ユリアーナを迎えに行こうと奮闘するディートフリート。
二人に巻き込まれてしまった、男装の王弟。
時に笑い、時に泣き、諦めそうになり、奮闘し……
全ては、愛する人と幸せになるために。
他サイトと重複投稿しています。
全面改稿して投稿中です。
【完結】さようなら。毒親と毒姉に利用され、虐げられる人生はもう御免です 〜復讐として隣国の王家に嫁いだら、婚約者に溺愛されました〜
ゆうき
恋愛
父の一夜の過ちによって生を受け、聖女の力を持って生まれてしまったことで、姉に聖女の力を持って生まれてくることを望んでいた家族に虐げられて生きてきた王女セリアは、隣国との戦争を再び引き起こした大罪人として、処刑されてしまった。
しかし、それは現実で起こったことではなく、聖女の力による予知の力で見た、自分の破滅の未来だった。
生まれて初めてみた、自分の予知。しかも、予知を見てしまうと、もうその人の不幸は、内容が変えられても、不幸が起こることは変えられない。
それでも、このまま何もしなければ、身に覚えのないことで処刑されてしまう。日頃から、戦争で亡くなった母の元に早く行きたいと思っていたセリアだが、いざ破滅の未来を見たら、そんなのはまっぴら御免だと強く感じた。
幼い頃は、白馬に乗った王子様が助けに来てくれると夢見ていたが、未来は自分で勝ち取るものだと考えたセリアは、一つの疑問を口にする。
「……そもそも、どうして私がこんな仕打ちを受けなくちゃいけないの?」
初めて前向きになったセリアに浮かんだのは、疑問と――恨み。その瞬間、セリアは心に誓った。自分を虐げてきた家族と、母を奪った戦争の元凶である、隣国に復讐をしようと。
そんな彼女にとある情報が舞い込む。長年戦争をしていた隣国の王家が、友好の証として、王子の婚約者を探していると。
これは復讐に使えると思ったセリアは、その婚約者に立候補しようとするが……この時のセリアはまだ知らない。復讐をしようとしている隣国の王子が、運命の相手だということを。そして、彼に溺愛される未来が待っていることも。
これは、復讐を決意した一人の少女が、復讐と運命の相手との出会いを経て、幸せに至るまでの物語。
☆既に全話執筆、予約投稿済みです☆
【完結】神から貰ったスキルが強すぎなので、異世界で楽しく生活します!
桜もふ
恋愛
神の『ある行動』のせいで死んだらしい。私の人生を奪った神様に便利なスキルを貰い、転生した異世界で使えるチートの魔法が強すぎて楽しくて便利なの。でもね、ここは異世界。地球のように安全で自由な世界ではない、魔物やモンスターが襲って来る危険な世界……。
「生きたければ魔物やモンスターを倒せ!!」倒さなければ自分が死ぬ世界だからだ。
異世界で過ごす中で仲間ができ、時には可愛がられながら魔物を倒し、食料確保をし、この世界での生活を楽しく生き抜いて行こうと思います。
初めはファンタジー要素が多いが、中盤あたりから恋愛に入ります!!
処刑前夜に逃亡した悪役令嬢、五年後に氷の公爵様に捕まる〜冷徹旦那様が溺愛パパに豹変しましたが私の抱いている赤ちゃん実は人生2周目です〜
放浪人
恋愛
「処刑されるなんて真っ平ごめんです!」 無実の罪で投獄された悪役令嬢レティシア(中身は元社畜のアラサー日本人)は、処刑前夜、お腹の子供と共に脱獄し、辺境の田舎村へ逃亡した。 それから五年。薬師として穏やかに暮らしていた彼女のもとに、かつて自分を冷遇し、処刑を命じた夫――「氷の公爵」アレクセイが現れる。 殺される!と震えるレティシアだったが、再会した彼は地面に頭を擦り付け、まさかの溺愛キャラに豹変していて!?
「愛しているレティシア! 二度と離さない!」 「(顔が怖いです公爵様……!)」
不器用すぎて顔が怖い旦那様の暴走する溺愛。 そして、二人の息子であるシオン(1歳)は、実は前世で魔王を倒した「英雄」の生まれ変わりだった! 「パパとママは僕が守る(物理)」 最強の赤ちゃんが裏で暗躍し、聖女(自称)の陰謀も、帝国の侵略も、古代兵器も、ガラガラ一振りで粉砕していく。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる