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5章.妹君と辺境伯は時を刻む
220.お姉様は消えた③
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話はまとまりかけた、と誰もが思いかけたその時、黙って話を聞いていたエルが、広げた扇子で口元を隠しながら口を開く。
「リーゼロッテ、一つ申しておくが、この娘の身体の時を戻せば、この娘の魂は元の流れに戻るかもしれぬ。しかし、姉君の魂はお主の身体に定着しているようなもの……簡単には戻らぬぞ?」
エルの言葉に、皆が視線を落とす。
しかし、リーゼロッテは違った。
真っ直ぐにエルを見つめ、そして皆を見渡した。
「……はい。ですので……皆さん、協力していただけませんか?」
彼女はその場の一人一人に視線を合わせる。
深海色の瞳が、暗い部屋の中でも強く輝いているようにディートリンデには眩しく見えた。
「私は魔力を放出しつつ、ディートリンデの魂にも働きかけます。皆さんは私への魔力供給と、放出された魔力をお姉様の身体に向けられるように制御していただきたいのです」
「ええと……それってかなり危険そうに聞こえるんだけど……」
ディートリンデの声に、リーゼロッテは僅かに頷いた。
「正直、暴走と同じような状況になると思うのでかなり危険だと思います」
「えええ……大丈夫なのそれ……まぁ別に私は死んでもいいんだけど……」
ディートリンデは周囲を見る。
皆、考え込むように下を向いていて、誰一人として視線など合いはしない。
経験はないが、通常の魔力暴走に巻き込まれた者の話では、そこかしこから強い属性魔法を撃たれ、集中砲火を浴びているような感覚だったと聞いて震え上がったものだ。
それが対象の時を操る魔力となると、その被害は未知数だろう。
それこそ死人が出る騒ぎになるかもしれない。
流石に誰もやりたがらないわよね、とディートリンデはため息をつきかけた──が。
「ふむ、なら妾は暴走魔力が外に漏れぬよう結界でも張ろうかの」
エルは妖艶な笑みを扇子で隠しながら小さく手を上げた。
「私は魔力供給をしよう。テオも手伝え」
ユリウスもまた、力強く頷くとテオを呼ぶ。
「いやここはユリウスが制御する役でしょ。何度も制御してきたんだし」
口ではそう言いつつ、テオもまた暗にやる気をみせている。
「……聖女の魔力を制御するなら、私よりも適任は他にある。それに、どれだけの魔力が必要になるか分からん」
「ユリウスの言う通りじゃ。供給量は多いに越したことはない。この中で一番魔力量が多いのはユリウスじゃからの」
そう言うと二人は、奥の方で所在なさげに佇んでいた彼・女・に視線を向ける。
「……手伝っていただけませんか? マリー様」
リーゼロッテは彼女──マリーに声をかけた。
マリーは考え込むようにリーゼロッテとディートリンデを交互に見やると、やがて
「……わかりました」
と確かに頷いた。
「話はまとまったかえ? さて国王、よろしいか?」
エルは床に黒い紋様を浮かび上がらせると、最後の仕上げとばかりに国王に声をかける。
沈黙を貫いていた彼は、深いため息をつくと、重々しく頷いた。
「……相分かった。しかし余は残念だが協力はできそうにない」
「陛下はまだ本調子ではございませんもの。仕方ありませんわ」
「あ、クリスタ、君は陛下に付き添ってあげて」
思い出したようにテオがクリスタに釘を刺すと、彼女は慌てたように振り向いた。
「な、何故ですの?」
「君の継承順位はフリッツの次だ。未来の王太女に危険なことはさせられないよ」
「……除け者ですのね……」
明らかに肩を落とすクリスタに、テオは呆れたような笑みを浮かべた。
「まさか。国を第一に考えて行動するのも王族の仕事だからね」
「…………分かりましたわ。お兄様がそうおっしゃるなら、陛下は私にお任せあれ」
表情を引き締め、背筋を伸ばした彼女は、国王と魔力のないデボラとともに通路の奥へと消えた。
それを皮切りに、エルは結界を発動させる。
テオはディートリンデの首の鎖を外すと、自らのマントを彼女に着せた。
「成功した時に流石に囚人服だけじゃ可哀想だからね」
と、ウインクする彼をディートリンデは片手であしらうと、リーゼロッテに向き直る。
まるで鏡のように向かい合った二人は視線をしっかりと交わらせた。
思えばこんなふうに見つめあったことなどないのではないか、と二人はそれぞれ思っていた。
リーゼロッテの背後にはユリウスをはじめ、テオやエル、マリーが控えている。
対してディートリンデのそばには誰もいない。
彼女は急に自身の孤独を自覚し、改めてこの世界で自分が成したことの無意味さと無駄を後悔した。
「私は謝らないから」
腕を組み、精一杯ふんぞり返ったディートリンデはきっぱりと言い放った。
謝ったところでリーゼロッテが本来過ごすはずだった時間は戻ってこない。
たかだか死に際の自己満足のために、無駄な時間と労力を負わせるくらいなら、時の魔力に集中してもらいたかった。
不思議そうな表情のリーゼロッテに、ディートリンデはなおも続ける。
「あんたのことなんて大っ嫌いだったから。だからあんたも私のことなんかさっさと忘れなさいよね!」
つん、と彼女が顔を背けると、一瞬の間の後、リーゼロッテは温かな笑みを浮かべた。
「……忘れません。貴女がいなかったら、私は今の私になれなかったから」
心の底からそう思っているのだろう。
この世界の異物でしかない自分を忘れないでくれると言う彼女の言葉が、ディートリンデの心に染み渡るように響く。
得るものなど何もなかった第二の人生だと思っていたが、最後の最後に得難いものをもらったようで、面映ゆい思いに小さく悶える。
彼女は一瞬笑みを浮かべかけ、しかし首をふるふると横に振ると絆されまいと眉間に皺を寄せた。
「……ふんっ。ホントあんたっておめでたいわね! そういうところよ! ちょっとあんた、この子危なっかしいんだからちゃんと見ててやりなさいよ!?」
「言われずとも」
リーゼロッテの横にいるユリウスを指さすと、彼は即答で彼女の肩を抱き寄せる。
見つめ合い、仲睦まじく微笑む彼らを流石に直視するのが恥ずかしくなり、ディートリンデはテオに矛先を向けた。
「そこの王子も! 悪巧みは程々にしなさいよ!」
「あはは。君はよく分かってるねぇ」
軽く笑う彼の横に、マリーが困惑気味にディートリンデの顔色を伺っている。
あんたにも謝らないわよ、と口には出さず首を振ると、マリーは一瞬の逡巡ののち小さく頷いた。
「では……いきます」
リーゼロッテの声を合図に、エルの結界が部屋全体を覆う。
金色の魔力が徐々に彼女から漏れ、眩い光に包まれたディートリンデは、その輝きに目を閉じた──。
「リーゼロッテ、一つ申しておくが、この娘の身体の時を戻せば、この娘の魂は元の流れに戻るかもしれぬ。しかし、姉君の魂はお主の身体に定着しているようなもの……簡単には戻らぬぞ?」
エルの言葉に、皆が視線を落とす。
しかし、リーゼロッテは違った。
真っ直ぐにエルを見つめ、そして皆を見渡した。
「……はい。ですので……皆さん、協力していただけませんか?」
彼女はその場の一人一人に視線を合わせる。
深海色の瞳が、暗い部屋の中でも強く輝いているようにディートリンデには眩しく見えた。
「私は魔力を放出しつつ、ディートリンデの魂にも働きかけます。皆さんは私への魔力供給と、放出された魔力をお姉様の身体に向けられるように制御していただきたいのです」
「ええと……それってかなり危険そうに聞こえるんだけど……」
ディートリンデの声に、リーゼロッテは僅かに頷いた。
「正直、暴走と同じような状況になると思うのでかなり危険だと思います」
「えええ……大丈夫なのそれ……まぁ別に私は死んでもいいんだけど……」
ディートリンデは周囲を見る。
皆、考え込むように下を向いていて、誰一人として視線など合いはしない。
経験はないが、通常の魔力暴走に巻き込まれた者の話では、そこかしこから強い属性魔法を撃たれ、集中砲火を浴びているような感覚だったと聞いて震え上がったものだ。
それが対象の時を操る魔力となると、その被害は未知数だろう。
それこそ死人が出る騒ぎになるかもしれない。
流石に誰もやりたがらないわよね、とディートリンデはため息をつきかけた──が。
「ふむ、なら妾は暴走魔力が外に漏れぬよう結界でも張ろうかの」
エルは妖艶な笑みを扇子で隠しながら小さく手を上げた。
「私は魔力供給をしよう。テオも手伝え」
ユリウスもまた、力強く頷くとテオを呼ぶ。
「いやここはユリウスが制御する役でしょ。何度も制御してきたんだし」
口ではそう言いつつ、テオもまた暗にやる気をみせている。
「……聖女の魔力を制御するなら、私よりも適任は他にある。それに、どれだけの魔力が必要になるか分からん」
「ユリウスの言う通りじゃ。供給量は多いに越したことはない。この中で一番魔力量が多いのはユリウスじゃからの」
そう言うと二人は、奥の方で所在なさげに佇んでいた彼・女・に視線を向ける。
「……手伝っていただけませんか? マリー様」
リーゼロッテは彼女──マリーに声をかけた。
マリーは考え込むようにリーゼロッテとディートリンデを交互に見やると、やがて
「……わかりました」
と確かに頷いた。
「話はまとまったかえ? さて国王、よろしいか?」
エルは床に黒い紋様を浮かび上がらせると、最後の仕上げとばかりに国王に声をかける。
沈黙を貫いていた彼は、深いため息をつくと、重々しく頷いた。
「……相分かった。しかし余は残念だが協力はできそうにない」
「陛下はまだ本調子ではございませんもの。仕方ありませんわ」
「あ、クリスタ、君は陛下に付き添ってあげて」
思い出したようにテオがクリスタに釘を刺すと、彼女は慌てたように振り向いた。
「な、何故ですの?」
「君の継承順位はフリッツの次だ。未来の王太女に危険なことはさせられないよ」
「……除け者ですのね……」
明らかに肩を落とすクリスタに、テオは呆れたような笑みを浮かべた。
「まさか。国を第一に考えて行動するのも王族の仕事だからね」
「…………分かりましたわ。お兄様がそうおっしゃるなら、陛下は私にお任せあれ」
表情を引き締め、背筋を伸ばした彼女は、国王と魔力のないデボラとともに通路の奥へと消えた。
それを皮切りに、エルは結界を発動させる。
テオはディートリンデの首の鎖を外すと、自らのマントを彼女に着せた。
「成功した時に流石に囚人服だけじゃ可哀想だからね」
と、ウインクする彼をディートリンデは片手であしらうと、リーゼロッテに向き直る。
まるで鏡のように向かい合った二人は視線をしっかりと交わらせた。
思えばこんなふうに見つめあったことなどないのではないか、と二人はそれぞれ思っていた。
リーゼロッテの背後にはユリウスをはじめ、テオやエル、マリーが控えている。
対してディートリンデのそばには誰もいない。
彼女は急に自身の孤独を自覚し、改めてこの世界で自分が成したことの無意味さと無駄を後悔した。
「私は謝らないから」
腕を組み、精一杯ふんぞり返ったディートリンデはきっぱりと言い放った。
謝ったところでリーゼロッテが本来過ごすはずだった時間は戻ってこない。
たかだか死に際の自己満足のために、無駄な時間と労力を負わせるくらいなら、時の魔力に集中してもらいたかった。
不思議そうな表情のリーゼロッテに、ディートリンデはなおも続ける。
「あんたのことなんて大っ嫌いだったから。だからあんたも私のことなんかさっさと忘れなさいよね!」
つん、と彼女が顔を背けると、一瞬の間の後、リーゼロッテは温かな笑みを浮かべた。
「……忘れません。貴女がいなかったら、私は今の私になれなかったから」
心の底からそう思っているのだろう。
この世界の異物でしかない自分を忘れないでくれると言う彼女の言葉が、ディートリンデの心に染み渡るように響く。
得るものなど何もなかった第二の人生だと思っていたが、最後の最後に得難いものをもらったようで、面映ゆい思いに小さく悶える。
彼女は一瞬笑みを浮かべかけ、しかし首をふるふると横に振ると絆されまいと眉間に皺を寄せた。
「……ふんっ。ホントあんたっておめでたいわね! そういうところよ! ちょっとあんた、この子危なっかしいんだからちゃんと見ててやりなさいよ!?」
「言われずとも」
リーゼロッテの横にいるユリウスを指さすと、彼は即答で彼女の肩を抱き寄せる。
見つめ合い、仲睦まじく微笑む彼らを流石に直視するのが恥ずかしくなり、ディートリンデはテオに矛先を向けた。
「そこの王子も! 悪巧みは程々にしなさいよ!」
「あはは。君はよく分かってるねぇ」
軽く笑う彼の横に、マリーが困惑気味にディートリンデの顔色を伺っている。
あんたにも謝らないわよ、と口には出さず首を振ると、マリーは一瞬の逡巡ののち小さく頷いた。
「では……いきます」
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