創造魔法の怪盗

桜 花美

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プロローグ

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 カタカタカタとパソコンのキーボードを叩く音がする。モニターには数字や英語の羅列が流れている。少年がタンッと最後のキーを押すと、そこにウィンドウが現れた。どうやら何かのプログラムにアクセスしていたらしい。
 「お、開いた」
  そこに流れてきたのは宝石の情報。それは少年が求めていたものだった。
 「ったく。こんなにセキュリティ厳しくすんなよな。ま、簡単に入れたけどな」
  少年は黒い髪を短く切り揃え、蒼に近い黒眼を持つ少年だ。容貌は整っていて十人中八人くらいがかっこいいというような顔をしている。明るい人懐っこい表情とは裏腹に、瞳だけは鋭く油断のできない光を宿していた。名前は赤羽真人あかばねまこと。高校二年生だ。
  真人は幼少時から天才と謂われていた。幼くして学問を修めて、新しいいろいろな理論を発明したIQ400の鬼才だ。だが、持ち前の明るい性格で周りの人間を虜にしていた。そんな彼だが、その正体は一年前に突如現れた怪盗である。ある宝石を見つけるために怪盗になった真人だが、その宝石はこの世界のどこにもなかった。それはそうだ。その宝石はこの世界で伝説とされるパンドラという秘宝だったのだから。
  だが、彼は漸く突き止めた。あらゆる科学技術だけではなく、彼自身が持っていた特別な能力・・・・・を使って。
 「さてと、これでこの世界・・・・にはもう用はない」
  そう呟くと、真人は椅子から立ち上がってスマホを取り上げた。そして、部屋の中央に向かって歩き出す。そこには大きな魔方陣が部屋の床一面に書かれていた。その中央に立って真人はそっと目を閉じる。
  思い出すのは優しかった両親。
 「必ず見つけ出して敵を討つから。待ってて、母さん。父さん」
  そしてこの世界から一人の少年が消えた。それを夜空に浮かぶ月だけが見詰めていた。





  一瞬だけ飛んだ意識に、真人は転移に成功したのだと喜んだ。真人は幼い頃から自分の想像したものや望んだものを創り出す(・・・・)能力を持っていた。それはどんなに非科学的なものでも可能だった。
  以前自分が居た世界でその力は脅威以前に人から受け入れられない。バレたら悪くて人体実験、最悪殺されるだろう。そんな生きるか死ぬかの世界に立って、そして驚くほどハイスペックな頭脳を持っていた真人は、自分の危険性を十分に理解していた。だからそのことを必死で隠してきた。幼い頃に一度失敗するまでは。その力を暴走させた真人は、一度だけ人を傷付けそうになった。いや、本当のことを言うと殺しかけたのだ。それを知って怯える真人に、両親は優しく抱き締めて言ってくれたのだ。「一緒に力の使い方を考えていこう」と。それ以来暴走したことは一度もない。
  そんな両親はある日公園で遊んでいた時に真人が拾ってきた宝石の力によって殺された。いきなり爆発した宝石とその宝石から聞こえてきた高笑い。その宝石ーーは言っていた。「お前の魔力は貰った。お前の力にお前の親は殺されたのだ」そう言って消えたパンドラに、真人は絶叫した。あんな石を拾ってこなければ、両親は死ななかったのにと。それ以来誰も信じることができなくなった。
 「赤羽真人君」
 「あんた誰?」
  目を開けた瞬間に目に飛び込んできた美しい女性に、真人は不思議そうに声を掛けた。プラチナの神はウェーブを描いて腰まで流れている。芸術品も霞むほどの美貌。そこには美の化身がいた。
 「私は月の女神アルテミスよ」
 「なんだ、神様か」
  人懐っこそうににっこりと笑っていた真人は、あっさりとどうでもいいやという感じで笑顔をかなぐり捨てた。
  それを見ていたアルテミスは、苦笑して真人の頭を撫でた。
 「何? 用があるならさっさとしてよ。俺行かなきゃいけないところがあるんだ」
 「わかっているわ。あなたをいつも見ていたから。だから、これからあなたが行こうとしている世界のことを少しだけ教えてあげようとおもって」
 「何で?」
  猜疑心の籠った視線を向けられたアルテミスは、どこか悲しそうな表情をして真人を見詰めて口を開いた。まるで何も気付かなかったように。
 「あなたが行く世界はアテネ。そこにあなたの目的のものがあるわ。お金とか常識とかはあなたなら向こうで調べられる。だから、いってらっしゃい。あなたに幸多からんことを」
 「なんでそんなことわざわざ教えに来たんだ? 別に知らなくても大丈夫だっただろ」
 「あなたは知っておくべきだと思ったからよ。それに、ずっと見てきたあなたが哀しむところなんて見たくないから」
 「そっか」
  最後にぼそりと付け加えられた言葉は聞こえなかったが、親切心だけは受け取って真人はにっこりと笑った。どれだけ辛くて苦しくても、両親は最後まで言っていた。「人を思いやる心は忘れるな」と。
 「ありがとな。で、もう行っていいの?」
 「ええ。いってらっしゃい」
  その言葉を聞いて踵を返すと、真人の存在はその空間から消えていく。そこにアルテミスから声が掛かった。
 「そういえば向こうに着いたらステータスって唱えなさい。あなたが持っている力が現れるわ。あなたの力意外に便利な力を付与させてもらったから活用してね」
 「えっ? おい!?」
  慌ててアルテミスに言葉の意味を問い掛けようとした真人は、そのまま引きずられるように姿を消したのだった。
  その真人の姿を追いかけるように見詰めていたアルテミスに声がかかる。
 「行ったかの?」
 「最高神様」
  そこに居たのは最高神。すべての神を創った始まりにして終わりの神。名前はない。その理由は最高神に名をつけるのは不敬に当たるとかいろいろ言われているが理由はわかっていない。
  アルテミスに近付いてきた最高神はそこに居たであろう真人を見詰めるように表情を緩めた。
 「会いたかったなぁ、真人に」
 「そんなに気安く呼ぶときっと嫌われますよ」
 「それは嫌じゃ! 仕方ない。少しずつ儂の存在を認知してもらおうかのう」
 「それがいいでしょうね」
  苦笑してそう答えたアルテミスに、最高神は溜息を吐いた。どこまでも憂いを満ちた表情に、こちらまで滅入りそうだ。
 「きっと真人ならわかってくれるじゃろう」
 「そうでしょうか?」
 「ああ。あの子だからな」
  そう言って最高神は真人がいた場所を見詰めた。そして踵を返す。
 「いつまでここに居るつもりじゃ。行くぞ」
 「はい」
 「お主の運命は儂にはわからんが、きっと未来は変わらないんじゃろうな。それでも……」
  その言葉を最後に、二人は消えた。あとに残ったのは、何もない真っ白な空間だった。



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