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錬金術士の弟子になる

信じてます~/ミィナの真実/埋葬

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「融合液、小麦粉、クエドルの卵、サルバトスの樹液、サニーフラワー百式の種と塩が少し・・・・・・、ね。分からん材料が普通のようにあるなぁ」

 組合からの帰り道の事だ。
 トラジは、第一の試験でミィナが使い魔である犬シロウから聞いたレシピを聞いていた。

  ミィナは人間だし間違った聞き取りする心配が少ないので楽だな。

 ただ、それはミィナだからであり、他の動物では聞き取りも伝え方でも差異が出るだろう。
 まるで伝言ゲームだ。

「ミィナは全部分かるか?」
「・・・・・・」

 ミィナは何かを考えているようで、こっちの話が聞こえていない。

「あと、錬金術で使う道具だな。あの家に揃ってなかったら、明日申請しにいかないとなー」

 鞄の中から頭を出してミィナの様子を見るが、聞こえてるようには見えなかった。
 トラジは思いきって鞄から上半身を乗り出し、後ろからミィナの耳に息を吹きかけた。

「ひゃぁっ~~!」
「実にいい反応だな。どうした考え事か?」
「えっと~、その・・・・・・」
「また、何かの心配事か?心配するな俺を信じて付いて来ればいいさ」

 トラジはその心配事を察していた。

  きっと、魔力のコントロールがうまく出来ないのに錬金術がうまくいくだろうか?とかそんなとこだろ。

 ただ、それは勘違いであるが・・・・・・。
 ミィナはその言葉を聞いて決心が付いたように頷いた。

「ご主人様~、帰ったら見てもらいたい物があるんです」
「ん?なんだそりゃ?」
「私の秘密です~。私はご主人様を信じてるつもりなのに、ご主人様にこの秘密を教えないままなのは良くない気がするんです・・・・・・」
「錬金術に関することか?そうでないなら無理に話す事は――」
「関係する事なんです~・・・・・・」

  よく分からんが、あのハッハー!野郎が意思疎通とか信頼関係が重要とか言ったのを気にしてるんだろうなぁ。
  決心しました的な顔してるし、気にしなくていいとか言って断ろうもんなら逆に今の信頼関係が崩れそうだ。
  でも、それはミィナがそれ程俺を信頼しようとしてるって事だしな。これは信頼している証、喜んでうけとろうじゃないか。

「その秘密がなんであれ、俺はミィナを見捨てないし信じるぜ」
「ご主人様~・・・・・・」
「なんだ?」
「かっこよすぎです~」
「そうだろう?だがなぁ、残念ながらモテた事ないんだよなぁ」
「そうなんですか~?」

 ミィナの頭の中に黒猫が思い浮かぶ。その妄想の中の黒猫は顔を真っ赤にして『ち、違うんだからねっ!』と、否定してるが脈がないようには見えなかった。

「現実はそういうものなんだよ・・・・・・」

 一方、トラジの頭の中では人間だった頃の32年が走馬灯のように流れる。セピア色でなく灰色なのが切ない。

「あー、それとな。家の外では基本トラジな。口止めされただろう?」
「ご、ごめんなさい~。次から気をつけます」

 ミィナの家に辿り着き昼食を終えて、ミィナはトラジを錬金術をするときに両親が使っていた地下室に案内した。その入り口はパッと見では分からない回転する壁に隠されていた。
 妙に階段が長いとトラジは思ったが、それも当然だった。単純にその地下室は広く、天井の高さは建物の2階分はある。
 広い部屋の左右には本や魔道具がびっしり。隅の方には梯子もあり簡単な足場が部屋をぐるりと囲っていた
 部屋の奥には、成人男性すらすっぽり入るくらいの大きな壷?いや、釜だろうか?そんな物があった。

  この釜も錬金術に使うんだろうか?
  こんなデカイの何を作るんだ?

「ご主人様~、こっちです」

 ミィナは右奥にあった扉の中へトラジを誘導する。
 その扉には倉庫と書かれていた。錬金術で使う材料を保管する部屋のようだ。
 そしてその一番奥にソレはあった。

「おいおい・・・・・・。なんだこりゃ」
「・・・・・・」

 ミィナは目を伏せて、トラジの言葉を待つ。
 トラジの目の前には人が余裕で入るくらいの密閉されたガラスケース。
 その中にソレはあった。

「カワイイ美少女が裸で入ってるんだけど!」
「え?え~と・・・・・・」

 この反応は想定外だったのか反応に困っていた。
 トラジはゲフンゲフンと咳をして、仕切りなおすように言った。

「ミィナに似てるな。顔つきや体付き(胸囲以外)あと身長も。髪の色は銀色で伸び放題・・・・・・、桃色の髪が少し混じってるな。ミィナこの子は?」
「こ、この子は~、私の姉・・・・・・」
「姉か!なるほど!」
「であり、私の双子・・・・・・」
「会わせて双子の姉だな。納得だ」
「でもあり、私自身・・・・・・」
「い、一卵性というやつか?」
「というか、私の母とも言えるかもしれないです」
「うん、わけが分からない。それと、ミィナちょっとふざけてないか?」

 ミィナは「さっきふざけたお返しです」と言って、真剣な表情と語り口調で教えてくれた。

「この子は生まれてすぐ死んでしまった私なんです。両親は死んでしまったこの子を、ガラスの入れ物の中の液体・・・・・・、保存液に入れて保管し、錬金術士の間で禁止されていた死者を蘇らせる研究を始めたそうです」

 保存液とは、中に入れたものをそのままの状態で保存する液体で毒でもない為、この世界では冷蔵庫の要領で良く使われている。通常2~3年で劣化し入れ替える必要がある。
 ミィナの両親はこの死体を長期保存する為に、特別強力なのを作り死体を入れていた。

「何度も挫折したそうです。結局、死んだ者を蘇らせるのはどうしても出来なかったようで、死者をそのまま蘇らせるのを諦めました。そして死体の一部を元に新たに体を作って、新鮮な体に命を宿らせる方針に切り変えたそうです・・・・・・」

 ミィナが以前使っていたロープを蛇に変えた物も鳥の雛のようなゴーレムも、命のない物に命を吹き込む研究の中で生まれた失敗作である。のちに、あまり外出をさせなかったミィナの友達になればと両親が与えた。
 ミィナは、目を閉じ自分の胸に手を当てて自分を指し示した。

「そうして生まれたのが私なんです」

  いわゆるクローン人間って事か。
  だが、クローンでも人間は人間だろうよ。
  んで、気になるのが生まれてすぐ死んだらしいコイツだ。どう見ても0歳児に見えん。

「両親は私が生まれてもなお、死んでいるとはいえ娘を土に埋めるのを躊躇いこのままにしていたそうです。ですが、ある日のこと。死んでいるはずのこの子が成長してる事に両親は気が付きました。最初は娘が蘇ったのかと喜んだんですけど、違ってて・・・・・・」

 呼吸もしないし心臓も動いてない。ただ、保存液の効果で細胞までは死滅はしてはないそんな状態だった。

「両親が調べた所、私の成長に合わせて成長してるらしく原因は不明。成長してるといっても中から出しても死んだ状態のままなので動く事はなく、以降ずっとこの中に入れられたままなんです。これが私の秘密でご主人様にも隠してた物です・・・・・・」

 なぜ、成長したのか。なぜ、ミィナと同じ成長速度なのか(胸以外)。なぜ、胸はBカプ止まりなのか。
 謎は尽きない。

「なぁ、もしかして人間は使い魔にできないはずなのに、ミィナが使い魔になったのも・・・・・・」
「気が付きませんでした・・・・・・。私・・・・・・、私は人間ですらない、のかもしれません」
「いや、ミィナは人間だ。契約の首輪が勝手にそう判断しただけだ。クローンで生まれたとしても骨も内臓も血もすべて元の生き物と変わらないんだ。ミィナは人間だよ確実に」
「く、くろ~ん?」
「と、とにかく。人間から生まれたのに違いはないんだから、ミィナは人間でいいんだ!」
「ご主人様~、ありがとうございます・・・・・・」

 この事は人には言えないミィナだけの秘密であり重荷だ。それを一人で背負っていた。
 錬金術士を目指したのも、両親の研究から生まれた自分がどういう扱いになるか怖かったのもあったのだろう。
 今その重荷を共有する事で軽くなった、その反動だろうか?
 張り詰めていた物が無くなり、ミィナは手足の力が抜けて壁にもたれかかるように座り込んでしまった。

  しっかし、とんでもねぇ秘密だな。
  禁止されてる研究を明かすわけにもいかず、自分自身がその錬金術で産まれた産物か。
  そりゃ、錬金術士目指すか、すべてを諦めて実験用モルモットになる覚悟するかの2択か?
  いや、すべてを捨てて逃げる選択も・・・・・・。ミィナの場合は外に出た経験も少なかったみたいだし、その発想自体も出てこないよな。
  仮にすべて捨てて逃げた場合、容易に野垂れ死んで野生動物の餌になるそんな想像が容易に出来るな。

「ミィナは・・・・・・、あー寝ちまってるな。精神的に疲れたんだな、誰にも言えない重い秘密を明かしたんだし」

 トラジは再度ガラスの中の子をみやる。

「ミィナと違って控えめなバストサイズだが、元がいいからな。神秘的な感じがしてつい見てしまうな・・・・・・」

 ゲフンゲフン!トラジはいつものわざとらしい咳をしてから、壁に背を預け体育座りのような姿勢で寝ているミィナの近くに寄る。

「このまま風邪でも引かれても困るし、かといって掛けてやる毛布も近くにないし・・・・・・。仕方ないな」

 トラジはミィナのお腹と太ももの間に潜り込み添い寝をする事にした。

  か、勘違いするなよ!おれはエロオヤジではない!
  せめて体を冷やさないように添い寝するだけ!
  言うなれば、そう!俺はゆたんぽだ!
  それと・・・・・・。

「ミィナよく頑張ったな。大丈夫だ、俺が一緒にいてやるからな」

 トラジとミィナが起きたのは空がオレンジ色になり始めた頃だった。

「あれ~?暖かい・・・・・・」
「ふぁーあ、やっと起きたか」
「ご主人様~!ご、ごめんなさい!私――」
「秘密を明かすのには覚悟がいるし、疲れるもんな。大丈夫だよ。それより、ミィナの両親の墓はどこにある?」
「わ、私の両親の墓ですか~?それなら、庭の大きな木の所に・・・・・・」
「に・・・・・・庭にあるのか」
「変でしょうか~?」

 簡単に庭というが、この庭が結構広い。トラジ自身まだ把握して無い事だが。
 地価が安かった事もあり、両親は広い土地をどーんと買っていたのだ。
 そのくせ、出入りしやすいように家を土地の入り口に近い所に建てたため、家の出入りでは庭の広さの想像がつかない。
 広い庭がある家なら、その一角に墓を作る事はこの世界ではよくある事だった。ただし、受け継ぐ親族や遺族がいなければ容赦なく墓は撤去されその土地は売りにだされる。

「まぁ、いいか。ミィナ、この子をその墓の横に埋めてあげよう」
「埋めるんですか~!?」
「ああ。死んでるのにいつまでも、暗い地下室に飾られるように置かれてるのは良くないだろ?俺もミィナもいずれは死ぬ。そのあとこの子はどうなる?下手したら見世物か錬金術の資料としてこの状態で衆目の目に晒される事になるかもしれん。今のうちに両親の元に寝かせてやろうぜ」
「そう・・・・・・、ですね~。そうします」

 ミィナは踏み台に乗りおぼつかない手つきで、保存液の中から死体を引き上げた。
 そして、死体を担ぎ階段を上ったり休んだりしてなんとか1階にまで運んだ。
 他の誰かの手を借りれれば良かったのだが、錬金術士の禁止事項に触れてる事の為に、他人に見せられないし頼れるようなものじゃなかった。

 自分達で埋葬するしかないのだ。

「疲れてるとこ悪いが、この子に服を着せてあげてくれ。俺は先に墓の方でその子の為の穴を掘ってみるから」
「ごめんなさい~、本来なら私が全部しなくちゃいけないのに・・・・・・」
「いいんだよ。俺はこれでも主人だからな。ミィナとその子の為になら土にまみれるくらいやってやるさ!」

 墓のある大きな木は家の裏手側にあった。
 木自体もかなり大きいからすぐこれだと分かる。直径で1mくらいはある巨木だ。

「これがミィナの両親の墓か・・・・・・」

 墓石は洋風で、長方形の石が地面に寝かせてあり、アルカード・クロウディー(72) ミィディル・クロウディー (68) とあった。
 他にも何か書かれてるが、教わっている文字とはまったく違う異国の文字で書かれているためトラジには分らなかった。

  うーむ、読めん。たぶん鎮魂のための大昔の文字かどっか別の国の聖書の一説なんかが書かれてるんだろうな。
  錬金術でミィナを生み出したと知ってなけりゃ、両親とミィナの歳の差に驚く所だったな。
  ミィナは俺に任せて安らかに眠ってくれ。

 トラジは墓に少しの間黙祷をささげ、その横に穴を掘る。
 猫の手足で土を引っかくように掻き出す。

「思ったよりも掘り易い。もしかしてこれが俺の天職かもしれない!うおぉぉりゃーー!」

 結果だけいうと墓穴には足らなかった。広さは十分だが深さ20cm程にしかならない。
 まぁ、というのも猫の手足で掻き出すから、深くなるにつれて土が高さを超えられず落ちる事が増えて効率がガタ落ちしたのが原因だ。

「すまん、墓穴には足らなかった」
「大丈夫です~。あとは任せてください」

 ミィナはスコップを使い20cm程度の墓穴をより深く掘っていく。
 墓穴と言うには浅い気もしたが、深さ60cm程の穴に服を着せた死体を寝かせた。
 靴まで履かせてないが、黒のワンピース姿だ。銀髪によく似合ってる。

「しっかし、本当は生きてるんじゃないかってくらい綺麗だな。今にも喋りだしそうだ」
「ですね~」
「泥だらけだし、埋葬終わったら風呂だな。俺の耳と鼻周りは慎重に頼むぞ」
「が、頑張ります・・・・・・」

 俺とミィナはそのまま土を被せて土葬し、その後お風呂からの就寝。
 疲れたせいか夕飯を忘れたまま寝ていた。
 次の日の朝、猛烈にお腹が空いていたのは言うまでもない。
 だが、これは言わねば分かるまい、埋めたはずの死体が朝には消えていて誰もそれに気付く事はなかったのだ・・・・・・。
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