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第二章
強襲 3
しおりを挟む教師からの言伝を受けた和也を手伝って、一階へ降りていた夕貴は軽やかな足取りで階段を登った。
登り切ったところで彼の姿がないかと見回してみるが、まだ彼はここへ来ていない。
やはり途中で教室に寄るべきだったかと、淡い残念感を抱えながら廊下を歩く。
と、そんな夕貴のつま先にこつん、固いものがぶつかった。
「スマホ?」
何となく見覚えのあるそれを手に取って、電源ボタンを押してみる。
「……っ!」
表示されたロック画面を見て、夕貴は勢いよく屋上へと駆け出した。
屋上への階段は階下とつながる階段と反対側に設置されている。目立たないように奥まったところにその入り口はあるが、それが故に生徒たちの都合のよい溜まり場となっているのだ。
HRが終わってからしばらく時間が経っているからか、まばらに点在する生徒たちの間を縫って、夕貴は屋上へ行くまでに目当ての金髪を見つけ出した。
「チィちゃん!これ…!」
急いでスマートフォンを見せる。
何事かと怪訝そうな顔で夕貴を見た千智は、それを見せられてすぐに事情を察したらしい。
スマートフォンを受け取り、わずかに欠けたケースのひび割れを鋭く見つける。
にわかに思い浮かぶ人物の顔に、千智は奥歯を強く噛みしめた。
「サエ、これどこで見つけた?」
「いつものとこ、俺らの教室の前」
「カズ来てるんやろ、お前はすぐにカズ探せ。俺はユウちゃん探す」
「わかった!」
すぐに頷いて、夕貴は身を翻した。
きっと助けてくれるであろう彼の人のもとへ。そして、今すぐにでも助けたい可愛い彼のために。
「ふふ、でもよかった…、ユウちゃん、まだ誰にも触られてないんだね」
つつつ、冷たい指先で綾の胸板を辿りながら、春人は笑んだ。
「心配してたんよ?迎えに行こうとしたらチサトセンパイと一緒に帰ってるしさァ。あの人誰彼構わずすーぐにヤるし、もう、居ても立っても居られなくて」
まるで恋人を抱くかのような優しい手付きとは裏腹に、体温を感じない春人の手のひらに綾の身体は小刻みに震えた。奥歯がカチカチと小さな音を立てる。
胸を辿っていた指先は徐々に下へ向かい、綾の奥を暴こうと近づいてくる。
ーー逃げたい。
逃げたいけれど、足の先まで硬直して動けない。
シンと静まったこの部屋で助けなど望めない。きっともうダメなんだ、綾がぎゅっと目をつむったその瞬間、誰かが綾の身体を抱き寄せた。
「環。何してる」
うっすらと目を開けると、薄い埃のもやが見えた。合間から、春人の明るい髪の毛と立っている人影が見える。
「サエ、先輩…?」
暖かな体温とオレンジ色に包まれて、綾の身体から力が抜けていく。
頭をこすりながら立ち上がった春人は、いつになく苛立った様子で埃をはたいた。
ちゃり、アクセサリーの金属音が響く。
「いったいなぁ…いきなり突き飛ばすとかなんです?入ってたらどうすんですかね」
「なんだ、はこちらの台詞だ。ユウくんには手を出すなと言ったはずだが」
「いや、同意ですって。抱いてって言われたンで抱いてあげようとしただけですよ」
「それを言わせるまでに何をした。ユウくんのその様子はとても同意には見えん」
ぎゅ、綾を抱きしめる夕貴の腕に力がこもる。
「素直にさせてあげるのもタチの務めじゃないですか。サエ先輩だって、素直じゃない日もあるでしょ?」
「お前がサエの名前を出すんじゃない!」
「はは、カズヤサンは意外と素直だね」
「環っ…!」
「カズ」
激昂しかけた和也を止めたのは、後から室内に入ってきた千智だった。
和也と春人の間に入って春人を睨み付ける。
「春人、お前何がしたいねン」
「やれやれ、三人ともおでましですか…愛されてるなぁ、僕のりょーちゃんは」
「いつお前のものになってン。それこそ同意やないやろ」
「…環。ルールはルールだ。僕の認めない肉体交渉は不可能だ。諦めろ」
ややあって、大きく息を吐いたのは春人だった。
「わかりましたよ。今日は帰ります」
「今日は?」
「はっ、すぐにりょーちゃんから俺を求めるようになりますから。そうしたら、アンタも認めざるを得ないでしょ?」
いつもの三日月の瞳で綾を横目に見て、春人は手を振った。
肉食獣のようなその視線に綾はびくり、震えたが、すぐに差し伸べられた千智の手に目を閉じた。
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