【完結】この憎悪を消し去りたい

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#21.★恍惚と理性のはざまで<凛空視点>

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 凛空は、未だ櫂の事を信じようとしていた。

 しかし一方で、運命のツガイに発情フェロモンを当てられると途端に逆らえずに快楽の沼へと落ちてしまう。

 ただただ男に与えられる快楽を享受する日々。
 無制限で与えられる快楽に頭の中の全てを支配されている時だけは、櫂に捨てられたかもしれない。櫂や蒼空にもう二度と会えないかもしれない。という現実の不安を忘れられる。



 最初は発情していない時には男を嫌悪して日常会話や質問に対する返事もしていなかった程ツンケンしていた凛空だったのだが、その虚勢は長くは続かなかった。
 人間、楽な方に流されていくものである。


 頭が空っぽになって辛い事を何も考えなくても良い、しかもとてつもなく気持ちがいいという状況。
 男のフェロモンで強制発情させられて男に快楽を植え付けられていく度に、それは麻薬の様に凛空を蝕んだ。
 この感覚が、もうやめられない。


 快楽で訳がわからなくなっているうちに、知らず自分から求めて男に項を噛まれてツガイになってしまっていた。
 その後からは、男に対する嫌悪感すらも少しずつ薄まっていった。



 結果、今では立派に模範的な地下オメガである。

 飼い主だけにしっぽを振って、男が地下室に足を踏み入れた途端に、『ご主人様が帰ってきた!!入れて入れて!今すぐ入れて♡』と夜な夜なねだる。

 日中飼い主が仕事に出ている時にふと理性が戻るのも辛いから、自分から『いっぱいおもちゃを付けて♡放置したまま外出してぇ♡』とねだり、機械から与えられる快楽に翻弄されながら、ただただ飼い主が早く帰って来る様にとだけ祈って日中を過ごす。


 そんな日々に、凛空は自ら望んで堕ちていった。



 でも時々やっぱり理性を取り戻してしまう。

「櫂、櫂、櫂。俺、櫂を信じてるよ。
 俺の事、絶対に売ったりしてないよね?
 俺の事、まだ好きでいてくれてるよね?
 いつか櫂に会える?それとももうこのまま一生会えない??

 櫂、櫂、櫂。会いたいよ。会って櫂の口から聞きたいよ。俺の事、まだ好きか?

 俺…俺…快楽に頭を支配されて、理性も記憶も無い時に自分から強請って他の人のツガイになっちゃったみたいなんだ。

 今じゃアルファの極太男根でも一本じゃ足りない位、こんなに淫乱になっちゃった。それでも俺の事、好きでいてくれる?

 いや…そんな訳ないか。櫂は見た目によらず純粋無垢な俺が好きだったんだもんな。」



 枕で芸能界を駆け登ったと思われていた俺は、共演者から軽く見られてセクハラを受けることも多かった。でもその実、櫂と出会うまでは処女だったんだ。

 合法ショタの可愛らしい見た目に、カメラがオフの時はちょっと強気な俺様口調。
 母子家庭で風俗の仕事をしていた母を持つという複雑な家庭環境も相まって、出会う男は皆俺の事を男慣れしていると思い込んでいた。皆が皆、俺が小悪魔で男を手玉に取って遊ぶタイプだと勝手に勘違いしていた。


 でも、櫂だけが純真無垢な本当の俺に気が付いてくれたんだ。


 どうしよう。俺、もう櫂が好きになってくれた純粋無垢じゃ無くなっちゃったよ。
 毎日毎日卑猥なおもちゃを自分から強請ねだって、ずっと自慰だけをして自堕落に日中を過ごしている。夜は強制発情フェロモンを当てて貰って、運命のツガイを絞りつくす勢いで貪ってるんだ。

 どうしよう。どうしよう。こんな俺。

 もう何人の男の手垢がついたか数すらも解らない位穢れてしまって、淫乱になっちゃって…
 もう、櫂の元には戻れないよ。


 俺、もういっそ、死んだ方がいい?こんな自分を騙して虚しいだけの空虚な日々、いっそのこと終わらせた方がいい?

 さすが運命のツガイというべきか、男に少しずつ惹かれていっているかもしれない自分が怖い。身体はもう完全に明け渡してしまった。でも、心は。
 心だけは自分のものでありたい。櫂の方だけを向いていたい。


 男は俺がドMだと勘違いしていて、俺が喜ぶと思ってえげつないプレイをする。
 喉の奥まで無理矢理突っ込まれたり、許可なくスパンキングされたり、二輪挿やプジー、根本を縛られて出せなくされて延々と攻められたり…。
 普通のツガイ関係ではまずしない様な、大切にされているとは、とてもではないが言えない様な、かなり酷い抱き方を男にされているはずなのに。男がふと見せた優しさに心が揺れ動くのが怖い。

 櫂に対する愛が、この男に対する好意に少しずつ書き換わっていくのではと恐ろしい。



 俺、もういっそ、死んだ方がいい?もうきっと一生櫂や蒼空の所には戻れない。二人に逢えない。


 俺はもう充分頑張ったと思う。この一年間、よく耐えたと思う。
 自分を騙してこんな風にただただ時間だけを浪費している、虚しいだけの空虚な日々。
 もう自分の手で終わらせた方がいいんじゃないだろうか?


 俺は地下室中を探し回った。けど、男は一応俺が自殺しない様にと気をつけているみたいで、自傷に使えそうなものは無かった。


 シーツを裂いてロープにしたらいいのか?

 それとも水か?溺死…は苦しそうだから嫌だな。お風呂場の水深じゃ起きあがっちゃいそうだし。
 よく手首を切ってお湯につける描写があるけど、それで本当に死ねるのか?
 いや。ナイフもハサミも何もないから、手首を切れるものが無かったや。


 うーん。引き出しに入っていたのは抑制剤かぁ…


 あ。俺、オメガが抑制剤の多量摂取で死んだっていうニュースを見たことがあるな。
 これ、いっぺんに一瓶飲んだら死ねるのか?やってみるか?


 正直俺は本当にそんなんで死ねるのか半信半疑だった。今から死のうと強く決意したわけじゃない。

 多分普段の自傷行為の一環で、試してみてもしダメでもちょっと苦しいだけ。今の精神的な苦しさよりも、肉体的な苦しさの方がまだマシだと普段の自傷行為セックスで知っているし、気軽に試してみたらいいと思った。
 ただそれだけ。



 気が付いたら、俺は病院にいた。


 病室にはなんと窓があって、冬らしく少し燻んだ青空が見えている。蒼空はどうしているだろうか。
 蒼空の名前は、生まれた時の病室から見えた蒼空あおぞらから取っているから、いつだって空を見るたびに蒼空の事を思い出してしまう。

 これ、プロジェクターの投影画像?最近のはよく出来てるよな。
 でもどうせなら抜ける様な蒼穹の空を映しておいて欲しかったなぁ~。こんな中途半端にリアリティがある感じじゃなくてさ。


 あれ?今鳥が横切ったか?もしかして本物か?


 俺地下オメガなのに、もしかして外に出られてる?
 死亡届が出されちゃってて、戸籍も保険証も無いのに、病院に掛れてる?
 え?なんで?


 俺がまだ状況を把握できていないうちに、俺の様子を見に来た看護師が俺の覚醒に気が付き、バタバタと医師を呼びに行った。



 バタバタバタバタ。ドシドシドシドシ。
 段々と近づいてくる足音に、ドアの方を向いた途端、バンッっと音を立てて扉が開けられた。


「凛空!良かった…。気が付いたのか…。」
「あっ…。」
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