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一
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私の前を小さな女の子が歩いている。手を伸ばせばその首筋に触れられそうなくらい近いところ。左手には川が穏やかに流れ、つめたい音が聞こえてくる。どのくらい歩いたかな。もう一時間もすれば日も沈んでしまうだろう。唐突に視界が開け、海がみえた。あの子はいつの間にか私から離れ、汽水域にいた。なにかをじっと見つめているようだ。近寄ると、彼女はこちらを振り返って言った。「ねえママ、あれはなあに?」私は彼女の指の先をたどった。「うーんなんだろう、ママにもわからないな」私には何も見えなかった。「どういう形に見える?」「えーとねえ、まるくてやわらかそう。白いぬいぐるみみたい」「でも動いているよ」動悸が止まらない。息がうまくできない。「あんな生き物がいるんだねえ、かわいいなあ」こういうところには珍しい生き物がいるものよ、と私は言った。「そういえばうちにあるぬいぐるみそっくりじゃない?パパが買ってきてくれたやつ」水面は静止しているかのように静かだ。「そうね、ちょうど日も沈んじゃったしそろそろ帰りましょうか」私はかろうじて答えた。
帰り道は雨だった。今度は手をつないで歩いた。傘は一本しかなかったから。娘は学校での出来事を語ってくれた。「あずさちゃんがさ、わたしのこと嫌いだって言ってるらしいのよ」どうして、と私は尋ねた。「わたしが給食の時間うるさいからだって。笑い声がいやだって」「きっとそれはでたらめよ。もっとうるさい京子ちゃんとは仲良いから。なにかしらそれっぽい理由が欲しいだけ」じゃあどうしてあなたは嫌われているの、と私は尋ねた。さあ、あずさちゃんはわたしたちの会話にまざってこないんだもん。わけがわからないよ。そう答える娘はどことなく不気味だった。「そういえば、あのぬいぐるみ」娘はふと思い出したように言った。私は傘を左手にもちかえ、娘の右側にうつった。「あれ、ママも一緒に選んでくれたんでしょ。ああいうのママも好きだもんね」どうしてこの子はこんなにもかしこいのだろう。そっと風が右頬に触れた。懐かしい風だ。川の向こう岸に誰かいるような気がした。「わたしも嫌いじゃないよ」と娘は言った。
帰り道は雨だった。今度は手をつないで歩いた。傘は一本しかなかったから。娘は学校での出来事を語ってくれた。「あずさちゃんがさ、わたしのこと嫌いだって言ってるらしいのよ」どうして、と私は尋ねた。「わたしが給食の時間うるさいからだって。笑い声がいやだって」「きっとそれはでたらめよ。もっとうるさい京子ちゃんとは仲良いから。なにかしらそれっぽい理由が欲しいだけ」じゃあどうしてあなたは嫌われているの、と私は尋ねた。さあ、あずさちゃんはわたしたちの会話にまざってこないんだもん。わけがわからないよ。そう答える娘はどことなく不気味だった。「そういえば、あのぬいぐるみ」娘はふと思い出したように言った。私は傘を左手にもちかえ、娘の右側にうつった。「あれ、ママも一緒に選んでくれたんでしょ。ああいうのママも好きだもんね」どうしてこの子はこんなにもかしこいのだろう。そっと風が右頬に触れた。懐かしい風だ。川の向こう岸に誰かいるような気がした。「わたしも嫌いじゃないよ」と娘は言った。
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