きすいいき

mofutaro_

文字の大きさ
1 / 1

しおりを挟む
 私の前を小さな女の子が歩いている。手を伸ばせばその首筋に触れられそうなくらい近いところ。左手には川が穏やかに流れ、つめたい音が聞こえてくる。どのくらい歩いたかな。もう一時間もすれば日も沈んでしまうだろう。唐突に視界が開け、海がみえた。あの子はいつの間にか私から離れ、汽水域にいた。なにかをじっと見つめているようだ。近寄ると、彼女はこちらを振り返って言った。「ねえママ、あれはなあに?」私は彼女の指の先をたどった。「うーんなんだろう、ママにもわからないな」私には何も見えなかった。「どういう形に見える?」「えーとねえ、まるくてやわらかそう。白いぬいぐるみみたい」「でも動いているよ」動悸が止まらない。息がうまくできない。「あんな生き物がいるんだねえ、かわいいなあ」こういうところには珍しい生き物がいるものよ、と私は言った。「そういえばうちにあるぬいぐるみそっくりじゃない?パパが買ってきてくれたやつ」水面は静止しているかのように静かだ。「そうね、ちょうど日も沈んじゃったしそろそろ帰りましょうか」私はかろうじて答えた。
 帰り道は雨だった。今度は手をつないで歩いた。傘は一本しかなかったから。娘は学校での出来事を語ってくれた。「あずさちゃんがさ、わたしのこと嫌いだって言ってるらしいのよ」どうして、と私は尋ねた。「わたしが給食の時間うるさいからだって。笑い声がいやだって」「きっとそれはでたらめよ。もっとうるさい京子ちゃんとは仲良いから。なにかしらそれっぽい理由が欲しいだけ」じゃあどうしてあなたは嫌われているの、と私は尋ねた。さあ、あずさちゃんはわたしたちの会話にまざってこないんだもん。わけがわからないよ。そう答える娘はどことなく不気味だった。「そういえば、あのぬいぐるみ」娘はふと思い出したように言った。私は傘を左手にもちかえ、娘の右側にうつった。「あれ、ママも一緒に選んでくれたんでしょ。ああいうのママも好きだもんね」どうしてこの子はこんなにもかしこいのだろう。そっと風が右頬に触れた。懐かしい風だ。川の向こう岸に誰かいるような気がした。「わたしも嫌いじゃないよ」と娘は言った。
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

盗み聞き

凛子
恋愛
あ、そういうこと。

愛していました。待っていました。でもさようなら。

彩柚月
ファンタジー
魔の森を挟んだ先の大きい街に出稼ぎに行った夫。待てども待てども帰らない夫を探しに妻は魔の森に脚を踏み入れた。 やっと辿り着いた先で見たあなたは、幸せそうでした。

婚約者の幼馴染?それが何か?

仏白目
恋愛
タバサは学園で婚約者のリカルドと食堂で昼食をとっていた 「あ〜、リカルドここにいたの?もう、待っててっていったのにぃ〜」 目の前にいる私の事はガン無視である 「マリサ・・・これからはタバサと昼食は一緒にとるから、君は遠慮してくれないか?」 リカルドにそう言われたマリサは 「酷いわ!リカルド!私達あんなに愛し合っていたのに、私を捨てるの?」 ん?愛し合っていた?今聞き捨てならない言葉が・・・ 「マリサ!誤解を招くような言い方はやめてくれ!僕たちは幼馴染ってだけだろう?」 「そんな!リカルド酷い!」 マリサはテーブルに突っ伏してワアワア泣き出した、およそ貴族令嬢とは思えない姿を晒している  この騒ぎ自体 とんだ恥晒しだわ タバサは席を立ち 冷めた目でリカルドを見ると、「この事は父に相談します、お先に失礼しますわ」 「まってくれタバサ!誤解なんだ」 リカルドを置いて、タバサは席を立った

離婚した妻の旅先

tartan321
恋愛
タイトル通りです。

笑う令嬢は毒の杯を傾ける

無色
恋愛
 その笑顔は、甘い毒の味がした。  父親に虐げられ、義妹によって婚約者を奪われた令嬢は復讐のために毒を喰む。

友人の結婚式で友人兄嫁がスピーチしてくれたのだけど修羅場だった

海林檎
恋愛
え·····こんな時代錯誤の家まだあったんだ····? 友人の家はまさに嫁は義実家の家政婦と言った風潮の生きた化石でガチで引いた上での修羅場展開になった話を書きます·····(((((´°ω°`*))))))

悪役令嬢(濡れ衣)は怒ったお兄ちゃんが一番怖い

下菊みこと
恋愛
お兄ちゃん大暴走。 小説家になろう様でも投稿しています。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

処理中です...