カラスの恩返し

阪上克利

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相談室

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 この会社には入社式というものはなかった。
 まあ……大企業でもないしそんなものはないだろう。
 会社へ出勤すると3人はまず、総務に呼ばれた。
 そして配属先を告げられた。
 義弘は営業、葉山は総務、堀本は配送部門に配属が決まった。

 それぞれの担当者が来るまでに相談室に寄るように言われたので、総務の二階堂という女性社員に連れられて3人は面接を受けた相談室に行った。

 『こちらが相談室です。うちの会社はメンタルヘルスに力を入れていますから、何か悩み事があったらここに来るといいですよ』

 この二階堂という人は悪い人ではなさそうだが……少し不愛想な感じがする。
 葉山とは正反対で背は150㎝ほどで低く、ぱっちり二重でそこそこ美人だ。
 義弘は同じ美人でも葉山よりも二階堂の方がタイプではある。

 まあ……いずれにしても……そんな浮いた話にはまったく興味がないのだが……。

 『どうぞ』
 二階堂は相談室をノックして扉を開いた。

 『おはようございます』
 相談室には面接の時に義弘のことを褒めてくれた30代ぐらいの女性がいた。確か……那珂なかという名前だったはずだ。

 『心音さん、あとお願いしますね。各部署の担当者さんにはこちらに迎えに行くように伝えてありますので』
 『ありがとう。二階堂さん。そういえばジョギング続いてるの?』
 『いや……そのお……』
 『続けなきゃダメよ。継続は力なりよ』
 『あ……はい。では……失礼します』

 二階堂は少し恥ずかしそうな顔をしながら退室して言った。

 相談室のこの那珂という人は最初の面接のときにも感じたがすごく人を安心させるのがうまい。
 この部署にはこれほど適任な人はいないだろう。

『皆さん、よろしくお願いします。葉山さんと、堀本さんと、植竹さんですね。』
『はい。』

 3人は同時に返事をした。
 まだみんな緊張しているのだ。
『相談室は仕事の悩みだけでなく、どんな話でもしに来ていただいて構いませんよ。もちろん通常の業務に支障がないようにしなきゃならないですけど……辛いことがあったら必ずまずここに来て下さい』
『はい……』
『辛いことがなくても来てもいいですよ』
『はい……え?』
『なんでも話に来てください。おばさんは話が好きなので』
 この人を嫌いな人なんかいるんだろうか……ふと義弘はそんなことを思ったりした。
『はい。これどうぞ』
『あ……ありがとうございます』

 那珂が渡したのは名刺だった。
 名刺には『仲良くしてね。』というメッセージと可愛いネコのイラストに『相談室室長 那珂心音なかここね』と書いてある。
『あたしのことは那珂さんだと呼びづらいから心音さんと呼んで下さいね。』

 相談室でのひと時は楽しかった。
 これがずっと続けばいいのだがそういうわけにも行かない。

 しばらくするとそれぞれの部署の担当が迎えに来た。
 総務から迎えに来たのは二階堂だった。
 二階堂と一緒に総務に向かっていく葉山は落ち着いていて、二階堂の方が少しオタオタしている感じがする。なんだかどっちが新入社員か分からない感じがして少し面白い。

 配送から迎えに来たのは木下という男性だった。
 堀本も肩幅が広くがっちりしているが、木下も似たような体型をしていた。

 『配送の木下です。うちに部署はオレしかいなかったから…一人来てくれて助かったよ。堀本くんだっけ? 君、良い体型してたけどなんか運動してたの?』
 ここの社員はやたら運動してたかどうか聞くのはなぜなのだろうか……。
 『はい。自分は野球やってました』
 『おお。野球! 営業の山本が喜びそうだな――』
 とか言いながらも木下も嬉しそうだ。
 なにやら盛り上がりながら堀本は木下と配属先に向かって行った。

 残された義弘は手持無沙汰になった。
 室長の那珂……いや心音さんだっけ……。
 話しやすそうな人だが、知らない人とそんなに簡単に打ち解けられるのなら苦労はしない。
『植竹さんは営業部でしたっけ?』
『はい』
 なんだか間延びしたような声だなあ……漠然と義弘は思った。
 この間延びしたようなのんびりした話し方が相手を安心させるのだろう。
『石岡くんって言う先輩がいるから頼りにするといいわよ』
『はい…分かりました』

 なぜ心音さんはそんなことを言うのだろうか……
 ちょっと不思議に思ったが義弘は聞かなかった。
 それは営業の担当でもある山本がやってきたからだった。
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