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元気のない主将
心そこにあらず?
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道場の独特な雰囲気と緊張感、そして剣道部員の乱取りでの気合の入った甲高い声にビックリしたものの、純は剣道部の見学ができて本当に良かったと思った。
自分の知らない世界を体験できるのは貴重なことだからである。
確かに純は運動は苦手だ。
でも身体を動かすこと自体が嫌いなわけではない。
誰かと競うのは自分ができないことを目の当たりにしてしまうから好きではないが、自分のペースでスポーツに取り組み汗をかくことはいいことだ。
『相変わらず瞳ちゃんは教えるのうまいわよねえ……』
道場を出てから感嘆のため息交じりに明日香が言った。
『うん、剣道なんかやったこともないのにちょっと楽しかったもん』
純は素直な感想を述べた。
聞けば剣道部は練習のきつさに反比例して部員が退部する率が低い。
特に瞳が主将になってからは女子剣道部の退部者はゼロだ。
『どんなに下手でも丁寧に教えるからねえ……』
『それでもってこんなに強いんだから剣道部ってすごいわよねえ』
明日香は純と話しているうちに、今まで以上に剣道部には頑張ってもらいたい気持ちが大きくなっていくのを感じた。どうやらそれは純も同じらしく、彼女は瞳から教わった中段の構えを取りながらなんども竹刀を持っているかのような恰好で両腕上から下へと振り下ろしていた。
よほど気持ちよく竹刀が振れたのだろう。
『でも瞳ちゃん、調子悪そうだったね』
純は言った。
確かに瞳は調子が悪そうだった。
素人の明日香から見ても、乱取りの時は簡単に1本とられているシーンが多かったように思える。
とにかく粘りがないのだ。少し鍔迫り合いして、すっと離れると相手に簡単に小手をとられる。
乱取りの最後の方では竹刀を落とすシーンもあった。
『なんか……心そこにあらず……って感じだったよね』
そう。
純と違って明日香はスポーツが好きだ。
ストリートバスケを定期的にやっているから分かるのだが、アスリートが調子が悪い時には大きく分けて3つの理由がある。
一つ目は技術的な問題である。
これは俗にいうスランプという奴だ。
何か新しい技術を習得するために一度既存のものをすべて捨てなければならないときにもこういうことは生じる。瞳のようにレベルの高い競技者になると調子が悪い原因の一つとしては十分に考えられる。
二つ目は身体のどこかを痛めている可能性である。
いわゆる『故障している』状態のことだ。
これに関しては一切感じなかった。竹刀の構えから動きに至るまでどこかをかばっている様子はなかったし、友人でもある小俵健人にも確認したがそんな様子はない。
三つ目……。
これが一番考えられる原因である。
それが競技以外の何かに強いストレスがあり、思いがそちらに向いている場合、集中力に欠ける場合がある。
ミステリー研究部の部室でもある図書準備室に戻ると、純は中央にあるテーブルの椅子に腰かけた。
そこは純の指定席である。
まあ……指定席と言ってもついこの間までは部員は純だけだったのだけど……。
『調子の悪さって言っても本人も自覚のないことなのかもしれないね』
純はいつもの間延びした声で言った。
『それはないでしょ』
『なんで?』
純にはアスリートの気持ちや身体の動きが今一つ理解できない。
というのもそもそも身体を動かすのは得意じゃないから、集中できない状態がどんな状態でそれがどう競技のパフォーマンスに影響を与えるのかが理解できないのだ。
『あれだけ集中力を欠いてるんだから本人だって自覚はあるはずよ』
確信をこめて明日香は言った。どこにそんな自信があるのかはよく分からないが、おそらく彼女は自分でもスポーツを楽しんでいるのでよく分かるのだろう。
『そうなの?』
『そう……なんだけど、分からないかな?』
『うん』
分からないことは正直に分からないと言う。
それは純がいつも心がけていることだ。
その場で教えてもらえれば良し、もし教えてもらえなくても自分がその問題に関して分かっていないということがはっきりできるので良し。
つまり、分からないことを分からないと認めても、何も損にはならないのだ。
『まあ、これは感覚的なことなんだけどね……』
明日香は純に瞳の動きが何故不調なのかを説明した。
要は、身体のどこかが痛いなら、そこをかばった動きになるがそういう感じはないし、技術的な何かに取り組んでいるということであれば、大会まであと1ヶ月という時期に行うようなことではない。
よって不調の原因は何らかの心的要因で集中力が乱されているのではないかという結論に至ったのだ。
『なるほどねえ……でも本人がその集中力がないことに気づいていないということはないの?』
純は感心したように明日香の話を聞いていたが、核心に迫る質問をする。
『それはないと思う』
『どうして?』
『だって純だって、勉強とか本を読むときとか……集中できないときあるでしょ? そういう時に自覚がないってことはないと思うよ』
『あ、そうか。でもさ。もう一つだけ……』
『何?』
『自分では集中しているつもりなんだけど、集中できていないってことないかな? それならあたしにもあるよ。集中して文章をまとめたつもりなんだけど、後で見たらまとまりのない駄文だったってこととかあるし……』
『なるほど……瞳ちゃんの場合はまさにそれなのかもしれないね』
『はてさて……その原因はいかに……』
純は明日香と目を合わせた。
その原因を探らなければ記事にはならない。
どうしたものか……
『まあ、今日はこれぐらいにして帰ろうか』
『え――!ちょっとそんな悠長なこと言ってられないわよ』
焦る明日香を尻目に、純はさっさと荷物をまとめだした。
『わとんのコロッケ、今日は特売だよ』
自分の知らない世界を体験できるのは貴重なことだからである。
確かに純は運動は苦手だ。
でも身体を動かすこと自体が嫌いなわけではない。
誰かと競うのは自分ができないことを目の当たりにしてしまうから好きではないが、自分のペースでスポーツに取り組み汗をかくことはいいことだ。
『相変わらず瞳ちゃんは教えるのうまいわよねえ……』
道場を出てから感嘆のため息交じりに明日香が言った。
『うん、剣道なんかやったこともないのにちょっと楽しかったもん』
純は素直な感想を述べた。
聞けば剣道部は練習のきつさに反比例して部員が退部する率が低い。
特に瞳が主将になってからは女子剣道部の退部者はゼロだ。
『どんなに下手でも丁寧に教えるからねえ……』
『それでもってこんなに強いんだから剣道部ってすごいわよねえ』
明日香は純と話しているうちに、今まで以上に剣道部には頑張ってもらいたい気持ちが大きくなっていくのを感じた。どうやらそれは純も同じらしく、彼女は瞳から教わった中段の構えを取りながらなんども竹刀を持っているかのような恰好で両腕上から下へと振り下ろしていた。
よほど気持ちよく竹刀が振れたのだろう。
『でも瞳ちゃん、調子悪そうだったね』
純は言った。
確かに瞳は調子が悪そうだった。
素人の明日香から見ても、乱取りの時は簡単に1本とられているシーンが多かったように思える。
とにかく粘りがないのだ。少し鍔迫り合いして、すっと離れると相手に簡単に小手をとられる。
乱取りの最後の方では竹刀を落とすシーンもあった。
『なんか……心そこにあらず……って感じだったよね』
そう。
純と違って明日香はスポーツが好きだ。
ストリートバスケを定期的にやっているから分かるのだが、アスリートが調子が悪い時には大きく分けて3つの理由がある。
一つ目は技術的な問題である。
これは俗にいうスランプという奴だ。
何か新しい技術を習得するために一度既存のものをすべて捨てなければならないときにもこういうことは生じる。瞳のようにレベルの高い競技者になると調子が悪い原因の一つとしては十分に考えられる。
二つ目は身体のどこかを痛めている可能性である。
いわゆる『故障している』状態のことだ。
これに関しては一切感じなかった。竹刀の構えから動きに至るまでどこかをかばっている様子はなかったし、友人でもある小俵健人にも確認したがそんな様子はない。
三つ目……。
これが一番考えられる原因である。
それが競技以外の何かに強いストレスがあり、思いがそちらに向いている場合、集中力に欠ける場合がある。
ミステリー研究部の部室でもある図書準備室に戻ると、純は中央にあるテーブルの椅子に腰かけた。
そこは純の指定席である。
まあ……指定席と言ってもついこの間までは部員は純だけだったのだけど……。
『調子の悪さって言っても本人も自覚のないことなのかもしれないね』
純はいつもの間延びした声で言った。
『それはないでしょ』
『なんで?』
純にはアスリートの気持ちや身体の動きが今一つ理解できない。
というのもそもそも身体を動かすのは得意じゃないから、集中できない状態がどんな状態でそれがどう競技のパフォーマンスに影響を与えるのかが理解できないのだ。
『あれだけ集中力を欠いてるんだから本人だって自覚はあるはずよ』
確信をこめて明日香は言った。どこにそんな自信があるのかはよく分からないが、おそらく彼女は自分でもスポーツを楽しんでいるのでよく分かるのだろう。
『そうなの?』
『そう……なんだけど、分からないかな?』
『うん』
分からないことは正直に分からないと言う。
それは純がいつも心がけていることだ。
その場で教えてもらえれば良し、もし教えてもらえなくても自分がその問題に関して分かっていないということがはっきりできるので良し。
つまり、分からないことを分からないと認めても、何も損にはならないのだ。
『まあ、これは感覚的なことなんだけどね……』
明日香は純に瞳の動きが何故不調なのかを説明した。
要は、身体のどこかが痛いなら、そこをかばった動きになるがそういう感じはないし、技術的な何かに取り組んでいるということであれば、大会まであと1ヶ月という時期に行うようなことではない。
よって不調の原因は何らかの心的要因で集中力が乱されているのではないかという結論に至ったのだ。
『なるほどねえ……でも本人がその集中力がないことに気づいていないということはないの?』
純は感心したように明日香の話を聞いていたが、核心に迫る質問をする。
『それはないと思う』
『どうして?』
『だって純だって、勉強とか本を読むときとか……集中できないときあるでしょ? そういう時に自覚がないってことはないと思うよ』
『あ、そうか。でもさ。もう一つだけ……』
『何?』
『自分では集中しているつもりなんだけど、集中できていないってことないかな? それならあたしにもあるよ。集中して文章をまとめたつもりなんだけど、後で見たらまとまりのない駄文だったってこととかあるし……』
『なるほど……瞳ちゃんの場合はまさにそれなのかもしれないね』
『はてさて……その原因はいかに……』
純は明日香と目を合わせた。
その原因を探らなければ記事にはならない。
どうしたものか……
『まあ、今日はこれぐらいにして帰ろうか』
『え――!ちょっとそんな悠長なこと言ってられないわよ』
焦る明日香を尻目に、純はさっさと荷物をまとめだした。
『わとんのコロッケ、今日は特売だよ』
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