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8 笑顔という仮面の壁
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「ああ……あのことですか」
リナートはホッとしたような声で、倒したイスを戻して座り直す。
「その、純潔を守るというリナート様とのお約束を守ることができず、本当に申し訳ありません」
改めて私が謝罪すると、リナートは笑顔を貼り付けたままテーブルに置いた私の手の上にそっと自分の手を重ねる。
「キスは純潔に含まないで大丈夫ですよ。それは……とても残念ですが、あの男の力にあなたが敵うとは思いません。蚊にでもさされたと思って忘れてください」
笑顔を浮かべているが、リナートの声は平坦で不機嫌そうだ。
「その、お許しいただけるのでしょうか」
「あなたからしたわけではありませんし、ましてやあの男は許可もとらずにあなたの唇を奪いました。私が許さないのは、あなたではなくあの男です」
愛する人を許さないと言われたのに、リナートが私の味方になってくれた気がして、なぜか少し嬉しくなる。
「これからは、気を付けます」
「ええ、そうしてください。特に、宿屋を兼ねたレストランであるとか、あの男の家であるとかは絶対に足を踏み入れないでくださいね」
「わかりました」
なぜリナートからアドバイスを受けているのだろうと思いながらもこくりと頷けば、リナートはいつもの貼り付けたような笑顔ではなく、ふっとつい漏れ出たような笑顔を浮かべる。
「あっ」
「はい?」
そこでようやく私は気づいた。リナートの不自然さに。
「リナート様、私の前で無理して笑うことはありません」
ずっと不思議だった。まず人前で笑わないと言われているリナートが、なぜこうして私の前では笑顔という仮面を貼り付けているのか。
「……しかしあなたは、いつも笑顔で人を元気にするような男が好きなのでは?」
リナートは少し戸惑いながらも仮面を貼り付け、穏やかに尋ねる。
やっぱり、この人には似合わない。
さきほど漏らした笑みのほうがずっと素敵だったと、私は確信する。
「何か勘違いをなさっているようですが、私は自分の心に正直な人が好きなのです。マクシム様は確かにそういうタイプかもしれませんが、リナート様は私に無理をして笑うから、逆に壁を作っていらっしゃるように見えて、苦手だったのです」
「……なるほど、そうでしたか。素のままでいるとよく怖いと言われるので、オレリア嬢の前では笑うように心がけていたのですが」
額に手を当て、リナートが苦笑する。
「自然体のあなたが、一番素敵だと思います」
にっこりと笑ってリナートに返事をしたところ、彼は「オレリア嬢は……昔と変わりませんね」と言って、ほんの少しだけ笑って下さった。
そのあと、本当はその居酒屋レストランの料理を食べてみたかったことを吐露した私に、「では今度は私が連れていきますよ」とリナートは真面目な顔をして言った。
その店にリナートがいるところを想像できず、店内で浮くだろうから大丈夫だと断ったのだが、「絶対に食べさせて差し上げます」と、リナートは逆にムキになったようだ。
そんな彼の新たな一面を知ることは、なぜか私に喜びを与えてくれた。
リナートはホッとしたような声で、倒したイスを戻して座り直す。
「その、純潔を守るというリナート様とのお約束を守ることができず、本当に申し訳ありません」
改めて私が謝罪すると、リナートは笑顔を貼り付けたままテーブルに置いた私の手の上にそっと自分の手を重ねる。
「キスは純潔に含まないで大丈夫ですよ。それは……とても残念ですが、あの男の力にあなたが敵うとは思いません。蚊にでもさされたと思って忘れてください」
笑顔を浮かべているが、リナートの声は平坦で不機嫌そうだ。
「その、お許しいただけるのでしょうか」
「あなたからしたわけではありませんし、ましてやあの男は許可もとらずにあなたの唇を奪いました。私が許さないのは、あなたではなくあの男です」
愛する人を許さないと言われたのに、リナートが私の味方になってくれた気がして、なぜか少し嬉しくなる。
「これからは、気を付けます」
「ええ、そうしてください。特に、宿屋を兼ねたレストランであるとか、あの男の家であるとかは絶対に足を踏み入れないでくださいね」
「わかりました」
なぜリナートからアドバイスを受けているのだろうと思いながらもこくりと頷けば、リナートはいつもの貼り付けたような笑顔ではなく、ふっとつい漏れ出たような笑顔を浮かべる。
「あっ」
「はい?」
そこでようやく私は気づいた。リナートの不自然さに。
「リナート様、私の前で無理して笑うことはありません」
ずっと不思議だった。まず人前で笑わないと言われているリナートが、なぜこうして私の前では笑顔という仮面を貼り付けているのか。
「……しかしあなたは、いつも笑顔で人を元気にするような男が好きなのでは?」
リナートは少し戸惑いながらも仮面を貼り付け、穏やかに尋ねる。
やっぱり、この人には似合わない。
さきほど漏らした笑みのほうがずっと素敵だったと、私は確信する。
「何か勘違いをなさっているようですが、私は自分の心に正直な人が好きなのです。マクシム様は確かにそういうタイプかもしれませんが、リナート様は私に無理をして笑うから、逆に壁を作っていらっしゃるように見えて、苦手だったのです」
「……なるほど、そうでしたか。素のままでいるとよく怖いと言われるので、オレリア嬢の前では笑うように心がけていたのですが」
額に手を当て、リナートが苦笑する。
「自然体のあなたが、一番素敵だと思います」
にっこりと笑ってリナートに返事をしたところ、彼は「オレリア嬢は……昔と変わりませんね」と言って、ほんの少しだけ笑って下さった。
そのあと、本当はその居酒屋レストランの料理を食べてみたかったことを吐露した私に、「では今度は私が連れていきますよ」とリナートは真面目な顔をして言った。
その店にリナートがいるところを想像できず、店内で浮くだろうから大丈夫だと断ったのだが、「絶対に食べさせて差し上げます」と、リナートは逆にムキになったようだ。
そんな彼の新たな一面を知ることは、なぜか私に喜びを与えてくれた。
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