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久しぶりに会ったサラは、膨らんだお腹を撫でながらとても穏やかに笑っていた。
もうすぐ、子供が無事に生まれてくれればサラは母になる。
けれども、既にサラは母であるのだ。
以前とは違い、落ち着いた雰囲気を纏わせ、微笑む姿は聖母の様。


純粋に、素敵だな、と思った。

私も、こんな風になれたら。

以前は漠然としたイメージしかなかった、婚姻と家族。
相手はんりょがまさか兄様とは思わなかったけれども、子供を授かって、暖かな家庭を築いて、年老いても仲良く暮らして。


━━私は、そう、思っていたけど。



☆☆☆



眼が覚めた時、既に部屋は暗くなっていた。
裸ではあるけれども、サージスが全身をぬぐってくれたのか、身体はさっぱりしている。

サージスが傍にいない事を少し寂しく思いながら、怠い身体をベッドの上で起こせば、時計は既に約束の夕餉の時刻を二時間も過ぎていたところだった。


「兄様ったら……起こして下されば良いのに……」

優しい兄が、疲れて眠りこけている妹を起こす筈がないのに、つい激しい営みのせいで泥のように寝ていた自分が恥ずかしくて、赤面しながら照れ隠しに呟いた。
少し身動ぎをするだけで、サージスがユリアナの膣に放った子種がドロリと流れ出る。


つい、勿体無い、と思ってしまう。

サージスに心を陥落させられた時、一生サージスのペニスだけ・・を欲する様に誓わされた。サージスの子種を喜んで受け止め、サージスの子を孕むと約束したのだ。

沢山……それこそ毎日膣内ナカに放って貰っているのに、ユリアナはなかなか懐妊する様子がない。

生理の周期がずれる事の少ないユリアナは、余りにもぴったりくる月のモノを毎回少し残念に思いながら迎えるのだが、サージスはユリアナが懐妊しない事を一向に気にする様子もなかった。

そんなサージスには助けられているが、自分が身籠る事で、早く二人で喜びを分かち合いたい。
サラとカダルの様に。
ユリアナの中には、そんな想いが膨らみかけていた。


時間が遅くなり過ぎた為、ユリアナは仕方なく晩餐への参加は諦め、風呂場で身を隅々まで清めてから侍女を呼び、軽い軽食を自室に運ぶようにお願いする。

運ばれたそれを、ゆっくり咀嚼しながらサージスの戻りを待つが、一向に来る様子はない。


「どうしましょう……?」
もしかしたら、3人での会話が盛り上がっているのかもしれない。

そう考えたユリアナは、ようやっと動かせる様になった身体を引きずりながら、ダイニングへと向かった。

ダイニングの扉は閉まり、侍女達が出入りしている様子もないので、まだ中に皆がいるに違いない。

ユリアナは、中の会話を邪魔しない様にそっと扉を開けた。

珍しく酔った様子の二人が、話している。
サージスの、低く耳に心地よいバリトンが、いつもよりかすれていた。
「いや、避妊薬だ」
━━避妊薬?
何の話だろう、と思う。
サラはダイニングには、いない様だった。

「ユリアナに飲ませているんですか?」
カダルがサージスに質問していた。
兄様サージスが私にそんなものを飲ませる筈がないのに、とユリアナはきょとんとしたが。


次に聞こえたサージスの声は、信じられないものだった。

「いや、子供が出来ない様に、途中から私が避妊薬を飲んでいる」



☆☆☆



「ユリアナ!!」

走り去ろうとしてフラフラとダイニングから離れようとするユリアナを難なく捕まえたサージスは、カダルに目配せしてからユリアナを抱え上げた。

サージスの胸にしがみつきながら無言で涙をハラハラとこぼすユリアナを抱き上げたまま、サージスは歩き出す。

後ろで、カダルがチリンと使用人にダイニングの片付けを依頼するベルを鳴らしたのが聞こえた。


「いや……、降ろして、下さい……」
滅多にない、ユリアナからの明らかな拒絶。
ユリアナは、サージスの胸を力の入らない両手で懸命に押していた。

サージスからしてみれば痛くも痒くもないユリアナの精一杯だが、先程の会話でユリアナが酷く傷付いた事がわかり、サージスの胸にも痛みが走る。

「可愛いユリアナ、どうか私の話を聞いてくれないか?」
「……いや、今は嫌です……、兄様に、酷い事を言ってしまうかもしれません……どうか私を、降ろして下さい……」
「泣いているユリアナを一人にはさせられないよ。……例えそれが私のせいだとしても」
「明日、なら……話を聞きますから……」

今はただ、そっとして欲しかった。
サージスと距離を取りたかった。
きっとこのまま会話をすれば、自分はサージスを責めてしまう。
勝手に人の会話を盗み聞きしてしまい、勝手に自分が傷付いて、その結果サージスに当たってしまう事は嫌だった。

サージスが避妊薬を飲んでいた。
それをユリアナに話していなくても、まだ問題がある訳ではない。
子供が欲しいと、ユリアナがサージスに話した事はないのだから。


なのに……頭ではわかっているのに、感情がどうしても着いていかない。
何故、サージスの言葉に傷付いたのか。
自分で自分の感情が理解出来ていないまま、サージスと会話をする事は出来ない。

ユリアナは何度押しても離れない胸板に諦めて、コツンと頭を預けた。
瞳を閉じて、ユラユラ揺られれば、涙は止まらないものの、とくん、とくんとサージスの鼓動が聞こえて落ち着いてくる。


カツッ、カツッと普段より早目の足音を鳴らしながらサージスが迷いなく向かったのは、主人達がいない間にきちっとベッドメイキングされた二人の主寝室だった。
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