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パチパチ、と火の爆ぜる音が木々もひっそりと眠る闇夜に響いた。
ひとつの豪華な天幕の前でふぁ、と欠伸をしそうになった新兵は、音もなく近寄った影に気づいて居住まいを正す。
「……ご苦労」
ピシッと背筋を伸ばした新兵の前に姿を現したのは、彼を含めた魔獣討伐隊の副隊長、ゲルトだった。
自国の第四王子であり隊長でもあるツヴァイの天幕の見張りをしていた新兵は、緊張しながら小さく返事をする。
時刻は深夜。
他の隊員たちは、すっかり寝入っている時間だ。
「は!……ゲルト様、こんな時間にお呼ばれですか?」
不思議そうな顔をした新兵にゲルトは、一切の感情を顔に出すことなく、内心苦笑する。
「ああ。朝まで俺がここにいるから、もうこの場を離れていいぞ」
「え……っ」
その新兵は、一瞬喜色を顔面に滲ませたあと、本当にいいのかという問いを瞳に浮かばせておずおずとゲルトを見た。
まだ若いその新兵に、ゲルトは忠告をする。
「新米か。いつものことだから気にしないでいい」
「わ、わかりました。それでは失礼して……」
いそいそと自分のテントに戻ろうとする新兵の背中に、ゲルトは「ああそうだ」と声を掛けた。
「は、はい」
振り向いた新兵を、ゲルトは真っ直ぐに射貫くような眼差しで鋭く見ながら忠告する。
「いいか。もし何か聞いたり見たりしても、絶対にツヴァ……隊長には何も聞くな。他言無用だ」
「は、はい」
「もし何か聞いたら、俺にその耳を斬られるか目を抉られると思え」
「はいっ」
目の前の人間が、その暴君ぶりから血濡れの狂犬という異名で呼ばれことを思い出したのか、新兵はぶるりと震えた。
そして、言われた言葉の意味もわからないまま、ゲルトの圧に押されるようにしてあたふたとテントへ戻っていく。
その後ろ姿が無事にテント内に入ったことを確認すると、ゲルトは慣れた手つきで「俺だ。入るぞ」と天幕の入り口の分厚い布をそっと持ち上げた。
ゲルトの腕が、中から伸びた手に掴まれ、強く引っ張られる。
「……っ」
目と鼻の先に、金髪碧眼の眉目秀麗な天使が、微笑みながら立っていた。
「今日は遅かったね、ゲルト。僕より優先するものなんて、ないはずだけど?」
「遅くなって悪かった」
魔獣につけられた傷が悪化した隊員の治療にあたっていた、という理由は言わずにゲルトは素直に頭を下げる。
下手なことを口走れば、明日にはその隊員がどんな目に遭うのかわからない。
「ふふ、これからは気を付けてね。それにしても、まだ僕が耳を斬ったり目を抉ったりしたのを、気にしているの?」
天幕の主、ツヴァイは美しく微笑みながら、首を傾げる。
「……当たり前だ」
美しい顔からは想像もつかないが、ツヴァイは加虐趣味のある狂人だ。
血を見ることが大好きで、魔獣討伐では魔獣を嬉々として屠る。
そのツヴァイの狂気は、ゲルトが身代わりとなって隊員に報告していた。
そしてついた通り名が、血濡れの狂犬というわけだ。
ひとつの豪華な天幕の前でふぁ、と欠伸をしそうになった新兵は、音もなく近寄った影に気づいて居住まいを正す。
「……ご苦労」
ピシッと背筋を伸ばした新兵の前に姿を現したのは、彼を含めた魔獣討伐隊の副隊長、ゲルトだった。
自国の第四王子であり隊長でもあるツヴァイの天幕の見張りをしていた新兵は、緊張しながら小さく返事をする。
時刻は深夜。
他の隊員たちは、すっかり寝入っている時間だ。
「は!……ゲルト様、こんな時間にお呼ばれですか?」
不思議そうな顔をした新兵にゲルトは、一切の感情を顔に出すことなく、内心苦笑する。
「ああ。朝まで俺がここにいるから、もうこの場を離れていいぞ」
「え……っ」
その新兵は、一瞬喜色を顔面に滲ませたあと、本当にいいのかという問いを瞳に浮かばせておずおずとゲルトを見た。
まだ若いその新兵に、ゲルトは忠告をする。
「新米か。いつものことだから気にしないでいい」
「わ、わかりました。それでは失礼して……」
いそいそと自分のテントに戻ろうとする新兵の背中に、ゲルトは「ああそうだ」と声を掛けた。
「は、はい」
振り向いた新兵を、ゲルトは真っ直ぐに射貫くような眼差しで鋭く見ながら忠告する。
「いいか。もし何か聞いたり見たりしても、絶対にツヴァ……隊長には何も聞くな。他言無用だ」
「は、はい」
「もし何か聞いたら、俺にその耳を斬られるか目を抉られると思え」
「はいっ」
目の前の人間が、その暴君ぶりから血濡れの狂犬という異名で呼ばれことを思い出したのか、新兵はぶるりと震えた。
そして、言われた言葉の意味もわからないまま、ゲルトの圧に押されるようにしてあたふたとテントへ戻っていく。
その後ろ姿が無事にテント内に入ったことを確認すると、ゲルトは慣れた手つきで「俺だ。入るぞ」と天幕の入り口の分厚い布をそっと持ち上げた。
ゲルトの腕が、中から伸びた手に掴まれ、強く引っ張られる。
「……っ」
目と鼻の先に、金髪碧眼の眉目秀麗な天使が、微笑みながら立っていた。
「今日は遅かったね、ゲルト。僕より優先するものなんて、ないはずだけど?」
「遅くなって悪かった」
魔獣につけられた傷が悪化した隊員の治療にあたっていた、という理由は言わずにゲルトは素直に頭を下げる。
下手なことを口走れば、明日にはその隊員がどんな目に遭うのかわからない。
「ふふ、これからは気を付けてね。それにしても、まだ僕が耳を斬ったり目を抉ったりしたのを、気にしているの?」
天幕の主、ツヴァイは美しく微笑みながら、首を傾げる。
「……当たり前だ」
美しい顔からは想像もつかないが、ツヴァイは加虐趣味のある狂人だ。
血を見ることが大好きで、魔獣討伐では魔獣を嬉々として屠る。
そのツヴァイの狂気は、ゲルトが身代わりとなって隊員に報告していた。
そしてついた通り名が、血濡れの狂犬というわけだ。
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