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第14章 混沌庭園のプロフェッサー
第249話 キャドリーユ・ファミリー
天井からつりさげられた、豪勢できらびやかなシャンデリア。
シミ一つない壁、靴を履いていてもその上等さが伝わってきてわかる絨毯。
テーブルクロスにしわ1つなく整えられたテーブルの上に、所狭しと並ぶ豪華な料理。それも、どの品物も高級な食材を惜しげもなく使って作られたものばかり。
そんな、どこをに目を向けても一流品が視界に入ってくるパーティではあるが……彼女、リンスレットが目を奪われているのは、そのいずれでもなかった。
それは……
「わあ……すごい……。なんて雄大な景色……」
見渡す限りに広がっている、大自然。
青々と茂った森林に、その間を縫うように流れる清水の川、広々とした草原……遠くには連なっている山々や、殺風景ではあるがそれすらも景色の彩の1つとなっている砂丘や荒野。
長らく地下の狭い部屋で、しかも光を失った状態で過ごし……その病から脱却した後も、静養のため王都からほとんど出ずに過ごしていたリンスレットにとって、360度どこを見ても、地平線まで続く大自然というのは、それだけで心躍る光景だった。
本来、こういったパーティなどでは、豪華なドレスに身を包み、王族の1人として威厳と気品のあるふるまいを見せなければいけない立場にある彼女ではあるが……今の彼女は、年相応かそれよりも少し幼いくらいの喜びようを見せている。
もっとも……この場に、それを咎めたり、気にしたりするものは1人もいないのだが。
彼女の隣にいる……その姉を含めて。
「確かに……この景色が見れただけでも、来た価値があるかもしれんな、これは」
「ええ、お姉さま! こんな素敵な場所でお食事ができるなんて……夢みたいです! 景色はいいし、風も気持ちいい……『空中庭園』でしたか? こんなものがあるんですね……」
「金が有り余っている道楽好きの貴族がたまに作るんだ。何度か、そこで開催される茶会や夜会に呼ばれたこともあるが……ここまで見事なものは、私も初めてだよ。全てにおいてな」
そう、はぁ……と、感嘆の溜息をつきながら、メルディアナは答える。
『空中庭園』とは、空中に浮いている庭園……ではなく、高台に建設された庭園のことだ。
高所にあるがゆえに、見下ろす景色が雄大で、まるで空中に浮かんだ都市にいるかのように思えたり、遠くから見ると空に庭園があるように見えることからそう呼ばれる。
作成のみならず維持・管理にも莫大な費用がかかる上、それに見合った土地や、建設のための高度な技術、景観や機能性を保つための潤沢な資材やマジックアイテム等も必要になるため、作れるのはごくごくひと握りの大貴族に限られる。
ネスティア王国では、公爵クラスかそれに近い貴族や大商人の何人か……片手の指で数えられる数の人間が所有しているだけである。
ただ単に高台にある避暑地や別荘なども合わせれば、もう少し増えるかもしれないが。
当然そういったものは、自慢のためにパーティの会場などに選ばれることもあり、その関係でメルディアナも、国内の貴族が所有する『空中庭園』に行ったことがあった。
しかし……そのいずれも、今彼女たちが来ているここには、遠く及ばない。
(景色の雄大さや澄んだ空気はもちろん……寒くもなく厚くもなく、ちょうどいい温度に保たれ、屋外で食事をしているのに虫一匹出ない整った環境……。それに、出されている料理も、食材から何から一級品ばかりだ……。だが……何よりも……)
そこで一拍置いて、
(……本当に『空中』にあるからな……この庭園……)
そんなことを考えているメルディアナは……30分ほど前、この庭園を遠くから見上げるようにして見た時のことを思い出していた。
高台に作られているでも、柱によって支えられているでも、上からつりさげられているでもなく……おそらくは魔法によって、本当に庭園が空中に浮遊している、とんでもない光景を。
「会場といい、料理といい……さすがは『キャドリーユ家』……彼らにとってはただの顔合わせのホームパーティだというのに、気合いの入りようが尋常ではないな」
「企画した本人達に言わせたら、ただのこだわりだから、だそうですよ、コレ」
と、背後から聞こえたそんな声に2人が振り向くと……普段の法衣姿ではなく、パーティ用の豪華かつ清楚なデザインのドレスに身を包んだアクィラが、微笑みながら立っていた。
童顔だが整った顔立ちに、豪勢なドレスを身にまとっているため、絵になる立ち姿である。
……どこからか調達してきた巨大なパフェを、スプーンでぱくぱくと美味しそうに食べているあたり、外見とのギャップが少々酷いが。
「それでも、喜んでいただけているなら、ミナト達も喜ぶと思います。後で伝えておきますか?」
「いえ、私が直接申し上げますわ。きちんと、自分の口で伝えたいですから。このような場所にお招きいただけたお礼も、改めてしたいですし」
「それに、他に話すこともいろいろとあるしな……もっとも、今は無理そうだが」
そう言いながら、メルディアナがちらりと会場の一角に目をやると……そこには、このパーティの主賓の1人である黒髪の少年が、パーティにはやや似つかわしくない装束の兄・姉たちに可愛がられている光景があった。
☆☆☆
ここは……僕が作った『空中庭園』。ホントに浮いてる、空中の庭園。
邪香猫の拠点都市『キャッツコロニー』の名物の1つであり……今回の、僕のSSランク昇格記念兼、キャドリーユ家全員集合ホームパーティの会場でもある。
今僕は、そこで……いろんな兄や姉たちにもみくちゃにされている。
いや、単に祝ってくれてるだけなんだけどね、一応。
ちなみに、ただいま僕が囲まれているのは、主に体育会系のノリの集団だ。
「ちっと見ねーうちに立派になってまあ……少し背も伸びたんじゃねーか、おい?」
「確かにな……まあ、中身はそれに反比例してひどくなってるみたいだが」
「あたしとしては、前はマシだったってのが信じらんないけどねぇ。コレ見た後じゃさあ」
がしがしと頭をなでながらダンテ兄さんが、そしてそれに続く形でキーラ姉さんとダイアナ姉さんがそんなことを言ってくる。ダイアナ姉さんは、この『空中庭園』を見渡しながら。
加えて、背後からはこんな声まで。
「結構、結構! 母上に似たということだろう、何の問題もないわ!」
「いやむしろ問題しかないだろそれ……まあ、別にいいけど。今更だし」
大声で豪快に笑いながら、これまた豪快に骨付き肉に……それも、自分のサイズに合ったそれにがぶりと食らいついているのは、イオ兄さん。
この『空中庭園』は屋外なので、普通にこうして参加できている。
加えて、特別に用意したイオ兄さんサイズの食料もあるし。恐竜の肉とか。
そして、後から聞こえてきたのは……僕が今回初めて会った姉の1人の声だ。
美人で若干ツリ目気味、口調はちょっと乱暴な感じで……僕と同じくらいの背丈。
凹凸の少ないスレンダーな体を、ゆったり目の部屋着に近い上下に包んでいる。セミロングの金髪と、その頭頂部から生えている2本のアホ毛が特徴的だ。
が、それ以上に特徴的なのは……その手に持っているものと、その行動。そして、目だろう。
手には、自分の顔の半分くらいありそうな大きさで、焼き加減レアの血の滴る骨付き肉をもっていて、斜め後ろにいるイオ兄さんといい勝負な感じの豪快さでかぶりついている。
しかも、その横には空になった取り皿が、両手の指に及ぶ数積まれている。
さらに補足すると、アレ全部肉が乗ってたものだったりする。
そして、彼女のその目……正確には黒目の部分は……よく見ないとわからないが、無数の小さな目が集まって形成されている……いわゆる『複眼』ってやつだ。
彼女……名は、セトロラ・シャックス。キャドリーユ家十三女で、探検家。
冒険者登録もしていて、ランクはS寄りのAAA。
種族は獣人。モチーフは……なんと『スズメバチ』。
昆虫系の獣人も存在するってのは聞いてたけど、まさか姉にいるとは思わなかった。
肉食昆虫の、それも凶暴な種族だからか、肉好きな上、結構大食らいらしい。
そして、戦闘モードになると、前に見たエレノアさんの獣モードみたいに、全身が昆虫っぽく甲殻に覆われたりするとか。ちょっと見てみたいな。
「しっかし……ココすごいね、マジで。私も探検家としていろんな危険区域に行ってきたけど……こんだけの魔境は天然モノでもそうそうないよ」
「まあそりゃ、天然だからこそねーだろうさ、こんなカオスな場所は」
感心してるのか呆れてるのかちょっとわかりづらいセトロラ姉さんの感想に、キーラ姉さんがそう返していた。
「ま、素直に感心してもいい部分もあるがな……食材とか」
と思ったら、料理の皿を手に取って、その上のサイコロステーキを食べる。
その瞬間……砕けた感じの笑いが表情から消えて、真剣な……職人の顔になった。
「やわらかくて歯切れもいい。油も上質で、しつこくなくさらっと溶け、後味にくどさも残らない。身そのものとの相性も抜群で……むしろ食べれば食べるほど舌が、いや食欲が刺激されて、腹が減ってくるような肉だ……おまけに、他の料理の味も引き立つ。これを作った料理人の腕ももちろんだが、素材そのものがそこらの出回り品とは比較にならねー品質だな」
と、ネスティア王城総料理長のお言葉。おおぅ、そこまで言っていただけるとは……。
そして、さすがというか食レポ上手いな。聞いてるこっちが腹減ってきたよ。
「確かに、それは私も思うよ……何の肉だっけ?」
「あー、それはトリケラ……あの3本角のサイみたいな龍」
「ほー……豚肉に近い味だな」
ベースにしたからね。品種改良で恐竜作る時に。
「よく作ったもんだ……コレは?」
「プテラノドンのナゲットだね。あの飛ぶ龍」
「龍は大体飛ぶけどな……コレとコレは?」
「ティラノサウルスのハンバーグ。あの2足歩行のトカゲっぽい龍だよ。もう1つの方はモササウルスのソテー。あのワニとサメ足したみたいな龍」
それぞれ、鶏、牛、魚類をベースにしてある。どれも会心の出来だ。
「そっちがエビドラゴンのエビフライで、あっちがシシャモドラゴンの塩焼き。アレがタラゴンから取れたタラコを使ったパスタで、その隣のはサーモンドラゴンの……」
「お前何で全部ドラゴン系に統一して進化させてんだよ?」
「しかもネーミングセンスが酷いどころじゃないね……聞いちゃいたけど」
一瞬で呆れた様子になるキーラ姉さんとセトロラ姉さん。
いや、そんな残念な子供を見る目で見られても……ちゃんと理由あるのよ?
僕がオリジナル食材をドラゴン系――厳密には魔物の『龍族』とは、体構造とか色々違うんだけどね。見た目も戦闘力もそれに近いけど――に進化もとい、品種改良してるのには。
こうすると、急速な成長にも耐えられるから早く『収穫』できるし、体が大型になるから食いでもある。エビとかシシャモとか、かぶりついて口いっぱいに何度も頬張れるような量の肉がとれるんだよ、1匹から。すごくない?
加えて、栄養の含有量が多くなる上に、その種類も質も、味もオリジナルよりもよくなる。
そして、戦闘力も高いので、放牧?してもこの土地に住んでいる魔物に食い荒らされてたりすることなく、逆に捕食して栄養に変えてしまいつつ成長していくし。もともと住んでた魔物たちの方が絶滅しそうになったんで、ちょっと対処したくらいだ。
あともう1つあるんだけど……コレは後で説明することにしよう。ちょっと他の分野の事情が絡んできたりするし。
「にしたって他にやり方ありそうなもんだが……あーでも、品質は本物なのが何か癪だな。なーミナト、コレ正直私んとこでも扱いたいんだけど、何匹か都合できねーか?」
「いや、無理だろ姉貴。牛や豚みたいな普通の家畜じゃないんだから」
「そうそう、収穫にAAAランクの戦闘力がいるよ」
「それ以前に育てる段階で飼育員が死ぬと思うね私は」
「というかどこで飼う気だ? ローザンパークは広いし餌も天然で有り余っとるからいいが、人里であれらを放し飼いなんぞできんだろう」
ダンテ兄さん、僕、セトロラ姉さん、イオ兄さんの順にダメ出しされ、『だよなぁ…』と、ちょっと残念そうなキーラ姉さん。
まあでも、必要な時に譲ってあげるくらいはいいけどね。肉にしてからなら。後で話そ。
とか思っていると、視界の端にとてとてと駆けてくる2つの小さい影が映った。
「ミナトー、お酒ってまだあるの?」
「コレなくなっちゃったんだけどさ……美味しくて、飲みすぎちゃって」
小柄な体躯に似合った子供用?パーティドレスに身を包んだ双子の姉妹……ディア姉さんとシエラ姉さん。その手に持たれているのは……カクテル用のグラス。中身は……
「ああ、林檎酒か……まだあるよ?」
ジェリーラ姉さんに紹介してもらった酒造職人さんに手伝ってもらって作った酒の1つだ。大量に手に入った材料を使って、大量に作ってもらったので、まだまだある。
そのほとんどは、お礼としてジェリーラ姉さんとノエル姉さんにそれぞれ卸したけど。
2人とも、いい商品が入荷できたって喜んでくれてた。ノエル姉さんはちょっと呆れてたけど。
まあ、それもわかる。何せ『スノーホワイト』使って作った奴だからね。
新しい酒のビンを手渡しながらそう教えてあげたら、2人とも驚いていた。
「す、スノーホワイトって……」
「あの、幻の高級リンゴ!?」
「うん。この近くに自生してるからさ」
『スノーホワイト』っていうのは、皮も果肉も中の蜜も純白のリンゴである。
その味はすさまじい美味で、一口食べれば美味の衝撃が電流のように全身を駆け抜け、天にも昇るような幸せを覚え、全身の疲労という疲労が取れて活力がみなぎるという。
加えて、いくつかの高級な魔法薬や香水・香油の素材でもあるなど、食材以外の用途も広い。
しかしこのリンゴ、自然界にだけ生息し、絶対に人の手で栽培することができない、とされている。種を植えても芽吹かないし、接ぎ木や挿し木をしても根付かない。木ごと持ち帰っても、どれだけ気を使って管理しても枯れてしまうのだ。
しかも、微妙な環境の変動ですらアウトらしく、木をせっかく発見しても、翌年は果実をつけなかった、あるいはすぐに枯れてしまった……なんてことも多い。
そのため、現在発見されている何本かの木――もちろん、国有地か大貴族の私有地として厳重に管理されている――から毎年穫れるわずかな数か、冒険者や探検家が偶然見つけて持ち帰るものだけが供給源であり、いくら金を積んでも手に入らない幻のリンゴとされている。
ひとたび市場に姿を現せば、好事家や美食家などが殺到し、果実1つに金貨が動くことも珍しくない。
そのリンゴの木が、実はこの近くに生えている。
しかもかなり大きいので、こないだ大量に『スノーホワイト』を収穫できたのだ。幻、なんていうキャッチコピーが完全に薄れてしまうほどに。
しかもしかも、その木は『ある方法』で完璧に管理しているため……枯れることもまずないし、1年に何回も果実をつけるので、年中好きな時にこの美味にありつける。
酒はともかく、コレを使って作るリンゴジュースやアップルパイはマジで美味なので、僕(甘党)としてもうれしい限りだ。
なお、このパーティでは、リンゴを使った料理や飲み物は、原料をコレで統一している。
ちなみに現在、多少の品質低下は覚悟のうえで、人里かその近くとかでも栽培できるようにならないか色々試してみていたりする。かなり強敵で、残念ながら成果はまだ出てないが。
「すごいねぇ、ここ。こんな美味しいものがたくさんあるなんてねぇ」
「そーだねー。最初はなんて滅茶苦茶なもん作るんだと思いつつ見てたけどねー」
と、そんなセリフと共に、ディア姉さんとシエラ姉さんの後ろからこっちに来たのは、ここを作る時にお世話になったシャンカス兄さんと……これまた今回初めて会う姉の1人。
薄緑色の髪に、凹凸の少ない体。ワンピースタイプの服に包まれているその体は……おおよそ20㎝くらいの身長しかなく、背中の羽でふよふよと浮遊している。
優しそうな、というか、ほわほわした感じの笑みを浮かべた、かわいい系の美人さんだ。
八女、ノルン・リックマン。ピクシー族。
ジャスニアで果樹園を経営しているそうだ。『スノーホワイト』はないそうだけど。
かなり大きな果樹園で、王室御用達。エルビス王子やルビスとも知り合いらしい。
加えて、ノエル姉さんやジェリーラ姉さんとも取引があると来た。
果実に限らず、植物がらみならウィル兄さん以上に詳しい彼女には、実は、ここで作ってる果実その他の品質に問題がないかどうかのチェックもお願いしていたりする。ピクシーってそういうのに明るいらしいし、味覚も人間に近いからアドバイザーとして頼りになる。
一応これも『ある方法』でチェックはしてるんだけど、念のため……ね。売るものだし。
ちなみに報酬は、そのチェックした果実や野菜、山菜やキノコ等の中から好きなものを贈らせてもらう、というもの。『スノーホワイト』も、もちろん入っていた。
「いやあ、知ってはいたけど、やっぱりここで穫れるものはおいしいねぇ。野菜も果物も、それを使った料理もさ」
「ははは、喜んでもらえたなら何よりだよ。後でシェーン達にも言っとくね」
「いや、この後彼女たちも参加するんでしょお? 直接言うよぉ。しかし……いっそのことここに住みたくなっちゃうねぇ、美味しすぎてさぁ」
「こらこら、そんなこと言ったらエルビス王子に怒られるでしょ」
「いや、怒りはせんだろうが……かなり落ち込むし本気で止めると思うがな」
と、さらにその後ろから……今度はルビスがやってきた。
手には、赤ワイン。ああ、ジェリーラ姉さん経由で買った、何とかって年代物のやつだ。
そして服装は、メルディアナ王女やリンスレット王女と同じように、彼女に似合う色合いのドレス……ではなく、ズボン。というか、男性用の礼装である。
うん、服装だけではあるが、男装している。ちょっと前までを思い出す感じだ。
ただまあ、魔法薬とかまでは使ってないので、体型はそのままで……ちょっと一部分が締め付けられてきつそうなんだけど。見た感じ。
しかし本人はこの方が落ち着くらしいので、気にしない+何も言わないことにする。
と、僕の視線に気づいたらしいルビスだが、別に嫌な顔なんかはすることはなく……というかむしろ、ほっとしたように自然な笑みを浮かべて、
「ミナト……そういえばまだ、お礼を言っていなかったな」
「? お礼って……何の? お招きいただき云々だったら、さっきエルビス王子と一緒に……」
「そうではなくてだな……このパーティに参加するにあたって、ドレスコードを設けないでいてくれたことだ。それどころか、自分の一番楽な格好で、と言ってくれた」
おかげでこの通りだ、と、腕を広げ足を肩幅に、男装している自分の姿を見せてくれるルビス。
今彼女が言った通り、このホームパーティには『ドレスコード』がない。あの、格式ばった店に入るには、スーツとかジャケットとか相応の服装でないとダメっていうアレだ。
規模やメンツがどうあれ、ただのホームパーティだということで、どんな格好で来ようが自由。礼装とかでももちろんいいけど、普段着でも仕事着でも全然OK。部屋着だってかまわない。
現にダンテ兄さんは、合宿のときのあのカッコだし、キーラ姉さんなんかも普段着。ダイアナ姉さんなんか作業着だ。
ディア姉さんやシエラ姉さん、あとはアクィラ姉さんなんかはドレスだけど。
あっちで王様と一緒にいるドレーク兄さんや、その王様と話してるエルビス王子なんかは礼服とか軍服だ。
とまあ、こんな風に各々が楽な格好での参加となっている。これは母さんの方針でもあり、ここがキャドリーユ家のホームパーティである以上、参加者が誰だろうがそれに従ってもらうことに何も不思議はない。ああ、無いったらない。
しかし……前々から聞いてはいたけど、ホントに彼女、女物の服が苦手みたいだ。
加えて、淑女らしいふるまいとか言葉遣いも。
社交界が狩りより疲れる、ズボン履きたい、って毎日のようにこぼしてるらしい。
メイド兼お目付け役やってるヴィットさんとかいう人が厳しくてつらいとかなんとか。
「あはは……それは何よりだよ、うん。とりあえずその……ここにいる間はゆっくりしていってね。服装とか、特に気にしなくていいから」
「そうか、よしわかった、それが聞けて良かった! ……これでここにいる間は男物で過ごしてもヴィットに何も言われない大義名分ができた……ふぅ」
何か思いのほか喜ばれたというか、食いつかれた。……そんなに嫌なのか、女物。
……後でヴィットさんに文句言われそうだな。彼女もいっしょにここ来てたはずだし。ちょっと失敗したかも。
まあいいや、楽に過ごしてほしいのはホントだし。
……あー、でも……
(……いくらなんでもアレは……ちょっと……止めるべきだっただろうか?)
嬉しそうにするルビスの後ろを……すたすたと歩いて、僕の視界を横切っていく1人の少女。
いや、少女って言っても見た目だけで、僕より年上……っていうか、アレも姉なんだけども。
黒色の髪が……長い。
どのくらい長いかっていうと、背中や腰を通り越して、膝裏あたりまで伸びている。
色白で、整ったかわいい……童顔な感じの顔。瞳は紫色で、眠そうにあくびをしている。
そんな彼女の恰好は……パジャマ。
……いや、何かの隠語とか暗号とかじゃなく、ホントに寝間着としてのパジャマだ。
そこにさらに、洋風のどてらみたいな上着を羽織った状態で……なんていうか、いかにも『寝起きで朝ご飯食べに来ました』的な感じでこの空中庭園を闊歩している。
……よく見たら、靴もビーチサンダルみたいなやつだ。とことんラフな感じである。
すると、その後ろから……
「ちょっ……何やってるんですかアイドローネ! 何ですかその恰好!?」
そんなことを小声で叫びながら(器用だ)、慌てて追いかける1人の女性。
藍色を基調としたドレスに身を包んだ姿は新鮮だが……あの声とボブカットは記憶にある。ネスティアとジャスニアの行政なんたら顧問やってる……フレデリカ姉さんだ。
確か……ノルン姉さんやエルビス王子、そしてルビス達と一緒に来たんだっけ。
そんなフレデリカ姉さんに声をかけられた少女は、ちょっとだるそうに振り向く。
目が、なんていうか……ミュウより眠そうだ。全身からこう、だるいですオーラが……
「……何、フレ姉?」
「何じゃないですよ! あなたこそ何でそんな恰好で……ていうか、寝起きですよね完全に!?」
「……だって、ミナトは『好きな服装でいい』って……」
「だからって選ぶことすら放棄して来なくたっていいでしょう!? そもそもあなた、どれだけ豪快に遅刻してきてるんですか……もうパーティ始まって1時間ですよ!?」
そのフレデリカ姉さんに生返事を返しているのは……実は、こないだからちょくちょく話題に上ってた人である。
その名も、アイドローネ・アフロディテ。十四女。
ギルドOGで……セレナ義姉さんいわくところの、『引きこもり娘』。
種族は夢魔族だけど……ちょっと特殊らしい。体質も、性格も。
そのアイドローネ姉さんは、フレデリカ姉さんの話を聞きながらも、周囲のテーブルの上に並んでいる料理に目を走らせて物色していた……かと思うと、すごく自然な動作で取り皿を手に取り、美味しそうな料理を片っ端から……
「ちょっとアイドローネ!? まだ話は終わってないですよ!?」
「……フレ姉、話長い」
「なっ……!? あ、あなたねぇ!」
「……私、仕事は、ちゃんとする。だから、それ以外は好きにする。ミナトも、ギルマスも、それでいいって言ってくれた」
眠そう+だるそうにそう返すアイドローネ姉さん。
「い、いや、それはそうですけど……か、仮にもアイドローネは今後、『キャッツコロニー』とギルドその他の玄関口になるわけなんですから、そのあたりもう少し自覚をですね……」
「……大丈夫。ここではミナトとイオ兄がルール。コンタクト取ってくるなら、そこは相手が誰で何だろうが向こうが合わせるべき……って言えば問題ない」
どういう話をしているのかというと……こないだ、アイリーンさんが、僕の『担当』をどうするか、って話をしてたのを覚えてるだろうか? あと、あの時まさにこの人……アイドローネ姉さんの名前が、次なる担当候補として挙がってきてたのも。
この人、こう見えて仕事はできるらしいので……この僻地で、ギルドの『担当』業務をやってくれるらしいのだ。セレナ義姉さんでは手の及ばない部分を。
加えて、ギルド以外の分野でもここの外交業務全般を助けてくれることになってる。
報酬は、『仕事以外では好きにしていい』という確約と、十分な衣食住の提供。
あと、肉体的に疲れる仕事は主にセレナ義姉さんに回すこと。
3つ目の条件を提示されたところで義姉さんが額に青筋を浮かべてたけど、胆力も相当なもののようで、しれっと無視していた。
そういうわけで、この人が今度からこの『キャッツコロニー』の対外的な玄関口になるということで……深くかかわっていく可能性があるフレデリカ姉さんが心配してたというわけ。
そんなことを思い出していると、アイドローネ姉さんがちらっと横を見て、
「フレ姉は私なんかより、あの辺を気にした方がいいと思う」
「はい? あのへんって何が……げっ!?」
アイドローネ姉さんが指さした先を見ると……そこでは……
「うぁ……やべ、もう無理……」
「ぷっはァ――!! よぉし勝ったァ! どんどん来ォ――い!!」
「はっはっはっはァ! やりおるのう小娘! このわしについて来れる奴、それも女子なぞ久々に見たわ!」
飲み比べでもしてたんだろうか……ブルース兄さんが机に突っ伏してつぶれ、その隣で勝利の雄叫びをあげているシェリーと、豪快に笑っているイーサさん、という組み合わせ。
しかもその周囲には、さっきまで近くにいたはずのダンテ兄さんやキーラ姉さんがいつの間にか引っ張り込まれてて……そしてすでに潰されていた。参加させられたらしい。
……2人ともドワーフで、種族的に相当酒には強いはずなのに……。
……というか、ダンテ兄さんきつい酒あんま好きじゃなかったはずなのに……かわいそうなことしてやるなよ……。
そしてさらにその横のテーブルでは、ジェリーラ姉さんとノエル姉さんという、東西の大商人コンビが何やらごにょごにょと話していた。雑談を楽しんでいる雰囲気……って感じじゃないな。
「……つまり、近いうちにシャラムスカでは穀類の高騰が見込まれる、ちゅうわけか」
「ええ。どうも一部の坊主共が事業に失敗した損益を回収しようとバカな真似をやったみたいで……その地域を中心に。そこほどじゃないけど、周囲にも影響は多少なり」
「今の時期ならフロギュリアからの輸入増は見込めへん……となれば、ジャスニアと……多少無理やりではあるけど、何らかの恩を売ってその対価でニアキュドラ、か?」
「ジャスニア方面の財布のひもはこちらで。ニアキュドラにはすでにノエル姉さんが影響力を強めてるから、私の方からの進出はほどほどにしておくわ。娯楽に回す余裕もまだ少なそうだしね……まあでも、いずれは調整しつつ……おっと、話が脱線したわね」
「ふむ……よし、わかった。なら、ほどほどに両国の流通大手の取引を締めあげつつ、タイミングを見て値段を調整していけば……」
「増収2割は固いかと。あと、無駄にお金持ってそうな貴族に個人的に裏取引を進めてみてもいいかもね……ああ、そのためのペーパーカンパニーはこっちで……」
「ちょっとそこ! 大国間の経済収支を巻き込むような談合しないで下さいよ!」
食糧問題からお金を生み出そうとする商魂たくましい2人の会話に肝を冷やしたのか、フレデリカ姉さんが内緒話に乱入……というか介入しようとしていた。
が、それより先に、ジェリーラ姉さんの背後に現れる人影。
「もう……ほどほどにしておきなさいよ? じゃないと、まだ兄さん達に怒られるから」
エルフ系種族特有の長い耳に、ショートヘアの金髪。
メガネをの向こうに見える瞳は、エメラルドグリーン。色白の肌を覆うのは、若草色のドレスと、真珠なんかをメインに据えたいくつかの上品なアクセサリー。
ため息交じりに現れた彼女の名は……七女、フランチェスカ・レイリー。
職業・考古学者で、エルフ族。各国のいろんな遺跡とか、歴史的に価値のある文献とか調べるのが仕事であり趣味、という人。
そして同時に、ジェリーラ姉さんの『姉』でもある。同じ父親を持つ、という意味での。
僕ら『キャドリーユ家』の兄弟は、基本的に……母親は母さんことリリン・キャドリーユであるが――僕に限ってはもう1人『母親』がいるが――父親はみんな違う。
ブルース兄さんなら『エクシア』の、ダンテ兄さんやキーラ姉さんなら『ドワーフ』の(しかも別々の)、イオ兄さんなら『巨人族』の、ノルン姉さんなら『ピクシー』の父親がいる。
言うなれば……『腹違い』ならぬ『種違い』の兄弟姉妹、といったところだ。
しかしこの2人は、『腹』も『種』も違わない。父親も母親も同じ姉妹。
だからだろう、かなり似ている。顔も、体つきも。髪型と服装、雰囲気は結構違うけど。
ちなみに、同じように『父母が同じ』兄弟姉妹は、この2人以外だと、ドレーク兄さんとアクィラ姉さんの長男長女コンビと、ディア姉さんとシエラ姉さんの双子の2組だけである。
そのフラン姉さん――この名前で通ってるらしい――は、拠点をジェリーラ姉さんの『財閥』の本拠地に置いており、そこの相談役兼ストッパーも担ってるらしい。
もっとも、趣味兼本業の考古学調査で留守にすることも多いらしいけど。
「あはは、ごめんごめんお姉ちゃん。大丈夫、心配しないで、ちゃんと加減するから」
「ターゲットは一応、バカやっとる貴族共にする予定やし……民間に流す穀物は別口でなんとかするさかい、問題あらへんて」
「それはいいんですよ、別に。私もフレデリカも心配してません」
「いや、してないってことはないんですけど……でも、あんまりそっちに財が傾きすぎて経済収支が見込みから大きく変わりすぎちゃうようなことになるのは困るんですよ。仕事増えるから。ホントほどほどにしてくださいね?」
と、フレデリカ姉さん。あ、そこなんだ、メインで心配してたの。
仕事に支障がなければ、正義感とか常識とか倫理とかは二の次なのね……さすがわが姉たち。
「つかあそこ、いつの間にシェリーこっちに来たんだ?」
「ついさっきよ。イーサさんが新しいお酒開けたあたり」
と……すたすたと僕の隣に歩いてきたのは……今日も可愛い、わが嫁。
その左手薬指には……僕と同じく、指輪が光っている。
エルクと僕のことは、もうほとんど周知の事実ではあるんだけど……これが、婚約を意味するプレゼントだってことも含めて、パーティ開会前の口上の時に皆に教えてある。
冷やかされた。ちょっと恥ずかしかった。
で、その後しばらくエルクや、『邪香猫』の皆と一緒にいたんだけど……なぜだか一旦、それぞれ別行動することになった。
それで、冒頭のダンテ兄さん達にもみくちゃにされてるあたりに戻るんだけど……ああ、ひょっとしてあの後からシェリーってば、このパーティに出てる酒色々飲んで回ってたのかな? それで最終的に、あのあたりに行き着いたと……
「ちなみにザリーはオリビアのところに直行、ナナはアリスとクロエの同期3人でガールズトーク、ミュウはシェーンが合流してきたからその辺で一緒に適当にくつろいでるわ。ターニャはあそこでレジーナと話してる。ああそれと、ネリドラがさっき、飲み比べでつぶれた人たちを救護室に連れてったわね。ギーナとかスウラさんとか、あとメイド数人に手伝ってもらって」
「そっかー……エルクは何してたの?」
「え、私? まあ、その……色々よ」
…………? よくわかんないけど……まあ、いいか。
じゃ、元通り一緒に……そうだな、兄さん姉さん達にあいさつ回りでもするか。
『数年後か数十年後に義妹になるコなのでよろしく』とでも。
そんな風に考え、エルクと腕を組んで歩き出した僕は……この時、気づかなかった。
僕の隣のエルク。
窓の近くの席に座っているリンスレット王女。
少し離れたところで、また別な赤ワインを堪能しているルビス。
ターニャちゃんと話してるレジーナ。
その4人の視線が……ほんの一瞬、交錯したことに。
「……ったく……ホントうちの旦那は、あっちこっちからとんでもない女ひっかけてくるのが上手いんだから……」
「? エルク何か言った?」
「いや、何でもない」
……???
************************************************
……何か題名がマフィアみたいだな、と今更ながら。
まあ、中身マフィアより怖いんですが。
さて、ちょっと駆け足だったかもしれませんが、とうとう兄弟姉妹全員出揃いました。
あと、随分前に要望があった、兄弟姉妹の一覧表作ってみました。年齢順です。
●…故人
長男ドレーク・ルーテルス(ハイエルフ)
長女アクィラ・ヨーウィー(ハイエルフ)
次男ブルース・クーザント(エクシア)
次女キーラ・テイラス(ドワーフ)
三男ルイツ・リオラント●(人間)
三女ファン・リーシェ●(半魚人)
四女ノエル・コ・マルラス(獣人・狐)
四男ダンテ・アンキラス(ドワーフ)
五男シャンカス・ワイドバード(獣人・土竜)
六男ジェイムズ・クローズ●(人間)
五女ダイアナ・オーエンバーグ(獣人・猿)
六女エメト・ヴァル●(小人族)
七女フランチェスカ・レイリー(エルフ)
八女ノルン・リックマン(ピクシー)
七男イオ・プロセドン(巨人族)
八男ゴート・バース●(人間)
九女ディア・キリオン(夢魔)
十女シエラ・キリオン(夢魔)
九男ミシュゲイル・クルーガー(人間)
十一女アリシア・ドローベルバート●(人間)
十二女ジェリーラ・アントワネット(エルフ)
十三女セトロラ・シャックス(獣人・雀蜂)
十四女アイドローネ・アフロディテ(夢魔)
十五女フレデリカ・メリンセッサ(邪眼族)
十男ウィリアム・キッツ(人間・先祖返り)
十一男ミナト・キャドリーユ(人間・突然変異)
……こうしてみてみると、ホント多いな……
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