魔拳のデイドリーマー

osho

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第18章 異世界東方見聞録

第365話 下準備、その1

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「そういうわけで、『陰陽術』のレッスンつけてもらえることになって」

「その代わりに、時々タマモさん達からの『依頼』を受けることになった、と? んー……まあ、オリビアからもそのへんは事前に許可とかもらってるし、大丈夫だとは思うけど……そんなにすぐ決めて大丈夫だったの?」

「ま、まあ……若干安請け合いかもとは思ったけど、大丈夫だよ。『依頼』を出すときは、オリビアちゃん達にも事前に話を通して相談して、護衛の仕事に差し障りがあるようだったら断ってくれていい、って言われてるし」

「ふーん……ずいぶんこっちに有利というか、都合がいい話なのね」
 
 茶店で偶然出会ったタマモさんから持ちかけられた話について、僕は受けることにした。

 正直、ロクスケさん達から聞いてたような『モグリ』の陰陽師……しかも、ある程度とはいえ信頼できるようなのなんて、どう探したらいいのか分かんなかったしね。
 タマモさんのお墨付きで、しかも『最高水準』とまで言ってくれるのなら確実だし、大いに期待できるってものだ。

 その代りにってことで、時々タマモさんから『依頼』ないし『頼み事』をされることになっちゃったけども、そのくらいは許容範囲だ。
 さっきも言った通り、護衛の仕事の邪魔にならない範囲であれば、自由行動は認められてるし、そもそも頼み事をする際はオリビアちゃんに相談して許可をもらう形にしてあるからね。

 そっちにかまけて護衛がおろそかになる、なんて事は起こらないようにするよ。

「それに、聞いた感じだと、どうも僕の『冒険者』としてだけじゃなく、『技術者』や『研究者』としての腕にも期待してる、みたいなこと言っててさ。もしかしたらだけど、そっちも僕の趣味に通じる内容かもしれないから、実はちょっと楽しみにしてたりする」

 この国特有の素材を渡されて『解析して』とか『加工して』とかだったら最高である。わくわく。

「やれやれ……もうなんか今更ではあるけど、遠征での護衛依頼のはずが、すっかり観光旅行ね」

「しかも行った先に予想外に親の知り合いがいたっていうね……そんなわけで、行ってきます」

「行ってらっしゃい……って、今日からもう始めるの? その、『陰陽術』の指導とやら」

「いや、なんかその下準備みたいなのがあるらしくてさ……今日の午後来てくれって呼ばれてんの」

 どうやら『陰陽術』の修行とやら、ただ単に教科書を読んで実践で術を使って、っていうような感じじゃないみたいなんだよね。
 何をするのかは聞かされていないけど……それもまた、楽しみと言えるものである。


 ☆☆☆


「それではミナトさん、服をすべて脱いで裸になってください」

 いきなりよくわからないことを言われてるんですが何コレ?

 え、何でいきなり脱衣を求められてるの?
 僕、『陰陽術』の授業の、さらに下準備のためって聞かされてここに来たんだけど……

 屋敷の奥の方の部屋に通されて、ふすまを全部閉めたと思ったら、いきなり言われたのがコレだった。

 何かの冗談だろうか、という淡い期待を込めて、たった今謎発言をしてくれた彼女……重厚な重ね着が特徴的な美女・マツリさんを見返すも、変わらぬ笑顔を返されるのみだ。

 ……本気で言ってるらしい。どうやら。

「あのー……なぜ、とお聞きしてもよろしいでしょうか?」

「はい。もちろんそれは、これから行う、陰陽術を学ぶための『準備』に必要だからです」

「……いえ、ですからその……なぜその準備に、裸になる必要が? というか、『準備』って何をするんですか?」

「それはもちろん、『稽古着』を作るのです」

「……稽古着?」

 ええと、『稽古着』って……読んで字のごとく、稽古する時に使う衣服、っていう意味のアレだよね? 剣道や柔道で言う『道着』とか。
 僕自身も、『樹海』での修業時代は、母さんの手作りのものを使ってた。

「ええ、その『稽古着』です。私、お針子もしておりまして、お裁縫は得意なんです。普通の衣服も……普通じゃない衣服も」

「……『稽古着』は、後者だという考えでいいんでしょうか?」

「ええ。陰陽術の修行は少々特殊でして……詳しくは今は省きますが、修行する際の衣服の素材やつくりなどにも、極力気を配った方がよいのです。ですので、ミナトさんの修行用の稽古着は、私が一から作らせていただきます」

「な、なるほど……ちなみに参考までに、出来合いのものを使うとか、作り方を教わって僕が自分で作る、なんてのは無理なんですよね?」

「どちらもやめた方がよろしいかと。まず後者は論外ですね。ミナト様が大陸において、技術者として高名なお方だというのは聞いておりますが……さすがにまだ陰陽術についてろくな知識もない現段階では、率直に言ってまともなものができるかどうか。そのようなもので修行をするというのは、何よりもミナト様にとって不利益でしかないかと……辛辣な物言いで申し訳ありませんが」

「……いえ、ごもっともです」

 技術屋として、その技術に関する理解がない状態で、それに深くかかわるようなものを作ることがどれだけバカなことかってのは、僕もわかってる。
 上辺だけ似せた不良品が出来上がるだけだ……バカなこと聞いたな。

 幸いにして、マツリさん、怒ったりはしてないようだけど……これは反省しなくちゃだな。

「また、出来合いのものもよした方がよろしいかと。そういうやり方もこの国ではなくはないのですが……ミナトさんは、普段、大陸の方式で『魔法』なる術を使っているようですね? 体の経絡系……『気』や『霊力』の通り道になるところですが、その発達の仕方がこの国の者とは違うようです。ですので、少しでもミナトさんの体に合ったものを作って使用した方がいいですよ」

 なるほどね……こちらも納得の理由だ。
 何かさりげなく『気』とか『霊力』とか、面白そうなワードが一緒に出て来たけど、まずは後回しにして……うん、それなら、言われたとおりにした方がよさそうだ。

 受け答えの態度を見ても、本気と言うか、真面目に提案してくれているのがわかる気がするし。

 ……でもさ、

「……全裸にまでなる必要はあるんでしょうか……?」

「はい。体中隅々まで、きちんと経絡系を確認しながら採寸したいので。まあ、私の目の保養も若干ないとは言い切れませんが」

 前言撤回。結構適当じゃないのかやっぱ。

 まあでも、さっきも言ったように、理屈は通ってるんだよな……それを聞けば、確かにきちんと僕に合うものを作ってもらった方がいいんだろうし……。陰陽術をきちんと効率的に学べるのであれば、多少の恥は……ううん、覚悟すべき、か……

 自他共に認めるマッドである僕だが、研究のためならどんな手段も、っていうほどではないし……師匠みたいに羞恥心が欠落してるわけでもないのであって……。大人のお姉さんに裸見られるとか、めっちゃ恥ずかしいのでどうにか回避したいんですけども……

 なんてことを考えて、僕がうんうん唸って葛藤していると……

「ふふっ、そんなに恥ずかしいなら、私も一緒に脱ぎましょうか?」

「え!?」

「そうすれば、お互いに裸になって、見せ合いっこになって、お相子でしょう? それなら大丈夫ですよね?」

 いや、全然大丈夫じゃないですよ!? どうしてそうなる!?
 むしろ余計に恥ずかしい!

 まるでエロゲーみたいな展開に驚いている僕だが、信じられないことに、またしてもマツリさんは『冗談ですよ』とか言って撤回してくれる様子はなく、にこにこと笑うばかり。

 それどころか、僕の返事を待たずに服に手をかけ、しゅるしゅると帯をほどいて襟をはだけさせ、脱衣を始めてしまった。

「ちょっ!? あ、あの……マツリさんっ!?」

 ―――しゅるり、しゅるり……

 慌てて呼びかけるも、止まらない。
 近づいて手をつかんで止めようとしたら、手で制されて……そのまま、脱いでいく。

 1枚、また1枚と、重厚なまでにその身を覆っていた重ね着の着物が、次々にとほどけて落ちていき、見る見るうちに肌色の見える面積が大きくなっていく。

 ―――しゅるり、しゅるり……

 あれよあれよという間に、着物をほとんど脱いでしまったマツリさん。残るは、浴衣みたいに薄手で頼りない、真っ白の肌着らしき着物が1枚だけだ。肌襦袢、って言うんだっけ? こういうの。

 そして、それも脱いでしまう。

 ―――しゅるり

 衣擦れの音と共に、マツリさんの裸体があらわになった。着やせするタイプだったのか、出るとこ出てしまるとこしまっている、女性らしい体つきだ。それでいて健康的に丸みを帯びた体のラインは、年上の女の色気を醸しだしている。

 そんな裸体を、マツリさんは隠すこともせず晒している。
 そして……

 ―――しゅるり

 それもほどけて落ちて…………って、あれ?

「…………え゛!?」

「……ふふっ♪」

 ……えっと、目の前にある光景の意味が分からないんですが。

 さっき確かにマツリさんは、僕の目の前で全裸になったはずだ。
 思春期男子としては隠してほしいようなところまで全部丸見えの、美しい裸体が見えていた。それはよく覚えてる。申し訳ないがよく覚えてる。

 ……なのに、何でそのあと、その素肌がほどけて落ちる!?

 っていうか今マツリさん、首から下の、胸とかお腹とか足とかが全部『ほどけて』落ちて、首だけが空中に浮いてるんですけど!? いや、その首のところに、解ける途中の布みたいなのがつながってて……え、ホントに何コレ!? 怖ッ!?

「え、えええ……!?」

「ふふふ、驚かせてごめんなさいね、ミナトさん。私のこの体、実は偽物なんですよ」

 困惑しまくっている僕に、マツリさんはくすくすと笑いながらそう言った。首だけで。

「……偽物、ですか?」

「ええ、幻術と擬態の能力を併用して、肉感的な女の肌を再現しているんです。というのも……知ってるかしら? 私、『一反木綿』っていう妖怪なんですよ?」

 ……い、一反木綿!?
 そ、そりゃ知ってますよ!? 日本じゃかなり有名な妖怪の1つだもの。

 主に、某アニメやその原作の漫画でよく知られてる妖怪で、僕の記憶だと、薄っぺらい布一枚に手足が生えて、三角形っぽい目が2つくっついてる、っていう見た目だったはず。
 手抜き……もとい、絵に描きやすい妖怪ナンバーワンじゃないかっていう、あの一反木綿!?

 直後、残っていた首の部分も、同じようにしゅるりとほどけてしまい……人間の女性の肉体は跡形もなくなり、そこには、空中にふわふわと浮いている、白くて長い布だけが残った。
 ホントだ……こうして見ると、一反木綿だ。目と手足はないけど。

「コレが私の本当の姿です。少しの隙間にも入れたりするから、これはこれで便利なんですが……華も何もない見た目ですからね、普段はこうして、女の姿をしているんです」

 口がないのにどうやって喋ってるのか知らないが、途中まで布モードで喋っていたかと思うと、その直後、再び布がしゅるしゅると寄り集まって人の形を成し、元の女の裸体になった。

 しかもさらにその後、脱いだ着物が次々と勝手に纏われ、脱いだ時よりもはるかに早く、元通りの重装甲な状態にまで戻ってしまった。時間にして、10秒かかっていない。

「この方が、タマモ様のお役にも立てますし……帝にも喜んでいただけますからね。ちなみに、今こうして纏っている服ですが、これらは言ってみれば私の体の一部なんです。なので、自由自在に動かせますし、この姿のまま空を飛んだりもできるんですよ?」

 何を喜んでもらうのか考えると昨日の二の舞になるから、極力気にしないことにして。

「さて、そんなわけでミナトさん……見てくれはこうですけど、私が実は、先程お見せしたような布の集合体だとお判りいただけましたか? 布を相手に緊張する理由なんてありませんから、遠慮せずさっさっと脱いでしまってください」

 ……あ、こうくるのか。

 いやでも、いくら正体が布でも……こうして目の前にきちんと女の姿を見せていて、さらに人格はちゃんとした女性だし、コミュニケーションもとれるとなれば……どうしても意識はしちゃうんですけども……。
 妖怪・一反木綿としてだけではなく、マツリさんという1人の女性として見てしまう。

 どうしても緊張します、と懇願するように言ったんだけど……

「ふふっ、何だかミナトさんって、優しいのは確かにそうなんですけど……ぬいぐるみとかを本当の生き物とか友達みたいにかわいがる女の子みたいですね」

 こんな風に返されて、『あ、説得もう無理だな』と悟った。

 大人の女性に見られている前で、恥ずかしいことこの上なかったけど、仕方なく全部脱いで……

 ……他人の家で、しかも女性の前で……こんな……羞恥心でおかしくなりそうだ……

「……ええと、採寸するんです、よね? 早くしてもらえると……」

 そこまで言って、ふと気づいたんだけど……マツリさん、巻き尺とか紐とか、採寸に使えそうなもの何も持ってないけど、どうやるんだろう? まさか、目測?

 そう聞いたら、いえいえ、と首を横に振って、

「稽古着の作成は、ただ単に体の各部の大きさを測って作るだけでは不足です。それを着たまま、色々と動いたり、荒行に赴いたりする場面もありますから、体の大きさだけでなく、動きの癖などもきちんと見た上で、それらに合わせて作る必要があるのです」

「……それってつまり、この状態(全裸)で、歩いたり走ったりして、それを見た上で作る、ってことですか……?」

 羞恥心にも限界ってものがあるんですけど……。
 そこまでされたら、着るたびにそのこと思いだして、修行どころじゃなくなりそうだよ!?

「いえ、それでは時間がかかってしまいますし、見て測るには限界があります。なので、実際に触れて感じ取って調べます」

「ふ、触れて、感じ取る?」

「はい。このように」

 そう言った直後、マツリさんはさっきと同じように……しかし今度は一瞬で、着ていた服を全てほどいて脱いで裸になり……それも解いて、布モードになる。

 そして、その状態で……ほとんど一瞬のうちに、僕の全身に巻き付いた!?

「え!? なん……んむぐっ!?」

 手の先、足の先からあれよあれよという間にぐるぐる巻きにされ、さらに頭までぐるぐるに布で巻かれて、ミイラみたいな姿にされてしまった。
 しかし、また一瞬後には、顔に巻き付いていた部分がほどかれ、息苦しさからは解放される。

 だが、首から下についてはそのままだった。依然としてミイラ状態である。

「ぷはっ!? ……えっと、これ、もしかして……マツリさん自身が僕に巻き付くことで、僕の体のサイズや、動いた時の癖なんかを測定する……ってことですか?」

「ご理解が早くて結構です。さほどお時間はとらせませんから、しばしお付き合いくださいね。私が言った通りに動いて下されば結構ですので」

 なるほど……これが『触れて、感じ取る』か……よく言ったもんだ。

 これなら、巻き尺とか使って測る必要もない。感覚で測れる――んだろう。多分。
 サイズだけでなく、『経絡系』の状態とかも感じ取ってしまえるんだろうな。早くていい。

 それと地味にもう1つ、このミイラ測定法(命名が雑なのは許して)僕にとって嬉しいところがあった。

 これなら、見てくれはともかく、さっきまでのような全裸じゃないので、恥ずかしさがだいぶ軽減される。気分的な問題なのはわかってるけど、やっぱり大人の女性の前でああいうカッコでいるってのは、度胸が要るどころじゃなくてさ……正直、助かった。

 すぐ終わるって言ってたし、さっさと取り掛かってしまおう。

 …………でもまてよ? 確かに服の代わりになって、僕の体は隠れて入るけど、この布は……

「ちなみに今、ミナトさんは、形は違えど、一糸まとわぬ裸の体を私の体に包まれている……いわば、素肌同士で触れ合っているわけですが……どんな気分ですか?」

「何でそういうことをわざわざ言うんですか!」

 この後、要所要所でからかわれながら、どうにか僕はサイズ測定を完了した。
 要した時間の割に、すっごく長いこと拘束されていたように感じた。疲れた。



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