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しおりを挟む冷泉院桃花は、十六歳の誕生日を迎えると共に、神様に嫁ぐはずだった。
冷泉院家は代々一族の中からひとり、神様へ嫁入りすることで国の平和を保ってきた。
今代の嫁入りに選ばれたのが桃花であり、桃花自身も神様との結婚生活を楽しみにしていた。――はずだったのに!
神嫁の役割を理解していない馬鹿な両親が、可愛い可愛い妹の代わりに、よく知りもしない貴族の息子との見合いに桃花を差し出したのだ。桃花に知らせもせず! 勝手に!
冷泉院の本家ではなく、傍系だったためにそんな勝手を許してしまった。
華やかな桃色の振袖を着せられ、めかしこまれた桃花はすでに見合いの場でもある相手方の屋敷の一室にいる。
妹の桜花は可愛い。柔いマシュマロ肌に、緩く波打った黒髪。真ん丸い瞳に愛らしい笑顔。
お姉さま、と慕ってくる妹は可愛いが、ほぼ婚姻が決定している見合い身代わりで出させられるとは思わなかった。
「なんで、わたしが……」
思わず溜め息がこぼれてしまった。
両親は、神嫁になると決まってから本家で育てられた桃花よりも桜花のことを可愛がっていた。
清流のようにつんと澄ました美人の桃花よりも、ニコニコと笑顔の桜花のほうが可愛かったのだ。それでも嫁ぎ先が決まっている娘に見合いをさせるなんて酷すぎる!
本家で育てられ、神様の尊さ、恐ろしさ、素晴らしさを学んできた桃花にしてみれば、神嫁を人間の男にあてがうなんて恐ろしいことがよくできるものだと背筋を震わせた。
神様は嫉妬深くて慈悲深くてとても尊いお方である。
桃花は神様に嫁ぐのが楽しみでしかたなかった。
だというのに! お見合いなんて気乗りするわけがない。
「お待たせいたしました、お嬢様。ご主人様がいらっしゃいます」
「……はい」
きっちりはっきり断るつもりだ。
だって桃花には神様がいる。婚約なんてするものか。
襖を開け、入ってきた人の気配に俯いていた視線を持ち上げて――絶句した。
でっぷりと肥えた腹。芋虫のように丸々とした手。油の浮いた額に、やや後退気味の生え際。白髪混じりの髪を撫で付け、じゃらじゃらと装飾品が喧しい音を奏でる。
ゴツゴツと賑やかに輝く指輪のはまった指で顎をさすり、好色の笑みを浮かべた男性はどこからどう見ても四十代半ばのオッサンだった。
「おっほぉ! 今度の娘子は随分と可愛らしい!」
馬の嘶きのような声にビクリと肩を震わせる。
ふすー、ふすー、と鼻息荒く、近づいてくる。歩くたびにずし、ずし、と畳が軋んだ。
「名はなんと申す?」
「れ、冷泉院桃花といいます……」
ツン、と鼻の奥を突く加齢臭に頬が引き攣る。
見合い相手の名前くらい把握してろよ、という言葉は飲み込んだ。
両親はなんて奴と見合いさせるんだ……!
十五の娘と、四十代半ば(見た目)のおっさんの夫婦なんて歳の差がすぎる!
「あの冷泉院とな! これはこれは! よくぞ参った! ワシの妻となるからには、よくもてなそう! さぁ隣の部屋へ行くぞ!」
「きゃぁっ! い、痛っ」
ぐい、と無理やり手首を掴まれ、引きずられる。
バンッと乱暴に隣の部屋の襖を開けると、見えたのはあからさまな寝台だった。
ゾッと、怖気が走る。
ろくに自己紹介もせず、話もしないで、共寝をしようというのか。
気持悪い、気持悪い気持悪いキモチワルイ! 胃の奥がかき回されているようだ。着物の裾が乱れるのも厭わず、手首を掴む手を振り払おうとするが、男の力には敵わない。
「さぁ、あちらへ行こうぞ!」
「嫌ッ、離して! 誰か……!!」
「叫んでも無駄じゃ。終わるまで誰も近づかせるなと言いつけておるからなぁ! ほれ、よいではないか! ワシらの仲じゃろう!」
ドン、と部屋全体が大きく振動した。
照明がチカチカと明滅して、襖がカタカタと震える。
縦揺れ地震のような衝撃に、男は体勢を保っていられるはずもなく無様に尻餅をついた。
「不届き者は貴様か」
凜とした、耳ざわりのよい声が響く。
艶やかな夜の空を映した髪、淡く輝く月の瞳。均整に配置された目や鼻。
完成した美しさの青年――桃花が嫁ぐはずだった、月の神様がそこにいた。
神様の息を飲む美しさに、唖然とアホ面を晒す婚約者(仮)に桃花はハッと我に返る。
「旦那様――! どうして、ここに、」
「生涯を共にする女のピンチに駆けつけなくては男が廃るというものだろう?」
うっそりと壮絶な笑みを浮かべた神様は桃花の白い頬を撫で、華奢な手を掬い上げた。
「迎えに来たぞ、俺の花嫁よ」
嗚呼、わたしの旦那様はこんなにもかっこいい!
「神の花嫁に手を出した罰だ」
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もうちょっと続きが読みたいです
感想ありがとうございます。
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