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本編
33
知らない天井は二回目だった。シミひとつない真っ白な天井が目に痛い。ぎゅ、と目を瞑って、ベッドの上で体を丸めた。
ぬくぬく、だらだら、しばらくぼんやりして、ハッと意識を覚醒させる。勢いよく体を起こしたら、頭がグラグラグルグルしてベッドに戻ってしまった。
つい寝すぎてしまった時のような頭痛と怠さだ。
今度はめまいがしないのをちゃんと確認してからゆっくりと上半身を起こして、部屋を見渡した。
物が少なく殺風景だが、上品な白を基調とした室内。蒼薔薇の館は燃えてしまったから、別の邸宅だろう。
ベッド脇に用意されていたルームシューズを履いて、適当に置いてあった肩掛けを羽織り、何も考えないで部屋を出た。
「……どこに、いるんだよ」
水も飲まないで出てきたため、喉が渇いてかすれた酷い声だった。
右も左も見覚えのない廊下がつながっており、早々に部屋を出て来てしまったことを後悔する。部屋にいれば、いずれアデルもカインも訪れただろう。部屋に俺がいないとわかれば、慌ててしまうかもしれない。
「……」
逡巡して、引き返すことにした。知らない屋敷でひとり迷子になるのも恥ずかしい。部屋でおとなしく、アデルとカインが来るのを待とう。
そもそも、俺が目覚めたときにふたりがいないのが悪い。
くる、と踵を返した瞬間、ふわり、とまた意識が浮かび上がって体が揺らいだ。
とっさに壁に手をついたから転ばずにすんだものの、俺の体はまだ十分に回復していないのだろう。
「だ、大丈夫ですか……!?」
「は?」
まさか人と会うとは思わなかった。
鈴が転がる声音の少女だ。まん丸い空色の瞳に俺を映している。白に近い銀髪は背中から腰までをふわふわと揺れ、どこか、双子と似た顔立ちの美少女だった。
ミラー家の末妹・セラフィーナ。
次期聖女候補として名が上がっている、準メインキャラクター。
「お兄様たちの、大切な人ですよね? あの、お部屋まで付き添いますわ」
キラキラと、光に愛されているのがわかる。
後ろ暗い俺が隣に並ぶのが忍びないと思ってしまうほど、セラフィーナは光り輝いて見えた。
人好きのする笑顔を浮かべ、手を差し伸べる彼女に戸惑ってしまう。無下にするには彼女は綺麗すぎて、拒否するのを躊躇わせる雰囲気があった。
差し伸べられた手と、彼女の顔を交互に見て、眉を下げる。
俺、他人に触るの無理なんだが。
「――彼は僕たちで世話を見るから、セラフィーナは気をまわさなくていい」
「カインお兄様!」
「この人のことは気にしないで。セラフィーナは聖女見習いとして大変だろう」
「アデルお兄様も!」
彼女の視界から隠すように立ちふさがったカインと、俺の背中に手を当てて体を支えてくれるアデルに、詰まっていた息を吐き出した。自分でも気づいていないところで緊張して、体が強張っていた。
「大丈夫?」
俺よりも高い背を丸めて、顔を覗き込んで小さく囁くアデルに頷く。
「部屋に、いなかったから」
「…………もしかして、私たちのことを、探して?」
目を瞬かせたアデルに、安堵したまま頷いた。
「そっか。そっかぁ。ごめんね、探させてしまって」
「いや、俺も、勝手に部屋を出たから、探させただろ。……あの子、妹か?」
「――あぁ、うん、そうだよ。妹のセラフィーナ。大聖教会の期待を背負った次期聖女候補」
「へぇ。お前らに似てるな」
背中を支えて、片手を掬い上げられる。いっそ抱き上げてくれてもよかったのだが、妹の手前自重しているのだろうか。……いや、こいつらに限ってそんな遠慮するわけがないか。エレノアの前でおはようのキスをねだるくらい強かなんだもの。
アデルのおかげで、ずっと呼吸が楽になった。
カインの背中越しに、彼らの妹を見る。歳は十五か、十六くらいだろう。ミーシャとサーシャと、同じくらいだ。あのふたりよりもずっと表情が明るく、太陽に照らされた明るいところで育てられたんだろう。
「で、でも、とても具合が悪そうよ。私の『癒し』で、」
「いらない」
「お兄様……? 私の異能が心配なら大丈夫よ。神官様からもお墨付きを、」
「二度は言わない。お前の手は必要ない」
「ッそ、う……あの、必要になったら、いつでも言ってね」
温度のない冷たい言葉に笑顔を引き攣らせ、一歩、また一歩と後ろへと下がり、逃げるように去っていくセレフィーナ。
実の妹を冷たくあしらったのとは反対に、パッと心配を浮かべて振り返ったカインは眉を下げ、不安そうであった。
「部屋に戻ろう。エレノアに、食事を用意してもらうから」
不安そうでありながら、いら立っているようでもあった。
「そうだね。起きたばかりだから、胃がびっくりしないように重湯とかにしてもらおうか」
「……味の濃いものが食べたい」
「食欲があるなら、大丈夫だな。でもダメだ。急に食べたら具合悪くなるだろ」
もうすでに気持ちが悪いんだから、何を食べて胃もたれ胸やけしたって変わらないだろ。
ぶーぶー文句を垂れる俺は、ふたりに手を引かれながら部屋まで戻った。
少し低い彼らの体温が心地よくて、部屋に戻っても手を離せなかった俺に、ふたりは心底甘い笑みを浮かべた。
ぬくぬく、だらだら、しばらくぼんやりして、ハッと意識を覚醒させる。勢いよく体を起こしたら、頭がグラグラグルグルしてベッドに戻ってしまった。
つい寝すぎてしまった時のような頭痛と怠さだ。
今度はめまいがしないのをちゃんと確認してからゆっくりと上半身を起こして、部屋を見渡した。
物が少なく殺風景だが、上品な白を基調とした室内。蒼薔薇の館は燃えてしまったから、別の邸宅だろう。
ベッド脇に用意されていたルームシューズを履いて、適当に置いてあった肩掛けを羽織り、何も考えないで部屋を出た。
「……どこに、いるんだよ」
水も飲まないで出てきたため、喉が渇いてかすれた酷い声だった。
右も左も見覚えのない廊下がつながっており、早々に部屋を出て来てしまったことを後悔する。部屋にいれば、いずれアデルもカインも訪れただろう。部屋に俺がいないとわかれば、慌ててしまうかもしれない。
「……」
逡巡して、引き返すことにした。知らない屋敷でひとり迷子になるのも恥ずかしい。部屋でおとなしく、アデルとカインが来るのを待とう。
そもそも、俺が目覚めたときにふたりがいないのが悪い。
くる、と踵を返した瞬間、ふわり、とまた意識が浮かび上がって体が揺らいだ。
とっさに壁に手をついたから転ばずにすんだものの、俺の体はまだ十分に回復していないのだろう。
「だ、大丈夫ですか……!?」
「は?」
まさか人と会うとは思わなかった。
鈴が転がる声音の少女だ。まん丸い空色の瞳に俺を映している。白に近い銀髪は背中から腰までをふわふわと揺れ、どこか、双子と似た顔立ちの美少女だった。
ミラー家の末妹・セラフィーナ。
次期聖女候補として名が上がっている、準メインキャラクター。
「お兄様たちの、大切な人ですよね? あの、お部屋まで付き添いますわ」
キラキラと、光に愛されているのがわかる。
後ろ暗い俺が隣に並ぶのが忍びないと思ってしまうほど、セラフィーナは光り輝いて見えた。
人好きのする笑顔を浮かべ、手を差し伸べる彼女に戸惑ってしまう。無下にするには彼女は綺麗すぎて、拒否するのを躊躇わせる雰囲気があった。
差し伸べられた手と、彼女の顔を交互に見て、眉を下げる。
俺、他人に触るの無理なんだが。
「――彼は僕たちで世話を見るから、セラフィーナは気をまわさなくていい」
「カインお兄様!」
「この人のことは気にしないで。セラフィーナは聖女見習いとして大変だろう」
「アデルお兄様も!」
彼女の視界から隠すように立ちふさがったカインと、俺の背中に手を当てて体を支えてくれるアデルに、詰まっていた息を吐き出した。自分でも気づいていないところで緊張して、体が強張っていた。
「大丈夫?」
俺よりも高い背を丸めて、顔を覗き込んで小さく囁くアデルに頷く。
「部屋に、いなかったから」
「…………もしかして、私たちのことを、探して?」
目を瞬かせたアデルに、安堵したまま頷いた。
「そっか。そっかぁ。ごめんね、探させてしまって」
「いや、俺も、勝手に部屋を出たから、探させただろ。……あの子、妹か?」
「――あぁ、うん、そうだよ。妹のセラフィーナ。大聖教会の期待を背負った次期聖女候補」
「へぇ。お前らに似てるな」
背中を支えて、片手を掬い上げられる。いっそ抱き上げてくれてもよかったのだが、妹の手前自重しているのだろうか。……いや、こいつらに限ってそんな遠慮するわけがないか。エレノアの前でおはようのキスをねだるくらい強かなんだもの。
アデルのおかげで、ずっと呼吸が楽になった。
カインの背中越しに、彼らの妹を見る。歳は十五か、十六くらいだろう。ミーシャとサーシャと、同じくらいだ。あのふたりよりもずっと表情が明るく、太陽に照らされた明るいところで育てられたんだろう。
「で、でも、とても具合が悪そうよ。私の『癒し』で、」
「いらない」
「お兄様……? 私の異能が心配なら大丈夫よ。神官様からもお墨付きを、」
「二度は言わない。お前の手は必要ない」
「ッそ、う……あの、必要になったら、いつでも言ってね」
温度のない冷たい言葉に笑顔を引き攣らせ、一歩、また一歩と後ろへと下がり、逃げるように去っていくセレフィーナ。
実の妹を冷たくあしらったのとは反対に、パッと心配を浮かべて振り返ったカインは眉を下げ、不安そうであった。
「部屋に戻ろう。エレノアに、食事を用意してもらうから」
不安そうでありながら、いら立っているようでもあった。
「そうだね。起きたばかりだから、胃がびっくりしないように重湯とかにしてもらおうか」
「……味の濃いものが食べたい」
「食欲があるなら、大丈夫だな。でもダメだ。急に食べたら具合悪くなるだろ」
もうすでに気持ちが悪いんだから、何を食べて胃もたれ胸やけしたって変わらないだろ。
ぶーぶー文句を垂れる俺は、ふたりに手を引かれながら部屋まで戻った。
少し低い彼らの体温が心地よくて、部屋に戻っても手を離せなかった俺に、ふたりは心底甘い笑みを浮かべた。
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