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 ガラガラガラ、がらがらがら。

 不思議な音に目を覚ました。寝起きは良いほうだ。一日の始まりは、朝日が昇る前に目覚めて祈りを捧げることから始まる。
 ぱっちりと目を覚まして・・・・・・、違和感に首を傾げた。

 ふわふわと体を包み込む柔らかな感触は、牢屋の固いベッドとも、平らな地面とも違った。かすかに花の香りがして、気持ちをリラックスさせてくれる。

 がらがらがら。がらがらがら、と何かが回る音と、時折揺れる衝撃に、シャルルの意識ははっきりと目覚めた。

「わたし……!? 処刑されたはずじゃ――」
「おや、花嫁様、お目覚めですか?」
「え、? ひぃっ……!?」

 ひょっこり、と覗き込んだのは土気色の顔をした、目のない青年だった。
 目がない、とは比喩ではなく文字通り、本来であれば眼球がはまっているはずの場所がぽっかりと穴が空き、深淵の暗闇が姿を現していたのだ。

 明らかに生者ではない。
 もしかして、死後の世界!?

「あ、失礼、ボク、目暗なもんで」

 てへ、と舌を出した彼はお茶目だった。

「花嫁様はお加減はいかがです? ドレスはキツくないですか? おなかが空いていたらリンゴがありますよ! 揺れは我慢してくださいね。もう少しでお城につきますから」

 ぺらぺらと、矢継早に喋る青年に目を丸くする。
 ドレスと言われて、自身の姿を見下ろしてみれば、レースやフリルがふんだんにあしらわれた漆黒のドレスに身をつつんでいた。
 胸もとから顎下までを透け感のあるレースが覆い、肘から指先までを漆黒のシルクが包んでいる。頭にはヴェールがかぶせられ、まるで黒いウェディングドレスのようだった。

「よくお似合いですよ! 花嫁様!」

 誰が花嫁? シャルルに婚約者はいたが、それも破棄されてしまった。偽りの聖女と弾劾されたシャルルを誰が好き好んで結婚するだろう。

「あっ、お城が見えてきましたよ!」

 暗闇の眼だけれど、しっかり見えているらしい。

「あ、あの……もしよければ、目に癒しの魔法をかけてもいいでしょうか?」

 かつて、目が見えない少女を癒したことがあった。数ヶ月かけて、少しずつ、少女の負担にならないようにゆっくりと癒しの魔法をかけて、健常者の視力にまで回復させたことがある。
 ぽっかりと闇を覗かせる目はとても心臓に悪かった。


「えぇ!? 本当かい!? でも、ボクの目は死んだときに落としてきてしまって」

 あ、やっぱり死後の世界なんだ、という驚き。
 神父様は癒しの魔法はやたらめったら使うものではない、と仰っていたが、死んでしまったのなら自分の好きなように使っても文句は言われないだろう。

「それでも、もしかしたら回復するかもしれません」
「うーん……そこまで言うなら、お願いしようかな」

 癒しの魔法に呪文は必要ない。心で祈る、気持ちが大切だ。

 がたごとと揺れる馬車の中で、青年の目に手をかざす。治って、癒えて、癒して、と一生懸命心の中で祈ると、ほんのり手のひらから光りが溢れ出した。
「わ、眩しい」と言う青年の声を無視して、もっと強く祈りを込める。

「――もう、いいですよ」

 手を外して静かに声をかける。
 閉じていた目を開いて、青年はぱっと笑みを花開かせた。

「すごい!! よく見える!!」

 白目と黒目が逆転した瞳だけれど、ぽっかりと空いていた穴はしっかりと埋まっていた。
 すごいすごい、とはしゃぐ青年はシルクに包まれた手を取って「ありがとう」とお礼を言う。

「なんて優しい花嫁様だ。冥王様が気に入られるのも頷ける! ボク、花嫁様のことを歓迎しますよ!!」

 めいふ、メイフ、冥府!? 王様!?
 すぐに文字が浮かばなかった。冥府と言えば、御伽噺などでよく聞く言葉だ。嘘をついたら冥王様に舌を抜かれる、というのはヤンチャ盛りな子供に言う脅し文句である。

「冥王様は、冥府を治める王様です。とっても格好良くって素敵な方です! さぁ、冥王様がお待ちですよ、早く行きましょう!」

 なんでそんな人に気に入られちゃってるの私~!?

 
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