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第14話 元婚約者、涙の再会
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北方へ向かう道は、荒れていた。
太陽は薄雲に覆われ、地平は灰色の霞に包まれている。
俺、ディアナ、そして新たな同行者となったエレナの三人は、霧の中を慎重に進んでいた。
「灰の峡谷まではあと一日ほどですね。」
ディアナが地図を広げながら言う。
エレナが馬上から周囲を見回す。
「妙ですね。森には鳥の声も、魔物の気配もない。」
「世界が息を潜めている。」俺は空を仰ぎながら答えた。「つまり、何かが生まれようとしている。」
その時だった。
道の先から、複数の足音。鋭い金属音が風に混じる。
「止まれ!」
エレナが声を張ると、霧の向こうから十数人の騎士団が姿を現した。
胸の紋章は王国のもの――しかし、その先頭に立つ人物を見た瞬間、俺は息を呑んだ。
「……リーゼ?」
彼女は馬上で一瞬動きを止めた。
肩まで流れる淡金の髪。深紅のマント。
元・王国第一王女にして、かつて俺の婚約者だった女。
「レン……あなた、本当に……。」
彼女の声はかすれていた。
王の命令で処刑されたと思っていた元許嫁が、今こうして生きていることにどれほど驚いたか、その表情が物語っていた。
「あなたは死んだはずよ。あの日、勇者パーティに追放され、消息を絶ったと聞き……。まさか、創造主などと呼ばれるようになっていたなんて。」
「俺も驚いている。再会がこんな形になるとはな。」
苦笑を交わすが、騎士たちの緊張は解けない。彼らは剣に手をかけ、警戒を露わにしていた。
「安心しろ。俺は戦いに来たわけじゃない。」
そう言って両手を上げると、リーゼは馬を降りた。
「でも、あなたの存在は……もはや人ではないのでしょう?」
「違う。創造主になっても、俺は俺のままだ。」
リーゼは複雑そうな表情を浮かべ、視線を逸らす。
「王は、あなたが国を滅ぼすと怖れているわ。王都では“理の再構築”とやらの光が見え、民は祈りを変えた。『神はレンの名を持つ者』と……。」
その言葉に、ディアナが小さくため息をついた。
「新しい信仰は混乱を呼びますね。」
「俺が望んだことじゃない。」
思わずそう答えたが、リーゼの目にはわずかな悲しみが浮かんでいた。
「……けれど、あなたには世界を変える力がある。それを見た者が、もう“ただの人間”として見られなくなるのは当然じゃなくて?」
その一言が、胸に刺さった。
“ただの人間”――それを求めて、俺は最初の人生を過ごしていた。
だが今、その境界線はもう曖昧だ。
「リーゼ。」
名を呼ぶと、彼女はわずかに笑った。
「ねえ、レン。覚えている? 私が王城の庭であなたに花輪を渡した日を。」
「……ああ。生まれて初めて、王女が庶民の手を握った瞬間だった。」
ふたりの記憶が交わる。遠い日、まだ神も魔も知らなかった頃の穏やかな記憶。
「私は、あの日からずっと信じていたの。」
風に金の髪が揺れる。
「あなたなら、きっとこの国の未来を変えてくれるって。けれど……それが“神”としてだなんて、思いもしなかったわ。」
ディアナとエレナが少し離れた位置で静かに見守っていた。
「レン様……彼女は?」
「昔の、俺が人間だったころに、俺を信じてくれた人だ。」
エレナの瞳が優しく揺れた。「なら、救われますね。」
リーゼが一歩、俺へ近づく。
「レン。お願いがあるの。王に……会って。父上は恐れているけれど、本当はあなたの真意を知りたいの。」
「俺の真意を?」
「ええ。あなたがこの世界を壊すつもりがないなら、国はあなたの理と歩めるはず。」
懐かしい声。しかしその瞳の奥に、別の光を感じた。
王女としてではなく、一人の戦士の光。覚悟の吸うような強さだった。
「……それはお前自身の望みか? それとも王の命か?」
「どちらもよ。」彼女は微笑む。「でも、できれば前者であってほしい。」
風が吹き、砂塵が二人の間を通り抜ける。
世界のどこかがきしんでいる音がする――まるで理が警告を発しているかのように。
「レン様!」
ディアナが叫んだ。
頭上の空に、細い亀裂のような線が走っている。
それはまっすぐ王都の方角へ伸び、青白く光った。
俺は空を睨んだ。
「また……理の歪みか。」
リーゼが焦ったように言う。「この規模……暴走が始まるわ!」
俺はすぐに手をかざし、世界の線を視た。
王都の中心、王城の地下――封印庫。そこから膨大な魔力が噴き上がっている。
「アルドの残滓じゃない。これは……別のものだ。」
「別の?」ディアナが眉をひそめる。
「創造主を模倣した“偽理”。俺を模倣した人工の世界核だ。」
エレナが剣を抜いた。
「王城の仕業か?」
「多分な。俺と接触したことで、“創造の理”を再現しようとしている。つまり……人間が神の力を真似し始めてる。」
リーゼが顔を強張らせた。「そんな……父上がそんなことを。」
「王の意思じゃなくても、誰かが動いてる。止めないと世界が崩落する。」
俺は振り返り、ディアナとエレナに視線を送る。
「行くぞ。王都へ。理の模倣なんて、誰にだって持てる力じゃない。」
「わかりました。」二人が頷く。
リーゼはしばらく黙っていたが、やがて決意の色を瞳に浮かべた。
「私も行くわ。王を……父を止めなきゃ。」
「お前に危険な真似はさせない。」
「“王女”じゃないわ、レン。……今の私は、ただの娘。そして、あなたの婚約者だった者として、この歪みを見届けたい。」
その言葉に、俺は何も言えなくなった。
再び共に歩むなど、思いもしなかったが、リュミナがこの偶然を導いた気がした。
「わかった。一緒に行こう。」
リーゼが微笑む。その表情は、王女でも騎士でもない、“人間”のものだった。
西に傾いた太陽が灰の雲を照らし、王都の方向を燃やすように赤く染める。
遠くでまた、空が震えた。
――崩壊はもう始まっている。
馬の蹄音が静かに重なる中、彼女が小さく呟いた。
「レン。あの時、花輪を渡したのは、あなたを“神にするため”じゃなかった。」
「知ってる。俺もあの時、ただ、笑って欲しかった。」
そして今、ふたりは再び同じ道を行く。
その先で待つのは、かつて信じた人たちが作り出した“罪”の理。
灰の風が吹き抜けた。
そして俺は、もう一度だけ空を見上げる。
「……リーゼ。もし王がそれ以上に踏み出していたら、俺が止める。」
彼女は頷きながら、涙をこぼした。
「その時は、私も一緒に罪を背負うわ。たとえ、世界があなたを神と呼んでも――私は、ただ人としてあなたの隣にいる。」
風が止んだ。世界が、息を潜めた。
俺たちは馬を走らせ、炎のように赤い王都の空へ向かった。
創造主と、王女と、そして信仰と贖罪を背負う者たちが、運命の中心へと進んでいく。
太陽は薄雲に覆われ、地平は灰色の霞に包まれている。
俺、ディアナ、そして新たな同行者となったエレナの三人は、霧の中を慎重に進んでいた。
「灰の峡谷まではあと一日ほどですね。」
ディアナが地図を広げながら言う。
エレナが馬上から周囲を見回す。
「妙ですね。森には鳥の声も、魔物の気配もない。」
「世界が息を潜めている。」俺は空を仰ぎながら答えた。「つまり、何かが生まれようとしている。」
その時だった。
道の先から、複数の足音。鋭い金属音が風に混じる。
「止まれ!」
エレナが声を張ると、霧の向こうから十数人の騎士団が姿を現した。
胸の紋章は王国のもの――しかし、その先頭に立つ人物を見た瞬間、俺は息を呑んだ。
「……リーゼ?」
彼女は馬上で一瞬動きを止めた。
肩まで流れる淡金の髪。深紅のマント。
元・王国第一王女にして、かつて俺の婚約者だった女。
「レン……あなた、本当に……。」
彼女の声はかすれていた。
王の命令で処刑されたと思っていた元許嫁が、今こうして生きていることにどれほど驚いたか、その表情が物語っていた。
「あなたは死んだはずよ。あの日、勇者パーティに追放され、消息を絶ったと聞き……。まさか、創造主などと呼ばれるようになっていたなんて。」
「俺も驚いている。再会がこんな形になるとはな。」
苦笑を交わすが、騎士たちの緊張は解けない。彼らは剣に手をかけ、警戒を露わにしていた。
「安心しろ。俺は戦いに来たわけじゃない。」
そう言って両手を上げると、リーゼは馬を降りた。
「でも、あなたの存在は……もはや人ではないのでしょう?」
「違う。創造主になっても、俺は俺のままだ。」
リーゼは複雑そうな表情を浮かべ、視線を逸らす。
「王は、あなたが国を滅ぼすと怖れているわ。王都では“理の再構築”とやらの光が見え、民は祈りを変えた。『神はレンの名を持つ者』と……。」
その言葉に、ディアナが小さくため息をついた。
「新しい信仰は混乱を呼びますね。」
「俺が望んだことじゃない。」
思わずそう答えたが、リーゼの目にはわずかな悲しみが浮かんでいた。
「……けれど、あなたには世界を変える力がある。それを見た者が、もう“ただの人間”として見られなくなるのは当然じゃなくて?」
その一言が、胸に刺さった。
“ただの人間”――それを求めて、俺は最初の人生を過ごしていた。
だが今、その境界線はもう曖昧だ。
「リーゼ。」
名を呼ぶと、彼女はわずかに笑った。
「ねえ、レン。覚えている? 私が王城の庭であなたに花輪を渡した日を。」
「……ああ。生まれて初めて、王女が庶民の手を握った瞬間だった。」
ふたりの記憶が交わる。遠い日、まだ神も魔も知らなかった頃の穏やかな記憶。
「私は、あの日からずっと信じていたの。」
風に金の髪が揺れる。
「あなたなら、きっとこの国の未来を変えてくれるって。けれど……それが“神”としてだなんて、思いもしなかったわ。」
ディアナとエレナが少し離れた位置で静かに見守っていた。
「レン様……彼女は?」
「昔の、俺が人間だったころに、俺を信じてくれた人だ。」
エレナの瞳が優しく揺れた。「なら、救われますね。」
リーゼが一歩、俺へ近づく。
「レン。お願いがあるの。王に……会って。父上は恐れているけれど、本当はあなたの真意を知りたいの。」
「俺の真意を?」
「ええ。あなたがこの世界を壊すつもりがないなら、国はあなたの理と歩めるはず。」
懐かしい声。しかしその瞳の奥に、別の光を感じた。
王女としてではなく、一人の戦士の光。覚悟の吸うような強さだった。
「……それはお前自身の望みか? それとも王の命か?」
「どちらもよ。」彼女は微笑む。「でも、できれば前者であってほしい。」
風が吹き、砂塵が二人の間を通り抜ける。
世界のどこかがきしんでいる音がする――まるで理が警告を発しているかのように。
「レン様!」
ディアナが叫んだ。
頭上の空に、細い亀裂のような線が走っている。
それはまっすぐ王都の方角へ伸び、青白く光った。
俺は空を睨んだ。
「また……理の歪みか。」
リーゼが焦ったように言う。「この規模……暴走が始まるわ!」
俺はすぐに手をかざし、世界の線を視た。
王都の中心、王城の地下――封印庫。そこから膨大な魔力が噴き上がっている。
「アルドの残滓じゃない。これは……別のものだ。」
「別の?」ディアナが眉をひそめる。
「創造主を模倣した“偽理”。俺を模倣した人工の世界核だ。」
エレナが剣を抜いた。
「王城の仕業か?」
「多分な。俺と接触したことで、“創造の理”を再現しようとしている。つまり……人間が神の力を真似し始めてる。」
リーゼが顔を強張らせた。「そんな……父上がそんなことを。」
「王の意思じゃなくても、誰かが動いてる。止めないと世界が崩落する。」
俺は振り返り、ディアナとエレナに視線を送る。
「行くぞ。王都へ。理の模倣なんて、誰にだって持てる力じゃない。」
「わかりました。」二人が頷く。
リーゼはしばらく黙っていたが、やがて決意の色を瞳に浮かべた。
「私も行くわ。王を……父を止めなきゃ。」
「お前に危険な真似はさせない。」
「“王女”じゃないわ、レン。……今の私は、ただの娘。そして、あなたの婚約者だった者として、この歪みを見届けたい。」
その言葉に、俺は何も言えなくなった。
再び共に歩むなど、思いもしなかったが、リュミナがこの偶然を導いた気がした。
「わかった。一緒に行こう。」
リーゼが微笑む。その表情は、王女でも騎士でもない、“人間”のものだった。
西に傾いた太陽が灰の雲を照らし、王都の方向を燃やすように赤く染める。
遠くでまた、空が震えた。
――崩壊はもう始まっている。
馬の蹄音が静かに重なる中、彼女が小さく呟いた。
「レン。あの時、花輪を渡したのは、あなたを“神にするため”じゃなかった。」
「知ってる。俺もあの時、ただ、笑って欲しかった。」
そして今、ふたりは再び同じ道を行く。
その先で待つのは、かつて信じた人たちが作り出した“罪”の理。
灰の風が吹き抜けた。
そして俺は、もう一度だけ空を見上げる。
「……リーゼ。もし王がそれ以上に踏み出していたら、俺が止める。」
彼女は頷きながら、涙をこぼした。
「その時は、私も一緒に罪を背負うわ。たとえ、世界があなたを神と呼んでも――私は、ただ人としてあなたの隣にいる。」
風が止んだ。世界が、息を潜めた。
俺たちは馬を走らせ、炎のように赤い王都の空へ向かった。
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