カラスウリ

王我主

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ある夏

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「マサハル、起きろ。」
義父の声で目覚めた俺は二度寝を決め込もうとする。
しかし朝っぱらから鳴く蝉の声と、朝だというのに蒸し暑い自室によってそれは阻まれた。
「あれだけ電気もテレビもつけたまま寝るなといっただろ…しっかりしてくれ。」 
何度聞いたかわからない義父の注意に覇気は無かった。あんなことがあったのだ、いつも通りでないのも仕方がない。
こちらも何度言ったかわからない空返事で「はい。」と返すと、「ご飯できてるからな…じゃあ父さんは仕事行ってくるぞ…」と言い残し家を出た。
「本日の東京の気温は36度、例年並みの真夏日となるでしょう。
それでは次のニュースです。3日前の小学生女児刺殺事件事件ですが、犯行現場にダイイングメッセージのようなものが新たに発見されたことがわかりました。そこには4文字で『せいじお』と…」
つきっぱなしのテレビを消し、リビングへ向かう。リビングのテーブルにはバターの塗ったパンとコーヒーがおいてあった。一般的には実に質素な朝ごはんだが、マサハルにとっては違っていた。バターのパンでは口の中がもさもさして食べにくいため、パンにはいちごジャムを塗ってくれと頼んでいるのだ。しかしここ数日はバターが塗られたパンだった。
そういえば昨日は出前をとった寿司に大好きなマグロが無かった。義父は俺がマグロが好きなことを知っているのにだ。
「怒らせるようなことしたかなぁ…」
不満を口にしつつ、口の中がモサモサになるのを感じながら朝ごはんを食べ終えたマサハルは制服に着替え、学校へ向かうのだった。
今更だがマサハルに母親はいない。
物心ついたときには実の父親は他界していて、マサハルが小学生のときに実の母親は交通事故にあい、植物状態となっていた。そこに当時母の恋人だったという人物が現れ、その男が今の義父となったわけだ。結局その真意を話すことなく母はそのまま亡くなり現在に至る。
以後マサハルが高校ニ年生になるまで義父のヒサチカと、五歳下の妹のサラと3人で暮らしてきた。
その妹も……
そんなわけで父子家庭に育ったマサハルは妹しか知らない秘密があった。
それは些細なことからだった。当時母の恋人として現れたヒサチカに対し、子供だった俺は母に付けてもらった名前を呼ばれることに抵抗があり、本名とは漢字の読みが違うマサハルと名乗った。そこから俺はマサハルとして現在まで生きてきた。今のクラスメイトでさえも俺の本名を知る人はいない。この事実はたった一人の身内である妹しか知らなかったのだ。なのに三日前のことだ。
妹は死んだ。
刺されたことによる多量出血だ。
俺が学校から帰るより先に仕事を終えて帰宅した義父はその現場に遭遇し、一時は喋ることもままならない状態だったそうだ。
マサハルは妹を愛していた。たった一人の身内であったからだ。妹が死ぬことなど考えもしなかったマサハルもまた、泣くこともできないような絶望に襲われた。
葬儀が終わり、犯人は見つからないまま三日たった今日。やっとマサハルは学校へ行くのだった。
俺は今日誰が妹を殺したのか知らしめるために学校へ行く。
そして言うのだ。
妹の最期の言葉を。
「政治お兄ちゃん、なん…で…」
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