竜を宿す女辺境伯は、その薬指に愛を捧ぐ

満月丸

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その薬指に愛を捧ぐ

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 ゼルツ領へ向けての魔族の大規模侵攻有り、その報が行き渡ると同時に、ゼルツは全霊を掛けて敵軍を迎え撃った。中継砦にて交戦を幾度か行うも、多勢に無勢は自明の理。
 結果、主要都市を背後に布陣を組み、ゼルツの軍勢は精悍な面差しを見せながら攻め込んできた敵勢へと切り込む事となった。
 無論、その先陣はレオノーラである。

「我が精強なるゼルツのつわもの達よ! 戦女神は我らが武勇をご覧になり、その腕へ飛び込む権利を与えようとしている! この地へ這い回ってくる愚かなトカゲ共を、その命尽きるまで殺し尽くし、そして死ね!! 我らがゼルツの為に、死して未来永劫、名を残す栄誉を勝ち取るがよい!!」 

 地を震わせんばかりの雄叫びが、ゼルツの山々を覆った。これにはゼルツへ援軍に来た精強な王国兵すらも、思わず臆したほどである。

 戦端が開かれると同時、レオは半竜と化し、剣を振るって敵陣を一直線に単騎で駆ける。
 幾匹目かの敵を屠った先、見えたそれ・・と目が合った。

 赤い二対の竜眼は、言葉を交わすよりも狂喜を宿して、互いに笑う。

 魔王へ切り込むレオの剛力は近づく敵など切り飛ばし、魔王の振るう雷撃はレオの後衛を足止めする。
 火炎を纏う剣が敵を襲い、氷壁が砕けて槍の雨と化す。

 猛攻の合間、隙を得た魔王は腕を振るって魔法陣を展開し、ゼルツの都市へと何かを放とうとした。
 されど、都市の上空に閃くように展開された魔法陣は、その途中で散り、消えた。
 それに、魔王は思わず目を見開く。

『なんだと、あの力は……!?」

「貴様ぁっ!! またアタシの伴侶を狙ったなぁぁああっ!?」

 絶叫するが如く、レオは竜の腕を振るって魔王の頭を掴み、地面に叩きつける。一度、二度、三度、と地面を砕けんばかりに叩き潰せば、魔王はレオの腕を掴み、お返しとばかりに素手で引き千切った。

 血が舞い、鮮血が雨のように降り注ぐ。

 ニヤリと魔王が笑い、腕を失ったレオへ追撃を加えようとした時、

『……、なんだ!?』

 驚愕に見開いた瞳の先、落ちた腕の時間が巻き戻るかのように、血の一滴まで元通りに戻った光景が映る。
 金の糸が閃き、彼女の身体を支えるように纏いながら、レオはニヤリと口端を歪めて瞳を見開く。

「タダで死ねると思わない事ね、トカゲ野郎……貴様は地の果てまで追いかけてでも必ずブチ殺してやるっ!!」
『くっ、厄介な事だが、……面白いっ!!』

 そして、両竜は再び、戦場にて激突した。



 ──ゼルツ防衛戦は、今までにない戦果を上げての快勝となった。

 奇跡的に死者が数十名という素晴らしい結果に、潰走した魔族達への追撃で相手の戦力を大きく減じさせる事に成功、魔王もまた深手を負わせて敗走した。殺せなかったのは痛手だった、と自身の半身が抉れながらも辺境伯は呟いたが、それに同意できる猛者は一人もいなかった。
 不思議なことに、戦場では金の糸のような物が時折、現れ、特定の負傷者を癒やすという現象が起こったという。都市防衛システムと宣った現象と同じ、不死の如き癒やしの奇跡に兵士達はゼルツの技術力は大陸一だと士気を上げ、吟遊詩人達はゼルツの天下無双の武力を歌いあったという。


・・・


「ただいま、旦那様」
「ああ、おかえり」

 防衛戦を終え、自陣を引き払って居城へ帰ってきたレオは、迎えに来たルドウィグへ抱擁を交わして生を実感した。彼が居なければ何度か死んでいただろうと確信しているが故に、その愛情は非常に熱い物であった。

「もう~旦那様ったら本気で可愛いんだからぁ~! 毎日のようにゴロゴロしながらハグをして過ごしたいわねぇ~!」
「……その、レオ、公の場では、やめてくれないか」

 ラブラブオーラを全力で放つレオに、慣れないルドウィグは引き気味である。恥ずかしさで耳まで真っ赤である。

 その後のジェストーザの、

「若いモンがお盛んなのは良いことだがな? まずは飯を食って風呂に入って寝るぞ! 戦勝祝いは明日だ明日!」

 という号令により、クタクタであった兵士たちも含めて一同は自由に過ごす事になる。
 未だ、血が騒ぐ連中は広場の魔物肉大盤振る舞いな宴会場で馬鹿騒ぎをし、疲れている連中はさっさと寝るのである。ゼルツはどこまでも自由気質であった。

 レオとルドウィグもまた、早々に自室へと籠もっていた。
 暖炉の前でクッションに凭れて寝そべるレオを、足を投げ出しているルドウィグが膝枕している。ルドウィグ的には恥じらいがあるのだが、命を賭けた伴侶の慰労なのだから甘んじて行っている。

「この先も色々と問題が山積みだわぁ。魔族は暫く来ないとは思うけど、魔王がどう動くかが分からないのは同じ。ゼルツの疲弊に野心家共が背後から刺してくる可能性があるから、そのパフォーマンスを王都でやらないと。あとは壊れた魔道具の補填に~、武具の調達に~、負傷兵たちや遺族の見舞金に~、資金繰りに~…………なんだろう、気が遠くなってきたわ」
「諦めるな、王家への社交も辺境伯の役目だろう」
「うあ~面倒くさい~」

 ルドウィグの膝の上でバタバタしているレオを眺め、彼はため息混じりに相手の頭を撫でた。それに、レオは気持ちよさそうにパタリと止まり、猫のように丸まる。
 本当に猫をあやしている気分になりつつ、ルドウィグは思わず微笑む。この胸の内の感情は愛しさなのだろうか、未だに言葉にするには面映い。

「問題解決は明日やれば良い。私も協力するから、さして苦労はしないだろう」
「あら、頼もしいわねぇ。王家からお金をせしめる文言でも思いついたの?」
「金の引き出し方など様々だ。腕の良い吟遊詩人が幾人か居ただろう、彼らに語ってもらうとしよう」
「王宮で武勇譚でも奏でてもらう?」
「あらかじめ、王都でゼルツの英雄譚というエピソードを広く知らしめれば、辺境に興味を向けない層も目線を向けるだろう。幸い、今は社交シーズンだ。王都に貴族が集まる時期ならば彼らの耳に入る機会も多く、民衆もそれに夢中になるし、王国軍は既にその話題で持ちきりだろう。王家の後ろ盾を持つゼルツという旗頭は、王家にとっても良い宣伝になる」
「素晴らしい王家に仕える忠犬のフリをするわけね。うまくいけば、褒賞にプラスしてお小遣いも貰える、と」
「従っているフリをしているドラゴン、の間違いじゃないか」

 クスクスと笑い合い、穏やかな時間を過ごす。
 レオは顔を上げて、ルドウィグの頬にそっと指を寄せた。

「ルドウィグ、ありがとう。貴方のお陰で生きて帰れたわ。貴方は本当に素敵な伴侶よ」
「私が出来るのは、後ろから支えることだけだ。暴れ竜な君を止められるのもな」
「あら、よくご存知ね」
「それと…………レオ」
「なあに?」
「……その、ルディ、と、呼んでくれても、いいぞ」

 思わずレオが瞬けば、ルドウィグは目線を逸らして暖炉を見ている。オレンジ色の光だけでは誤魔化せない、確かな高揚の色が垣間見える。
 まじまじと相手を眺めてから、唇をふにゃりと緩め、レオノーラは心底から嬉しそうに笑いかけた。

「わかったわ、ルディ。ふふ、素敵な愛称ね」
「……君の愛称も、なかなか格好いいぞ」

 苦し紛れに呟いた相手が、あまりにも愛らしかったので、悪戯げに相手の左手を取った。

 そして、その薬指に、キスを贈ったのだ。

「アタシが愛を捧げるのは、貴方だけよ、ルディ」

 以前とは違う、熱烈な告白。
 ルドウィグは、しばし沈黙してから、

「~~~~」

 耳まで真っ赤にして口を抑え、困ったように青空の瞳を伏せていた。

 カラカラと笑い声を上げながらレオは太陽の瞳を細め、ルドウィグと共にクッションの上に寝転がる。

 ──嗚呼、憎悪を研いでいた、かつての頃に比べれば、なんと幸せなことか。

 平和という愛の時間を噛み締めながら、竜を宿す女辺境伯は、腕の中の愛しい恥ずかしがり屋を、しっかりと抱きしめたのであった。
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