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冒険者編
包囲されてるのって怖いよね
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ザムとミイを加え、砦への道を慎重に進む一行。
ネセレがマントを羽織って木々の合間を斥候として駆け、同じくミイが精霊に干渉して気配を探っている。
精霊の声なき反応を見ながら、ケルトが感心したように虚空を見上げている。
「精霊に干渉とは…なかなか面白い魔法の使い方ですね」
『この程度も出来ないのか?随分と昼の民は魔法遅れを起こしているようだな。それに…お前はやはり奇妙な気配を放っている。人間のクセに濃い光のヴァルを放つなど、変な奴だ』
「ははは…」
どうやら、夜魔族から見ても精霊の転生体は奇妙に映るようだ。
なんとも言えない顔で誤魔化しつつ、ケルト一行は森の街道を進んでいった。
…そのまま、ゾンビーを避けつつ進んでいった間際。
「ちょい待て」
ストン、とネセレが木から飛び降りて来た。彼女の言うとおりに一行は身を潜め、道を外れて木々の合間に身を隠した。
すると、暫くしてから街道を駆ける、ゾンビーの集団。べっちゃべっちゃと気味の悪い音を立てながら、なんともいえないフォームで駆けていくそれらを見送る。小集団だったが、10匹以上は居た。
茂みから顔を覗かせながら、ハディは鼻を鳴らしている。
「凄い数のゾンビーだなぁ…この先、やっぱりもっとたくさんいるのかな」
「居るんじゃねーの、あの様子じゃ。もしも砦が占拠されてたら諦めて山越えして森を突っ切るしかねぇ」
「大森林となると…生還できるように祈るしかありませんね」
東に広がる大森林は、原初の時代から残る巨大な森林地帯だ。エルフが隠れ住んでいると噂だが、あまりその姿を目にすることはない。同じエルフにしか、あの森を抜けることは出来ないだろう、と言われている。
う~ん、と唸りながらも、ハディはミイ達へ尋ねてみる。
「一応、聞いておきたいんだけど…夜魔族に保護してもらうってのは」
「スマヌが、それは出来ん。先程も言ったが、我が一族の掟で部外者、それも昼の民が来たら秘密保持のタメに殺さねばナラぬ」
「いつかバレるにしても内部事情を外には漏らせねぇってか。懸命なこったな」
「それに、奇怪なコトに我が領域への道が、赤い霧で途絶えてシマっているのダ。現状、戻ることもデキぬ」
不可思議な魔法によって、戻る事はできなくなっているらしく、だからザム・ミイは立ち往生していたようだ。
ともあれ、進む以上に道が無いので、一行はどんどんと進んでいった。
…その最中だ。
「ん?」
「むっ」
『声が聞こえるぞ』
ネセレ、ザム、ミイの三名が何かに気がつく。
彼女らの言葉により、争いの気配がある方角へハディ達は様子を見に行く。
すると、森が開けた岩場のそこで、戦いが繰り広げられていたようだ。
ゾンビーに囲まれている、人間の集団だ。
それを見て真っ先に反応するのはハディ。
「人だ…!助けなきゃ!」
「待て待てチビ助、もうちょい様子見ろって」
「でもっ…!」
首根っこ掴んで抑えるネセレは、鋭い眼差しで集団を観察している。
「アレが山賊の集団だったらどうすんだ。…ま、見た感じ、冒険者って様子ではあるがな」
「行方不明の冒険者一行でしょうかね。しかし中央に固まっていのは、農民ですか?」
「消えた村人なら、話しを聞かねばならないな。…手助けすべきだと思うが、どうする?」
「俺は異議なし!すぐに行こう!」
「でしたら、まずはゾンビーの撹乱をしますね」
ケルトは杖を構えて、集中しながら詠唱を行う。
『来たれ4つの火、我は汝に乞い願う。我は光の同胞、我が思索は汝に望む』
そして強いイメージを描き出す。
光と破裂、大きな爆発だけのイメージ。
それを強く脳裏に焼き付け、呪言を発する。
「レシュト・ビン・カムル・フレス!」
瞬間、ゾンビーの集団の真っ只中に大量の光球が出現し、次々と連鎖爆発が起こったのだ。
「おおっ!?なんかすっごい派手だ!?」
「派手なだけでダメージはありません!今のうちに…!!」
言うまでもなく、飛び出したのはネセレとザムの両名だ。
ネセレはゾンビーを手当たり次第に切り飛ばし、ザムは双剣で次々と敵を打ち払う。
「私も負けては居られないな!」
その間にリーンが飛び出し、詠唱する。
「マ・カトゥ・フレス!」
抜き払った細剣に炎が纏い付き、切り払ったゾンビーが炎上する。
魔法効果を付与して戦うのが魔法剣士の基本だ。火が苦手なゾンビーは抵抗する間もなく、バッタバッタと切り払われ、崩れ落ちていく。
しかし中央では突然の闖入者に驚き戸惑い、自然と防御が疎かになった。その隙を見たのか、ゾンビーの数匹が冒険者の輪を突破し、背後の農民へと向かっていた。
悲鳴をあげる農民の前、不気味な牙を晒したゾンビーが両手を広げて襲いかかった。
…が、
「させないっ!!」
蝙蝠が飛来し、変じたそれは人型となって鋭い爪を奮い、ゾンビーを切り裂いたのだ。
腰を抜かす農民の前で、ハディは剣を抜き払いながら叫ぶ。
「誰にも傷つけさせたりしない…!絶対にな!!」
農民を守るハディが孤軍奮闘しているが、分割されている現状が良いとは言えない。
ミイは印を組みながら、眼前のゾンビー達を睨みつける。
『…なかなかどうして、見どころのある人間のようだな。とはいえ、こいつらが目障りなのは事実…おい魔法士。私と詠唱を合わせろ。4の火魔法だ』
『わ、わかりましたが…どうするんですか?』
『いいからとっととやれ』
詠唱を唱える相手に、ケルトも怪訝になりつつ、詠唱を行う。
第4レベルの火魔法、火炎で敵だけを薙ぎ払うイメージ。
魔法陣を展開し、力強いイメージはそのまま杖先から迸る。
「フィ・ヴェーシャ・カムル・フレス!」
『我が月の恩寵を賜らん!ルドア・マギ・ルーディア!』
ケルトの発動した魔法は現れたミイの三日月紋の魔法陣に吸い込まれ、次いでそれは巨大な力となって発動した。
一瞬で戦場を舐める業火の炎風は、悲鳴をあげる人々をも容赦なく吹き付けた。が、一切のダメージを与えず、しかし周囲のゾンビーだけを器用に燃やし尽くして、消えていったのだ。
「…す、凄まじいですね…」
一瞬で戦場を染め上げたそれは、或いは精霊モードなケルトの全力以上かもしれない。感情の昂ぶりを操作するのが苦手なのでケルトは常時発動できないが、これはそれとは関係なしに発動できるという強みがある。
もしも夜魔族と戦争になったら…と、そう考えてしまう程度には驚異に映り、思わずケルトは生唾を飲み込んだ。
「…ん、あれ?そこの冒険者って…ジャドじゃないか!?」
と、そこでゾンビーを一掃して安心していたハディが指をさす
その声に反応したのか、襲われていた冒険者達がこちらを見て、なんとも言えない素っ頓狂な声を上げた。
それは確かにハディの言う通り、行方不明の冒険者パーティ、竜巻旋風団であったのだ。
バンダナ男のジャドは、なんとも言えない嫌そうな顔をした。
「ぬぐ!?そういうお前は…カロンジジイの取り巻きのハディか!?」
「ジャドさん、ご無事でしたか。とりあえず、元気そうですね」
「くっそぅ!?お前ら何しに来やがった!?」
いきなりと言えばいきなりなご挨拶に目を丸くする二人へ、ジャドは変なファイティングポーズで言い募る。
「カロン一行の金魚のフンがこのオレ様を手助けしようなんざ百年早いぜぇはっはぁ!!何の用かは知らねぇがお子様はとっとと家に帰ってママに泣きついてなチビ助ぇあいたぁっ!?」
「なに勝手に一人で熱くなってんだてめぇは」
ネセレにぶん殴られて地面にめり込むジャド。
そんなジャドへ、仲間の魔法士、ミライアが呆れたように言う。
「アンタ、もうちょっと考えて物を言ったほうがいいわよぉ。とは言っても、助かったのは事実だから礼を言うわ。ありがと」
「…うむ」
長い茶髪で広い魔法帽が特徴のセクシー魔女ミライアと、狼の顔をした無口な重戦士ライドである。
ジャド一行を確認し、ネセレは呆れたように尋ねる。
「んで、お前らなんだってこんな場所でこんなことをやってんだ。ゲッシュのオヤジが心配してやがったぜ」
「ぬぐぐ…こ、ここまで長引くつもりは無かったんだ…その、問題があるとすれば、包囲網が問題で………ってそうだ!?お前らいったいどうやってここに来たんだよ!?この魔物だらけの楽園パラダイスみたいな場所まで!?」
「どうやったって、そりゃぁ…………いや待て、どうやら長話してる余裕はねぇようだぜ」
ネセレが指し示した先には、空中からこちらに向かってくるワスプの集団。
それに、真っ青になる人間一同へ、超人と夜魔族は話し合う。
「おい、ミイとかいうの。アレらを薙ぎ払える力って使えるのか?」
『出来るわけがないだろう。月魔法はリチャージまで時間がかかるんだ。そうポンポンと神の力を使えてたまるか』
「えっと、無理だと言ってますね」
「使えねぇ。んじゃ、逃げるしかねぇか………おいジャド!お前らはどこに潜んでたんだ!?一ヶ月間も持ってたんだ、逃げ場くらいはあるんだろ!?」
「お、おお!砦への隠し通路がこっちにある!」
「よし、案内しろ」
そんな塩梅で、ジャド一行の案内により、ハディ達はワスプの集団を焼き払いながら道を駆けた。
そして隠された落とし戸に入り込み、一行は隠し通路から山間の砦、ティアゼル砦内部へと入り込むことに成功したのであった。
※※※
「…で、アタイらに洗いざらい全部話せ。偽りは無しだ」
ドドーンっ!と椅子にふんぞり返り、足を乗っけて酒瓶を呷るその姿はまさにチンピラそのものである。が、リングナーなので粋がっている子供にしか見えないのが悲しいところである。
そんなネセレを前に、砦の監督者であるチャーチル卿は、ヘコヘコしつつ状況を説明した。
…ここは、例の関所砦。
ハディ達一行はなんとか逃げ込むことに成功し、砦の生き残りの人々に驚かれるやらなんやらで歓待されつつ、事情を尋ねるために責任者の部屋までやってきていた。ただ、ネセレだけが随分と偉そうにふんぞりがえっているわけだが。ハディが嗜めるも改善する気はゼロ。もはやどうしようもない。
無礼と言えば非情に無礼なのだが、戦力が少しでも欲しいあちらとしては何も言えないようだ。実に悲しい状況である。窓の外から馬鹿にしたような鳥の声が響いてくるのが、またなんとも憎たらしい。
ハディ一行とジャド一行、それとザム・ミイ・リーンの三名は、そこで改めて状況を聞いていた。
…事の起こりは、2ヶ月前。
この辺境であるティアゼル砦へ、近隣の村々の者たちがこぞって砦へ逃げてきたのである。
話を聞けば、なんと魔物に村が襲われたのだという。当初は驚くだけで、特に重大な事態だと把握していなかったチャーチルは、砦の兵士をやって村々の魔物への討伐を向かわせたのだ。魔物が時として村落を襲うことは、この世界では珍しくもない。
だがしかし、その尽くが帰ってこなかった。3回目の出兵が失敗し、チャーチルはそこでようやく敵は一筋縄では行かないと察し、街へと援軍を要請したのだ。しかし、敵勢は不明、どんな魔物かも不明という点で、侯爵側は情報を探るように言うだけで、兵は送られてこなかった。
情報を探ろうにも、向かった兵士は一人として帰ってこない。しかも、日に日に難民の数が増えつつある。これはマズイ、と思ったチャーチルは、避難民だけでも逃がすべきかと護衛を配し、砦から去らせることを選択した。
だがしかし、出立したはずの者たちの内、3分の1の者だけが戻ってきた。
酷く恐慌している彼らに事情を聞けば、吸血鬼と名乗る怪物に出会い、護衛の兵士は全滅、避難民の半数以上が殺されてしまったという。しかも、吸血鬼は目の前で死者の体をゾンビーに変化させ、操っていたという。
ここまでくれば、もはや事態は一刻の猶予もないと理解するだろう。
チャーチルは、その件の吸血鬼を討伐せねば、民を逃がすどころか己が逃げることも不可能だと察し、自ら陣頭指揮をしながら吸血鬼を狩りに出かけ…………そして、半数以上が壊滅し、逃げ帰ったのだ。
「アレは、おぞましい怪物でした。あれにひと睨みされるだけで、大勢の兵士が意識を失ってバタバタと倒れ伏し、魔物に食い殺される始末。しかも、奴は血を操りました!赤い月を背負ったあれは、まさに魔物の王に違いありません!!」
その時を思い出したのか、ガタガタ震えるチャーチル。
それを宥めるように、リーンは尋ねる。
「では、敗走した貴方がたは援軍が来るのを期待して、ずっとここに?」
「そのとおりです!もはや我が戦力は壊滅。あの数の魔物を相手に戦う意志すら挫かれてしまっています!…冒険者がやってきたことで確かに戦況は立て直しましたが、それでも苦しいことに変わりはありません。あの、あの、赤い月のような目を向けられるだけで震えが…!」
「…やはり、私達を襲った吸血鬼と同じ存在のようだな」
ブルブル震えるチャーチルは話しが出来る状態ではないようだ。僻地を任されるだけあって有能なのだろが、今は心が挫かれ、極限状態ですり減っているのだろう。
恐慌するチャーチルの背を撫でつつ介抱するハディは、ジャドたちへ尋ねる。
「それで、ジャド達がやって来たってことだけど。そっちはどうして?」
「…ふん。ま、教えてやらんこともねぇが~どうしよっかなぁ~?」
「洗いざらい全部ぶちまけろ。それとも、それ以外をぶちまけられてぇのか?あぁ?」
「ひぃぃっ!?」
ダガーナイフをチラつかせられてキョドるジャドを無視しながら、ミライアは状況を説明した。
「アタシ達のパーティに話が来たのは、一ヶ月前よぉ。そう、アンタ達が蹴った侯爵閣下の依頼ってことで、ジャドが張り切っちゃってねぇ。意気揚々と来たは良いけども、ご覧の有様」
消息が耐えた南地方を探らせるために、アレギシセル侯爵は冒険者へ調査の依頼を行った。本来はすぐにでも軍を派遣すべきことなのだろうが、現状、ヴェシレアとの関係悪化によりむやみに軍を動かして良い状況ではない。不穏な動きがあると気取られ、その隙に攻め込まれるかも知れない。小隊を派遣しても帰ってこない現状、ならばと少しでも情報を持って帰ってこられるように、冒険者に依頼を行ったようだ。
そして声を掛けられたジャド一行は、侯爵の館に招かれて歓待され、贅沢な夕餉に舌鼓をうった後に、早速調査のためにこの地方へと赴いた。侯爵に覚えめでたくなれば、一介の冒険者としてはこの上もないツテとなるだろう、という魂胆も含め、やる気に満ち溢れながら旅立った。
そして近隣の村々の調査を行い、ほぼハディ達と同じ結論に至った三人は、そのまま砦へと向かった。
だが、そこでゾンビーの集団の強襲を受けた。
「当初は逃げ帰るつもりだったのよぉ。この情報を持って帰るだけでも金一封は確実だしねぇ。問題は…帰り道の途中で足止めを食らったのよ」
魔物を撃退しつつ、一行はなんとか北への街道を駆けていた。
だがしかし、途中で壁にぶち当たったのだ。
赤い霧につつまれ、行けども行けども果てはなく、時折強襲してくるのは魔物の群れ。あまりにも不自然なそこをミライアが調べたところ、おそらく霧は魔法かそれに類似する力であるということ。更に進行阻害の効果により、実際は進もうとしていても、足踏みをしているだけの状態であるということがわかったのだ。
「ぶっちゃけねぇ、あんな巨大な、しかも強烈な魔法は初めて見たわ。たぶんだけど、一定範囲内に入り込んだ者が道を戻ろうとすると発動する魔法なのよ。それが街道だけじゃなくて、この地域一帯を覆っている。それがどれほどバカバカしいのか、魔法士じゃなくってもおわかりでしょぅ?」
「それは…まさに怪物ですね。ただの人では到底不可能…まさに神の如き御業です」
「そうよぉ、まさに化物。あの吸血鬼の仕業かは知らないけども、あまりにも桁が違いすぎるのよ。八方塞がりな手前、逃げ場もないしってことで必死に逃げて、ここに辿り着いたのよ」
「かなり大変だったんだぜ?ゾンビーの群ればかりで、たまに飛んでくるのはワスプだし、ライドの鼻がなけりゃぁオレ達も危なかった」
「…うむ」
狼の獣人ライドは、獣人らしく鼻が効くようだ。人の臭いを嗅ぎ分けて、ここへの抜け道を見つけ出して逃げ込んだという。
「それに、侯爵の魔法の効果も及ばないみたいだしねぇ」
チラリ、とミライアは手首の金の輪を撫でる。どうやら、あれが件の魔法リングのようだ。消息知れずということは、ここではあの魔法の効果も及ばない、ということなのだろう。
そして一行はここでやっかいになりながら、一ヶ月を耐え抜いてきたのだが…減っていく備蓄と長く続く籠城戦に耐えきれず、精神的に疲労していた一部の避難民が集団で逃げ出したのだ。それを追いかけ、ジャド達が彼らを連れ戻しに向かった先で、例の襲撃にあったのだという。
「…ふん、話はわかった。いろいろと理解できねぇ部分も多いが、状況が切迫してるってのは事実なようだな」
ネセレは呟き、勢いよく足を下ろして、机の上の地図を指でなぞる。
「現状、アタイらは敵…おそらく吸血鬼の野郎に包囲されてるってぇ状況だ。この地域一帯を封鎖し、逃げ場をなくしてこの砦を攻め立てている。…おい、その理由は何か想像つくか?」
「…わかりませんね。これだけの規模の魔法を使え、さらに魔物を操るような存在が、何故我らを生かしているのかが全く検討もつきません」
「ど、どういうこった!?」
戸惑うジャドに、ケルトは思案しつつ続ける。
「アレだけのワスプを操る敵が、いつまでも砦に苦戦するとは思えないんですよ。見たところ、この砦は半壊状態。空への対抗手段も各束無く、人手もなく、魔法士の少ない。更に敵は無尽蔵の兵士を持っている」
「…あのゾンビー、やっぱり消えた村人なのか?」
ハディの問いに、ケルトは十中八九、と告げる。
消えた村民の末路に、流石に冒険者たちは、なんとも言えない顔をする。頼りが途絶えた時点で予想はしていたが、やはり現実を目の前にするとキツイものがある。
「魔物を操る勢力に関しては心当たりがあります。この吸血鬼なる存在がそいつらの一端であるというのならば…我々だけでは厳しい状況です。できれば、勇者がここに居てほしかったものですが」
「無い物ねだりは時間の無駄だ。現状、この戦力で敵をどうにかするしかねぇ。…おいチビども、お前らは前にクレイなんとかっていう虚無教の幹部と戦っただろ。もしも吸血鬼があのネズミジジイと同類なら、勝算はあるか?」
「敵の力を見てみないことには、なんとも。ただ、一睨みで戦意喪失したという話は気にかかりますね。魔眼、と呼ばれる力を持つ存在ならば、視線を合わせるのは危険でしょう」
「魔眼?」
小首をかしげるハディに、ザムが答える。
「神の祝福を受けタと言われている者が持つ瞳ダ。視線、つまり、意識を向けて合わせるコトで、相手の魂へなんらかの影響を与エルとされている。我が伝承でハ、死を見る瞳を持つ一族がかつて居た、という話が残ってイる」
「死を見る瞳…っていうと、ルドラ神の眷属ってことかしらぁ?」
「おそらくハ。だが、対抗策は簡単ダ。目を合わせなければいい。また、魔眼を使うサイには特定の印を切るとも言ウ」
「視線を合わせないように、とは。言うのは安いですが戦場では難しい事ですね。まあ、知ることは大事ですから留意しておきましょう。…他の問題は、吸血鬼がクレイビーと同等であった場合ですね。ヴァルや精霊を吸収、食らう性質を持っているとするのならば、まさに魔法士殺しの力の持ち主です」
ケルトの話に驚くのは、魔法使いであるミライアとミイの二名。
「ちょ、ちょっとまってよぉ!?なによそのデタラメな話は…?精霊を食べるって…」
『精霊喰らいだと!?馬鹿な、それはまるでルドラ神の伝承で語られた、厄災のようではないか…』
「事実です…が、少しお待ちを。ミイさん、そのルドラ神の伝承とはいったい?」
現状、ここに居ないルドラの遺した伝承というのが気にかかり、話を促すケルトへ、ミイは気後れしつつも語った。
『ああ、我が父祖が遺したルドラ神との対話における口伝で、こういうのがある。
【虚無なしり者は精霊を喰らう異形である。すなわち、虚無は世界を喰らう者。恐れと絶望は彼奴らにとっての糧であり、それに対抗できる術は少ない。だが、我が月が満ちた力があれば、或いは希望は潰えぬかも知れぬ】…と』
「我が力…ルドラ神の力とは、まさか先程の魔法のことですか?」
『そうだ。月魔法はルドラ神の加護を受けて、我が一族に伝わっている夜の魔法だ。月魔法は強い攻撃魔法を持たぬが、力を貸し与える魔法が多い。お前と使った「月魔法ルーディア」は、同属性を合致させることで威力を増す…問題は魔法の同時併用を行える者が少ない故に、私以外では宗主様しか扱えぬ、ということだ』
ルドラ曰く、「バフ・デバフ専用魔法って重要だよね」というノリで作った魔法体系であるが、この場ではそれが非常に役に立つようだ。
『月魔法の中には、精霊を保護する魔法もある。もしもその吸血鬼が精霊喰らいならば…野放しにはしておけんな、ザムよ』
『うむ、我が夜の民にとって、虚無は不倶戴天の敵だ。放置していれば、必ず我が一族のみならず、世界全てを滅ぼす厄災となろう。我らも手を貸すことは厭わんぞ、人間よ』
どうやら、ザム・ミイは全面的に力を貸してくれるようだ。そもそも、吸血鬼の魔法で封鎖されているのならば、彼らも帰るためには戦うしかないのだろうから、尚の事。
「頼もしい限りです。…ともあれ、話によれば敵は夜間に攻め立てて来ている、とのこと。ならば、今夜も襲撃があると見たほうが良いでしょうね」
「敵は無尽蔵なんだろ?どうするんだ?」
「…最も有効なのは、吸血鬼を殺すことです」
魔物を生み出す親玉が吸血鬼ならば、そいつを殺せばこの怪異は全て収まるはずだ。
問題は、敵の強さによるのだが。
「夜間襲撃の際、吸血鬼も出てくるそうですね?」
「あ、ああ、いつもはそうですな…」
「なら、今夜も親玉が出てくる可能性は高いでしょう」
「それをアタイがぶった切るって事か。シンプルで良いじゃねえの」
ニヒルに笑みを浮かべるネセレだが、単身で向かうという彼女にジャドが止める。
「お、おいおい!アンタが強いのは周知の事実だが、大丈夫なのかよ!?あんだけの、しかも視界が悪くなる大量の魔物を相手に孤軍奮闘って…!」
「おいジャド、見くびるんじゃねぇよ。このアタイを誰だと思ってやがる」
ただし、ネセレが大盗賊であるというのは秘匿されているので、ネセレはニヤリと笑うだけだ。
「むしろ足手まといは必要ねぇ。アタイだけの方が動きやすいからな。ちょっと出ていって、スパッとぶっ殺してきてやるよ」
「頼もしいのやらなんやら…ともあれ、ネセレならば心配ないでしょう。ですが、魔眼には気をつけてください。ミイさん、月魔法の射程はどの程度ですか?」
『目視できる範囲ならばどこまでも可能だ』
「ならば、ミイさんはザムさんと一緒に、出来るだけ見通しの良い場所で援護をおねがいします。他の配置は…」
そんな感じで、自然とケルトが仕切りつつも、今夜の状況打破のための作戦会議は続けられた。
そして準備を終え、一同は夜まで体を休めることとなるのである。
ネセレがマントを羽織って木々の合間を斥候として駆け、同じくミイが精霊に干渉して気配を探っている。
精霊の声なき反応を見ながら、ケルトが感心したように虚空を見上げている。
「精霊に干渉とは…なかなか面白い魔法の使い方ですね」
『この程度も出来ないのか?随分と昼の民は魔法遅れを起こしているようだな。それに…お前はやはり奇妙な気配を放っている。人間のクセに濃い光のヴァルを放つなど、変な奴だ』
「ははは…」
どうやら、夜魔族から見ても精霊の転生体は奇妙に映るようだ。
なんとも言えない顔で誤魔化しつつ、ケルト一行は森の街道を進んでいった。
…そのまま、ゾンビーを避けつつ進んでいった間際。
「ちょい待て」
ストン、とネセレが木から飛び降りて来た。彼女の言うとおりに一行は身を潜め、道を外れて木々の合間に身を隠した。
すると、暫くしてから街道を駆ける、ゾンビーの集団。べっちゃべっちゃと気味の悪い音を立てながら、なんともいえないフォームで駆けていくそれらを見送る。小集団だったが、10匹以上は居た。
茂みから顔を覗かせながら、ハディは鼻を鳴らしている。
「凄い数のゾンビーだなぁ…この先、やっぱりもっとたくさんいるのかな」
「居るんじゃねーの、あの様子じゃ。もしも砦が占拠されてたら諦めて山越えして森を突っ切るしかねぇ」
「大森林となると…生還できるように祈るしかありませんね」
東に広がる大森林は、原初の時代から残る巨大な森林地帯だ。エルフが隠れ住んでいると噂だが、あまりその姿を目にすることはない。同じエルフにしか、あの森を抜けることは出来ないだろう、と言われている。
う~ん、と唸りながらも、ハディはミイ達へ尋ねてみる。
「一応、聞いておきたいんだけど…夜魔族に保護してもらうってのは」
「スマヌが、それは出来ん。先程も言ったが、我が一族の掟で部外者、それも昼の民が来たら秘密保持のタメに殺さねばナラぬ」
「いつかバレるにしても内部事情を外には漏らせねぇってか。懸命なこったな」
「それに、奇怪なコトに我が領域への道が、赤い霧で途絶えてシマっているのダ。現状、戻ることもデキぬ」
不可思議な魔法によって、戻る事はできなくなっているらしく、だからザム・ミイは立ち往生していたようだ。
ともあれ、進む以上に道が無いので、一行はどんどんと進んでいった。
…その最中だ。
「ん?」
「むっ」
『声が聞こえるぞ』
ネセレ、ザム、ミイの三名が何かに気がつく。
彼女らの言葉により、争いの気配がある方角へハディ達は様子を見に行く。
すると、森が開けた岩場のそこで、戦いが繰り広げられていたようだ。
ゾンビーに囲まれている、人間の集団だ。
それを見て真っ先に反応するのはハディ。
「人だ…!助けなきゃ!」
「待て待てチビ助、もうちょい様子見ろって」
「でもっ…!」
首根っこ掴んで抑えるネセレは、鋭い眼差しで集団を観察している。
「アレが山賊の集団だったらどうすんだ。…ま、見た感じ、冒険者って様子ではあるがな」
「行方不明の冒険者一行でしょうかね。しかし中央に固まっていのは、農民ですか?」
「消えた村人なら、話しを聞かねばならないな。…手助けすべきだと思うが、どうする?」
「俺は異議なし!すぐに行こう!」
「でしたら、まずはゾンビーの撹乱をしますね」
ケルトは杖を構えて、集中しながら詠唱を行う。
『来たれ4つの火、我は汝に乞い願う。我は光の同胞、我が思索は汝に望む』
そして強いイメージを描き出す。
光と破裂、大きな爆発だけのイメージ。
それを強く脳裏に焼き付け、呪言を発する。
「レシュト・ビン・カムル・フレス!」
瞬間、ゾンビーの集団の真っ只中に大量の光球が出現し、次々と連鎖爆発が起こったのだ。
「おおっ!?なんかすっごい派手だ!?」
「派手なだけでダメージはありません!今のうちに…!!」
言うまでもなく、飛び出したのはネセレとザムの両名だ。
ネセレはゾンビーを手当たり次第に切り飛ばし、ザムは双剣で次々と敵を打ち払う。
「私も負けては居られないな!」
その間にリーンが飛び出し、詠唱する。
「マ・カトゥ・フレス!」
抜き払った細剣に炎が纏い付き、切り払ったゾンビーが炎上する。
魔法効果を付与して戦うのが魔法剣士の基本だ。火が苦手なゾンビーは抵抗する間もなく、バッタバッタと切り払われ、崩れ落ちていく。
しかし中央では突然の闖入者に驚き戸惑い、自然と防御が疎かになった。その隙を見たのか、ゾンビーの数匹が冒険者の輪を突破し、背後の農民へと向かっていた。
悲鳴をあげる農民の前、不気味な牙を晒したゾンビーが両手を広げて襲いかかった。
…が、
「させないっ!!」
蝙蝠が飛来し、変じたそれは人型となって鋭い爪を奮い、ゾンビーを切り裂いたのだ。
腰を抜かす農民の前で、ハディは剣を抜き払いながら叫ぶ。
「誰にも傷つけさせたりしない…!絶対にな!!」
農民を守るハディが孤軍奮闘しているが、分割されている現状が良いとは言えない。
ミイは印を組みながら、眼前のゾンビー達を睨みつける。
『…なかなかどうして、見どころのある人間のようだな。とはいえ、こいつらが目障りなのは事実…おい魔法士。私と詠唱を合わせろ。4の火魔法だ』
『わ、わかりましたが…どうするんですか?』
『いいからとっととやれ』
詠唱を唱える相手に、ケルトも怪訝になりつつ、詠唱を行う。
第4レベルの火魔法、火炎で敵だけを薙ぎ払うイメージ。
魔法陣を展開し、力強いイメージはそのまま杖先から迸る。
「フィ・ヴェーシャ・カムル・フレス!」
『我が月の恩寵を賜らん!ルドア・マギ・ルーディア!』
ケルトの発動した魔法は現れたミイの三日月紋の魔法陣に吸い込まれ、次いでそれは巨大な力となって発動した。
一瞬で戦場を舐める業火の炎風は、悲鳴をあげる人々をも容赦なく吹き付けた。が、一切のダメージを与えず、しかし周囲のゾンビーだけを器用に燃やし尽くして、消えていったのだ。
「…す、凄まじいですね…」
一瞬で戦場を染め上げたそれは、或いは精霊モードなケルトの全力以上かもしれない。感情の昂ぶりを操作するのが苦手なのでケルトは常時発動できないが、これはそれとは関係なしに発動できるという強みがある。
もしも夜魔族と戦争になったら…と、そう考えてしまう程度には驚異に映り、思わずケルトは生唾を飲み込んだ。
「…ん、あれ?そこの冒険者って…ジャドじゃないか!?」
と、そこでゾンビーを一掃して安心していたハディが指をさす
その声に反応したのか、襲われていた冒険者達がこちらを見て、なんとも言えない素っ頓狂な声を上げた。
それは確かにハディの言う通り、行方不明の冒険者パーティ、竜巻旋風団であったのだ。
バンダナ男のジャドは、なんとも言えない嫌そうな顔をした。
「ぬぐ!?そういうお前は…カロンジジイの取り巻きのハディか!?」
「ジャドさん、ご無事でしたか。とりあえず、元気そうですね」
「くっそぅ!?お前ら何しに来やがった!?」
いきなりと言えばいきなりなご挨拶に目を丸くする二人へ、ジャドは変なファイティングポーズで言い募る。
「カロン一行の金魚のフンがこのオレ様を手助けしようなんざ百年早いぜぇはっはぁ!!何の用かは知らねぇがお子様はとっとと家に帰ってママに泣きついてなチビ助ぇあいたぁっ!?」
「なに勝手に一人で熱くなってんだてめぇは」
ネセレにぶん殴られて地面にめり込むジャド。
そんなジャドへ、仲間の魔法士、ミライアが呆れたように言う。
「アンタ、もうちょっと考えて物を言ったほうがいいわよぉ。とは言っても、助かったのは事実だから礼を言うわ。ありがと」
「…うむ」
長い茶髪で広い魔法帽が特徴のセクシー魔女ミライアと、狼の顔をした無口な重戦士ライドである。
ジャド一行を確認し、ネセレは呆れたように尋ねる。
「んで、お前らなんだってこんな場所でこんなことをやってんだ。ゲッシュのオヤジが心配してやがったぜ」
「ぬぐぐ…こ、ここまで長引くつもりは無かったんだ…その、問題があるとすれば、包囲網が問題で………ってそうだ!?お前らいったいどうやってここに来たんだよ!?この魔物だらけの楽園パラダイスみたいな場所まで!?」
「どうやったって、そりゃぁ…………いや待て、どうやら長話してる余裕はねぇようだぜ」
ネセレが指し示した先には、空中からこちらに向かってくるワスプの集団。
それに、真っ青になる人間一同へ、超人と夜魔族は話し合う。
「おい、ミイとかいうの。アレらを薙ぎ払える力って使えるのか?」
『出来るわけがないだろう。月魔法はリチャージまで時間がかかるんだ。そうポンポンと神の力を使えてたまるか』
「えっと、無理だと言ってますね」
「使えねぇ。んじゃ、逃げるしかねぇか………おいジャド!お前らはどこに潜んでたんだ!?一ヶ月間も持ってたんだ、逃げ場くらいはあるんだろ!?」
「お、おお!砦への隠し通路がこっちにある!」
「よし、案内しろ」
そんな塩梅で、ジャド一行の案内により、ハディ達はワスプの集団を焼き払いながら道を駆けた。
そして隠された落とし戸に入り込み、一行は隠し通路から山間の砦、ティアゼル砦内部へと入り込むことに成功したのであった。
※※※
「…で、アタイらに洗いざらい全部話せ。偽りは無しだ」
ドドーンっ!と椅子にふんぞり返り、足を乗っけて酒瓶を呷るその姿はまさにチンピラそのものである。が、リングナーなので粋がっている子供にしか見えないのが悲しいところである。
そんなネセレを前に、砦の監督者であるチャーチル卿は、ヘコヘコしつつ状況を説明した。
…ここは、例の関所砦。
ハディ達一行はなんとか逃げ込むことに成功し、砦の生き残りの人々に驚かれるやらなんやらで歓待されつつ、事情を尋ねるために責任者の部屋までやってきていた。ただ、ネセレだけが随分と偉そうにふんぞりがえっているわけだが。ハディが嗜めるも改善する気はゼロ。もはやどうしようもない。
無礼と言えば非情に無礼なのだが、戦力が少しでも欲しいあちらとしては何も言えないようだ。実に悲しい状況である。窓の外から馬鹿にしたような鳥の声が響いてくるのが、またなんとも憎たらしい。
ハディ一行とジャド一行、それとザム・ミイ・リーンの三名は、そこで改めて状況を聞いていた。
…事の起こりは、2ヶ月前。
この辺境であるティアゼル砦へ、近隣の村々の者たちがこぞって砦へ逃げてきたのである。
話を聞けば、なんと魔物に村が襲われたのだという。当初は驚くだけで、特に重大な事態だと把握していなかったチャーチルは、砦の兵士をやって村々の魔物への討伐を向かわせたのだ。魔物が時として村落を襲うことは、この世界では珍しくもない。
だがしかし、その尽くが帰ってこなかった。3回目の出兵が失敗し、チャーチルはそこでようやく敵は一筋縄では行かないと察し、街へと援軍を要請したのだ。しかし、敵勢は不明、どんな魔物かも不明という点で、侯爵側は情報を探るように言うだけで、兵は送られてこなかった。
情報を探ろうにも、向かった兵士は一人として帰ってこない。しかも、日に日に難民の数が増えつつある。これはマズイ、と思ったチャーチルは、避難民だけでも逃がすべきかと護衛を配し、砦から去らせることを選択した。
だがしかし、出立したはずの者たちの内、3分の1の者だけが戻ってきた。
酷く恐慌している彼らに事情を聞けば、吸血鬼と名乗る怪物に出会い、護衛の兵士は全滅、避難民の半数以上が殺されてしまったという。しかも、吸血鬼は目の前で死者の体をゾンビーに変化させ、操っていたという。
ここまでくれば、もはや事態は一刻の猶予もないと理解するだろう。
チャーチルは、その件の吸血鬼を討伐せねば、民を逃がすどころか己が逃げることも不可能だと察し、自ら陣頭指揮をしながら吸血鬼を狩りに出かけ…………そして、半数以上が壊滅し、逃げ帰ったのだ。
「アレは、おぞましい怪物でした。あれにひと睨みされるだけで、大勢の兵士が意識を失ってバタバタと倒れ伏し、魔物に食い殺される始末。しかも、奴は血を操りました!赤い月を背負ったあれは、まさに魔物の王に違いありません!!」
その時を思い出したのか、ガタガタ震えるチャーチル。
それを宥めるように、リーンは尋ねる。
「では、敗走した貴方がたは援軍が来るのを期待して、ずっとここに?」
「そのとおりです!もはや我が戦力は壊滅。あの数の魔物を相手に戦う意志すら挫かれてしまっています!…冒険者がやってきたことで確かに戦況は立て直しましたが、それでも苦しいことに変わりはありません。あの、あの、赤い月のような目を向けられるだけで震えが…!」
「…やはり、私達を襲った吸血鬼と同じ存在のようだな」
ブルブル震えるチャーチルは話しが出来る状態ではないようだ。僻地を任されるだけあって有能なのだろが、今は心が挫かれ、極限状態ですり減っているのだろう。
恐慌するチャーチルの背を撫でつつ介抱するハディは、ジャドたちへ尋ねる。
「それで、ジャド達がやって来たってことだけど。そっちはどうして?」
「…ふん。ま、教えてやらんこともねぇが~どうしよっかなぁ~?」
「洗いざらい全部ぶちまけろ。それとも、それ以外をぶちまけられてぇのか?あぁ?」
「ひぃぃっ!?」
ダガーナイフをチラつかせられてキョドるジャドを無視しながら、ミライアは状況を説明した。
「アタシ達のパーティに話が来たのは、一ヶ月前よぉ。そう、アンタ達が蹴った侯爵閣下の依頼ってことで、ジャドが張り切っちゃってねぇ。意気揚々と来たは良いけども、ご覧の有様」
消息が耐えた南地方を探らせるために、アレギシセル侯爵は冒険者へ調査の依頼を行った。本来はすぐにでも軍を派遣すべきことなのだろうが、現状、ヴェシレアとの関係悪化によりむやみに軍を動かして良い状況ではない。不穏な動きがあると気取られ、その隙に攻め込まれるかも知れない。小隊を派遣しても帰ってこない現状、ならばと少しでも情報を持って帰ってこられるように、冒険者に依頼を行ったようだ。
そして声を掛けられたジャド一行は、侯爵の館に招かれて歓待され、贅沢な夕餉に舌鼓をうった後に、早速調査のためにこの地方へと赴いた。侯爵に覚えめでたくなれば、一介の冒険者としてはこの上もないツテとなるだろう、という魂胆も含め、やる気に満ち溢れながら旅立った。
そして近隣の村々の調査を行い、ほぼハディ達と同じ結論に至った三人は、そのまま砦へと向かった。
だが、そこでゾンビーの集団の強襲を受けた。
「当初は逃げ帰るつもりだったのよぉ。この情報を持って帰るだけでも金一封は確実だしねぇ。問題は…帰り道の途中で足止めを食らったのよ」
魔物を撃退しつつ、一行はなんとか北への街道を駆けていた。
だがしかし、途中で壁にぶち当たったのだ。
赤い霧につつまれ、行けども行けども果てはなく、時折強襲してくるのは魔物の群れ。あまりにも不自然なそこをミライアが調べたところ、おそらく霧は魔法かそれに類似する力であるということ。更に進行阻害の効果により、実際は進もうとしていても、足踏みをしているだけの状態であるということがわかったのだ。
「ぶっちゃけねぇ、あんな巨大な、しかも強烈な魔法は初めて見たわ。たぶんだけど、一定範囲内に入り込んだ者が道を戻ろうとすると発動する魔法なのよ。それが街道だけじゃなくて、この地域一帯を覆っている。それがどれほどバカバカしいのか、魔法士じゃなくってもおわかりでしょぅ?」
「それは…まさに怪物ですね。ただの人では到底不可能…まさに神の如き御業です」
「そうよぉ、まさに化物。あの吸血鬼の仕業かは知らないけども、あまりにも桁が違いすぎるのよ。八方塞がりな手前、逃げ場もないしってことで必死に逃げて、ここに辿り着いたのよ」
「かなり大変だったんだぜ?ゾンビーの群ればかりで、たまに飛んでくるのはワスプだし、ライドの鼻がなけりゃぁオレ達も危なかった」
「…うむ」
狼の獣人ライドは、獣人らしく鼻が効くようだ。人の臭いを嗅ぎ分けて、ここへの抜け道を見つけ出して逃げ込んだという。
「それに、侯爵の魔法の効果も及ばないみたいだしねぇ」
チラリ、とミライアは手首の金の輪を撫でる。どうやら、あれが件の魔法リングのようだ。消息知れずということは、ここではあの魔法の効果も及ばない、ということなのだろう。
そして一行はここでやっかいになりながら、一ヶ月を耐え抜いてきたのだが…減っていく備蓄と長く続く籠城戦に耐えきれず、精神的に疲労していた一部の避難民が集団で逃げ出したのだ。それを追いかけ、ジャド達が彼らを連れ戻しに向かった先で、例の襲撃にあったのだという。
「…ふん、話はわかった。いろいろと理解できねぇ部分も多いが、状況が切迫してるってのは事実なようだな」
ネセレは呟き、勢いよく足を下ろして、机の上の地図を指でなぞる。
「現状、アタイらは敵…おそらく吸血鬼の野郎に包囲されてるってぇ状況だ。この地域一帯を封鎖し、逃げ場をなくしてこの砦を攻め立てている。…おい、その理由は何か想像つくか?」
「…わかりませんね。これだけの規模の魔法を使え、さらに魔物を操るような存在が、何故我らを生かしているのかが全く検討もつきません」
「ど、どういうこった!?」
戸惑うジャドに、ケルトは思案しつつ続ける。
「アレだけのワスプを操る敵が、いつまでも砦に苦戦するとは思えないんですよ。見たところ、この砦は半壊状態。空への対抗手段も各束無く、人手もなく、魔法士の少ない。更に敵は無尽蔵の兵士を持っている」
「…あのゾンビー、やっぱり消えた村人なのか?」
ハディの問いに、ケルトは十中八九、と告げる。
消えた村民の末路に、流石に冒険者たちは、なんとも言えない顔をする。頼りが途絶えた時点で予想はしていたが、やはり現実を目の前にするとキツイものがある。
「魔物を操る勢力に関しては心当たりがあります。この吸血鬼なる存在がそいつらの一端であるというのならば…我々だけでは厳しい状況です。できれば、勇者がここに居てほしかったものですが」
「無い物ねだりは時間の無駄だ。現状、この戦力で敵をどうにかするしかねぇ。…おいチビども、お前らは前にクレイなんとかっていう虚無教の幹部と戦っただろ。もしも吸血鬼があのネズミジジイと同類なら、勝算はあるか?」
「敵の力を見てみないことには、なんとも。ただ、一睨みで戦意喪失したという話は気にかかりますね。魔眼、と呼ばれる力を持つ存在ならば、視線を合わせるのは危険でしょう」
「魔眼?」
小首をかしげるハディに、ザムが答える。
「神の祝福を受けタと言われている者が持つ瞳ダ。視線、つまり、意識を向けて合わせるコトで、相手の魂へなんらかの影響を与エルとされている。我が伝承でハ、死を見る瞳を持つ一族がかつて居た、という話が残ってイる」
「死を見る瞳…っていうと、ルドラ神の眷属ってことかしらぁ?」
「おそらくハ。だが、対抗策は簡単ダ。目を合わせなければいい。また、魔眼を使うサイには特定の印を切るとも言ウ」
「視線を合わせないように、とは。言うのは安いですが戦場では難しい事ですね。まあ、知ることは大事ですから留意しておきましょう。…他の問題は、吸血鬼がクレイビーと同等であった場合ですね。ヴァルや精霊を吸収、食らう性質を持っているとするのならば、まさに魔法士殺しの力の持ち主です」
ケルトの話に驚くのは、魔法使いであるミライアとミイの二名。
「ちょ、ちょっとまってよぉ!?なによそのデタラメな話は…?精霊を食べるって…」
『精霊喰らいだと!?馬鹿な、それはまるでルドラ神の伝承で語られた、厄災のようではないか…』
「事実です…が、少しお待ちを。ミイさん、そのルドラ神の伝承とはいったい?」
現状、ここに居ないルドラの遺した伝承というのが気にかかり、話を促すケルトへ、ミイは気後れしつつも語った。
『ああ、我が父祖が遺したルドラ神との対話における口伝で、こういうのがある。
【虚無なしり者は精霊を喰らう異形である。すなわち、虚無は世界を喰らう者。恐れと絶望は彼奴らにとっての糧であり、それに対抗できる術は少ない。だが、我が月が満ちた力があれば、或いは希望は潰えぬかも知れぬ】…と』
「我が力…ルドラ神の力とは、まさか先程の魔法のことですか?」
『そうだ。月魔法はルドラ神の加護を受けて、我が一族に伝わっている夜の魔法だ。月魔法は強い攻撃魔法を持たぬが、力を貸し与える魔法が多い。お前と使った「月魔法ルーディア」は、同属性を合致させることで威力を増す…問題は魔法の同時併用を行える者が少ない故に、私以外では宗主様しか扱えぬ、ということだ』
ルドラ曰く、「バフ・デバフ専用魔法って重要だよね」というノリで作った魔法体系であるが、この場ではそれが非常に役に立つようだ。
『月魔法の中には、精霊を保護する魔法もある。もしもその吸血鬼が精霊喰らいならば…野放しにはしておけんな、ザムよ』
『うむ、我が夜の民にとって、虚無は不倶戴天の敵だ。放置していれば、必ず我が一族のみならず、世界全てを滅ぼす厄災となろう。我らも手を貸すことは厭わんぞ、人間よ』
どうやら、ザム・ミイは全面的に力を貸してくれるようだ。そもそも、吸血鬼の魔法で封鎖されているのならば、彼らも帰るためには戦うしかないのだろうから、尚の事。
「頼もしい限りです。…ともあれ、話によれば敵は夜間に攻め立てて来ている、とのこと。ならば、今夜も襲撃があると見たほうが良いでしょうね」
「敵は無尽蔵なんだろ?どうするんだ?」
「…最も有効なのは、吸血鬼を殺すことです」
魔物を生み出す親玉が吸血鬼ならば、そいつを殺せばこの怪異は全て収まるはずだ。
問題は、敵の強さによるのだが。
「夜間襲撃の際、吸血鬼も出てくるそうですね?」
「あ、ああ、いつもはそうですな…」
「なら、今夜も親玉が出てくる可能性は高いでしょう」
「それをアタイがぶった切るって事か。シンプルで良いじゃねえの」
ニヒルに笑みを浮かべるネセレだが、単身で向かうという彼女にジャドが止める。
「お、おいおい!アンタが強いのは周知の事実だが、大丈夫なのかよ!?あんだけの、しかも視界が悪くなる大量の魔物を相手に孤軍奮闘って…!」
「おいジャド、見くびるんじゃねぇよ。このアタイを誰だと思ってやがる」
ただし、ネセレが大盗賊であるというのは秘匿されているので、ネセレはニヤリと笑うだけだ。
「むしろ足手まといは必要ねぇ。アタイだけの方が動きやすいからな。ちょっと出ていって、スパッとぶっ殺してきてやるよ」
「頼もしいのやらなんやら…ともあれ、ネセレならば心配ないでしょう。ですが、魔眼には気をつけてください。ミイさん、月魔法の射程はどの程度ですか?」
『目視できる範囲ならばどこまでも可能だ』
「ならば、ミイさんはザムさんと一緒に、出来るだけ見通しの良い場所で援護をおねがいします。他の配置は…」
そんな感じで、自然とケルトが仕切りつつも、今夜の状況打破のための作戦会議は続けられた。
そして準備を終え、一同は夜まで体を休めることとなるのである。
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