どうも、邪神です

満月丸

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冒険者編

光精の旅路1

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…ヴェイユに連れられて来た場所は、ハディ達の見知った場所だった。

「っとぉ!?」
「わわっ!?ちょ、ちょっといきなり何よ!?」

突如として椅子から地面に放り出された二人とは裏腹に、ヴェイユは仁王立ちで睥睨している。

「なんだなんだ、この程度の受け身も取れんのか?」
「ふ、ふざけんじゃないわよ!?いきなり人を飛ばさないでよね!!…って、ここは」

食って掛かっていたダーナは気づいて、慌てたように周囲を見渡す。
そこは、闇の神殿の前、ネーンパルラの森の只中だったのだ。

「闇の神殿…帰ってきちゃったの?…って」
「ぐごぉ?」
「あ!ケームズ!」

神殿の傍で立っていた石像、土の精霊ケームズが動き出し、ダーナはケームズに抱きつく。
久しぶりの再会に、二人は喜んでいるようなのだが、ハディとしてはため息しか出ない。

「ケンタックからここまで、とんでもない距離があるんだけど…ああ、まあ爺さんの知り合いなら普通か」
「そのとおり、この程度の御業、俺達ならば造作もない。…さて、ハディ、ダーナ。お前たちにはこれから、試練を受けてもらうぞ」
「試練?」

ヴェイユは歩みを進めて、闇の神殿の門に触れた。

…すると、軋んだ音を立てながら、開かずの間であった闇の神殿の門が、開かれたのだ。

これに唖然とするダーナを尻目に、ヴェイユは振り返った。

「さて、ハディはここを進め。無事に出てこられれば、合格だ」
「ご、合格?って、何が?」
「ここから出てこられれば、お前は今まで以上の力を得られる、ということだ。無論、リスクも有るがな」
「っ!」

思わず息を呑むハディへ、ダーナは慌てたように言う。

「ま、待ってよハディ!こ、こんな怪しい奴の言うことを真に受けちゃ駄目よ!きっとなんか、悪どい罠でも仕掛けてるに違いないわ!」
「随分な言葉だな。何故俺が、そんな回りくどいことをせねばならんのだ?」
「し、信用ならないからに決まってるじゃない!!」

プンスカするダーナへ肩をすくめつつ、ヴェイユは面倒臭そうにため息を吐く。

「…まあ、話は早いほうが良いか」

ヴェイユが指を触れば、不意に…、

「きゃっ!?」
「ダーナ!?」

ダーナの身を、球形の闇が包み込んだのだ。
それに血相を変えるハディは、闇に取り付いてダーナを助け出そうとする。ちなみにケームズは「遊んでるの?」と小首をかしげるだけだった。
そんなハディへ、ヴェイユは掌を向けて言う。

「安心しろ、危害は加えん。この小娘には、過去へと旅立ってもらっただけだ」
「か、過去の旅…?なんでそんなことを!?」
「決まっている。この先、主上はお前たちの力が必要となる時がやってくると、察せられている。故に、お前たちを最低限、使える程度まで覚醒させる必要がある。とはいえ、覚醒とは魂の解放だからな。当人の意思の問題だから、俺たちでは扉の開け方を教える程度までしかできんが」
「???」

「?」マークを乱舞させるハディへ、ヴェイユはニヤリと笑って門を指差す。

「ハディ、この神殿は勇者が通るべき道の一つでもある。お前がこの道を踏破できれば…お前も勇者の如く、力の扱い方を覚えるだろう」

それに、ハディは目を見開く。
勇者とは、つまり、メルサディールだ。彼女と同じようになれる道があると聞いて、ハディは思わず息を呑む。
…門の向こうは、闇だ。深淵のような、光の差し込まない、べっとりとした黒い闇。
暗視でも見通せないそれに、一瞬だけ意気が萎むが、しかし脳裏で過ぎるのは見知った顔の人々。

「………俺は」

そして、こちらへ歪んだ笑みを浮かべる、ジャドの最期の顔。

(もう…誰も死なせたくない。皆のを守る力を、手に入れられるのなら…)

ハディは頷いて、はっきりと口にした。

「わかった、俺…行くよ」
「その意気や良し!やはり男ならばどーんと進まねばな!…小娘に関しては任せておけ。むしろ、危険なのはお前の方だからな」
「この先には、何があるんだ?」
「知ってしまったら試練の意味が無いだろう?まあ、一言いえば…闇に呑まれるなよ、小僧」

意味深な言葉に頷きつつ、ハディはゆっくりと、門の中へと足を踏み出していく。
少年の影が闇の中へ消えていってから…軋んだ音を立てながら、バタン、と門が閉じられた。
その前にどっかりと座りながら、ヴェイユは瞑想するように目を伏せ、呟いた。

「…さて、長丁場になりそうだが…乗り越えられるかな?小僧」


※※※


なにもない真っ白の空間だった。

空も大地もなく、光も闇もない。
一面の白という認識だけが何故かあるそこには、文字通り何もなかった。
真っ白な空白、とでも言うべきか。
陰影のない白は視界を覆い、どこを向いても虚無しか映さない。影すらないそれは、まるで視界を塞がれているかのような気分にさせられる。

…そこへ、ふと光が満ち溢れる。
広がるように大地が溢れ、海が波のように大地から出現する。

次に輝きが満ちれば、白の空間に青い色合い広がった。
それは空で、そこには太陽が煌々と世界を照らしていた。

そして、三度の輝き。
すると、太陽が凄まじい勢いで地平の底へと去っていき、世界は深淵に包まれた。
闇に輝きが満ちれば、今度は黒い空に、茫洋と輝く月が一つ。

「…これは」

まるで早送りしているかのように、世界が次々と変化していく。
緑が凄まじ勢いで溢れ広がり、空の星々が次々と増えて多くの座となり、海からたくさんの生命が這い出てくる。鱗を持つそれらは形を変え、多様な姿形となって世界中に散っていくのだ。

…ケルトは、ふと視線を感じて、天を見上げた。

そこには、巨大な存在があった。
まるで人を象った巨木のような、それとも緑の巨大花のような。
世界を包めそうなほどに大きなそれが、こちらへ手を伸ばしたのだ。
思わず呆然としていれば、不意に巨木が何かを語りかけてきた。
音ではなく、言葉でもなく、
脳裏に響く、原初の感覚。

『さぁ、みんな出ておいで。一緒に世界を作ろう』

輝ける大木。
それに、ケルトは無意識で涙を流していた。
それは、内なる回帰の感情。慕うべき母への思慕だ。

…気がつけば、彼の体は輝ける人型へと変じていた。

白い光を放つそれは、言葉を発することはない。ただ、感情が音や色として溢れるのだ。
輝く彼が宙を舞い、巨木へ語りかければ、巨木は愛おしげに手を伸べる。
それに触発されるように、彼の周囲へ色とりどりのたくさんの人型が、そろそろと近寄ってくる。
高い音、低い音、澄んだ音、ガラガラな音。
様々な音が溢れ出て、巨木を母と慕い始めた。
同じく、彼もまた巨木へ纏わり付いていれば…、

次に現れたのは、巨大な燃え盛る人型だった。
獣に似た顔、燃える鬣、巨大な偉丈夫のそれは、こちらへ語りかけた。

『俺が、お前たちの世話をすることになった。ま、よろしくな、ちびっ子共』

やや荒々しくこちらを撫でる手は、ゴツゴツとしていながらも、どこか温かい。
巨木と違う獅子に、光達がどこか戸惑ったようだったが、すぐに気に入ったかのように懐いていった。暖かなそれが、どこか安心させてくれる気がしたのだ。
獅子は輝きたちへ、より大きな輝き達の言うことを聞くように諭した。
大きな輝きは、一番最初に生まれた同胞だった。
そう言われ、彼は周囲を見回して、白く輝く、自分より一回り大きな人型を見つけた。
あれが一番最初の光の同胞だ。
白く大きな輝きに挨拶すれば、それは楽しげに笑いながら、可愛がるように小さな輝き達へ擦り寄ってくる。

…ふと、何か黒い気配を感じて、別の方角を見た。

皆が気づいて、それを見上げる。

巨大な人影。夜のベールに覆われた、闇に包まれた人型。
まるで闇が形になったかのようなそれは、巨大な眼で、こちらを見下ろしていた。
その視線に、多くの同胞たちが悲鳴を上げて、獅子や巨木の後ろへ隠れた。
だが彼だけは、どこか呆然と夜の人を見上げていた。

…なんて大きくて、静かで、孤独なのだろうか。

夜の人からは、停滞を感じた。
死、闇、それらは停滞によってもたらされるもの。だから、夜の人だけは静かで、音すら発さない程に、止まっている。

…夜の人が、ふとこちらを見た。

逃げ惑う輝きたちの中で、唯一、逃げなかったこちらが気になったのか。
夜の人は手を伸ばし、彼へ語りかけた。

『頑張り給え、幼い子らよ。この世界を守れるほどに、強くなれ』

その言葉は、不思議と彼の中へ染み込むように、スルリと入っていったのだ。


※※※


『いいかい、□□□□□□。君はこれから、勇者の手伝いをするのだよ』

創生から5000年以上が経った頃。
白き大きな輝きに呼ばれ、勇者と呼ばれる存在に加護を与えてほしいと命じられた。
加護は、自我を持つ精霊が気に入った人間へ与えるもので、傍にいるだけで様々な恩恵を与えるのだ。原初の頃より存在する彼は高位の精霊となっていたが、彼が人の傍に居ることはほとんどなかった。彼は、あまり人というものが好きになれなかったのだ。
だが、白き大きな輝きは、それを良しとしていないようで、何かと彼へ人と関われとせっついていたのだが。
その一環か、今回は神々の命ということで、彼にお鉢が回ってきたのだ。
彼はあまり好ましいとは思わなかったが、それに逆らう意思まではなかったので、頷いた。

…その人物は、人の肉体を纏っているが、その魂は輝かしいばかりに偉大であった。彼は勇者と呼ばれる存在で、神性を持つ世界の守護者であると知った。彼を守る事は、世界を守ること。故に、彼は率先して彼へ加護を与え、彼の成長を早めた。
幼少期から抜きん出た才覚を発揮していた勇者は、剣を学び、魔法を覚え、そして遂に現れた魔王を倒すべく旅に出た。彼はそれについて回り、勇者に力を貸し与えながら、魔王を倒す偉業を見届けた。
本来はそこで終わりだったのだが、彼は珍しく興味が唆られて、そのまま勇者について回った。そんな彼を感じ取っているのか、勇者もまた時折、彼へ話しかけてきた。

「人間というのも、つまらないものだ。そう思うのは、私が人間だからかもしれんがな」

帝国と呼ばれた宮殿の天辺で、王となった勇者は杯を揺らしながら、窓から空を見上げていた。
その目に何かを捉えているのか、勇者は独り言のように呟き続けている。

「ルドラが世界を滅ぼす光景が見えてから、長い時が経った。だが、私はその時までは生きてはいられないだろう。知ったことではないと言えばそれまでだが、まあ、世界の終わりの可能性だけを見せられるのは、寝物語を途中で切り上げられるかのように無粋なのだ」
『終わりが気になるのか』

彼の問いかけに、勇者は鼻で笑った。

「さてな、知りたいと言えばそうだが、同時に恐れもある。誰だって世界の終わりなど見たくもないものだ。だが、その先がまだ続くのであれば…とも」

杯の中身を呷ってから、勇者は息を吐いて目を細める。

「…鬼王、竜騎士、来訪者に、邪神ルドラ、か…その複雑怪奇な物語がどのように紡がれるのか、私も見てみたかったが…もう時間もない。…姿なき友よ、一つ頼んでもいいだろうか?」
『何なりと』
「私の代わりに、世界を見届けてくれないか?君は最後まで存在するだろう。私の代わりに目となり、耳となり、私の魂へ教えてくれ」
『しかし、貴方は勇者として存在し続けるはずだ』
「いいや、死ねば終わりだ。魂は漂白され、私という人格は死へ至る。きっと神となった私は、ルドラへ畏敬の念を抱くだろう。それはもはや、私ではない」
『そんなにルドラ神が嫌いなのか?』
「そうだ。私という人間の人生を全て決め、道を作り、模索の道を遮った。邪魔なものを司祭達に排除させ、「特別」という言葉で思考を奪い、親すら引き離し、戦い以外の事すら与えなかった。いわば、人形のように私を閉じ込め、扱ったのだ。世界を救える『勇者』のみに価値を置き、私という人格に価値を与えず、多くのものを奪い去った。…同じように、あの『世界』もそうだ。私に価値を見出していない。「勇者」にしか興味が無いのだ。…忌々しい化け物共め…」

バキリ、と杯が握り潰された。
勇者の言葉通りなら、彼は都合のよい道具として作られた。それに反発するのは人としては至極、当たり前の感情だ。
しかし、勇者は気を落ち着けるように息を吐いて、クツクツと嘲笑う。

「だが、どうやら最善手は得られなかったようだな。我が反抗は、何の意味も…いや、無意味ではない、か。我が帝国は、次の帝国の礎となろう。私の血は遺した。その血はいつか、次の諍いと新たなる国と作る。ならば、無駄ではないな」
『…貴方には何が見えているのだ?』
「何も見えてなど居ないさ。むしろ、この目があるから現実が見えない。まさに盲目だ。…そして、最後に過ちを犯すことにしよう。肥え太った者たち諸共、全ては教訓として消えるのだ」

死ぬつもりなのだろう、と彼は思った。それに少しだけ、身内の何かが蠢いた気がした。
そんな彼へ、見えぬ勇者は、虚空へと微笑んだ。

「君は、私が生まれた日から、ずっと共にあった。今までありがとう…元気でな、友よ」


※※※


「おいらはペッレ!ヴォイ・ジャ・ペッレなんだなぁ!よろしく~!」

猫顔の獣種の少年は、そんなことを言いながら、こちらへ挨拶した。

エレゲルと名乗る神に、「この少年に6度の命の猶予を与えなさい」と命じられ、着いていくことになったのだが。初めて姿を現した彼へ、少年ペッレは目をキラキラさせながら握手してきたのだ。

『私が恐ろしくはないのか?』
「え?でも精霊様っておいらを助けてくれるんでしょ?じゃ、怖いことなんてな~んにもないんだぁな~!」

底抜けに楽天的な少年は、あっけらかんと笑った。

…原因不明とされる病に侵されているこの少年は、命の猶予を神に願った。
信仰心を集めることを使命として課されている神々にとって、人々の祈りを叶えるのも仕事である。故に、エレゲルは病を治す旅に出る猶予をペッレに与えた。…ただし、病を治さなかったのではない、治せなかったのだ。

ペッレは、非常に特異な病状にあった。

不特定の頻度で侵食が発現し、徐々に体を黒く壊死させていく奇病。どんな慰者でも治癒することが出来なかった彼は、ならばと自らが立ち上がって病を治す手立てを探しに行くことにした。そして、神へと祈り、その祈りが届けられたのだ。
正直、彼はそれが成し遂げられるとは思っていなかった。
しかし、それでも唯人だとも思っていなかった。神ですら不可能と首を振る奇病に負けず、右腕全てを黒く染めてでも旅立とうとする意気。それは確かに強い意志であったのだ。

片腕を壊しながらも、ペッレは進み続けた。

叡智を持つ魔法士を目指して大陸を渡り、全てを癒す聖者を求めて東の果てへ。神の加護を受けた死を見る一族を探して砂漠を通り、大精霊を求めて大海原を駆け回った。
その間、ペッレは何度も死んだ。
盗賊に殺され、兵士に殺され、谷から転落死し、砂漠で干からび、海に落ちて溺死し、遭難して餓死した。
侵食が両腕にまわり、両足にまで辿り着こうとも、彼は歩むことを止めなかった。
這ってでも進み続けるペッレへ、彼は尋ねた。

『どうしてそこまでする?故郷へ帰って、余生を過ごすのも悪くない選択だろうに』

それに、ペッレはこう答えた。

「死ぬことを受け入れるのは、おいら達にとっては死んだも同じだぁよ。だから、足掻くんだ。死なないように、生きることにしがみついてでも、生きていくんだぁ…それが…おいら達『人』なんだぁ」

人の性、その有様に、彼は少しだけ興味が唆られた。

間違っているとわかっていても、それを成した勇者。
死ぬとわかっていても、足掻いて藻掻いて、這ってでも進むペッレ。

それは、精霊や神には存在しない、強い意志だった。

侵食によって動けなくなったペッレを、彼は助けた。顕現し、ペッレを抱えて空を飛び、死に体であるペッレを連れて、彼は白き大きな輝きへと嘆願した。

『彼を救ってほしい』

その願いに、しかし輝きは否定の感情を返した。

『それは出来ない。その獣種を救うには、我らの力では足りないのだ。彼を侵すその病は、おそらく虚無の一部だ』

世界を食らう虚無の一部。
勇者が魔王を倒した直後、そこから飛散した種子がペッレに寄生したのだろう、と。
ならば、治す手立ては本当に無いのだろうか?という問いに、大きな輝きはやはり否定した。

『それが出来るのは、原初神だけだ』
『ならば、私が嘆願しよう』
『止めておきなさい、エレゲルがそれを認めはしない。原初神の力を奮うことを、彼は良しとしないだろう』
『…それでも』

なおも食いつく彼へ、輝きは呆れたように続けた。

『人と触れ合い、強い感情を得たんだね?…まあ、そうだな。我らが母たるティニマ、彼女ならば、それに答えてくれるかもしれない』
『なら』
『ただし、原初神へ力を嘆願するのだ。ならば、それ相応の対価を差し出さねばなるまい』
『…ならば、私の精霊としての力を差し出そう。それが対価に見合うかは、わからないが』

…そして、彼は自らの力…存在そのものを力に変えて差し出して、ティニマへ嘆願した。
ティニマは精霊の献身と、ペッレの境遇にたいそう共感したらしく、

『オッケー!じゃあ、ちゃちゃっと治しちゃうねー!』

と二つ返事でオーケーを出した。
それに、ティニマの付き人ならぬ補佐神であるサレンが、元人間らしくなんとも言えない顔で眉間を揉んでいたのだが。

かくして、彼の願いによって、ペッレの虚無は浄化された。その間、ペッレは眠っていたので事の次第は知らないようだったが、癒やされた体を見ていたく感激しつつ、膝をついて神へ感謝の念を送った。

「ありがと神様!そんで…ありがとな!おいらの友達!きっと君のお陰なんだぁな!」

そして、存在を対価にした彼は、大きな原初の精霊としての力を減じて、小さな精霊と成り果てていた。故に、彼は顕現することは出来なかったのだが、それでもペッレは見えぬ彼へ声をかけていた。
…それに、彼は今まで感じたことのない感情を抱いた。


 病が癒えたペッレは、そのまま一度故郷へ戻ってから、再び飛び出して世界中の旅を続けた。そして粗い紙片に獣種の象形文字を記し、旅の様子を綴った。紙片を纏め、数が膨大になると故郷へ送り、時には旅先の子供らへその本を話して聞かせては配っていった。
ペッレは多くの旅をし、多くの人と出会い、多くの怪我を負い、歳をとっていった。

…そして。

足腰が弱り、旅先で倒れたペッレ。力が無い故に何も出来なかった彼もまた、じっとペッレの傍についていた。ただ、誰か助けてほしい、と、感情の色を乗せて空に放ち続けながら、ペッレが弱っていくのを見つめていた。

夕の刻、人気も失せた森の中。
草葉の合間に埋もれるように倒れたペッレと一緒に居た彼は、ふと音が近づいているのに気づいた。

「…これは、小さな声が聞こえたと思ったら」
「なんと、精霊?それと獣人種か…?」

茂みを掻き分けて出てきたのは、二人の人間であった。旅の途中なのか、薄汚れた衣を纏い、杖を持った二人は、何も言わずに倒れたペッレを助けてくれた。
しかし、老衰によって弱っていたペッレは、徐々に徐々に、死へと向かっていった。
若い男は、献身的にペッレの世話をした。
黒髪黒目で、その魂は懐かしい原初の力を宿しており、肉を纏っているが強い神性を持っていた。
もう一人は老人で、巨大なエネルギー…彼らの言葉で指す、ヴァルの流れを感じていた。
老人は白い髭を撫でながら、こちらを見て呟く。

「しかし、愉快なことじゃ。原初の精霊が、人のためにその身を犠牲にするなど、前例がないのではないかね?うむ、貴重なレアケースということで記録せねば…」

無駄にメモ魔な老人と献身的な青年は、何故か彼と会話することが出来た。神の加護を受けた純粋で巨大な魂だからこそ可能なのだろう、と彼は察した。

『しかし私は、それを成したことに後悔はない』
「結構結構、人らしくあるのも大変じゃろうが、まあ、頑張るがよかろう。長生きすればするほど、世俗のアレソレが面倒になってくるものだ…」
「ははは、一概には否定できない台詞だね。とはいっても、おそらく精霊くんの方が、私達より年上だろうけど」

智者のように微笑む青年へ、彼は興味を示して尋ねてみた。

『どうして、貴方達は死するとわかっていながら、抗うのだろう?私が何もしなければ、ペッレはもっと早くに死んでいた』
「ふむ…詳しく聞いてもいいかな?」

彼は語った。ペッレの奇病、それを癒やすために苦難を覚悟して世界中を周り、幾度も死したことを。
それを聞いた時、老人は唸りながら感心した音を発した。

「ふぅむ、死する肉体を瞬時に癒やし、途絶える魂を繋ぎ合わせる秘技…まさに神業じゃ。もしもそのような御業を会得できれば、死をも乗り越えられるやもしれぬ」
「永遠の命など、それほど良いものではないよ、エーティ。寿命のない頃の原初の記憶は薄れてしまったが、それでも辛いことが多かったと覚えている。…そうだな、精霊くん」

青年は考えながら、彼へ語りかけた。

「生きる事は抗うことの連続だ。そして人の一生は短い。故に、彼らは強い活力を持って、一瞬一秒でも長く生き永らえようとする。それは、彼らが短命で有るが故の業であり、同時に彼らの持つ秘められし力なのだろう」
『秘められし力?』
「私も長く生きたが、彼らのように強い意志で戦うことが出来ない。彼らほど生きる事に、しがみつけていないからだ。死への恐怖は根深いが、長く生きれば生きるほど、その恐怖は減じていくものだ。だから、抗おうとする意志が薄まる」
『長く存在する私や貴方では、ペッレのような意志を抱くことが出来ないと?』
「這ってでも進もうとする意志、誰かから与えられたわけでもなく、自らのために動ける意志、苦難にめげず諦めることのない強い意志、それは彼の、定命の者の強みだよ」

魘されるペッレの様子を見ながら、青年は呟く。

「私もね、多くの時を生きて、国を作った。全ては我が父の言葉に従った故に…だが、ガルガリが反旗を翻したときに思ったのだ。彼が立ち上がったのは、私がいつまでも王の座に居座っているからではないか、と」
「ヴァルス様!それは…」
「エーティ、私は思っていたのだ。私は父に言われるがままに王となったが、そこに私の意志はあったのだろうか、と。ただ、怠惰に時を過ごし、使命のままに意志と思考を放棄して、そこにあり続けた。それはただの…人形だったのではないか、と」

青年は苦渋に満ちた感情を放つ。
それに、老人は戸惑ったような色を放出していた。

『貴方は、後悔しているのか?』

その問いに、青年は一瞬だけ虚を衝かれたようだったが、すぐにゆっくりと喜色を放った。

「いいや、王として生きた道に後悔は無いさ。間違いも多かったが、それでも我が子らが成長していくのを見るのも好きだったよ。…ただ、私は思うのだよ。ガルガリは圧政を強いたが、それによって帝国は凄まじい速度で発展した。兵器を作り、軍を作り、その機構を利用して新たなる技術を編み出していった。私が今まで技術者を擁して行っていたものより、その速度は驚異的であった…争いは、時として、技術の革新を齎す」

人の発展など、精霊たる彼にとって興味の端にも登らないことだった。だから、青年の言葉に少しだけ興味を示した。

「時として、ガルガリのような存在も必要なのだと、思ったのだよ。そして私が居ることで、人は考えることを止めていた。人は人形になっていた。それは私とどう違うのだろうか、と…そんな中、ガルガリだけは、人であったのだ」
『勇者は、貴方の父を嫌っていたようだ』
「…そうだな、そうだろうね。勇者の道以外を封したのは、父だ。そしてそれを実行したのは、私だ。勇者として生み出し、それ以外を必要とせずそれだけを強要した。彼の人格など、実際、私も父も気にしていなかったのだ。…世界救済の道具としての勇者。彼が反抗するのも無理はない」
『謝りたかった?』
「…ああ、そうだね。謝りたかったのかもしれない」

今度は本当に後悔の色を乗せている。青年にとって、その問題は根深く、心の奥底に引っかかっているようだ。
青年は微笑みを浮かべながら、されど深い悲しみの色を乗せながら、彼へと語った。

「人の心は複雑な色を乗せる。それはきっと、君たち精霊よりずっと複雑で、暗く、同時に輝かしい代物なのだ。その複雑さこそが、人の持つ意志の力。私はそう思うよ」
『…意志の力』

彼には理解できない言葉だった。
しかし、確かに彼の中に残った言葉であったのだ。



…その夜過ぎ、ペッレは息を引き取った。
その間際、意識を取り戻した老獣は、小さな声で囁いた。

「おいらの親友…おいらは生涯を冒険に費やしたけど、それでも世界全てを見ることは叶わなかったぁね…もしも、可能なら…おいらの代わりに世界を見ておくれ。そして…それを綴ってほしい…」
『どうしてそこまで、世界を知ろうとするのだ?』
「………」

獣種の老人は語らず、ただ笑みだけを浮かべた。


…精霊の彼に、ペッレの心は最後まで、理解できなかったのだ。

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キルステン伯爵家の令嬢として生を受けたクラリッサには、日本人だった前世の記憶がある。 両親と弟には疎まれているクラリッサだが、異母妹マリアンネとその兄エルヴィンと三人で仲良く育ち、前世の記憶を利用して小説家として密かに活躍していた。 ある時、夜会に連れ出されたクラリッサは、弟にハメられて見知らぬ男に襲われそうになる。 その男を返り討ちにして、逃げ出そうとしたところで美貌の貴公子ヘンリックと出会った。 逞しく想像力豊かなクラリッサと、その家族三人の物語です。

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