99 / 120
冒険者編
子供を連れて社会勉強です
しおりを挟む
アタシはダーナ、闇エルフの最後の一人。
もともとは闇の神殿の守り人の一族だったんだけど、悪い奴に殺されそうになったところを助けられて、ここに預けられたの。お婆ちゃんが生きてたら、きっと許してくれなかっただろうけど…それに少し負い目を持ちつつ、今日も給仕人として働いてる。
森から出てここで暮らすようになって、ゲッシュって言うおじさんの宿で働いているわ。なんかドワーフの英雄らしくって、宿にはドラゴンの角とか遺跡で手に入れた魔法道具とか、それっぽいものが飾ってあるわ。当人に聞いたら、前にタカビー女との旅の間に手に入れたんだって。普通に聞いたら眉唾ものだけど、タカビーが勇者なのはホントだから、きっと本物なんでしょうね。
正直、人間なんて大嫌いだったんだけど…この宿に来てから、その印象はガラッと変わった。森を切ろうとした人間達と違って、ここの人間達は気のいい人が多いわ。お使いに行くと、行きつけの雑貨屋のおばさんは飴をくれるし、酒屋さんは厳つい相好を崩して頭を撫でてくるし、冒険者たちはいつも笑顔だし。…からかってくるのは嫌だけど、本当に嫌なことまではしてこないの。だから、最近じゃちょっと人間も見直しつつあるわ…ほんのちょっとだけね。
ゲッシュの宿で働くのも随分と慣れて、最近では接客の合間にもシーナとお喋りする余裕ができたわ。文字もちょっとずつ覚えてきてるし、お客のからかいにも慣れたし…ま、まったく!なんで人間ってあんな風にエルフをからかうのかしら!?失礼しちゃうわっ!
それと、エルフってね、普通はかすかに緑色が差した肌色なんだけど、闇エルフは文字通りに褐色肌。だから街ではちょっと目立つみたいで、好奇心だらけの視線ばっかりで、そこだけちょっと居心地が悪いわ…けど、最近では悪いことばかりじゃないって思えてきた。お友達も出来たし。
そうそう、初めてできたお友達のシーナは、カロンって爺さんに連れられて来て、同じ宿で働いてるの。あの子、お医者さんも出来るから宿の端っこで診療所を開いてて、そこで怪我した新米冒険者の手当とかしてるわ。たまーにひどい怪我人とか運ばれてきて騒がしくなるけど、それ以外では酒臭くて騒がしいだけの場所よ。
ちなみにシーナの横には、怪しい笑いをするお婆さんが占いをやってるわ。今日も怪しい含み笑いしながら、依頼に出る冒険者の今日の運勢を占ってる。意外と当たるらしくって、そこそこに繁盛してる。でも長話が多くて長蛇の列ができちゃうのが問題よね。時間を決めたほうが良いんじゃないの?
…そんな感じで今日も慎ましく生きてるわ。最近じゃ、爺さんがなにか大騒ぎをしたいからってゲッシュと話し合ってたり、タカビー女が忙しそうに手紙ばかり書いてたり、あの金髪チビとなんか話し合いをしてたり、ハディが寝坊しまくりでアタシの相手をしてくれなかったり………べ、別に寂しくないもん、慣れてるし…。
「…はぁあ~」
でも、ハディが居ないと、なんだかつまんない。あいつ騒がしいけど、明るくていい奴なのよね。だから一緒に居て楽しいし。
「なんだぁ、ダーナ。ため息ついて、つまんなそうだな」
「…別に」
エプロンを外してれば、ゲッシュが笑って言ったわ。意外と察しが良いのよね、見た目によらず。
「そろそろ朝の送り出しは終わりだ。ま、そう腐った顔してないで、子供は外出て遊んでろよ」
「ひ、人を子供扱いしないでよ!こう見えても大人なんだからね!」
「俺からみりゃぁ十分子供だぜ」
む、ムカつく…!好きでこんな体になってるわけじゃないのに!
そりゃあ人より発育は悪いけど、当然じゃないの。だってあたしエルフだし!人より発育が遅いのよ!
ゲッシュが笑いながら引っ込んでいって、こっちを相手にもしていないのにぷりぷりしてから、ふと思ったの。
冒険者を送り出せば、店は昼まで開店休業。朝っぱらから酒盛りするのはどこぞの爺さんくらいなものだし、普通は汗水たらして働く時間だから、朝を過ぎればアタシもお昼までは自由時間なんだけど…。
これから、どうしようかしら?
シーナは急患が居るみたいでしばらくは離れられそうにないし、遊ぶにしても一人じゃつまんない。
なんだかやることがなくてテーブルについていると、向こうで二人の人間が楽しげに笑って………いえ、笑うと言うか、奇声というか。
「す、凄いわ…!精霊がアタシにも見える!ああ!これが精霊なのね…!!なんてかわいらしい!!」
「可愛らしい…まあ小さい精霊は愛らしいですかね?」
ピンク魔女ともやし男だわ。
年甲斐もなく全身ピンクで目立つ魔女は、赤い小さな人型がふわふわと浮かんでいるのを見て奇声をあげてる。
…何やってるのかしら。
「ねぇ、何してるのよ」
「ああ、ダーナ。今、私の霊薬の調整をしているところです」
「タカビー女が使ってたのと同じやつ?」
確か、精霊を召喚する霊薬ってのがあるらしいわ。タカビー女が精霊を召喚してたのを見たことがあるけど…それと同じのを、このもやし男も作れるようになったのね。
でも、ピンク魔女の喜びようには、ちょっと呆れるわ。
「精霊が見える程度で、なんでそんなに喜んでるのよ」
「なんでですってぇ!?あのねぇ、アタシのような一般の魔法士は、アンタ達のように精霊を見たり触れたり聞いたり会話するなんて芸当は不可能なの!いわば、精霊と触れ合えるなんて一生に一度あるかないかくらいのレアなイベントなのよぉ!?」
「そ、そんなに凄いことなの…?」
アタシはエルフだからか、生まれついて精霊を感じられるし、声もなんとなく聞こえてたけど…最近、あのヴェイユとかいう黒男に連れ回されてから、精霊がうっすらと見えたり喋りかけてきたりすることが多くなったわ。前世がどうとか言ってたけど、どうでもいいことだし…。
だから、ピンク魔女の喜びようにちょっと引いちゃった。なんか熱意が怖い。
そんなアタシへ、もやし男が話しかけてきた。
「ダーナ、そういえば休憩中では?」
「…なによ?ぼっちで悪かったわね!」
「いえいえ。ただ、暇ならハディでも誘ったらいかがですか?」
「まだ寝てるじゃない」
「起こしてくればいいじゃないですか」
「……………なんか、やだ」
だって、気恥ずかしいじゃない。男の子の寝てる部屋に入るなんて。
そんな感じでもじもじしてると、もやし男は吹き出した。
「な、なによ急に笑って!!」
「いえいえ…それじゃあ、私がハディを起こしてきますので、遊びに誘ってはいかがですか?」
「で、でも起こしたら可哀想じゃない…疲れてるんだし」
「寝過ぎも体に良くないんですよ。それに」
もやし男は、茶目っ気たっぷりに言った。
「ダーナと一緒なら、ハディも元気になると思いますよ」
…なによそれ、どういう意味よ。
問いただすよりも先に、もやし男は楽しげに引っ込んでいったら。なによ、もう…。
「うふふ~、若いわねぇ。お姉さん嫉妬しちゃいそう~」
「なによ急に」
「べっつにぃ~」
精霊と戯れる不審者ピンク魔女の含み笑いに、なんだかイラッとするわ。
言い返そうと口を開いところで、
「それじゃ、私と付き合わんかね?ダーナお嬢さん」
「きゃっ!?」
「背後から急に多大なヴァルがっ!?」
アタシ達の背後に出現した爺さんに捕まった。
も、もう!いきなり現れるのはびっくりするからやめなさいって!!
「ああすまんすまん、つい癖でな」
「んまぁ!?癖で転移魔法をほいほい使うなんて…くっ!アンタ本当に何者なのぉ!?」
「はっはっは!私はただの隠居系ミステリアス爺じゃよ」
高笑いする爺さんに、ピンク魔女が警戒とか嫉妬とか尊敬とか、そういう感情がごちゃまぜになったような視線を向けてるわ。でも止めといたほうがいいわよ。その爺さん、周囲に渦巻く精霊の数が、尋常じゃないくらい多いから…。
つくづく、この爺さんがとんでもないってのは、例の旅の後だと改めてわかるわ。…正直、あんまり関わりたくない相手なんだけど、よく絡みに来るのが怖い。あとハディとよく一緒にいるから嫌でも会っちゃうし。
警戒してると、爺さんがアタシを覗き込みながら言ったわ。
「なに、ハディとお前にも必要な知識がまだまだあるしな。今日は社会勉強だと思って付き合え」
「あ、相変わらず偉そうな爺さんね…き、今日はあの黒男はいないの?」
「ああ、セイラとヴェイユなら、友人と一緒に仲良く街を散策してるだろ」
やめてよ!セイラはともかく、他の二人も爺さんといっしょで頭おかしい連中でしょ?そんなのが勝手に街を歩きまわらないでよね!
「まあそう遠慮するな。子供は大人の言うことを聞くもんだぞー」
「子供扱いしないでよ!」
「私から見れば、この世のほとんどの者は子供なんだがな」
なによ、わけわかんないこと言って!
…そう怒ったんだけど、この爺さんに反抗したところで無意味なのはわかってたわ。基本、話を聞かないのよね、この爺さんは。
そんな感じで爺さんに連れられて、あくび混じりのハディと一緒に、街へ繰り出したわ。
・・・・・・・
ハディと一緒に爺さんに連れられてやってきたのは、中央通りに近い大きな神殿だったわ。この辺は天光神の教会とかも近くて、宗教色が強くてアタシはあんまり好きじゃないのよね。衛兵が立ってて物々しい雰囲気だけど、開かれた門の人通りは多いみたい。門前の模様には、大樹の絵が描かれているわ。
「…んで、爺さん。ここっていったい?」
「大地神、いやここでは地母神ティニマの神殿だ。ここの用途はわかっておるだろう?」
「ああ、夫婦が子供を作る場所だろ?」
「こ、子供!?」
素っ頓狂な声を上げれば、ハディは不思議そうで、爺さんはニヤニヤ笑ってる。なによ!なんかムカつく視線ね!
「そう、この世界では、子を成すには二通りの方法がある。同種族同士のみで可能な自然出産と、ここで作る授与方式だ。お前たちも将来的には、こちらの授与方式で子を成す必要が出てくるかもしれんからな」
「え、なんでだ?」
「なんでって、ハディよ。お前は虚無の影響で自然出産では子を成せないのだぞ?」
「…え!そうなのか!?」
ハディは知らなかったみたいで、びっくりしてる。…っていうか、外の世界ではこういう方法で子供を作れるのね。聞いてはいたけど、初めて見たわ。
その間にも、爺さんはアタシたちを連れて神殿内へ向かっていくわ。
「自然出産は母体の危険性が高いため、現代では授与方式の方が主流となりつつある。しかしまあ、普通の方法で生まれる子供も割と多いのだがな。それにシーナのような獣人では人間と子供を作ることはできんから、数が少ないゲンニ大陸で獣人同士の夫婦になる可能性は低いだろうな」
そ、そう…シーナも大変なのね。
そう説明されているうちに、神殿の通路を歩いていく。神殿っていうけども、格式張ったような場所じゃなくて、木造建築だからなんだかアットホームな感じがするわ。通り過ぎる人も仲の良さそうな二人組みが多くって、なんだか少し気恥ずかしくなってくる…。っていうか、そっか、子供を授かるんだから、ようはそういう人たちよね。女性同士とかもいるのがちょっと変な気分だけど、アタシだけかしら?
「俺の村にもあったなぁ、こういう小さな祠。そこで祈ると子供が出来るってことで、村長やみんなが大切にしてたんだっけか。地母神の祠ってどこの村にもあるんだろ?」
「ドが付く田舎には流石に無いがな。安全に種を繁栄させる方法だから、開拓村だと司祭を呼び寄せて、まず一番に作られる傾向があるようだ。まあ大きかったり小さかったりと、その集落の大きさに比例するようだが」
「へぇ~、俺の村のは小さくてボロっちかったから、ここは流石に大都市って感じだ。なぁダーナ」
「え、ええ、そう、ね…」
悪かったわね、ドが付く田舎出身で…。
それに、神殿とか教会なんて行ったことないもん。だってアタシは闇の神殿の守り人だし、他の神殿なんて行かなくていいんだもん。
神殿の奥には、祭器である地母神の神像が祀られてるわ。柵で囲われた中に、背丈よりずっと大きな大樹と、それを削って作られた女神像があるの。なんでも、木像師が掘った御神体に、大地神の司祭が三日三晩祈りを捧げることで作るんだって。サイズは一抱え程度のものが多いらしいけど、ここは流石に人の背丈よりでっかいわ。
夫婦らしき人たちが、それに向かって祈りを捧げていて、どこか荘厳な雰囲気を感じる。
「あの地母神ティニマの像へ夫婦が訪れ、毎日祈りを捧げれば、卵石が生まれる」
「卵石?」
あたしの疑問に、爺さんは一組の夫婦に指をさした。
「ほれ、ちょうどいいお手本があるぞ」
見ていれば、その夫婦はじっと祈りを捧げていたんだけど、目の前で急に光が集まったわ。驚きながら見ていれば、光が散って中から卵のような、一抱えもある白いつるりとした石が出現したの。
それに夫婦は大喜びしていて、大切そうに卵を抱き上げていたわ。
「あれが卵石。一月以上を抱いて過ごせば、中から子供が生まれるのだ」
「へぇ…始めて見たわ。ねえ、あれって割れたりしないの?」
「その可能性もあるかもな。それも含めて、夫婦は卵石を大切に扱う試練を課されるのだ。片方だけが抱いても意味がない。両者が互いを助け合うことで、子は生まれる。それほどまでに子供を作るのに苦労が必要なのだ。……まあ、生まれてからも試練の連続だがな」
なんだか実感の籠もった言葉だったわ。しみじみ言ってるけど、やっぱり爺さんも子供が居るのかしら。
同じことを思ったらしきハディが、同じことを尋ねてる。
「爺さんの時は、どうだったんだ?あのヴァルスって人、息子さんなんだろ?」
「ああ、あいつの時はなぁ、ずーっと大昔だったからそれはもう大変でなぁ。名付けをしてから四六時中延々と私を呼ぶし、これは何あれは何と好奇心旺盛で危ないことも平然とするし、火を振り回して平原を火事にしかけたり、仕事で少し目を離したら病気になってて三日三晩看病したり、他の部族の連中と喧嘩して負けて帰ってきてべそべそしてるからとっととやり返してこいってケツを叩いたりしてそれはもう大変で大変で」
ちょっと、顔が緩んでるわよ。
管を巻く酔っ払いみたいにおしゃべりが止まらない爺さんは放っときましょ。
「なあ、ダーナも将来はこういう場所で子供を作るのか?」
え!?な、なによ急に…。
「ん、ま、まあ…そうなるかも、ね」
…母さんはアタシを生んだ時に、アタシの力のせいで死んじゃったらしい。じゃあ、アタシが子供を生むとしたら、その子供も同じことになるのかも…。
そう思うと、普通に子供を作るのが怖くなるわ…。
「そっか。それじゃ、俺も一緒だな」
「…え”っ!?」
「俺も普通の方法じゃ無理らしいし、将来はこういう場所に来て家庭をもつことになるのかもなぁって」
「あ、ああ…そういう意味ね…」
な、なによ…ちょっとドキッとしたじゃないの…。
でもハディは、なんだか遠いような曖昧な顔で、神像を見ていたわ。
「いつか親になって、子供を持つようになって…俺の育ての両親みたいに、家族に囲まれて過ごせるようになったら、きっと幸せなんだろうな」
「…随分、爺むさい話ね」
「ははは!でもさ、こういう夢って語ってこそ意味があると思ってさ」
「意味って?」
「そうだな…ずっと遠い場所に行くことになっても、将来の夢、希望を忘れなければ、帰ってこれるかもしれないだろ?それに…俺にとっては、過去との決別?みたいな?」
「なによ過去って。過去を語れるほど年取ってないじゃないの」
ハディはなんだか曖昧に笑った。少し、寂しそうだった。
「…今の俺の目標は敵討ちをすることだけど、その先の目標も考えていきたいんだ。俺の人生は復讐だけで終わるような、そんな小さなもので終わりたくない。もっともっと大きな何かを、見つけていきたいんだ」
「…訳わかんない話ね。…ねぇ、アンタにとって、敵討ちってそんなに大切なことなの?命をかけてまでするような?」
「…」
目の前の男の子は、ふっと笑みを消してこっちを見たわ。
なんだか…少し、悲しげな、けれども硬い意思を宿しているような…。
「アーメリーンを討つのは、俺にとっての人生のケジメなんだ。けれども、それだけじゃない。…あいつらを野放しにすることで、もっと多くの人が不幸になる。きっと、この大陸中の人が苦しむような、そんなひどい未来が待っている。だから、俺はそれを止めたい。…うん、そうだな。俺は、敵討ちと同じくらい、あいつらの凶行を止めたいんだ。そう、守るための戦いだ」
遠くを見ているようなそれに、なんだか不安になった。
ハディがここから居なくなってしまうんじゃないかって、そんな予感がしてしまうような…そんな、一抹の不安。
「………子供なのに、なんでそんなに生き急いでるのよ……バカ」
「ん?なんか言ったか?」
「べ、別に、なんでもないわよ!」
適当に誤魔化して、口の中で呟いた言葉は飲み込む。
…どっちにしろ、アタシじゃ、この子の隣には立てやしないから、ね…。
「ふむふむ、青春だなぁハディ」
…管を巻いてた爺さんが、いつの間にか元に戻ってた。
なによ、もうちょっとボケててよかったのに…。
「まあそう、ふてくされた顔をするな。…さて、それじゃ次はちょいと遠出をしようじゃないかね」
「遠出?今度はどこ行くんだ?」
「なに、行けばわかる」
そう言って、爺さんは指を振ったの。
次の瞬間、周囲にひしめくほどの闇の精霊が集ってきて、不可視の輝きを宿して力を開放しているのが見えたわ。
だから町中で転移は止めてって!…って、言う間もなく、一瞬の浮遊感の次に、地面に飛び降りる感覚。さ、流石に今度はちゃんと着地できたわ。でも心臓に悪いったらないわね。
一息ついて顔を上げれば、そこは見覚えのない…でも、感じ慣れた気配のする森の中だったわ。
「どこよ、ここ…この感じ、ネーンパルラの森?」
「しかし、それだけではないぞ」
「それだけじゃないって、何が…」
「…ここは!」
不意にハディが声を上げて、急に駆け出したの。
何事かって追いかければ、木々が開けた先に、小さな村落が見えたわ。
牧歌的な、よくある人間の村ね。木材を加工するっていう製材所が、ここからでもよく見えたわ。でも、ところどころの土は剥き出しで黒ずんでて、なんだか嫌な感じがしてた。
そんな村を見回して、ハディは呆然とした様子で呟いた。
「…ここ、まさか」
「…あん?なんだい坊主、見慣れない顔だな」
通りすがりの斧を持った木こりが、ハディに声をかけたわ。まあ、目立ってるしね。
そんなおじさんに、ハディは少し焦った様子で尋ねたの。
「あ、あのさ!この村って数年前に魔物に襲われたはずだったんだけど…」
「…ああ、坊主、以前の村を知ってんのか」
おじさんは合点がいったようで頷いて、村を見回したわ。
「そうそう、前にこの村は魔物に襲われたらしくってなぁ、全滅だったらしい。けど、立地的に良い場所だし、不思議と森は大丈夫だったから、質の良い木材も手に入るってことでまた最近になって人が集まってきたんだよ。魔物の襲撃が怖いっちゃぁ怖いんだが、まあ今のところは問題ないし、今度はどっかの兵士も駐留してっから安心ではあるさ」
「兵士…?」
「なんでも、この村の再開拓をしようって商人の…なんだっけ?シェロスって人が派遣してくれたんだよ。その人が出資して俺らを集めてくれたから、すんなり村に住むことができたんだぜ」
「…そう、だったんだな」
それから二言三言交わしてから、木こりのおじさんは去っていったわ。
アタシはハディに近づいて…何を言おうか迷って、結局なにも言えなかった。ここが、以前に聞いていたハディの故郷だってのは、なんとなく察してたから。
気まずい感じに黙ってると、不意に、横から笑い声が響いて驚いたの。
「あっはははは!…そっか、そうだな…!」
「…ハディ?」
「…消えても、また作ることができる、か。…そうだな、人間は、進み続けることができるんだな…」
そう呟いてから、ハディは清々しい表情で背伸びをした。
「…ダーナ!一緒に村を見て回らないか?」
「え、ええ、いいけど…大丈夫なの?」
「ああ、もう大丈夫だ」
そう言って、ハディは太陽のような笑顔を浮かべたわ。
…それに、ちょっとだけ見惚れちゃったのは、内緒よ。
「爺さん、俺たちちょっと散歩してくるから!」
「おお、行って来い行って来い。私はちょいっとこの辺の珍味な動物をまとめて狩ってくるから、好きに過ごしていろ」
「なんか凄いこと言ってるなぁ…じゃ、ダーナ。行こうか」
「え、ええ」
手を差し出すハディに、おずおずと手を差し伸べる。
…硬く繋がった手のひらは、また少し大きくなったようだった。
もともとは闇の神殿の守り人の一族だったんだけど、悪い奴に殺されそうになったところを助けられて、ここに預けられたの。お婆ちゃんが生きてたら、きっと許してくれなかっただろうけど…それに少し負い目を持ちつつ、今日も給仕人として働いてる。
森から出てここで暮らすようになって、ゲッシュって言うおじさんの宿で働いているわ。なんかドワーフの英雄らしくって、宿にはドラゴンの角とか遺跡で手に入れた魔法道具とか、それっぽいものが飾ってあるわ。当人に聞いたら、前にタカビー女との旅の間に手に入れたんだって。普通に聞いたら眉唾ものだけど、タカビーが勇者なのはホントだから、きっと本物なんでしょうね。
正直、人間なんて大嫌いだったんだけど…この宿に来てから、その印象はガラッと変わった。森を切ろうとした人間達と違って、ここの人間達は気のいい人が多いわ。お使いに行くと、行きつけの雑貨屋のおばさんは飴をくれるし、酒屋さんは厳つい相好を崩して頭を撫でてくるし、冒険者たちはいつも笑顔だし。…からかってくるのは嫌だけど、本当に嫌なことまではしてこないの。だから、最近じゃちょっと人間も見直しつつあるわ…ほんのちょっとだけね。
ゲッシュの宿で働くのも随分と慣れて、最近では接客の合間にもシーナとお喋りする余裕ができたわ。文字もちょっとずつ覚えてきてるし、お客のからかいにも慣れたし…ま、まったく!なんで人間ってあんな風にエルフをからかうのかしら!?失礼しちゃうわっ!
それと、エルフってね、普通はかすかに緑色が差した肌色なんだけど、闇エルフは文字通りに褐色肌。だから街ではちょっと目立つみたいで、好奇心だらけの視線ばっかりで、そこだけちょっと居心地が悪いわ…けど、最近では悪いことばかりじゃないって思えてきた。お友達も出来たし。
そうそう、初めてできたお友達のシーナは、カロンって爺さんに連れられて来て、同じ宿で働いてるの。あの子、お医者さんも出来るから宿の端っこで診療所を開いてて、そこで怪我した新米冒険者の手当とかしてるわ。たまーにひどい怪我人とか運ばれてきて騒がしくなるけど、それ以外では酒臭くて騒がしいだけの場所よ。
ちなみにシーナの横には、怪しい笑いをするお婆さんが占いをやってるわ。今日も怪しい含み笑いしながら、依頼に出る冒険者の今日の運勢を占ってる。意外と当たるらしくって、そこそこに繁盛してる。でも長話が多くて長蛇の列ができちゃうのが問題よね。時間を決めたほうが良いんじゃないの?
…そんな感じで今日も慎ましく生きてるわ。最近じゃ、爺さんがなにか大騒ぎをしたいからってゲッシュと話し合ってたり、タカビー女が忙しそうに手紙ばかり書いてたり、あの金髪チビとなんか話し合いをしてたり、ハディが寝坊しまくりでアタシの相手をしてくれなかったり………べ、別に寂しくないもん、慣れてるし…。
「…はぁあ~」
でも、ハディが居ないと、なんだかつまんない。あいつ騒がしいけど、明るくていい奴なのよね。だから一緒に居て楽しいし。
「なんだぁ、ダーナ。ため息ついて、つまんなそうだな」
「…別に」
エプロンを外してれば、ゲッシュが笑って言ったわ。意外と察しが良いのよね、見た目によらず。
「そろそろ朝の送り出しは終わりだ。ま、そう腐った顔してないで、子供は外出て遊んでろよ」
「ひ、人を子供扱いしないでよ!こう見えても大人なんだからね!」
「俺からみりゃぁ十分子供だぜ」
む、ムカつく…!好きでこんな体になってるわけじゃないのに!
そりゃあ人より発育は悪いけど、当然じゃないの。だってあたしエルフだし!人より発育が遅いのよ!
ゲッシュが笑いながら引っ込んでいって、こっちを相手にもしていないのにぷりぷりしてから、ふと思ったの。
冒険者を送り出せば、店は昼まで開店休業。朝っぱらから酒盛りするのはどこぞの爺さんくらいなものだし、普通は汗水たらして働く時間だから、朝を過ぎればアタシもお昼までは自由時間なんだけど…。
これから、どうしようかしら?
シーナは急患が居るみたいでしばらくは離れられそうにないし、遊ぶにしても一人じゃつまんない。
なんだかやることがなくてテーブルについていると、向こうで二人の人間が楽しげに笑って………いえ、笑うと言うか、奇声というか。
「す、凄いわ…!精霊がアタシにも見える!ああ!これが精霊なのね…!!なんてかわいらしい!!」
「可愛らしい…まあ小さい精霊は愛らしいですかね?」
ピンク魔女ともやし男だわ。
年甲斐もなく全身ピンクで目立つ魔女は、赤い小さな人型がふわふわと浮かんでいるのを見て奇声をあげてる。
…何やってるのかしら。
「ねぇ、何してるのよ」
「ああ、ダーナ。今、私の霊薬の調整をしているところです」
「タカビー女が使ってたのと同じやつ?」
確か、精霊を召喚する霊薬ってのがあるらしいわ。タカビー女が精霊を召喚してたのを見たことがあるけど…それと同じのを、このもやし男も作れるようになったのね。
でも、ピンク魔女の喜びようには、ちょっと呆れるわ。
「精霊が見える程度で、なんでそんなに喜んでるのよ」
「なんでですってぇ!?あのねぇ、アタシのような一般の魔法士は、アンタ達のように精霊を見たり触れたり聞いたり会話するなんて芸当は不可能なの!いわば、精霊と触れ合えるなんて一生に一度あるかないかくらいのレアなイベントなのよぉ!?」
「そ、そんなに凄いことなの…?」
アタシはエルフだからか、生まれついて精霊を感じられるし、声もなんとなく聞こえてたけど…最近、あのヴェイユとかいう黒男に連れ回されてから、精霊がうっすらと見えたり喋りかけてきたりすることが多くなったわ。前世がどうとか言ってたけど、どうでもいいことだし…。
だから、ピンク魔女の喜びようにちょっと引いちゃった。なんか熱意が怖い。
そんなアタシへ、もやし男が話しかけてきた。
「ダーナ、そういえば休憩中では?」
「…なによ?ぼっちで悪かったわね!」
「いえいえ。ただ、暇ならハディでも誘ったらいかがですか?」
「まだ寝てるじゃない」
「起こしてくればいいじゃないですか」
「……………なんか、やだ」
だって、気恥ずかしいじゃない。男の子の寝てる部屋に入るなんて。
そんな感じでもじもじしてると、もやし男は吹き出した。
「な、なによ急に笑って!!」
「いえいえ…それじゃあ、私がハディを起こしてきますので、遊びに誘ってはいかがですか?」
「で、でも起こしたら可哀想じゃない…疲れてるんだし」
「寝過ぎも体に良くないんですよ。それに」
もやし男は、茶目っ気たっぷりに言った。
「ダーナと一緒なら、ハディも元気になると思いますよ」
…なによそれ、どういう意味よ。
問いただすよりも先に、もやし男は楽しげに引っ込んでいったら。なによ、もう…。
「うふふ~、若いわねぇ。お姉さん嫉妬しちゃいそう~」
「なによ急に」
「べっつにぃ~」
精霊と戯れる不審者ピンク魔女の含み笑いに、なんだかイラッとするわ。
言い返そうと口を開いところで、
「それじゃ、私と付き合わんかね?ダーナお嬢さん」
「きゃっ!?」
「背後から急に多大なヴァルがっ!?」
アタシ達の背後に出現した爺さんに捕まった。
も、もう!いきなり現れるのはびっくりするからやめなさいって!!
「ああすまんすまん、つい癖でな」
「んまぁ!?癖で転移魔法をほいほい使うなんて…くっ!アンタ本当に何者なのぉ!?」
「はっはっは!私はただの隠居系ミステリアス爺じゃよ」
高笑いする爺さんに、ピンク魔女が警戒とか嫉妬とか尊敬とか、そういう感情がごちゃまぜになったような視線を向けてるわ。でも止めといたほうがいいわよ。その爺さん、周囲に渦巻く精霊の数が、尋常じゃないくらい多いから…。
つくづく、この爺さんがとんでもないってのは、例の旅の後だと改めてわかるわ。…正直、あんまり関わりたくない相手なんだけど、よく絡みに来るのが怖い。あとハディとよく一緒にいるから嫌でも会っちゃうし。
警戒してると、爺さんがアタシを覗き込みながら言ったわ。
「なに、ハディとお前にも必要な知識がまだまだあるしな。今日は社会勉強だと思って付き合え」
「あ、相変わらず偉そうな爺さんね…き、今日はあの黒男はいないの?」
「ああ、セイラとヴェイユなら、友人と一緒に仲良く街を散策してるだろ」
やめてよ!セイラはともかく、他の二人も爺さんといっしょで頭おかしい連中でしょ?そんなのが勝手に街を歩きまわらないでよね!
「まあそう遠慮するな。子供は大人の言うことを聞くもんだぞー」
「子供扱いしないでよ!」
「私から見れば、この世のほとんどの者は子供なんだがな」
なによ、わけわかんないこと言って!
…そう怒ったんだけど、この爺さんに反抗したところで無意味なのはわかってたわ。基本、話を聞かないのよね、この爺さんは。
そんな感じで爺さんに連れられて、あくび混じりのハディと一緒に、街へ繰り出したわ。
・・・・・・・
ハディと一緒に爺さんに連れられてやってきたのは、中央通りに近い大きな神殿だったわ。この辺は天光神の教会とかも近くて、宗教色が強くてアタシはあんまり好きじゃないのよね。衛兵が立ってて物々しい雰囲気だけど、開かれた門の人通りは多いみたい。門前の模様には、大樹の絵が描かれているわ。
「…んで、爺さん。ここっていったい?」
「大地神、いやここでは地母神ティニマの神殿だ。ここの用途はわかっておるだろう?」
「ああ、夫婦が子供を作る場所だろ?」
「こ、子供!?」
素っ頓狂な声を上げれば、ハディは不思議そうで、爺さんはニヤニヤ笑ってる。なによ!なんかムカつく視線ね!
「そう、この世界では、子を成すには二通りの方法がある。同種族同士のみで可能な自然出産と、ここで作る授与方式だ。お前たちも将来的には、こちらの授与方式で子を成す必要が出てくるかもしれんからな」
「え、なんでだ?」
「なんでって、ハディよ。お前は虚無の影響で自然出産では子を成せないのだぞ?」
「…え!そうなのか!?」
ハディは知らなかったみたいで、びっくりしてる。…っていうか、外の世界ではこういう方法で子供を作れるのね。聞いてはいたけど、初めて見たわ。
その間にも、爺さんはアタシたちを連れて神殿内へ向かっていくわ。
「自然出産は母体の危険性が高いため、現代では授与方式の方が主流となりつつある。しかしまあ、普通の方法で生まれる子供も割と多いのだがな。それにシーナのような獣人では人間と子供を作ることはできんから、数が少ないゲンニ大陸で獣人同士の夫婦になる可能性は低いだろうな」
そ、そう…シーナも大変なのね。
そう説明されているうちに、神殿の通路を歩いていく。神殿っていうけども、格式張ったような場所じゃなくて、木造建築だからなんだかアットホームな感じがするわ。通り過ぎる人も仲の良さそうな二人組みが多くって、なんだか少し気恥ずかしくなってくる…。っていうか、そっか、子供を授かるんだから、ようはそういう人たちよね。女性同士とかもいるのがちょっと変な気分だけど、アタシだけかしら?
「俺の村にもあったなぁ、こういう小さな祠。そこで祈ると子供が出来るってことで、村長やみんなが大切にしてたんだっけか。地母神の祠ってどこの村にもあるんだろ?」
「ドが付く田舎には流石に無いがな。安全に種を繁栄させる方法だから、開拓村だと司祭を呼び寄せて、まず一番に作られる傾向があるようだ。まあ大きかったり小さかったりと、その集落の大きさに比例するようだが」
「へぇ~、俺の村のは小さくてボロっちかったから、ここは流石に大都市って感じだ。なぁダーナ」
「え、ええ、そう、ね…」
悪かったわね、ドが付く田舎出身で…。
それに、神殿とか教会なんて行ったことないもん。だってアタシは闇の神殿の守り人だし、他の神殿なんて行かなくていいんだもん。
神殿の奥には、祭器である地母神の神像が祀られてるわ。柵で囲われた中に、背丈よりずっと大きな大樹と、それを削って作られた女神像があるの。なんでも、木像師が掘った御神体に、大地神の司祭が三日三晩祈りを捧げることで作るんだって。サイズは一抱え程度のものが多いらしいけど、ここは流石に人の背丈よりでっかいわ。
夫婦らしき人たちが、それに向かって祈りを捧げていて、どこか荘厳な雰囲気を感じる。
「あの地母神ティニマの像へ夫婦が訪れ、毎日祈りを捧げれば、卵石が生まれる」
「卵石?」
あたしの疑問に、爺さんは一組の夫婦に指をさした。
「ほれ、ちょうどいいお手本があるぞ」
見ていれば、その夫婦はじっと祈りを捧げていたんだけど、目の前で急に光が集まったわ。驚きながら見ていれば、光が散って中から卵のような、一抱えもある白いつるりとした石が出現したの。
それに夫婦は大喜びしていて、大切そうに卵を抱き上げていたわ。
「あれが卵石。一月以上を抱いて過ごせば、中から子供が生まれるのだ」
「へぇ…始めて見たわ。ねえ、あれって割れたりしないの?」
「その可能性もあるかもな。それも含めて、夫婦は卵石を大切に扱う試練を課されるのだ。片方だけが抱いても意味がない。両者が互いを助け合うことで、子は生まれる。それほどまでに子供を作るのに苦労が必要なのだ。……まあ、生まれてからも試練の連続だがな」
なんだか実感の籠もった言葉だったわ。しみじみ言ってるけど、やっぱり爺さんも子供が居るのかしら。
同じことを思ったらしきハディが、同じことを尋ねてる。
「爺さんの時は、どうだったんだ?あのヴァルスって人、息子さんなんだろ?」
「ああ、あいつの時はなぁ、ずーっと大昔だったからそれはもう大変でなぁ。名付けをしてから四六時中延々と私を呼ぶし、これは何あれは何と好奇心旺盛で危ないことも平然とするし、火を振り回して平原を火事にしかけたり、仕事で少し目を離したら病気になってて三日三晩看病したり、他の部族の連中と喧嘩して負けて帰ってきてべそべそしてるからとっととやり返してこいってケツを叩いたりしてそれはもう大変で大変で」
ちょっと、顔が緩んでるわよ。
管を巻く酔っ払いみたいにおしゃべりが止まらない爺さんは放っときましょ。
「なあ、ダーナも将来はこういう場所で子供を作るのか?」
え!?な、なによ急に…。
「ん、ま、まあ…そうなるかも、ね」
…母さんはアタシを生んだ時に、アタシの力のせいで死んじゃったらしい。じゃあ、アタシが子供を生むとしたら、その子供も同じことになるのかも…。
そう思うと、普通に子供を作るのが怖くなるわ…。
「そっか。それじゃ、俺も一緒だな」
「…え”っ!?」
「俺も普通の方法じゃ無理らしいし、将来はこういう場所に来て家庭をもつことになるのかもなぁって」
「あ、ああ…そういう意味ね…」
な、なによ…ちょっとドキッとしたじゃないの…。
でもハディは、なんだか遠いような曖昧な顔で、神像を見ていたわ。
「いつか親になって、子供を持つようになって…俺の育ての両親みたいに、家族に囲まれて過ごせるようになったら、きっと幸せなんだろうな」
「…随分、爺むさい話ね」
「ははは!でもさ、こういう夢って語ってこそ意味があると思ってさ」
「意味って?」
「そうだな…ずっと遠い場所に行くことになっても、将来の夢、希望を忘れなければ、帰ってこれるかもしれないだろ?それに…俺にとっては、過去との決別?みたいな?」
「なによ過去って。過去を語れるほど年取ってないじゃないの」
ハディはなんだか曖昧に笑った。少し、寂しそうだった。
「…今の俺の目標は敵討ちをすることだけど、その先の目標も考えていきたいんだ。俺の人生は復讐だけで終わるような、そんな小さなもので終わりたくない。もっともっと大きな何かを、見つけていきたいんだ」
「…訳わかんない話ね。…ねぇ、アンタにとって、敵討ちってそんなに大切なことなの?命をかけてまでするような?」
「…」
目の前の男の子は、ふっと笑みを消してこっちを見たわ。
なんだか…少し、悲しげな、けれども硬い意思を宿しているような…。
「アーメリーンを討つのは、俺にとっての人生のケジメなんだ。けれども、それだけじゃない。…あいつらを野放しにすることで、もっと多くの人が不幸になる。きっと、この大陸中の人が苦しむような、そんなひどい未来が待っている。だから、俺はそれを止めたい。…うん、そうだな。俺は、敵討ちと同じくらい、あいつらの凶行を止めたいんだ。そう、守るための戦いだ」
遠くを見ているようなそれに、なんだか不安になった。
ハディがここから居なくなってしまうんじゃないかって、そんな予感がしてしまうような…そんな、一抹の不安。
「………子供なのに、なんでそんなに生き急いでるのよ……バカ」
「ん?なんか言ったか?」
「べ、別に、なんでもないわよ!」
適当に誤魔化して、口の中で呟いた言葉は飲み込む。
…どっちにしろ、アタシじゃ、この子の隣には立てやしないから、ね…。
「ふむふむ、青春だなぁハディ」
…管を巻いてた爺さんが、いつの間にか元に戻ってた。
なによ、もうちょっとボケててよかったのに…。
「まあそう、ふてくされた顔をするな。…さて、それじゃ次はちょいと遠出をしようじゃないかね」
「遠出?今度はどこ行くんだ?」
「なに、行けばわかる」
そう言って、爺さんは指を振ったの。
次の瞬間、周囲にひしめくほどの闇の精霊が集ってきて、不可視の輝きを宿して力を開放しているのが見えたわ。
だから町中で転移は止めてって!…って、言う間もなく、一瞬の浮遊感の次に、地面に飛び降りる感覚。さ、流石に今度はちゃんと着地できたわ。でも心臓に悪いったらないわね。
一息ついて顔を上げれば、そこは見覚えのない…でも、感じ慣れた気配のする森の中だったわ。
「どこよ、ここ…この感じ、ネーンパルラの森?」
「しかし、それだけではないぞ」
「それだけじゃないって、何が…」
「…ここは!」
不意にハディが声を上げて、急に駆け出したの。
何事かって追いかければ、木々が開けた先に、小さな村落が見えたわ。
牧歌的な、よくある人間の村ね。木材を加工するっていう製材所が、ここからでもよく見えたわ。でも、ところどころの土は剥き出しで黒ずんでて、なんだか嫌な感じがしてた。
そんな村を見回して、ハディは呆然とした様子で呟いた。
「…ここ、まさか」
「…あん?なんだい坊主、見慣れない顔だな」
通りすがりの斧を持った木こりが、ハディに声をかけたわ。まあ、目立ってるしね。
そんなおじさんに、ハディは少し焦った様子で尋ねたの。
「あ、あのさ!この村って数年前に魔物に襲われたはずだったんだけど…」
「…ああ、坊主、以前の村を知ってんのか」
おじさんは合点がいったようで頷いて、村を見回したわ。
「そうそう、前にこの村は魔物に襲われたらしくってなぁ、全滅だったらしい。けど、立地的に良い場所だし、不思議と森は大丈夫だったから、質の良い木材も手に入るってことでまた最近になって人が集まってきたんだよ。魔物の襲撃が怖いっちゃぁ怖いんだが、まあ今のところは問題ないし、今度はどっかの兵士も駐留してっから安心ではあるさ」
「兵士…?」
「なんでも、この村の再開拓をしようって商人の…なんだっけ?シェロスって人が派遣してくれたんだよ。その人が出資して俺らを集めてくれたから、すんなり村に住むことができたんだぜ」
「…そう、だったんだな」
それから二言三言交わしてから、木こりのおじさんは去っていったわ。
アタシはハディに近づいて…何を言おうか迷って、結局なにも言えなかった。ここが、以前に聞いていたハディの故郷だってのは、なんとなく察してたから。
気まずい感じに黙ってると、不意に、横から笑い声が響いて驚いたの。
「あっはははは!…そっか、そうだな…!」
「…ハディ?」
「…消えても、また作ることができる、か。…そうだな、人間は、進み続けることができるんだな…」
そう呟いてから、ハディは清々しい表情で背伸びをした。
「…ダーナ!一緒に村を見て回らないか?」
「え、ええ、いいけど…大丈夫なの?」
「ああ、もう大丈夫だ」
そう言って、ハディは太陽のような笑顔を浮かべたわ。
…それに、ちょっとだけ見惚れちゃったのは、内緒よ。
「爺さん、俺たちちょっと散歩してくるから!」
「おお、行って来い行って来い。私はちょいっとこの辺の珍味な動物をまとめて狩ってくるから、好きに過ごしていろ」
「なんか凄いこと言ってるなぁ…じゃ、ダーナ。行こうか」
「え、ええ」
手を差し出すハディに、おずおずと手を差し伸べる。
…硬く繋がった手のひらは、また少し大きくなったようだった。
1
あなたにおすすめの小説
幼女はリペア(修復魔法)で無双……しない
しろこねこ
ファンタジー
田舎の小さな村・セデル村に生まれた貧乏貴族のリナ5歳はある日魔法にめざめる。それは貧乏村にとって最強の魔法、リペア、修復の魔法だった。ちょっと説明がつかないでたらめチートな魔法でリナは覇王を目指……さない。だって平凡が1番だもん。騙され上手な父ヘンリーと脳筋な兄カイル、スーパー執事のゴフじいさんと乙女なおかんマール婆さんとの平和で凹凸な日々の話。
タダ働きなので待遇改善を求めて抗議したら、精霊達から『破壊神』と怖れられています。
渡里あずま
ファンタジー
出来損ないの聖女・アガタ。
しかし、精霊の加護を持つ新たな聖女が現れて、王子から婚約破棄された時――彼女は、前世(現代)の記憶を取り戻した。
「それなら、今までの報酬を払って貰えますか?」
※※※
虐げられていた子が、モフモフしながらやりたいことを探す旅に出る話です。
※重複投稿作品※
表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。
断罪まであと5秒、今すぐ逆転始めます
山河 枝
ファンタジー
聖女が魔物と戦う乙女ゲーム。その聖女につかみかかったせいで処刑される令嬢アナベルに、転生してしまった。
でも私は知っている。実は、アナベルこそが本物の聖女。
それを証明すれば断罪回避できるはず。
幸い、処刑人が味方になりそうだし。モフモフ精霊たちも慕ってくれる。
チート魔法で魔物たちを一掃して、本物アピールしないと。
処刑5秒前だから、今すぐに!
【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます
腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった!
私が死ぬまでには完結させます。
追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。
追記2:ひとまず完結しました!
無一文で追放される悪女に転生したので特技を活かしてお金儲けを始めたら、聖女様と呼ばれるようになりました
結城芙由奈@コミカライズ3巻7/30発売
恋愛
スーパームーンの美しい夜。仕事帰り、トラックに撥ねらてしまった私。気づけば草の生えた地面の上に倒れていた。目の前に見える城に入れば、盛大なパーティーの真っ最中。目の前にある豪華な食事を口にしていると見知らぬ男性にいきなり名前を呼ばれて、次期王妃候補の資格を失ったことを聞かされた。理由も分からないまま、家に帰宅すると「お前のような恥さらしは今日限り、出ていけ」と追い出されてしまう。途方に暮れる私についてきてくれたのは、私の専属メイドと御者の青年。そこで私は2人を連れて新天地目指して旅立つことにした。無一文だけど大丈夫。私は前世の特技を活かしてお金を稼ぐことが出来るのだから――
※ 他サイトでも投稿中
老聖女の政略結婚
那珂田かな
ファンタジー
エルダリス前国王の長女として生まれ、半世紀ものあいだ「聖女」として太陽神ソレイユに仕えてきたセラ。
六十歳となり、ついに若き姪へと聖女の座を譲り、静かな余生を送るはずだった。
しかし式典後、甥である皇太子から持ち込まれたのは――二十歳の隣国王との政略結婚の話。
相手は内乱終結直後のカルディア王、エドモンド。王家の威信回復と政権安定のため、彼には強力な後ろ盾が必要だという。
子も産めない年齢の自分がなぜ王妃に? 迷いと不安、そして少しの笑いを胸に、セラは決断する。
穏やかな余生か、嵐の老後か――
四十歳差の政略婚から始まる、波乱の日々が幕を開ける。
【完結】辺境に飛ばされた子爵令嬢、前世の経営知識で大商会を作ったら王都がひれ伏したし、隣国のハイスペ王子とも結婚できました
いっぺいちゃん
ファンタジー
婚約破棄、そして辺境送り――。
子爵令嬢マリエールの運命は、結婚式直前に無惨にも断ち切られた。
「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」
冷酷に告げた婚約者により、社交界から追放された彼女。
しかし、マリエールには秘密があった。
――前世の彼女は、一流企業で辣腕を振るった経営コンサルタント。
未開拓の農産物、眠る鉱山資源、誠実で働き者の人々。
「必要ない」と切り捨てられた辺境には、未来を切り拓く力があった。
物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立!
数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。
さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。
一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて――
「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」
これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、
ざまぁと恋と繁栄を手に入れる逆転サクセスストーリー!
※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。
転生小説家の華麗なる円満離婚計画
鈴木かなえ
ファンタジー
キルステン伯爵家の令嬢として生を受けたクラリッサには、日本人だった前世の記憶がある。
両親と弟には疎まれているクラリッサだが、異母妹マリアンネとその兄エルヴィンと三人で仲良く育ち、前世の記憶を利用して小説家として密かに活躍していた。
ある時、夜会に連れ出されたクラリッサは、弟にハメられて見知らぬ男に襲われそうになる。
その男を返り討ちにして、逃げ出そうとしたところで美貌の貴公子ヘンリックと出会った。
逞しく想像力豊かなクラリッサと、その家族三人の物語です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる