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冒険者編
ドンマイドンマイ
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概ね、人が騒いでいる時は静かにしている主義のケルト、大騒ぎしている人々を横目にチビチビと酒を飲みつつ肉を摘んでいた。とはいっても、あまり大食いはしないので、人よりゆっくりとしたペースであったが。
ティニマがトゥーセルカの伴奏で見事な歌声を披露し、周囲からはやんややんやと拍手喝采。ヴァーベルは神界から持ち出してきた白い光沢の剣をティニマの後ろでブォンブォンと振り回し、そのたびに周囲を発光させて賑やかしくしている。カロンはドラムセットを持ち出してドンコドンコと叩いてリズムを取っている。
三柱とも基本的にお祭り好きな様子である。
それをぼーっと見ていれば、考えるのは次の戦いのことだ。
(…アーメリーン)
脳裏に翻る赤い瞳。
ケルトにとって、アーメリーンは複雑な感情を抱かせる相手だった。虚無の眷属であり、生きとし生けるものたちにとっての大敵。それはケルトにとっても同じであり、大勢の人々を死に追いやり嘲笑う彼女を、許すつもりはない。
だがしかし。
もう一度、脳裏に蘇るのは…正体をあかしていなかった頃、こちらへ向けてきた茶色い瞳。
まるで眩いものを見るかのような、こちらを求めるかのようなあの瞳は、未だに彼の中で燻った感情として記憶されている。
(…初めてだったんですよねぇ、見知らぬ異性に褒められたのって)
初対面時から、やけにこちらを励ましてくる相手だ、と内心では驚き、少し苦手意識があったのだ。しかし、その何かに焦がれるような瞳が気にかかって、共に話していくうちに…だんだんと、打ち解けていった。
それが彼女の目論見だったのかは定かではないのだが、できればアレは嘘ではなかったと、そう無根拠に信じたいのだろう、と自分の内心を客観視して自嘲する。
まさか、何を考えているのだか。
相手は世界を喰らう化け物、そんな相手に何を期待しているのか。
感情を喰らう怪物が、こちらの心を翻弄して弄んでいただけだ。
首を振って霧散させようとするも、どうしても思いを消せぬ自分が居た。
どうして、彼女はあんな目を向けてきたのだろうか。
それが、どうしても気になって仕方がないのだ。
「悩み事かい?」
「…あ、ヴァルス様」
声に目を向ければ、そこには微笑む黒髪の青年が佇んでいた。人の始祖であり旅人の守護聖人でもある存在は、そうとは感じさせない風情で自然と場に溶け込んでいる。…後ろのプロレスやっている神々は見ないことにした。
「こんな場にそぐわない顔をして、たまには肩の力を抜いたほうがいいだろうね。どうやら君は、生真面目がすぎるようだ」
「はぁ…ネセレにも似たようなことを言われましたね」
頭でっかちなのは自覚しているので、ため息を吐いて意識を切り替えることにした。気にはかかるが、宴席で考えることではないだろう、と。
…しかし、ふと思い出したことがあったので、隣にいる存在へ尋ねてみた。
「…ヴァルス様は、アーメリーンのことについてご存知なのですか?」
「ああ、知っているとも」
予想通りの返答とはいえ、一瞬だけ息をつまらせる。
そんなケルトを見透かすように、ヴァルスは静かな黒い瞳を向けてきた。
「君は彼女を気にしている様子だね。それは、異性としての感情なのかい?」
「…は?あ、いえ、そういう訳ではなく」
予想外の言葉に目を丸くしていれば、ヴァルスは不意に吹き出した。
「いや、すまない。あまりにも真剣な顔をしているから、そうなのかと」
「…どうにも、彼女の行動が気になってしまって。じきに起きる戦いに向けて考えていると、彼女が何を目的としているのかが気になるんです」
「目的、か…ふむ、そうだね。…彼女は、君を待っているんだよ」
「…私を?」
驚きのあまり瞬きをする。
ヴァルスは天を仰ぎ、輝かしい太陽を見上げて目を細める。
「私は夜に属する者だが、無性に光を見たくなることもある。光にある者たちも、たまには夜が恋しくなることもあるだろう。我々はそうやって、互いに互いを思い合って存在しているのだ」
「それが、アーメリーンにも言えると?」
「………むしろ、私が見たところ、彼女は焦がれているようだね」
「焦がれる?」
何に、と口にする前に、ヴァルスは続けた。
「私は彼女の生い立ちがどうだったか、断片的にしか知り得なかった。父上が世界各地に散っていた記憶を集めて、彼らの通った道を探り、かろうじて読み取ることは出来たが…それは、あまりにも酷い話だった。彼女はね、ロウという獣人と共に、旅をしていた」
「…ロウ、という方が、彼女と共にいたのですか?」
「そう、彼女の…仲間だった男だ」
仲間がいる、と、アーメリーンは言っていた。
それは偽りだったが、ある意味では真実だったのだ。
「ロウは、彼女にとって、おそらく親代わりに近かったのではないか、と私は思う。だから、彼女は彼の最期の言葉を鵜呑みにしたのだ。それはあまりにも、純粋過ぎる…」
「純粋…虚無の眷属なのに?」
「ああ、彼女ら…彼女と、クレイビー、二人はかつては一つの魂だった。それが虚無の手によって引き裂かれ、異形として生を受けた。二人は、虚無の尖兵として捕らえられた、我々が救えなかった命なのだよ」
その静かな言葉には、どこか苦渋が滲んでいるかのようだった。
ヴァルスは遠い目で彼方を見つめている。
「彼女らは、生まれついての異形だ。あるべき心を欠けさせて、それでも生き足掻いて道を踏みしめ、そして全てを失った。自らが「何」であるかを察し、自らの目的のためにそこにいる。…彼女らは、自身の不運を嘆いてはいない」
「…不幸ではない、と?それも心を失っているから、ですか?」
「そうとも言いかねるね。クレイビーはどうやら、ある程度の感情が残されているし、アーメリーンは…私の勘だが、感情という機微を持っているように見えた…あの怒りの感情は、間違いなく神々への憎悪だった」
ヴァルスと相まみえた際に見せた、侮蔑の顔。思えば、リーンが笑み以外の感情を見せた唯一の表情だったように思える。
「感情があるから、彼女は焦がれた。そして君を、そのお相手として選んだのだ。生い立ちが不幸であれ、それを選んだのは、紛うこと無き彼女自身の選択だ。だから、君は選ばれたことで無駄に気負う必要はない」
「…」
どうやら励ましてくれていたらしい。それに気づいて、ケルトは苦笑する。
「…ありがとうございます。少しだけ、楽になったように思えます」
「いや、言葉しか送れない無力な男だよ、私は。…我ら神は万が一を考え、虚無と直接対峙してはならないと決められている。だから、来たるべき日に、私は何も出来ない…すまないな、こんな事くらいしか出来なくて」
「いいえ、それでも。貴方が見ていてくださっていると知れるだけで、気は楽になりますから」
神は見守ることだけしか出来ないが、それだけで心持ちは違うものだ。
やんわりと笑うケルトは、向こうで大暴れしている三柱を見る。
「…しかし、不可思議な光景です。こんな場所で世界を創造した存在が集うなんて。周囲に知れれば、聖地にでもされてしまいそうですね」
「ははは!ありえるのが怖いところだね。人は、無意識になにかへ縋ろうとする生き物だ。その特別な存在へ畏敬の念を抱き、持ち上げてしまうのも人の性。…そして、それは孤独の象徴。一人、頂きに残されてしまうのだ」
「…孤独、ですか」
神も勇者も化け物も、特別な存在には同胞が少なくあるようだ。とはいえ、人であると自認しているケルトには、無縁な話だったが。
「…カロン老は、孤独ではないのですね。少なくとも肩を並べられる存在が二人もいる」
「三柱は天を支え、大地を踏み堅め、光闇に分かつことで世界を作った。三柱だからこそ世界は平定しているのだと、父上はかつて言っていた」
一人だけでは想像に限りが出てしまう。それは世界が狭まってしまうことの裏返し。だからこそ世界を広げるために、三という人数がこの世界に現れたのだろう。
「我ら小さき神々は、世界を形作る御方を手助けするのが役目。…とはいえ、父上は私に全てを委ねようとしているみたいだが」
「期待されているのですね」
「…支えきれる自信は無いんだがね。それでも、父上の期待には応えたいと思う。私にとって、あの方はどこまでも大きな存在だから」
子にとって親は偉大な存在だと、血に染み込まれているのだろうか、とケルトはうっすらと思う。その重圧はおそらくきっと、当人にしかわからないだろうが。
「そういえば君は、どんな存在になるんだね?」
「…え?」
「君の魂は私よりも長く世界にある。十分に高みへ至る素質があるように思えるんだがね」
「………そう、ですね。私ごときが神になれるなんて、想像もできません」
彼の主は、神への道を指し示したが、未だにそこへ進む気にはなれなかった。
悩めるケルトへ、ヴァルスは快活に笑って肩を叩く。
「生き急ぐこともないさ、青年。君にはまだまだ時間がある。人生を通じて、ゆっくりとその先を考えていけば良いのだよ。すぐに出るような答えでもないだろうからね。君の道は、まだまだ続いていくのだろうから」
「…はい」
…しかし、どこかでケルトは予感を感じていた。それは魂の奥底から登ってくる、直感のようなものだ。
答えは、在るべき未来にて、必ず出さねばならないのだろう、と。
不意に、ヴァルスを呼ぶ声がした。
見れば、酒瓶片手にカロンが呼んでいるのだ。それに苦笑し、ヴァルスは手を振る。
「それでは、私は父上の見張りを続けることにしよう。君は楽しんで行きなさい」
「あ、はい」
「…ああ、そうそう」
最後に、ヴァルスは茶目っ気たっぷりに、ウィンクした。
「星になったペッレは、今も元気な様子だよ」
…そして、悠々と去っていくのだ。
それを目を丸くして見送っていれば、じわじわとこみ上げてくるのは笑いだ。
「ははっ…ああ、やっぱり敵いませんねぇ」
前世で出会った人、そして二人目の友人。過去を思い出してから、心のどこかで苦い思いを残していたそれを、消すような言葉だった。
その心尽くしはありがたく、ケルトはふわりと微笑んで、去りゆく背中へ頭を下げたのだ。
※※※
さ~けがうまい~酒がうま~い~、……っかぁ~!やっぱ米酒はいいねぇ!こう、生きてるぅ~!っていう気持ちにさせてくれる。まさにお酒は命の水やでぇ~!
…って、おいおいヴァーベル、全然飲んでないじゃないかね。
ほれ、もっと飲まんか。
「あぁ~…俺、どうにも酒が苦手みたいでさ。ま、このへんで止めとくよ」
なんだなんだ、ヤワなことを言いおってからに。見かけ倒しじゃないかね、んん?
「カロン~、なんか酔っ払って管を巻くおじさんみたいだよ~」
悪かったな爺さんで。今の私はミステリアス酔っぱらい爺だぜ。
しかし、意外だな。ヴァーベルは酒が苦手で、ティニマの方が飲めるらしい。我々はその気になればアルコールなんざ浄化できるので、下戸という概念は無いのだが。普通にヴァーベルの奴が子供舌なのかもね。
なんてことを、酒瓶と焼き肉を手にグビグビっとやりつつ考えるが、思考はとっ散らかっていく。うむ、やっぱ酩酊状態を再現するのって重要だわぁ。酔わないと酒って感じしないし。
酒より肉を食らうヴァーベルは、串焼きを手に実感込めて言う。
「…しっかし、俺も久しぶりに飯を食ったけど…肉ってこんなにも美味いもんだったんだな」
「そうだね~、神様やってるとさ、どうしてもご飯とか要らなくなっちゃうから二の次にしちゃうんだよね~。でも意外なのは、ちゃんと肉体で食べたほうが美味しいってことかなぁ?」
神界での我々は、いわば魂だけの存在だからな。受肉し、生を実感しなければ、食事という行為に意味がなくなるわけだ。まぁ、前にも思ったけど空腹は絶好のスパイスってやつなんだろうなぁ。こう、ご飯もお酒も一口目がサイコーってやつ。
「わかるぜぇ、俺も一口目は思う存分に噛み締めたいって思うタイプだからな。まあ二口目から掻き込むんだけどな」
「あははっ!あたしもそうかも~」
わいわいやりながら、神様仲間と一緒に食べるパーティはなかなか面白い。空気が良いと言うか、雰囲気が好きなのだな。周囲を見れば、なんかもう山積みのお皿がそこら中に。ぜーんぶ我らの食べた跡だったりする。
豚子女史の使用人が頑張って追加を持ってきてるけど大変そうだな~、と他人事として静観する私。うむ、パーティでも勤労とは見上げた心意気だ。なのでサービスにウェイター達へ金回りが良くなるおまじないでもかけておこう。あ、そ~れ!
「あれ、カロンもなんかやった?あたしも給仕の人たちに子宝のお祝いかけちゃったよ」
あれ、ダブったか?
「あん?二人もやっちまったのか?俺もみんなに大盤振る舞いで体力の上限値を上げておいたから、身体が丈夫になってるはずだぜ!」
いやいや、やりすぎだろ。給仕人達の内部情報を見てみると…ああもう、三重の加護が付いちゃってるやん。金運・子宝・長寿の大盤振る舞いだよ。
…ま、どうせバレないし、いっか。よかったじゃん、定命の者よ。君たちはきっと長生きするぞー。
「思うんだけどよ、この能力値を上げる力で、ここの連中を助けてやってもいいんじゃねえの?ガーッとステータスをマックスまで上げるとかさ」
「あ、チートしちゃうの?そういうのって、あんまりいいとは思えないんだけどなー」
急に大人数がスーパーマンになるってのも、戦力増強としては有りといえば有りだが…もう勇者がいるしなぁ。
というか、そういうので強くなるって、どんな感じなのよ?
「どうってのは?」
いやほら、強すぎる肉体に反射神経とかがついていけるのかなぁ、って。
「…ああ、なるほど。いくら超スピードでも感覚が追いつかなきゃ足が速いだけの暴走列車ってことか。ぶつかって事故でも起こしそうだな」
「神経系ってどういじるんだろー?あたし、よくわかんないんだけど」
うん、私もわからん。基本的に我らは感覚で改変してるからなぁ、催眠で記憶を弄るのはともかく、神経なんていう繊細な器官を弄るのは、ちょい抵抗がある。失敗してロボトミー化したら目も当てられない。「あ、失敗しちゃった~!てへっ☆」では済まされないんだし。
ともあれ、能力ブーストは当人の力量内に収めたほうがいいと思うんだよね。パンチ一発で人をミンチに変えられるようなのはさ、ちょっといろいろと危なすぎる。
「うーん、いい案だと思ったんだがなぁ…」
「強くなるのは地道にってことだよ~。それにね、強さって内面も関係していると思うし」
というと?
「ほら、どれだけ凄い力を手に入れてもさ、それで戦えなきゃ意味ないんだよ。魔物と戦ったこともない人に、いきなり戦えって言っても、できないんじゃないかなって。どれだけチートな力を持ってても、怖さが優先したら人は動けないんだよ」
まあ、そうだな。魔法士が魔物と対面しても、まともに魔法を使えなかったりするのはよくあるし。恐怖が戦意を削いでしまうのは十分に有り得ることだ。それで発狂して周囲に当たり散らしたら目も当てられない。
…って、ああそうか。この世界ってグリムちゃんの影響で、みーんな狂気に至りやすいんだった。ほら、ストレスメーターが基準値を大きく超え続けると、唐突に発狂するの。鬱になる、とかじゃなくて、プッツンしちゃうと本能のままにストレスから逃げようとすんのね。だから笑いながら自殺したり、妄想の世界に閉じこもって動かなくなったり、他人を巻き込んで特攻したりするわけよ。
精神の強さも実力の一つ。
強さとは、魂も込めた諸々のものをまとめて指すのだろうなぁ。
「魂の強さ、か。…それじゃあ、俺たちはどうなんだろうな?」
ふと呟いたヴァーベルの一言に、私とティニマは黙する。
我らは世界に選ばれた者達。だが、本当に世界を作り、生命を背負うだけに値する覚悟があったかと問われれば、否と答えざるを得ない。…というか、あんな短時間で覚悟なんて出来るか。
生命の重み、世界を背負うということ。
この広大な世界を存続させ続けるために、いったいどれだけの長い間、私は神として命を取捨選択し続けねばならないのだろうか…?
…それを考えると、少しだけ憂鬱な気分になる。
「未来が見えないってのも不安だよなぁ。俺たちも、この世界の連中も」
「終わりがないのも怖いね。あたしたちは神様だからさ、世界が終わるまでずーっと仕事を続けなきゃいけないし」
かといって、神様止めましたーってなれば、死者でもある我らはお役御免で転生へ一直線。どのみち、やり続けるしかないのだろう。この終わりのないレースを。
…なんだか、神様ってのも気楽さとは無縁だな。
「もうすぐさ、また厄災が起こるんだよね?」
ティニマの言葉に彼女を見れば、ティニマは珍しく困った顔で笑った。
「あたし達、なーんにも出来ないんでしょ?もうこの子たちに全てを委ねなきゃいけない。それに失敗すれば…見捨てなきゃいけない。こんなに楽しく笑い合ってるのに」
「…そう、だな」
たとえ化身でも、レベル3の虚無の前に姿を見せるのは危険すぎるからな。魔王とか眷属とかならまだしも。
「うん。けどね、どうしても悔しい~って思っちゃわない?」
「そりゃなぁ。俺たちの力は通用しないし、かといって魔法を使うにも化身が必要だし…」
我らって世エネと時エネは自由に使えるんだけどなぁ、自エネ利用の魔法って魔力変換機構が前提として組み込まれてるから、肉体が無いと放てないし。射程だって流石に超長距離は不可能だし。上手いように出来てないのだ。
「もともと、肉体のある子のために作ったからねぇ。あたしたちは必要ないから~って創らなかったけど…もう改変もできないし、ちょっと惜しいことをしちゃったかも」
ま、今グダグダ言ってもしゃーない事だろ。世界のヤツでもなきゃ予知できなかったって。
「うん。…でね、万が一の時のために、ゲンニ大陸の避難民を選ばなきゃ駄目でしょ?全部は…まあ、無理だから」
エネルギー的に無理っすね。時エネが全部持っていかれるのは、世界維持としてもちょっと勘弁してほしい。っていうか、全部つぎ込んでも足りない。
だから、ゲンニ大陸を滅ぼす際に、決めていた人々だけを救わねばならない。その掌からこぼれ落ちた者たちは…この大陸と、運命を共にしてもらわねばならない。
なんとも、命の取捨選択の無情さよなぁ…。
「…その避難民の選別、ルドラだけじゃなくて、あたしも手伝うよ」
んん?
「大丈夫なのか?ティニマ…その、また辛くなるんじゃ」
「大丈夫、今度は泣かないから。だからね、ゲンニ大陸だからってことじゃなくて…あたし達皆で決めようよ。みんなで選択しよう」
…それは、ティニマなりの覚悟の現れなんだろうなぁ。
サレンちゃんを一度失って、痛みを一番強く受けていたのはティニマだ。彼女は共感性が強すぎる。今回のことでも私が一人で抱え込まないように、フォローしてくれるのだろう。
そうと気づけば、なんだかもやもやっとした思いに包まれてしまうではないか。
…な、なんだね、ティニマっちのくせに下手な気遣いしちゃってさぁ~。
「あれ、ルドラ。照れてる?」
「あっはっは!なんだなんだ、お前が照れるなんて珍しいじゃねえか!」
う、うっさいわい!バーカ!脳筋!
…まあ、ティニマの心遣いはありがたく受け取っておこう。
「…ん、そうだな。そんじゃ、俺も手伝うぜ。お前らだけに背負わせるのは漢じゃないしな」
なんだ、お前も要らん荷物を抱え込もってのか?邪神の私に任せておけばいいものを。
「いーんだよ。俺だって神だし。ここでやらなきゃ、格好悪いだろ?」
カッコつけたがりやめ。
…しかし、素直にありがたいと思える心使いでもある。冷血な私は、まあ人選に対して思うところはないんだが、ほら、人が多すぎるし。カルマ値が少ない上澄みを掬い取ってもまだ余るので、それ以下をどういう基準で選ぶか頭を悩ませてたんだよ。一応は。最悪、サイコロで決めるつもりだったから、申し出がありがたいのである。
…ま、悪くないよな、仲間ってのも。
そう思いつつ、私は最後になるかもしれない宴を、思う存分に楽しむのであった。
…ちなみに。
肉パの途中からグリムちゃんの影響が出始めたのか、人々が酩酊状態で大暴れを始めた。驚いた我ら三柱+勇者が宿の外に出れば、そこはもう乱痴騒ぎの大騒乱。
益荒男は大笑いしながら素っ裸で走り回り、ニコニコ笑顔の主婦が道のど真ん中で大鍋をかき回し、その鍋の中の老爺はぷるぷるしながら「いいお湯じゃのぅ~」と呟き、子供は円陣組んで逆立ちしながら謎の踊りをし、魚が空を飛び、鳥は泳ぎ、犬は二足歩行し、猫は丸くなった。
そんなカオス極まる状況、流石に二柱+メルの視線が痛くなったので、大急ぎで皇宮のど真ん中で踊り狂うグリムちゃんと半獣を回収し、双子に分離しておいた。
これに怒ったメルとティニマから、「わかってて邪神を放し飼いにしない!」と説教されるという珍しい光景が起きたりしたが…まあ、うん、ドンマイ私!
不思議なことに、この日のことは人々の記憶から綺麗サッパリ忘れられ、何事もなかったかのように日常に戻ることとなったのだが、その真実は一部の者を除いて闇に葬られたのであった……ああ、記憶処理って面倒だわぁ~。
ティニマがトゥーセルカの伴奏で見事な歌声を披露し、周囲からはやんややんやと拍手喝采。ヴァーベルは神界から持ち出してきた白い光沢の剣をティニマの後ろでブォンブォンと振り回し、そのたびに周囲を発光させて賑やかしくしている。カロンはドラムセットを持ち出してドンコドンコと叩いてリズムを取っている。
三柱とも基本的にお祭り好きな様子である。
それをぼーっと見ていれば、考えるのは次の戦いのことだ。
(…アーメリーン)
脳裏に翻る赤い瞳。
ケルトにとって、アーメリーンは複雑な感情を抱かせる相手だった。虚無の眷属であり、生きとし生けるものたちにとっての大敵。それはケルトにとっても同じであり、大勢の人々を死に追いやり嘲笑う彼女を、許すつもりはない。
だがしかし。
もう一度、脳裏に蘇るのは…正体をあかしていなかった頃、こちらへ向けてきた茶色い瞳。
まるで眩いものを見るかのような、こちらを求めるかのようなあの瞳は、未だに彼の中で燻った感情として記憶されている。
(…初めてだったんですよねぇ、見知らぬ異性に褒められたのって)
初対面時から、やけにこちらを励ましてくる相手だ、と内心では驚き、少し苦手意識があったのだ。しかし、その何かに焦がれるような瞳が気にかかって、共に話していくうちに…だんだんと、打ち解けていった。
それが彼女の目論見だったのかは定かではないのだが、できればアレは嘘ではなかったと、そう無根拠に信じたいのだろう、と自分の内心を客観視して自嘲する。
まさか、何を考えているのだか。
相手は世界を喰らう化け物、そんな相手に何を期待しているのか。
感情を喰らう怪物が、こちらの心を翻弄して弄んでいただけだ。
首を振って霧散させようとするも、どうしても思いを消せぬ自分が居た。
どうして、彼女はあんな目を向けてきたのだろうか。
それが、どうしても気になって仕方がないのだ。
「悩み事かい?」
「…あ、ヴァルス様」
声に目を向ければ、そこには微笑む黒髪の青年が佇んでいた。人の始祖であり旅人の守護聖人でもある存在は、そうとは感じさせない風情で自然と場に溶け込んでいる。…後ろのプロレスやっている神々は見ないことにした。
「こんな場にそぐわない顔をして、たまには肩の力を抜いたほうがいいだろうね。どうやら君は、生真面目がすぎるようだ」
「はぁ…ネセレにも似たようなことを言われましたね」
頭でっかちなのは自覚しているので、ため息を吐いて意識を切り替えることにした。気にはかかるが、宴席で考えることではないだろう、と。
…しかし、ふと思い出したことがあったので、隣にいる存在へ尋ねてみた。
「…ヴァルス様は、アーメリーンのことについてご存知なのですか?」
「ああ、知っているとも」
予想通りの返答とはいえ、一瞬だけ息をつまらせる。
そんなケルトを見透かすように、ヴァルスは静かな黒い瞳を向けてきた。
「君は彼女を気にしている様子だね。それは、異性としての感情なのかい?」
「…は?あ、いえ、そういう訳ではなく」
予想外の言葉に目を丸くしていれば、ヴァルスは不意に吹き出した。
「いや、すまない。あまりにも真剣な顔をしているから、そうなのかと」
「…どうにも、彼女の行動が気になってしまって。じきに起きる戦いに向けて考えていると、彼女が何を目的としているのかが気になるんです」
「目的、か…ふむ、そうだね。…彼女は、君を待っているんだよ」
「…私を?」
驚きのあまり瞬きをする。
ヴァルスは天を仰ぎ、輝かしい太陽を見上げて目を細める。
「私は夜に属する者だが、無性に光を見たくなることもある。光にある者たちも、たまには夜が恋しくなることもあるだろう。我々はそうやって、互いに互いを思い合って存在しているのだ」
「それが、アーメリーンにも言えると?」
「………むしろ、私が見たところ、彼女は焦がれているようだね」
「焦がれる?」
何に、と口にする前に、ヴァルスは続けた。
「私は彼女の生い立ちがどうだったか、断片的にしか知り得なかった。父上が世界各地に散っていた記憶を集めて、彼らの通った道を探り、かろうじて読み取ることは出来たが…それは、あまりにも酷い話だった。彼女はね、ロウという獣人と共に、旅をしていた」
「…ロウ、という方が、彼女と共にいたのですか?」
「そう、彼女の…仲間だった男だ」
仲間がいる、と、アーメリーンは言っていた。
それは偽りだったが、ある意味では真実だったのだ。
「ロウは、彼女にとって、おそらく親代わりに近かったのではないか、と私は思う。だから、彼女は彼の最期の言葉を鵜呑みにしたのだ。それはあまりにも、純粋過ぎる…」
「純粋…虚無の眷属なのに?」
「ああ、彼女ら…彼女と、クレイビー、二人はかつては一つの魂だった。それが虚無の手によって引き裂かれ、異形として生を受けた。二人は、虚無の尖兵として捕らえられた、我々が救えなかった命なのだよ」
その静かな言葉には、どこか苦渋が滲んでいるかのようだった。
ヴァルスは遠い目で彼方を見つめている。
「彼女らは、生まれついての異形だ。あるべき心を欠けさせて、それでも生き足掻いて道を踏みしめ、そして全てを失った。自らが「何」であるかを察し、自らの目的のためにそこにいる。…彼女らは、自身の不運を嘆いてはいない」
「…不幸ではない、と?それも心を失っているから、ですか?」
「そうとも言いかねるね。クレイビーはどうやら、ある程度の感情が残されているし、アーメリーンは…私の勘だが、感情という機微を持っているように見えた…あの怒りの感情は、間違いなく神々への憎悪だった」
ヴァルスと相まみえた際に見せた、侮蔑の顔。思えば、リーンが笑み以外の感情を見せた唯一の表情だったように思える。
「感情があるから、彼女は焦がれた。そして君を、そのお相手として選んだのだ。生い立ちが不幸であれ、それを選んだのは、紛うこと無き彼女自身の選択だ。だから、君は選ばれたことで無駄に気負う必要はない」
「…」
どうやら励ましてくれていたらしい。それに気づいて、ケルトは苦笑する。
「…ありがとうございます。少しだけ、楽になったように思えます」
「いや、言葉しか送れない無力な男だよ、私は。…我ら神は万が一を考え、虚無と直接対峙してはならないと決められている。だから、来たるべき日に、私は何も出来ない…すまないな、こんな事くらいしか出来なくて」
「いいえ、それでも。貴方が見ていてくださっていると知れるだけで、気は楽になりますから」
神は見守ることだけしか出来ないが、それだけで心持ちは違うものだ。
やんわりと笑うケルトは、向こうで大暴れしている三柱を見る。
「…しかし、不可思議な光景です。こんな場所で世界を創造した存在が集うなんて。周囲に知れれば、聖地にでもされてしまいそうですね」
「ははは!ありえるのが怖いところだね。人は、無意識になにかへ縋ろうとする生き物だ。その特別な存在へ畏敬の念を抱き、持ち上げてしまうのも人の性。…そして、それは孤独の象徴。一人、頂きに残されてしまうのだ」
「…孤独、ですか」
神も勇者も化け物も、特別な存在には同胞が少なくあるようだ。とはいえ、人であると自認しているケルトには、無縁な話だったが。
「…カロン老は、孤独ではないのですね。少なくとも肩を並べられる存在が二人もいる」
「三柱は天を支え、大地を踏み堅め、光闇に分かつことで世界を作った。三柱だからこそ世界は平定しているのだと、父上はかつて言っていた」
一人だけでは想像に限りが出てしまう。それは世界が狭まってしまうことの裏返し。だからこそ世界を広げるために、三という人数がこの世界に現れたのだろう。
「我ら小さき神々は、世界を形作る御方を手助けするのが役目。…とはいえ、父上は私に全てを委ねようとしているみたいだが」
「期待されているのですね」
「…支えきれる自信は無いんだがね。それでも、父上の期待には応えたいと思う。私にとって、あの方はどこまでも大きな存在だから」
子にとって親は偉大な存在だと、血に染み込まれているのだろうか、とケルトはうっすらと思う。その重圧はおそらくきっと、当人にしかわからないだろうが。
「そういえば君は、どんな存在になるんだね?」
「…え?」
「君の魂は私よりも長く世界にある。十分に高みへ至る素質があるように思えるんだがね」
「………そう、ですね。私ごときが神になれるなんて、想像もできません」
彼の主は、神への道を指し示したが、未だにそこへ進む気にはなれなかった。
悩めるケルトへ、ヴァルスは快活に笑って肩を叩く。
「生き急ぐこともないさ、青年。君にはまだまだ時間がある。人生を通じて、ゆっくりとその先を考えていけば良いのだよ。すぐに出るような答えでもないだろうからね。君の道は、まだまだ続いていくのだろうから」
「…はい」
…しかし、どこかでケルトは予感を感じていた。それは魂の奥底から登ってくる、直感のようなものだ。
答えは、在るべき未来にて、必ず出さねばならないのだろう、と。
不意に、ヴァルスを呼ぶ声がした。
見れば、酒瓶片手にカロンが呼んでいるのだ。それに苦笑し、ヴァルスは手を振る。
「それでは、私は父上の見張りを続けることにしよう。君は楽しんで行きなさい」
「あ、はい」
「…ああ、そうそう」
最後に、ヴァルスは茶目っ気たっぷりに、ウィンクした。
「星になったペッレは、今も元気な様子だよ」
…そして、悠々と去っていくのだ。
それを目を丸くして見送っていれば、じわじわとこみ上げてくるのは笑いだ。
「ははっ…ああ、やっぱり敵いませんねぇ」
前世で出会った人、そして二人目の友人。過去を思い出してから、心のどこかで苦い思いを残していたそれを、消すような言葉だった。
その心尽くしはありがたく、ケルトはふわりと微笑んで、去りゆく背中へ頭を下げたのだ。
※※※
さ~けがうまい~酒がうま~い~、……っかぁ~!やっぱ米酒はいいねぇ!こう、生きてるぅ~!っていう気持ちにさせてくれる。まさにお酒は命の水やでぇ~!
…って、おいおいヴァーベル、全然飲んでないじゃないかね。
ほれ、もっと飲まんか。
「あぁ~…俺、どうにも酒が苦手みたいでさ。ま、このへんで止めとくよ」
なんだなんだ、ヤワなことを言いおってからに。見かけ倒しじゃないかね、んん?
「カロン~、なんか酔っ払って管を巻くおじさんみたいだよ~」
悪かったな爺さんで。今の私はミステリアス酔っぱらい爺だぜ。
しかし、意外だな。ヴァーベルは酒が苦手で、ティニマの方が飲めるらしい。我々はその気になればアルコールなんざ浄化できるので、下戸という概念は無いのだが。普通にヴァーベルの奴が子供舌なのかもね。
なんてことを、酒瓶と焼き肉を手にグビグビっとやりつつ考えるが、思考はとっ散らかっていく。うむ、やっぱ酩酊状態を再現するのって重要だわぁ。酔わないと酒って感じしないし。
酒より肉を食らうヴァーベルは、串焼きを手に実感込めて言う。
「…しっかし、俺も久しぶりに飯を食ったけど…肉ってこんなにも美味いもんだったんだな」
「そうだね~、神様やってるとさ、どうしてもご飯とか要らなくなっちゃうから二の次にしちゃうんだよね~。でも意外なのは、ちゃんと肉体で食べたほうが美味しいってことかなぁ?」
神界での我々は、いわば魂だけの存在だからな。受肉し、生を実感しなければ、食事という行為に意味がなくなるわけだ。まぁ、前にも思ったけど空腹は絶好のスパイスってやつなんだろうなぁ。こう、ご飯もお酒も一口目がサイコーってやつ。
「わかるぜぇ、俺も一口目は思う存分に噛み締めたいって思うタイプだからな。まあ二口目から掻き込むんだけどな」
「あははっ!あたしもそうかも~」
わいわいやりながら、神様仲間と一緒に食べるパーティはなかなか面白い。空気が良いと言うか、雰囲気が好きなのだな。周囲を見れば、なんかもう山積みのお皿がそこら中に。ぜーんぶ我らの食べた跡だったりする。
豚子女史の使用人が頑張って追加を持ってきてるけど大変そうだな~、と他人事として静観する私。うむ、パーティでも勤労とは見上げた心意気だ。なのでサービスにウェイター達へ金回りが良くなるおまじないでもかけておこう。あ、そ~れ!
「あれ、カロンもなんかやった?あたしも給仕の人たちに子宝のお祝いかけちゃったよ」
あれ、ダブったか?
「あん?二人もやっちまったのか?俺もみんなに大盤振る舞いで体力の上限値を上げておいたから、身体が丈夫になってるはずだぜ!」
いやいや、やりすぎだろ。給仕人達の内部情報を見てみると…ああもう、三重の加護が付いちゃってるやん。金運・子宝・長寿の大盤振る舞いだよ。
…ま、どうせバレないし、いっか。よかったじゃん、定命の者よ。君たちはきっと長生きするぞー。
「思うんだけどよ、この能力値を上げる力で、ここの連中を助けてやってもいいんじゃねえの?ガーッとステータスをマックスまで上げるとかさ」
「あ、チートしちゃうの?そういうのって、あんまりいいとは思えないんだけどなー」
急に大人数がスーパーマンになるってのも、戦力増強としては有りといえば有りだが…もう勇者がいるしなぁ。
というか、そういうので強くなるって、どんな感じなのよ?
「どうってのは?」
いやほら、強すぎる肉体に反射神経とかがついていけるのかなぁ、って。
「…ああ、なるほど。いくら超スピードでも感覚が追いつかなきゃ足が速いだけの暴走列車ってことか。ぶつかって事故でも起こしそうだな」
「神経系ってどういじるんだろー?あたし、よくわかんないんだけど」
うん、私もわからん。基本的に我らは感覚で改変してるからなぁ、催眠で記憶を弄るのはともかく、神経なんていう繊細な器官を弄るのは、ちょい抵抗がある。失敗してロボトミー化したら目も当てられない。「あ、失敗しちゃった~!てへっ☆」では済まされないんだし。
ともあれ、能力ブーストは当人の力量内に収めたほうがいいと思うんだよね。パンチ一発で人をミンチに変えられるようなのはさ、ちょっといろいろと危なすぎる。
「うーん、いい案だと思ったんだがなぁ…」
「強くなるのは地道にってことだよ~。それにね、強さって内面も関係していると思うし」
というと?
「ほら、どれだけ凄い力を手に入れてもさ、それで戦えなきゃ意味ないんだよ。魔物と戦ったこともない人に、いきなり戦えって言っても、できないんじゃないかなって。どれだけチートな力を持ってても、怖さが優先したら人は動けないんだよ」
まあ、そうだな。魔法士が魔物と対面しても、まともに魔法を使えなかったりするのはよくあるし。恐怖が戦意を削いでしまうのは十分に有り得ることだ。それで発狂して周囲に当たり散らしたら目も当てられない。
…って、ああそうか。この世界ってグリムちゃんの影響で、みーんな狂気に至りやすいんだった。ほら、ストレスメーターが基準値を大きく超え続けると、唐突に発狂するの。鬱になる、とかじゃなくて、プッツンしちゃうと本能のままにストレスから逃げようとすんのね。だから笑いながら自殺したり、妄想の世界に閉じこもって動かなくなったり、他人を巻き込んで特攻したりするわけよ。
精神の強さも実力の一つ。
強さとは、魂も込めた諸々のものをまとめて指すのだろうなぁ。
「魂の強さ、か。…それじゃあ、俺たちはどうなんだろうな?」
ふと呟いたヴァーベルの一言に、私とティニマは黙する。
我らは世界に選ばれた者達。だが、本当に世界を作り、生命を背負うだけに値する覚悟があったかと問われれば、否と答えざるを得ない。…というか、あんな短時間で覚悟なんて出来るか。
生命の重み、世界を背負うということ。
この広大な世界を存続させ続けるために、いったいどれだけの長い間、私は神として命を取捨選択し続けねばならないのだろうか…?
…それを考えると、少しだけ憂鬱な気分になる。
「未来が見えないってのも不安だよなぁ。俺たちも、この世界の連中も」
「終わりがないのも怖いね。あたしたちは神様だからさ、世界が終わるまでずーっと仕事を続けなきゃいけないし」
かといって、神様止めましたーってなれば、死者でもある我らはお役御免で転生へ一直線。どのみち、やり続けるしかないのだろう。この終わりのないレースを。
…なんだか、神様ってのも気楽さとは無縁だな。
「もうすぐさ、また厄災が起こるんだよね?」
ティニマの言葉に彼女を見れば、ティニマは珍しく困った顔で笑った。
「あたし達、なーんにも出来ないんでしょ?もうこの子たちに全てを委ねなきゃいけない。それに失敗すれば…見捨てなきゃいけない。こんなに楽しく笑い合ってるのに」
「…そう、だな」
たとえ化身でも、レベル3の虚無の前に姿を見せるのは危険すぎるからな。魔王とか眷属とかならまだしも。
「うん。けどね、どうしても悔しい~って思っちゃわない?」
「そりゃなぁ。俺たちの力は通用しないし、かといって魔法を使うにも化身が必要だし…」
我らって世エネと時エネは自由に使えるんだけどなぁ、自エネ利用の魔法って魔力変換機構が前提として組み込まれてるから、肉体が無いと放てないし。射程だって流石に超長距離は不可能だし。上手いように出来てないのだ。
「もともと、肉体のある子のために作ったからねぇ。あたしたちは必要ないから~って創らなかったけど…もう改変もできないし、ちょっと惜しいことをしちゃったかも」
ま、今グダグダ言ってもしゃーない事だろ。世界のヤツでもなきゃ予知できなかったって。
「うん。…でね、万が一の時のために、ゲンニ大陸の避難民を選ばなきゃ駄目でしょ?全部は…まあ、無理だから」
エネルギー的に無理っすね。時エネが全部持っていかれるのは、世界維持としてもちょっと勘弁してほしい。っていうか、全部つぎ込んでも足りない。
だから、ゲンニ大陸を滅ぼす際に、決めていた人々だけを救わねばならない。その掌からこぼれ落ちた者たちは…この大陸と、運命を共にしてもらわねばならない。
なんとも、命の取捨選択の無情さよなぁ…。
「…その避難民の選別、ルドラだけじゃなくて、あたしも手伝うよ」
んん?
「大丈夫なのか?ティニマ…その、また辛くなるんじゃ」
「大丈夫、今度は泣かないから。だからね、ゲンニ大陸だからってことじゃなくて…あたし達皆で決めようよ。みんなで選択しよう」
…それは、ティニマなりの覚悟の現れなんだろうなぁ。
サレンちゃんを一度失って、痛みを一番強く受けていたのはティニマだ。彼女は共感性が強すぎる。今回のことでも私が一人で抱え込まないように、フォローしてくれるのだろう。
そうと気づけば、なんだかもやもやっとした思いに包まれてしまうではないか。
…な、なんだね、ティニマっちのくせに下手な気遣いしちゃってさぁ~。
「あれ、ルドラ。照れてる?」
「あっはっは!なんだなんだ、お前が照れるなんて珍しいじゃねえか!」
う、うっさいわい!バーカ!脳筋!
…まあ、ティニマの心遣いはありがたく受け取っておこう。
「…ん、そうだな。そんじゃ、俺も手伝うぜ。お前らだけに背負わせるのは漢じゃないしな」
なんだ、お前も要らん荷物を抱え込もってのか?邪神の私に任せておけばいいものを。
「いーんだよ。俺だって神だし。ここでやらなきゃ、格好悪いだろ?」
カッコつけたがりやめ。
…しかし、素直にありがたいと思える心使いでもある。冷血な私は、まあ人選に対して思うところはないんだが、ほら、人が多すぎるし。カルマ値が少ない上澄みを掬い取ってもまだ余るので、それ以下をどういう基準で選ぶか頭を悩ませてたんだよ。一応は。最悪、サイコロで決めるつもりだったから、申し出がありがたいのである。
…ま、悪くないよな、仲間ってのも。
そう思いつつ、私は最後になるかもしれない宴を、思う存分に楽しむのであった。
…ちなみに。
肉パの途中からグリムちゃんの影響が出始めたのか、人々が酩酊状態で大暴れを始めた。驚いた我ら三柱+勇者が宿の外に出れば、そこはもう乱痴騒ぎの大騒乱。
益荒男は大笑いしながら素っ裸で走り回り、ニコニコ笑顔の主婦が道のど真ん中で大鍋をかき回し、その鍋の中の老爺はぷるぷるしながら「いいお湯じゃのぅ~」と呟き、子供は円陣組んで逆立ちしながら謎の踊りをし、魚が空を飛び、鳥は泳ぎ、犬は二足歩行し、猫は丸くなった。
そんなカオス極まる状況、流石に二柱+メルの視線が痛くなったので、大急ぎで皇宮のど真ん中で踊り狂うグリムちゃんと半獣を回収し、双子に分離しておいた。
これに怒ったメルとティニマから、「わかってて邪神を放し飼いにしない!」と説教されるという珍しい光景が起きたりしたが…まあ、うん、ドンマイ私!
不思議なことに、この日のことは人々の記憶から綺麗サッパリ忘れられ、何事もなかったかのように日常に戻ることとなったのだが、その真実は一部の者を除いて闇に葬られたのであった……ああ、記憶処理って面倒だわぁ~。
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