「僕が望んだのは、あなたではありません」と婚約破棄をされたのに、どうしてそんなに大切にするのでしょう。【短編集】

長岡更紗

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婚約破棄されたリザード大好き侯爵令嬢、追放直前に初恋の君が隣国の王子になって迎えにきたようです。

5.そして二人は

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「ここだ」

 ガイアの目の前には、この国では一般的であろう大きさの、小さな四角い家。
 ノックをしたガイアは、その扉の前で待っている。私は家を見上げるララの背中をそっとさすった。

「ここは……誰のお家なの、ガイアお兄ちゃん」
「ペトゥララ、君のお母さんが住んでいる家だ」
「……え?」
「君の母親は、この国に入る際にハルヴァンの憲兵に見つかり、右足を失った。尻尾と左足でなんとか歩行はできるが、早くは歩けない」

 一度にたくさんの情報を詰められたララは、脳の処理が追いつかないというようにぼうっとしている。
 私は、もっと早くララの母親を探し出してあげたいと思っていた。
 あんな、傷つけられるだけの国でいるよりはよっぽどいいと思ったから。
 でもララ自身は積極的じゃなかったし、母親の名前を聞いていなかった私には、レイザラッドで人探しなんて不可能だった。もし亡くなっていたら、ララを傷つけてしまうんじゃないかという思いもあった。
 ガイアなら彼女の情報を手に入れられるかも……と思って頼んでみたのだけど。

「ララのお母さんのお名前は、なんとおっしゃるの?」
「イザルルだ」

 ずっと聞いておけばよかったと後悔し続けた、ララの母親の名前。
 ようやく知ることができたわ。
 その名を胸に刻みつけていると、ガチャリとドアノブが回った。

「遅くなってすみません。どちら様……」

 澄んだ優しい声に、ララの肩がびくりと動く。

「先日伺ったガイアだ。あなたの娘さんを連れてきた」

 そう言ってガイアは、イザルルさんにララが見えるように移動した。
 イザルルさんはララを見た瞬間、息を止めるようにして涙を溜めている。

「ペトゥララ……?」
「……うん……」

 ララが肯定した瞬間、ぶわりと溢れるイザルルさんの涙。
 だけど伸ばした手は、遠慮がちに戻される。

「ごめんなさいね……すぐに迎えに行こうと思っていたのに……っ」

 言葉を詰まらせるイザルルさん。
 片足を失っていなくても、ハルヴァン王国はリザードへのあたりが厳しくなっていたから、うちまでは辿り着けなかっただろうと思う。

「シェイファー姉様……ほ、本当に私のお母さんなの……?」

 隣にいたララが、不安そうに私の服を引っ張って見上げてきた。
 間違いなく、ペトゥララを私に頼んでいったのは、この女性。私はララに向かって、こくりと頷いてあげる。
 するとララは、イザルルさんの顔に視線を移した瞬間、ポロポロと涙を流し始めた。

「お、おかあ、さん……っ」
「ペトゥララ……!」

 ララが母と呼ぶと同時に、イザルルさんが我慢しきれなくなったようにララを包み込む。

「ペトゥララ……ペトゥララ……! 今までつらかったでしょう……迎えに行けなくて、本当にごめんなさい……!」
「ううん、大丈夫……私、姉様のおかげで幸せに暮らしてたから……っ」

 ララの、母親を慕う涙。
 やっぱりララは、実の母親のことを恋しく思っていたのね……
 二人が会えて、本当によかった──

 ひとしきり泣き終えて話し終えたところで、ガイアが「そろそろ行こうか」と帰る姿勢を見せた。

「ペトゥララ、いつでも遊びにいらっしゃいね」
「お母さん……」

 イザルルの言葉に、ララは意を決したように私を見る。

「シェイファー姉様……私、お母さんとここで暮らしたい……! お母さんの、足になりたいの!」

 ずくん、と心臓が重くなる。
 どちらと暮らすかは、ララが決めることだと思ってた。
 私と暮らしたいと言えばもちろん受け入れるつもりだったし、母親の方がいいと言えばそうしなさいと笑顔で言うつもりだった。
 ──ちゃんと、笑いなさい、私!
 私はぐっとなにかを飲み込むと、人生最高の演技でララに微笑んで見せる。

「ええ、もちろん。母娘なんだもの、それがいいわ」
「いいのですか、シェイファーさん……!」
「ララが望んでいることですもの、当然です」
「ありがとうございます!」

 イザルルさんは信じられないといった様子で喜んでいる。ララも嬉しそう。
 ……これでよかったんだわ。あるべきものが、あるべきところに戻っただけ。

 私とガイアは、ララを置いて二人だけで家を出た。
 いつも隣にいるはずの、かわいいララがいない。
 あの子の家は、私と同じ家じゃなくなるんだわ……。
 そう思うと、ララの前では我慢していた涙が溢れ出してきた。

「シェイファー」
「う……っ、ごめ……なさい……」
「家まで急ごう」

 そう言ってガイアは私を抱き上げて、家まで連れて行ってくれた。
 今日からはここが私の家。ガイアはいるけど……ララはいない家。

「シェイファー、ここでは我慢しなくていい。言いたいことがあるならぶちまけてしまえ」

 ガイアが私の気持ちを外に出そうとしてくれる。婚約破棄の時だってそうだった。
 彼の前では、本音を言ってもいいんだわ。
 私は溢れ出る気持ちを言葉に紡いだ。

「さみしいの……ララが……ララと一緒に暮らせなくて……!」
「ああ」

 ガイアは私の話を否定せず聞いてくれる。その安心感で、私は心の奥底に押し込めた感情を一気に爆発させた。

「ララは、あの子は、生まれた時から私が面倒を見てきたのよ! 生まれたてなんて、なにをどうすればいいのかわからなくて! でもリザード族は周りにいないから、どう育てていいのかも聞けなくて手探りだった! 私だってあの時八歳だったのよ!! 死なせてなるものかって、毎日必死で……!!」
「そうか……がんばったんだな」

 ガイアがぎゅっと抱きしめてくれる。涙と想いが、ボロボロと溢れてくる。
 ララが熱を出しては寝ずに看病をした。笑ってくれるたび、頬にキスをした。
 立った、歩いた、しゃべった、そのひとつひとつが本当に嬉しくて幸せだった。

「でも、ララはリザード族であることで、何度も何度も言葉の暴力を受けていたの……私は、ララを守りきれなかった……たくさん傷つけて……母親代わりすら失格なのよ!」
「そんなことはない、ペトゥララを見ていればわかる。シェイファーから、たくさんの愛情を受けて育ったのだということは」
「う、ひっく……んく……」
「シェイファー」
「私が……ひっく、選ばれなかったことが……か、悲しいの……っ」

 心の叫びを吐露すると、ガイアは私のこめかみにキスをしてくれる。
 ああ、でも全部吐き出してスッキリした。
 私はどこかで、イザルルさん本当の母親よりも私の方が、ペトゥララへの愛情が優っているとおごっていたんだわ。
 愛する我が子を置いていかなければならなかった悔しさ、探しに行きたくてもいけなかった悲しさ……それらと私の愛情は、比べられるものじゃなかったっていうのに。

「……落ち着いたか?」
「ええ、ごめんなさい……もう大丈夫」

 そう言うと、ガイアは〝よしよし〟とでもいうように、私の頭をぽんぽんと撫でてくれる。すると私はようやくホッとして、ガイアから離れることができた。
 よく見ると、必要最低限の物しか置いてない、シンプルなお部屋。
 離れている間にガイアはお茶を用意して、カップを渡してくれた。
 ガイアはしゃべるタイプじゃないけど、こうして見守ってくれるところは昔と変わらない。

「ペトゥララとは同じ町に住んでいるんだ。いつでも会えるし、きっとあの子は会いにくる。シェイファーのことが、大好きだからな」
「……そうね。ふふ」

 〝姉様!〟と言いながら元気に家に飛び込んでくるララの姿が、容易に想像できた。
 私はララが大好きで、ララも私を大好きでいてくれる。これはずっと変わらないわ。
 そこに思考がたどり着くと、驚くほどに悲しかった気持ちが抜けていた。
 温かいお茶が、心を温めてくれる。

「ありがとう、ガイア」
「俺は、なにも?」

 私は目の前の愛しい人に笑みを向けた。
 やっぱり、昔からこの人が大好き。
 常に安心感を与えてくれる、ガイアが。

「私の初恋が、あなたでよかった」
「俺の初恋もシェイファーだ」
「本当に?」
「本当だ」

 お茶を飲み終えたガイアが、私のそばに来て……

「ひゃん?!」
「かわいいな、シェイファーは」

 耳を、耳をチロチロ……!
 もう、本当に毎回いきなりすぎるわ……!

「大好きだ。早くなにもかもを手に入れたい」

 なにもかも? それって……もしかして、あのこと?
 嬉しいけれど、心の準備がまったくできていなくて、心臓がばくばく音を立てる。

「あの、でも結婚もまだだし……」
「そんな人の作ったシステムなんか、ここでは気にしなくていい。けど、心が決まらないなら待つ」
「んんっ」

 そんな、チロチロしながら言われても、説得力が……!

「好きだ、シェイファー。愛してる」
「あ、私も……」
「だったら、俺にもしてくれないか……?」

 ガイアの切なそうな顔。
 そうだわ、顔にチロチロするのは婚約者や夫婦の特権……つまり、単なる挨拶ではなくて愛情表現ということ。
 私がされるばかりじゃ、ガイアが不安になるのも当然よね。
 私は自分からガイアの頬に近づいて、舌を……


 ……



 …………



 ……………



 え、無理ッッ!!!!
 ハードル高すぎじゃない?! なんなのチロチロって!!

「……して、くれないんだな」

 待って、すっごく悲しそうな顔してる。
 落ち込ませてしまったけれど、チロチロは……慣れるまで、やれそうにないのよ。文化の違い。

「あの、それはまだ今の私には無理だけど……キスなら……」

 キスも自分からするだなんて恥ずかしいけど、チロチロよりはまだできるはず。
 喜んでくれるかと思ったら、ガイアは目を広げて驚いている。え、どうして?

「キスをするだなんて、シェイファーはエッチだな」

 真顔で言われた!

 いえ、ガイアしてたわよね?!
 ハルヴァン王国で、各国の主要が見ている中で!!
 というか、チロチロの方がよっぽどエッチだと思うのだけど?! 価値観!!

「し、しない方がいい?」
「いや、されたい」

 意外と欲望に忠実なのね、ガイアって……
 うう、恥ずかしいけれど……

「じゃあ……」

 正面から見ると、ガイアの嬉しそうな顔が目に入る。

「す、するわね?」
「ああ」
「は、恥ずかしいから、目を瞑ってくれる?」
「エッチだな」
「も、もう、違うったら!」

 ガイアはクスクス笑いながらも目を瞑ってくれた。
 私はその唇の上に、そっと自分の唇を重ねる。

 すべすべしてて、柔らかい。

 秒にも満たない、一瞬の触れ合い。
 だけど、脳は痺れて溶けてしまいそうになる。
 ガイアは輝く金色の虹彩と黒く美しい瞳で、嬉しそうに笑っていた。

 異種族同士でも、お互いに文化を理解しようという気持ちさえあれば、きっとうまくやっていける。
 私は、ガイアの本気のチロチロを受け入れながら、そう思った。

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