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王子に溺愛されています。むしろ私が溺愛したいのですが、身分差がそれを許してくれそうにありません?
後編
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*王子17歳・春。断固。*
「アリサ、僕は来年十八歳になる」
「そうですね」
「そうしたら、僕と結婚してほしい」
はい? いきなりなにを言ってるんですか?
「はい? いきなりなにを言ってるんですか?」
あまりのことに、心の声がそのまま漏れてしまいました。
いえ、そんな傷ついた顔をされましても。
「アリサと結婚したいと……」
「え、どう考えても無理ですが」
家柄的にも、年齢的にも釣り合わないですし。
というか、どうしてそんなことをいきなり言い出したんでしょう。
「どうしてもだめ?」
「王子と結婚なんて、百パーセントありえません」
「百パーセント……」
オースティン様と結婚すれば将来は王妃……むりむり、無理すぎます!
私なんかよりもっとふさわしい御令嬢はたくさんいるというのに、私で手を打とうとなどとは安易過ぎますよ!
ここは可哀想でも厳しく言わなくては。
「私は、オースティン様との結婚など、断固拒否いたします!」
「断固……拒否……」
ふらふらしながら部屋を出て行かれましたが、大丈夫でしょうか。
あ、頭をぶつけてますね。
*王子17歳・夏。話。*
「春先から、ずっと殿下が腑抜けているんですが、理由をご存知ですか?」
「そうなんですよ、クレイグ様。もしかしたら……あの時のことが原因でしょうか」
「あの時?」
私はクレイグ様に、断固拒否した話をしておきました。それが原因とは限らなかったけれど。
「それが原因です!」
断定されました。
「やっぱりそうだったんですね。なんかあの時から、様子が変だなぁとは思っていたんです」
「いや、あの……失礼ですが、お気付きでない……?」
「なにをです?」
「殿下がアリサ殿のことを……ごほん。いえ、なんでもありません」
「言いかけて、なんですか」
「本人に聞くべきですよ。それでは」
クレイグさん……なんだかかっこよさげに去って行きましたが、社会の窓が全開でした。
教えるべきだったでしょうか。
*話のあと。*
「オースティン様、ずっと元気がないのは、私が結婚を断固拒否したせいでしょうか」
「いや……うん、そう」
大当たりでした。私のせいのようです。
でもなぜ落ち込む必要があるのかがわかりません。
「どうしてですか?」
「どうしてって……普通、好きな人に振られたら、落ち込むよ」
「王子、好きな人に振られたんですか?! それで私なんかで手を打とうとしていたんですね!?」
好きな人に振られた挙句、妥協した私にまで拒否されるとは思っていなくて、あんなに落ち込んでしまったんでしょう。
納 得 し ま し た !
「や、アリサ、なんか一人ですごい納得してるけど、間違ってるからね?」
「えっ、どこがですか?!」
「全部」
全 否 定 さ れ ま し た 。
*話のあとのあと。*
「僕が好きなのは、アリサだよ」
「…………………………………………はい?」
「たっぷり十秒は固まったね。僕の気持ち、ぜんっぜん伝わってなかったのか。泣きそうだよ」
いえ、だって、そんなこと一言も……
「からかってます?」
「真剣」
「いつからです?」
「会った時から」
「王子が五歳でしたよ?!」
「五歳の時からだよ」
いやもう……冗談としか思えないです。
「本気じゃなきゃ、わざわざラウリル公国まで月見草祭りに行ったりしないよ。それだけ僕は真剣だった」
「それだけ本気だったなら、キスする前に教えてくださるべきだったと思いますが?!」
「ご、ごめん、あの時は……いっぱいいっぱいで」
紅葉するように顔を赤らめるオースティン様。
私もなんだか胸がいっぱいになってきました。
「僕の気持ちが伝わったなら、改めて言うよ。来年の春、僕と結婚してほしい」
「え、無理です」
「なんでだよぉおおおおおおおーーーーーーーーッッッツツ!!!!」
王子の叫声が城中に響き渡りました。
気持ちは嬉しいですが、それはそれ、これはこれですから!
*王子17歳・秋。溺愛。*
「アリサ、おいで。耳かきしてあげるよ」
「美味しいお菓子を取り寄せたんだ。一緒に食べよう」
「どこか行きたいところがあれば連れて行ってあげるよ」
「僕の膝の上に座って」
「撫でてあげる」
「このドレスをプレゼントするよ」
……ッハ! つい全部甘えてしまっているんですけど?!
もう、思いを告白されたあの日から、オースティン様の溺愛っぷりが凄まじすぎます……!
嬉しいんですが、嬉しいんですがー!
私も同じことをしてあげたいのに、好きになったと思われると困るからできないのです!
もうもう、王子が可愛くて可愛くて!
…………
そして、愛おしくて。
はぁ。相手は十歳も年下の王子だというのに。
告白されて、溺愛されて、ころっといってしまうなんて……大人失格です。情けない。
でもあの笑顔を見ただけで、私はもう……っ!
ああーー今も私は彼の腕の中ーー!!
「アリサ、好きだよ。結婚しよう?」
「耳元でそれ囁くの、禁止ですー!」
「えー、なんでー」
抗えなくなるからです!!
*王子17歳・冬。諦めない男。*
「もう少しで春がくる。そうすれば、僕は十八歳だ」
「そうですね……」
「結婚できる年齢だ」
「そうですね……」
「結婚しよう、アリサ!」
諦めない男、オースティン様……!!
そんなあなたが好きですけれども……!!
あなたが十八になるということは、私は二十八になるということなのです。
こんな婚期を過ぎた女しか娶れない王子だと諸外国に思われては、オースティン様のためにはならないのです……!
「アリサ……どうしたら僕と結婚してくれる?」
どうしたらと言われてましても……そうだ、結婚できないような条件を出せばいいんですね!
「では、クレイグ様と剣の勝負で勝つことができれば、私はオースティン様と結婚することにいたします」
「クレイグとの勝負に?」
複雑な顔をしていらっしゃいます。
クレイグ様は騎士団内でもトップクラスと聞きますので、きっと諦め──
「わかった! クレイグを負かしたら、絶対に僕と結婚してもらうよ!」
諦めない男、オースティン様──!!
*王子18歳・春。果てない挑戦。*
「はぁっ、はぁっ………!! くそ、また負けた!!」
ガチャンと苛立たしげに模擬剣を投げつけるオースティン様。
「無駄な動きが多いですよ、殿下。だからすぐスタミナ切れを起こす」
「っく。走ってくる!」
「お気をつけてー」
走って行ったオースティン様を見送ると、クレイグ様が私の方にこられた。
「どうしたんですか、殿下は。最近、やたらと勝負を挑まれるんですけど」
「実は……」
理由を話すと、クレイグ様は「ふむ」と顎に手を乗せて擦っています。
「それ、期限はあるんですか?」
「特に王子とは取り決めしていませんが、陛下は三十代になった女を王子の伴侶とは認めないと思います。だから、どうか私が三十歳になるまではクレイグ様に勝ち続けてほしいんです」
「あと二年か。アリサ殿が三十歳……俺は三十三だな」
「勝ち続けられますか?」
「問題ない。ただ、俺にも条件があります」
条件?
それを飲まなければ、わざと王子に負けるということでしょうか。それは困ります。
「なんでしょう?」
「アリサ殿が三十歳になるまで俺が勝ち続けることができれば、俺と結婚していただきたい」
な、なんてことでしょう………!
クレイグ様の社会の窓が、全開です!!
*王子18歳・夏。ケロっと。*
「くそ……っ! 勝てない!!」
「はぁ、はぁ……そうやすやすと勝たせませんよ。こっちもアリサ殿との結婚がかかってるんだ」
「なに?」
あ、クレイグ様、言っちゃいました。
あまり、オースティン様には知られたくなかったのですが。
王子に詰め寄られたクレイグさんは、ケロッとしゃべっています。
まぁ隠していても仕方ないのですけど。
すべてを聞いたオースティン様が、私の方へと歩いてきました。
「アリサが三十歳になるまでだって?」
「……はい」
「聞いてない!!!!」
オースティン様の怒りが、私の胸を引き裂くようで痛いです……。
「どちらにしろ、私が三十を越えれば陛下は結婚をお許しになりませんから」
「それは、そうだけど……!」
王子は一瞬顔を歪めたけれど、すぐに私を向いて。
「絶対、二年以内に勝つから。覚悟しておいて」
「オースティン様……」
「アリサは、僕の嫁だから!!」
あぁ、もう……。
決心が揺らいでしまうから、やめてください……!!
*王子18歳・秋。真似。*
オースティン様は、クレイグ様にずっと勝てていません。
それもそのはず、クレイグ様は訓練が仕事だけれど、オースティン様はご公務の合間に鍛錬しているだけなのですから。
だから、落ち込む必要なんてないんです……そう言いたいけれど、言えませんでした。
私が言い出したこととはいえ、胸が苦しいです。
「くそ、クレイグの盗めるところは全部盗んだ……! どうして勝てないんだ……!」
悔しそうな王子。
こんな勝負でなければ、お慰めもするのですが……。
「もう、クレイグの全てを真似るしかない!! こうなったら社会の窓を全開に──」
「それだけは真似ないでくださいーー!!」
必 死 で 止 め ま し た 。
*王子19歳・秋。誕生日。*
今日は私の二十九歳の誕生日。
まだクレイグ様に勝てないオースティン様は、部屋で二人きりの時間、私の手を握られた。
「あと、一年しかないのか……」
「……王子……」
「ずっとつけてくれているね、これ……」
薬指につけられた、トパーズの指輪を見ながらオースティン様はおっしゃった。
「前に外すと、怒られましたから。それに私の大切な宝物ですし」
「それでも、残り一年で僕が勝てなければ、その指輪は外すんだよね」
私は、なんて答えていいのかわからずに、口を閉ざしました。
おそらくはそうなるでしょう。
クレイグ様との結婚が決まった時には、この指輪は外さなければならなくなりますから……。
「外しても、ちゃんと大切に保管しておきます」
「…………うん…………っ」
オースティン様の目から、大粒の涙が……。
もう勝てないと思っているのでしょうか。
おそらく、戦っている王子が一番実力差をわかっているんでしょう。
「王子……」
「アリサ……好きだ……」
「はい……、ありがとう、ございます……っ」
私のこれは、もらい泣きですから……。
*王子20歳・春。雄叫び。*
カシャン、と模擬剣が落ちた。
クレイグ様の、剣が。
「ハァ、ハァ……! 勝っ……た……」
オースティン様が……オースティン様が、勝たれました!!
「くそっ、ここまできて……っ」
クレイグ様が悔しそうに大地を拳で殴っています。
本当に、本当に実力でオースティン様が勝ってしまいました……! すごいです!!
「僕の嫁ぇぇえええーーーー!!!!」
そうなりますけども!!
どんな雄叫びですかーーー!!
「嫁ぇぇぇええーーーーー~~~~~ん……」
泣かないでください!
もう……好きです、オースティン様!
*王子20歳・夏。結婚。*
約束通り、結婚することになりました。
けど身分差もあるし、年齢のこともあるし、すんなり結婚とはいかないと思っていたんですが。
実は養父にはかなり前から陞爵の話が出ていたのに、『もっと功績を上げてからでないとふさわしくありません!』とずっと辞退されていたようです。
今回、私の結婚のことを養父に話すと、さっくりと伯爵から侯爵に爵位をあげてもらっていました。
養父との血のつながりはないし、私自身に爵位があるわけじゃないけどそれでも良いのかと尋ねましたが、どうやら問題ないようです。
結婚は家と家のつながりなので、ベテラン敏腕宰相の家との繋がりが強くなるならと、陛下も大喜びしてくださいました。
私の年齢には目を瞑ってもらえたようです。
というわけで、さくっと結婚できました!!
そして今は夏!! 暑いのでみなさんで泳ぎに来ています!
「クレイグ、筋力が衰えてきてんじゃない?」
「馬鹿言わないでくださいよ。王子よりよっぽどいい体に決まってるじゃないですか!」
「じゃあ聞いてみようよ。アリサ! 僕とクレイグ、どっちがいい?!」
「俺ですよね、アリサ殿! じゃなくて妃殿下!」
「僕だよね、アリサ!」
どっちがいいなんて、そんなこと、わかりきっていると思いませんか?
「オースティン様がいいです」
私がそう言うと、自己顕示欲の満たされたオースティン様が、夏の太陽よりも輝くような笑顔になりました。
「妃殿下! 俺の筋肉のどこが悪いんですか?!」
「筋肉で決めてません」
「逆に僕の筋肉のどこが良かったの?!」
「筋肉で決めてませんってば」
どこか不満げな二人の顔を見て、私は笑って。
「私はオースティン様の、すべてが大好きですから!」
そう、高らかに宣言します。
宝石のついた指輪が、太陽の光を受けてキラキラと輝いていました。
「アリサ、僕は来年十八歳になる」
「そうですね」
「そうしたら、僕と結婚してほしい」
はい? いきなりなにを言ってるんですか?
「はい? いきなりなにを言ってるんですか?」
あまりのことに、心の声がそのまま漏れてしまいました。
いえ、そんな傷ついた顔をされましても。
「アリサと結婚したいと……」
「え、どう考えても無理ですが」
家柄的にも、年齢的にも釣り合わないですし。
というか、どうしてそんなことをいきなり言い出したんでしょう。
「どうしてもだめ?」
「王子と結婚なんて、百パーセントありえません」
「百パーセント……」
オースティン様と結婚すれば将来は王妃……むりむり、無理すぎます!
私なんかよりもっとふさわしい御令嬢はたくさんいるというのに、私で手を打とうとなどとは安易過ぎますよ!
ここは可哀想でも厳しく言わなくては。
「私は、オースティン様との結婚など、断固拒否いたします!」
「断固……拒否……」
ふらふらしながら部屋を出て行かれましたが、大丈夫でしょうか。
あ、頭をぶつけてますね。
*王子17歳・夏。話。*
「春先から、ずっと殿下が腑抜けているんですが、理由をご存知ですか?」
「そうなんですよ、クレイグ様。もしかしたら……あの時のことが原因でしょうか」
「あの時?」
私はクレイグ様に、断固拒否した話をしておきました。それが原因とは限らなかったけれど。
「それが原因です!」
断定されました。
「やっぱりそうだったんですね。なんかあの時から、様子が変だなぁとは思っていたんです」
「いや、あの……失礼ですが、お気付きでない……?」
「なにをです?」
「殿下がアリサ殿のことを……ごほん。いえ、なんでもありません」
「言いかけて、なんですか」
「本人に聞くべきですよ。それでは」
クレイグさん……なんだかかっこよさげに去って行きましたが、社会の窓が全開でした。
教えるべきだったでしょうか。
*話のあと。*
「オースティン様、ずっと元気がないのは、私が結婚を断固拒否したせいでしょうか」
「いや……うん、そう」
大当たりでした。私のせいのようです。
でもなぜ落ち込む必要があるのかがわかりません。
「どうしてですか?」
「どうしてって……普通、好きな人に振られたら、落ち込むよ」
「王子、好きな人に振られたんですか?! それで私なんかで手を打とうとしていたんですね!?」
好きな人に振られた挙句、妥協した私にまで拒否されるとは思っていなくて、あんなに落ち込んでしまったんでしょう。
納 得 し ま し た !
「や、アリサ、なんか一人ですごい納得してるけど、間違ってるからね?」
「えっ、どこがですか?!」
「全部」
全 否 定 さ れ ま し た 。
*話のあとのあと。*
「僕が好きなのは、アリサだよ」
「…………………………………………はい?」
「たっぷり十秒は固まったね。僕の気持ち、ぜんっぜん伝わってなかったのか。泣きそうだよ」
いえ、だって、そんなこと一言も……
「からかってます?」
「真剣」
「いつからです?」
「会った時から」
「王子が五歳でしたよ?!」
「五歳の時からだよ」
いやもう……冗談としか思えないです。
「本気じゃなきゃ、わざわざラウリル公国まで月見草祭りに行ったりしないよ。それだけ僕は真剣だった」
「それだけ本気だったなら、キスする前に教えてくださるべきだったと思いますが?!」
「ご、ごめん、あの時は……いっぱいいっぱいで」
紅葉するように顔を赤らめるオースティン様。
私もなんだか胸がいっぱいになってきました。
「僕の気持ちが伝わったなら、改めて言うよ。来年の春、僕と結婚してほしい」
「え、無理です」
「なんでだよぉおおおおおおおーーーーーーーーッッッツツ!!!!」
王子の叫声が城中に響き渡りました。
気持ちは嬉しいですが、それはそれ、これはこれですから!
*王子17歳・秋。溺愛。*
「アリサ、おいで。耳かきしてあげるよ」
「美味しいお菓子を取り寄せたんだ。一緒に食べよう」
「どこか行きたいところがあれば連れて行ってあげるよ」
「僕の膝の上に座って」
「撫でてあげる」
「このドレスをプレゼントするよ」
……ッハ! つい全部甘えてしまっているんですけど?!
もう、思いを告白されたあの日から、オースティン様の溺愛っぷりが凄まじすぎます……!
嬉しいんですが、嬉しいんですがー!
私も同じことをしてあげたいのに、好きになったと思われると困るからできないのです!
もうもう、王子が可愛くて可愛くて!
…………
そして、愛おしくて。
はぁ。相手は十歳も年下の王子だというのに。
告白されて、溺愛されて、ころっといってしまうなんて……大人失格です。情けない。
でもあの笑顔を見ただけで、私はもう……っ!
ああーー今も私は彼の腕の中ーー!!
「アリサ、好きだよ。結婚しよう?」
「耳元でそれ囁くの、禁止ですー!」
「えー、なんでー」
抗えなくなるからです!!
*王子17歳・冬。諦めない男。*
「もう少しで春がくる。そうすれば、僕は十八歳だ」
「そうですね……」
「結婚できる年齢だ」
「そうですね……」
「結婚しよう、アリサ!」
諦めない男、オースティン様……!!
そんなあなたが好きですけれども……!!
あなたが十八になるということは、私は二十八になるということなのです。
こんな婚期を過ぎた女しか娶れない王子だと諸外国に思われては、オースティン様のためにはならないのです……!
「アリサ……どうしたら僕と結婚してくれる?」
どうしたらと言われてましても……そうだ、結婚できないような条件を出せばいいんですね!
「では、クレイグ様と剣の勝負で勝つことができれば、私はオースティン様と結婚することにいたします」
「クレイグとの勝負に?」
複雑な顔をしていらっしゃいます。
クレイグ様は騎士団内でもトップクラスと聞きますので、きっと諦め──
「わかった! クレイグを負かしたら、絶対に僕と結婚してもらうよ!」
諦めない男、オースティン様──!!
*王子18歳・春。果てない挑戦。*
「はぁっ、はぁっ………!! くそ、また負けた!!」
ガチャンと苛立たしげに模擬剣を投げつけるオースティン様。
「無駄な動きが多いですよ、殿下。だからすぐスタミナ切れを起こす」
「っく。走ってくる!」
「お気をつけてー」
走って行ったオースティン様を見送ると、クレイグ様が私の方にこられた。
「どうしたんですか、殿下は。最近、やたらと勝負を挑まれるんですけど」
「実は……」
理由を話すと、クレイグ様は「ふむ」と顎に手を乗せて擦っています。
「それ、期限はあるんですか?」
「特に王子とは取り決めしていませんが、陛下は三十代になった女を王子の伴侶とは認めないと思います。だから、どうか私が三十歳になるまではクレイグ様に勝ち続けてほしいんです」
「あと二年か。アリサ殿が三十歳……俺は三十三だな」
「勝ち続けられますか?」
「問題ない。ただ、俺にも条件があります」
条件?
それを飲まなければ、わざと王子に負けるということでしょうか。それは困ります。
「なんでしょう?」
「アリサ殿が三十歳になるまで俺が勝ち続けることができれば、俺と結婚していただきたい」
な、なんてことでしょう………!
クレイグ様の社会の窓が、全開です!!
*王子18歳・夏。ケロっと。*
「くそ……っ! 勝てない!!」
「はぁ、はぁ……そうやすやすと勝たせませんよ。こっちもアリサ殿との結婚がかかってるんだ」
「なに?」
あ、クレイグ様、言っちゃいました。
あまり、オースティン様には知られたくなかったのですが。
王子に詰め寄られたクレイグさんは、ケロッとしゃべっています。
まぁ隠していても仕方ないのですけど。
すべてを聞いたオースティン様が、私の方へと歩いてきました。
「アリサが三十歳になるまでだって?」
「……はい」
「聞いてない!!!!」
オースティン様の怒りが、私の胸を引き裂くようで痛いです……。
「どちらにしろ、私が三十を越えれば陛下は結婚をお許しになりませんから」
「それは、そうだけど……!」
王子は一瞬顔を歪めたけれど、すぐに私を向いて。
「絶対、二年以内に勝つから。覚悟しておいて」
「オースティン様……」
「アリサは、僕の嫁だから!!」
あぁ、もう……。
決心が揺らいでしまうから、やめてください……!!
*王子18歳・秋。真似。*
オースティン様は、クレイグ様にずっと勝てていません。
それもそのはず、クレイグ様は訓練が仕事だけれど、オースティン様はご公務の合間に鍛錬しているだけなのですから。
だから、落ち込む必要なんてないんです……そう言いたいけれど、言えませんでした。
私が言い出したこととはいえ、胸が苦しいです。
「くそ、クレイグの盗めるところは全部盗んだ……! どうして勝てないんだ……!」
悔しそうな王子。
こんな勝負でなければ、お慰めもするのですが……。
「もう、クレイグの全てを真似るしかない!! こうなったら社会の窓を全開に──」
「それだけは真似ないでくださいーー!!」
必 死 で 止 め ま し た 。
*王子19歳・秋。誕生日。*
今日は私の二十九歳の誕生日。
まだクレイグ様に勝てないオースティン様は、部屋で二人きりの時間、私の手を握られた。
「あと、一年しかないのか……」
「……王子……」
「ずっとつけてくれているね、これ……」
薬指につけられた、トパーズの指輪を見ながらオースティン様はおっしゃった。
「前に外すと、怒られましたから。それに私の大切な宝物ですし」
「それでも、残り一年で僕が勝てなければ、その指輪は外すんだよね」
私は、なんて答えていいのかわからずに、口を閉ざしました。
おそらくはそうなるでしょう。
クレイグ様との結婚が決まった時には、この指輪は外さなければならなくなりますから……。
「外しても、ちゃんと大切に保管しておきます」
「…………うん…………っ」
オースティン様の目から、大粒の涙が……。
もう勝てないと思っているのでしょうか。
おそらく、戦っている王子が一番実力差をわかっているんでしょう。
「王子……」
「アリサ……好きだ……」
「はい……、ありがとう、ございます……っ」
私のこれは、もらい泣きですから……。
*王子20歳・春。雄叫び。*
カシャン、と模擬剣が落ちた。
クレイグ様の、剣が。
「ハァ、ハァ……! 勝っ……た……」
オースティン様が……オースティン様が、勝たれました!!
「くそっ、ここまできて……っ」
クレイグ様が悔しそうに大地を拳で殴っています。
本当に、本当に実力でオースティン様が勝ってしまいました……! すごいです!!
「僕の嫁ぇぇえええーーーー!!!!」
そうなりますけども!!
どんな雄叫びですかーーー!!
「嫁ぇぇぇええーーーーー~~~~~ん……」
泣かないでください!
もう……好きです、オースティン様!
*王子20歳・夏。結婚。*
約束通り、結婚することになりました。
けど身分差もあるし、年齢のこともあるし、すんなり結婚とはいかないと思っていたんですが。
実は養父にはかなり前から陞爵の話が出ていたのに、『もっと功績を上げてからでないとふさわしくありません!』とずっと辞退されていたようです。
今回、私の結婚のことを養父に話すと、さっくりと伯爵から侯爵に爵位をあげてもらっていました。
養父との血のつながりはないし、私自身に爵位があるわけじゃないけどそれでも良いのかと尋ねましたが、どうやら問題ないようです。
結婚は家と家のつながりなので、ベテラン敏腕宰相の家との繋がりが強くなるならと、陛下も大喜びしてくださいました。
私の年齢には目を瞑ってもらえたようです。
というわけで、さくっと結婚できました!!
そして今は夏!! 暑いのでみなさんで泳ぎに来ています!
「クレイグ、筋力が衰えてきてんじゃない?」
「馬鹿言わないでくださいよ。王子よりよっぽどいい体に決まってるじゃないですか!」
「じゃあ聞いてみようよ。アリサ! 僕とクレイグ、どっちがいい?!」
「俺ですよね、アリサ殿! じゃなくて妃殿下!」
「僕だよね、アリサ!」
どっちがいいなんて、そんなこと、わかりきっていると思いませんか?
「オースティン様がいいです」
私がそう言うと、自己顕示欲の満たされたオースティン様が、夏の太陽よりも輝くような笑顔になりました。
「妃殿下! 俺の筋肉のどこが悪いんですか?!」
「筋肉で決めてません」
「逆に僕の筋肉のどこが良かったの?!」
「筋肉で決めてませんってば」
どこか不満げな二人の顔を見て、私は笑って。
「私はオースティン様の、すべてが大好きですから!」
そう、高らかに宣言します。
宝石のついた指輪が、太陽の光を受けてキラキラと輝いていました。
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