【異世界恋愛】あなたを忘れるべきかしら?

長岡更紗

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アリシア編

17.見てしまっているわけね

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「このご遺体、シウリス様やアンナには……?」
「この状態では見せておりません」
「……そう」
「けれど、ルナリア様に蘇生術を施している最中、アリシア様のご息女も部屋に入ってシウリス様を宥めていましたから……」
「その時には、見てしまっているわけね」
「はい、申し訳ございません……」

 アリシアは、シウリスの涙を思い出して胸が痛くなる。アリシアは親を亡くす悲しみはわかっているが、その死はジャンを救い、多くの子どもの命を救った誇らしい死であった。
 シウリスは、すべてを嘆いていた母親を、自分の手で殺してしまったのだ。アリシアが両親を失った悲しみとは意味が違う。なんと声をかけていいものかわからなかったが、話をしないわけにいかない。
 アリシアはシウリスの怒号のような泣き声が聞こえる部屋に戻ってきた。アンナがシウリスに触れようとし、すべてを拒否されなにもできず、ただおろおろとシウリスの様子を見守っていた。

「シウリス様……」
「うああああーーーー!!!! ああああああーーーーッツ!!」
「シウリス様!!」

 アリシアは、シウリスを力づくで抱きしめた。シウリスの暴れる力は凄まじく、アリシアは全力で抱きしめて抑えつける。

「落ち着いてください……落ち着いてください、シウリス様!!」
「お母様ぁああ!! お母様ーーーッツ」
「……っ、シウリス様……!」

 彼の嘆きは、怒りだろうか。苦しみだろうか。アリシアには、それすらもわからない。
 部屋の物は床に散乱し、シウリスの両腕は傷を負っている。周りのものに当り散らしているだけで自傷の自覚はないだろうが、このままではマーディアの二の舞になりかねない。

「シウリス様、失礼いたします!」
「っぐ!?」

 アリシアはシウリスの鳩尾に拳を強引に決め、意識を落とさせた。シウリスの叫びは聞こえなくなり、それを見ていただけの侍女たちがホッと胸を撫で下ろしている。

「シウリス様……」
「アンナ、あなたも怪我を負ってるわね。大丈夫?」
「うん、私の傷なんかシウリス様に比べたら……」

 恐らく、シウリスを止めようと無茶をしたのだろう。しかし目に見える傷よりも、シウリスが自分を受け入れてくれなかったショックの方が、ありありと見て取れた。

「アンナ、シウリス様は一時的に混乱なさってるだけだから、気にしちゃだめよ」
「うん……」
「確か侍女に闇の魔法使いがいたわね? シウリス様に眠りの魔法をかけておいてちょうだい。レジストの高いシウリス様でも、意識のない今ならば効き目はあるわ。朝まで眠れば、少しは落ち着きを取り戻すでしょう」

 侍女の一人が眠りの魔法を掛け、意識のないシウリスを寝室へと運んでいく。残されたアリシアとアンナは、そっと互いの顔を見た。

「大変……だったわね、アンナ……」
「ううん、私なんか……」
「アンナ、悲しい時は泣いていいのよ」

 その言葉を受けて、しかしアンナは首を横に振った。悲しくないはずはない。身分差があるとはいえ、マーディアはアンナにとって第二の母親のような存在だったはずだ。そのマーディアが死に、シウリスが錯乱してアンナを拒否し、傷ついていないはずはない。

「泣きなさい、アンナ」
「できないわ。私が泣けば、シウリス様はもっと……」

 娘の顔を見て、アリシアは雷神を思い出す。アリシアの両親、フェルナンドとターシャが死んだ時の雷神の顔を。アリシアも当時、自分が泣けば雷神の死んだような目を、さらに悪化させてしまうと思って我慢したものだ。しかし一緒に泣くことで悲しみを共有し、癒し合えるということを経験から理解している。

「我慢する必要はないのよ、アンナ。明日はシウリス様と一緒に、泣いて差し上げなさい」

 アンナからの返事は、得られなかった。ただ苦しそうに悔しそうに、俯いていた。
 アリシアはそんなアンナを置いて、すぐに王都にとんぼ帰りすることになる。一刻も早く事態をレイナルドに伝えるためだ。
 王都に着いた頃にはすでに空は白んでいて、朝一での謁見を取り付ける。そしてレイナルドに、ハナイで見聞きしたすべてを話した。

「ルナリアが無事でよかったが……」

 さすがのレイナルド王も、大きな溜め息を吐いた。
 第一王女のラファエラが亡くなってから、一年も経たずに王妃マーディアが亡くなったのだ。その胸中はアリシアには計り知れない。

「いかがなさいますか?」
「そうだな……マーディアは、ラファエラを亡くしたことによる心身虚弱により死んだとでもするしかなかろう。その辺はこちらで医師と相談してから公表する。頭が陥没しているなら密葬にするしかなかろうな。遺体は誰にも見られぬようにこちらに運べ」
「っは。シウリス様はいかがいたしましょう」
「こちらに呼び戻す。いつまでもハナイに置いておくわけにはいくまい」
「御意」

 謁見の間を出ると、執務室に四人の部下を呼び寄せ、簡潔に説明した。そしてすぐにハナイに戻る旨を伝える。
 すると副官のルーシエが、心配顔で口を開いた。

「アリシア様は昨晩、一睡もしていないでしょう。私が代行いたします」
「いいえ、私が行きたいのよ。シウリス様も、私なら心を許してくれるかもしれないし、アンナのことも気になるもの。ルーシエは私の代わりにここをお願いするわ」
「俺が筆頭と一緒に行くよ。馬車で行かなきゃいけないんなら、行きの間だけでも寝られる」
「ありがとう、ジャン。そうさせてもらうわ」
「護衛が必要なら、俺も必要っすよね!」
「ええ、護衛はフラッシュにお願いするわ。マックスはルーシエの補佐をお願い」
「わかりました」

 こうして朝早く、また王都を出た。アリシアは馬車の中でうつらうつらとし始めるも、その振動で中々眠れそうにはない。

「アリシア筆頭」

 馬車の中を覗いてやってきたのは、ジャンだ。

「ジャン……あなた御者役でしょう」
「フラッシュが、行きは護衛の必要がないから暇だってさ。勝手に馬の手綱を持ってったよ」
「そう」
「眠れないなら膝でも貸すよ」
「あら、膝枕? いいわね。私、初めてしてもらうわ」
「ロクロウにもされたことないんだ」
「ええ、ないわね。そういえば。そういうことは、すごく恥ずかしがる人だったもの」

 そう言いながら、用意されたジャンの膝に頭を置く。頭への振動が軽減され、途端に眠気が襲ってきた。

(ロクロウは、いきなりキスをしたりすると、真っ赤になって怒ってたわね……ベッドの上であれだけしておきながら、不思議な人だったわ)

 アリシアは雷神を思い出して、クスリと笑った。笑っている場合ではないのだが、その温かい膝枕の上では、残酷な現実が封印されるかのように忘れられた。

「おやすみ、アリシア……」

 そう言ったのは、夢の中での雷神だったのか、それとも……
 アリシアは馬車の中で、優しく撫でられる夢を見ていた。
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