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アリシア編
59.ちょっと落ち着きましょうか
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怪我などなにもしていなかったが、この感覚は確かに回復魔法と同じものだ。
身体中のすべての汚れが洗い流されたようなそんな感覚を覚えて、アリシアはいつの間にか瞑っていた瞳をそっと開く。そして、目の前にいる少女を見据えた。
「あなたの、名前は?」
「……ルティーです」
それが、アリシアとルティーの出会いだった。アリシアはまだ幼い少女を見て、心を痛める。もちろん、誰であろうと心は痛んだであろう。しかしあまりに幼すぎる彼女を見て、アリシアはどうすべきか迷った。
「ルティー……あなたには、ストレイアの……高位医療班としての、名誉が……」
「アリシア様。彼女には今から、王宮の方に来ていただきましょう」
そう言葉を詰まらせながら説得に入る姿を見て、ルーシエがアリシアに素早く助け舟を出してくれる。
「……今から?」
「はい」
ルーシエの意図はわからなかったが、彼の意見に従って間違いだったことはない。皆が見ているこの場での説得はアリシアの気持ち的に難しいものだったので、ルーシエの言葉に従い王宮に戻ることにした。
ルティーが緊張の面持ちでアリシアについて来る。
「そんなに硬くならなくてもいいわ。今から向かうのは、私の執務室だから」
「は、はひ……」
「アリシア様。軍のトップであるあなたの部屋に行くのに、硬くなるなというのは無理な話かと」
「そう? 取って食べるわけじゃないんだけど」
体の小さなルティーはさらに体を小さくさせ、震えながら廊下を歩いている。
(これはまともに話ができるようになるまで、時間がかかるかもしれないわね)
そんな風に考えていると、廊下の向こうから髪にメッシュの入ったバンダナ男がやってきた。フラッシュである。
「あれ!? 筆頭!? 今日は休みじゃなかったんすか??」
「見ての通りよ。一仕事してきたわ」
「めちゃくちゃちっちゃいの連れてますね。かっわいー」
「ひ、ひぃっ」
フラッシュに覗かれ、ルティーは小さく悲鳴をあげた。メッシュの入った筋肉男に声をかけられて、怯えてしまったようだ。
「こらフラッシュ。脅さない!」
「へ? 俺、別に脅しては……」
「さっさとあっちに行きなさい。ッシッシ!」
ひでぇ、そんなの犬にも言わないくせに……とブツブツ言いながらも、フラッシュは事情を察したのか素直に立ち去ってくれた。が、ルティーの様子が変だ。今度はアリシアを見て怯えた瞳をしている。
「どうしたの、ルティー?」
「狂犬に見えたフラッシュを追い払ったアリシア様が、今度は狼に見えているんですよ」
「あ、あらぁ~……」
ますます萎縮してしまったルティーの手を取ろうとすると、ルーシエの影に隠れてしまった。前途多難という言葉が脳裏に浮かぶ。
「嫌われちゃったかしら……」
「アリシア様のいつもの姿を見ていただければ、すぐに打ち解けてくれます。なので普段通りにお過ごし下さい」
「普段通り? 難しいわね」
視線を斜め下に泳がせながら、眉間に皺を寄せる。いつも通りと言われると、部下や兵たちを叱責することもある。そんな姿を見せては余計に怯えさせてしまいそうだ。
「ここが私の執務室よ。入ってちょうだい」
「ひ、はひぃ……」
ガッチガチのルティーが、右手と右足を同時に出しながら中へと進んだ。これはどうしたものだろうかと、アリシアは頭を悩ませる。
「ではアリシア様、後はよろしくお願いします」
「え!? 一緒に説得は!?」
「お任せいたします。私は他にやるべきことがありますので」
「ちょっとぉ、ルーシエ!」
「あわわわわわわ……」
「では失礼したします」
ルーシエはアリシアの気持ちも顧みず、無情にも出ていってしまった。残されたのは、ルーシエに任せようという思惑が叶わなかったアリシアと、狼と二人っきりにされてあわあわ言っているルティーだけだ。
「あ、あのね、ルティー」
「はひぃいっ」
「えっと……ちょっと落ち着きましょうか。なにか飲む? ホットレモンなんてどう?」
「いえ、けけけ結構です! おおおおかまいまく……」
アリシアは、どうすべきかわからず固まってしまった。敵に恐れられることはあっても、子どもにここまで恐れられたのは初めてだ。結構なショックがアリシアを襲う。せめてルーシエがいれば、場の雰囲気も変わったのだろうが。
「……ルティー、ちょっと待っててくれる? すぐに戻るわ」
ルティーはコクコクと震えながら頭を何度も振った。それを確認し、アリシアは誰に緩衝材になってもらおうか考えながら、部屋を出たのだった。
身体中のすべての汚れが洗い流されたようなそんな感覚を覚えて、アリシアはいつの間にか瞑っていた瞳をそっと開く。そして、目の前にいる少女を見据えた。
「あなたの、名前は?」
「……ルティーです」
それが、アリシアとルティーの出会いだった。アリシアはまだ幼い少女を見て、心を痛める。もちろん、誰であろうと心は痛んだであろう。しかしあまりに幼すぎる彼女を見て、アリシアはどうすべきか迷った。
「ルティー……あなたには、ストレイアの……高位医療班としての、名誉が……」
「アリシア様。彼女には今から、王宮の方に来ていただきましょう」
そう言葉を詰まらせながら説得に入る姿を見て、ルーシエがアリシアに素早く助け舟を出してくれる。
「……今から?」
「はい」
ルーシエの意図はわからなかったが、彼の意見に従って間違いだったことはない。皆が見ているこの場での説得はアリシアの気持ち的に難しいものだったので、ルーシエの言葉に従い王宮に戻ることにした。
ルティーが緊張の面持ちでアリシアについて来る。
「そんなに硬くならなくてもいいわ。今から向かうのは、私の執務室だから」
「は、はひ……」
「アリシア様。軍のトップであるあなたの部屋に行くのに、硬くなるなというのは無理な話かと」
「そう? 取って食べるわけじゃないんだけど」
体の小さなルティーはさらに体を小さくさせ、震えながら廊下を歩いている。
(これはまともに話ができるようになるまで、時間がかかるかもしれないわね)
そんな風に考えていると、廊下の向こうから髪にメッシュの入ったバンダナ男がやってきた。フラッシュである。
「あれ!? 筆頭!? 今日は休みじゃなかったんすか??」
「見ての通りよ。一仕事してきたわ」
「めちゃくちゃちっちゃいの連れてますね。かっわいー」
「ひ、ひぃっ」
フラッシュに覗かれ、ルティーは小さく悲鳴をあげた。メッシュの入った筋肉男に声をかけられて、怯えてしまったようだ。
「こらフラッシュ。脅さない!」
「へ? 俺、別に脅しては……」
「さっさとあっちに行きなさい。ッシッシ!」
ひでぇ、そんなの犬にも言わないくせに……とブツブツ言いながらも、フラッシュは事情を察したのか素直に立ち去ってくれた。が、ルティーの様子が変だ。今度はアリシアを見て怯えた瞳をしている。
「どうしたの、ルティー?」
「狂犬に見えたフラッシュを追い払ったアリシア様が、今度は狼に見えているんですよ」
「あ、あらぁ~……」
ますます萎縮してしまったルティーの手を取ろうとすると、ルーシエの影に隠れてしまった。前途多難という言葉が脳裏に浮かぶ。
「嫌われちゃったかしら……」
「アリシア様のいつもの姿を見ていただければ、すぐに打ち解けてくれます。なので普段通りにお過ごし下さい」
「普段通り? 難しいわね」
視線を斜め下に泳がせながら、眉間に皺を寄せる。いつも通りと言われると、部下や兵たちを叱責することもある。そんな姿を見せては余計に怯えさせてしまいそうだ。
「ここが私の執務室よ。入ってちょうだい」
「ひ、はひぃ……」
ガッチガチのルティーが、右手と右足を同時に出しながら中へと進んだ。これはどうしたものだろうかと、アリシアは頭を悩ませる。
「ではアリシア様、後はよろしくお願いします」
「え!? 一緒に説得は!?」
「お任せいたします。私は他にやるべきことがありますので」
「ちょっとぉ、ルーシエ!」
「あわわわわわわ……」
「では失礼したします」
ルーシエはアリシアの気持ちも顧みず、無情にも出ていってしまった。残されたのは、ルーシエに任せようという思惑が叶わなかったアリシアと、狼と二人っきりにされてあわあわ言っているルティーだけだ。
「あ、あのね、ルティー」
「はひぃいっ」
「えっと……ちょっと落ち着きましょうか。なにか飲む? ホットレモンなんてどう?」
「いえ、けけけ結構です! おおおおかまいまく……」
アリシアは、どうすべきかわからず固まってしまった。敵に恐れられることはあっても、子どもにここまで恐れられたのは初めてだ。結構なショックがアリシアを襲う。せめてルーシエがいれば、場の雰囲気も変わったのだろうが。
「……ルティー、ちょっと待っててくれる? すぐに戻るわ」
ルティーはコクコクと震えながら頭を何度も振った。それを確認し、アリシアは誰に緩衝材になってもらおうか考えながら、部屋を出たのだった。
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