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03.助けて

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 イアン様の非番の日に、私は買い物に付き合ってほしいと頼まれた。
 妹として見ようと努力してくれているのね。
 来月の誕生日に、アクセサリーを渡したい女性がいるのだって。胸が押しつぶされそうだったけど、一緒に買い物をした。
 イアン様が選んだのは、素敵なカメオで。
 もし、もしもその女性がプレゼントを拒否したら、私にくださいってお願いした。
 だって、私も来月が誕生日。どうしてもなにか欲しかったんだもの。
 イアン様は「助かるよ」って笑ってくれたけど、本当は困っていたかもしれないわね。


 買い物をした翌月には、王宮主催の社交界があった。
 婚約者のいない独身で貴族の男女が集まる、お見合いのようなもの。
 兄様もイアン様も独身だけど、警備の責任者だそうで不参加。
「キカには気になる人がいるのか?」と聞かれて、思わず「ニッケル」と呟いてしまったけれど……。

 そう、この社交界にはあの男も来ている。
 ニッケルにとって、この社交場は狩り・・をする絶好の場所のはずなのよ。ホールを一歩出ると、そこらじゅうが個別の休憩室になっているもの。
 イアン様たち騎士がいくら巡回していても、一瞬の隙をつかれて連れ込まれてはどうしようもない。
 だからニッケルを見張って、被害者が出ないようにする。
 私はビッチ令嬢で知られているから、結婚を望む場では誰も話しかけてこないだろうし。


 そうして社交界の間中、私はずっとニッケルを目で追い続けた。
 あの好色強姦魔がこの機会を逃すとは思えない。目当ての女性を見つければ、絶対に行動に移すはず。
 被害者が出る直前に大騒ぎしてやるんだから、覚悟しておきなさい!!

 そう意気込んでいたけれど、ちょっと人の多いところに行ったかと思ったら、見失ってしまった。
 私は慌てて会場中を探して回ったけど、見つけられずに気ばかり焦る。

 そうしているうちに給仕にぶつかって、ワインが思いっきり私のドレスにかかってしまった。

「今すぐお召替えをお持ちしますので、少々ここでお待ちくださいませ」

 休憩室に通されて、扉を閉める給仕の男。
 申し訳ないというわりに笑っていたように見えたのは……気のせい?
 すぐに騎士が着替えを持って来てくれたけど、普通、騎士が持ってくるものかしら。
 電光石火の速さで着替え終わらせて、扉を開けようとした時。
 私が内鍵を回す前に、なぜか鍵がカシャンと音を立てて開いた。

「え……?」

 バックンと心臓が嫌な音立てて、私は後ずさる。

「なんだ、もう着替えてやがったのか」

 ニッケル……!!
 目の前が真っ白になりそうだけど、倒れてしまえばあいつの思う壺。
 私は震えそうになる手をぎゅっと握って耐えた。

「なにしにいらしたのですか? 着替え中のレディの部屋に入るなんて、無礼にも程がありますわよ」
「ビッチのくせによく言うぜ」
「それは、あなたが言い出したのでしょう」
「今は名実共にビッチなんだろうが。お相手してもらおうと思ってな」

 ナイフの一本でも隠し持っておけばよかった。ジリジリ近寄られて、私はどんどん後ずさってしまう。

「残念ですわ。あなた程度で満足できる体ではなくなったんですの。出直しくださいませ」
「……っぷ、ハハハッ! なんだそりゃ。そんな言葉で俺が出直すとでも思っているのか?」

 ずんずん近づいてくるニッケル。ダメだわ……この男は、犯し慣れてる・・・・・・
 部屋から出られさえすれば、いくらでも助けは求められる。まずは逃げ出すことを考えなければ!

「何年も前からずっとお前を抱きたいと思っていたんだ。ようやく念願叶うぜ」

 下品な笑い方に、背中に毛虫を置かれたようなおぞましさが走る。
 掴まれたら終わり。
 私はニッケルが伸ばしてきた手をバチンと弾いて、一目散に扉へと走った。
 急いで扉を開けると、そこにはさっきの騎士の姿があって、私はホッとしながらも声を上げる。

「助けて! 襲われて……っ」

 全てを言い終える前に、ドンッという衝撃が走った。
 暴漢から守ってくれるはずの騎士が、私を部屋の中に突き飛ばして見下げている。
 どうして、と思う間もなくバタンと扉を閉められ、外から鍵がかけられた。

「……え?」
「ははっ、残念だったなぁ! 俺がヘマをするわけねぇだろ?」
「きゃっ」

 グイッと腕を掴まれる。
 振り払おうとしてもニッケルの体は大きくて、私なんかじゃ太刀打ちできない。

「おい、バレないようにそこから離れてろ」
「わかりました」

 ニッケルが外へと声をかけて、向こう側から騎士の声がする。靴音が離れて行くのが聞こえた。
 今なら外にこいつの仲間はいない。逃げなきゃ!!
 でもどれだけ暴れても、強い力で握られた手首はどんどん痛くなるばかりで。

「離して……離して……っ!!」
「暴れんなよ。噂じゃ百人斬りだって? 一人増えたところで、大したことじゃねぇだろ」
「いやよ、誰があんたなんかと……っ」
「ッハ、なにを清純ぶってんだ! それともなにか? 本当は処女か?」
「な、にを……!! そんな、わけ……っ」

 私が否定すると、ニッケルは一瞬驚いた顔をした後、大笑いを始めた。

「っぷ、ハハハハ! 傑作だな! マジかよ、よくまぁ今まで処女でいられたもんだな。感心するぜ」
「……いやっ」

 ベッドの上に無理やり押し倒されて、ニッケルが覆いかぶさってくる。
 いやだ……いやだ……!!
 私の目からは、勝手に涙が滑り降りる。
 こんな男に、弱味なんて見せたくないのに……!!
 怖い……誰か、誰か……!!

「誰か、助け──」
「うるさい、黙れ!」

 ばふんと手で口を塞がれる。苦しい……悔しいっ!
 こんな奴に……助けて、兄様……イアン様……

 イアン様──!!!!!!
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