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40.その瞼が

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 ルナリーはエヴァンダーを癒すために、治癒の力を発動させた……はずだった。
 なのに、いつもは優しい光を放つはずの掌になんの反応もない。

「どう、して……」

 ルナリーは愕然とした。
 そして気づく。魔力が自分の中で生成されていないのだと。
 もう一度魔力を込めようとしてみるも、凪いだ湖面のように動く気配がまったくない。

「う……そ……」

 血の気がさぁっと引いていく音が聞こえた気がした。
 魔力切れだ。
 ルナリーは今まで、魔力切れを体感したことはなかった。なぜなら、自分の魔力が切れてもネックレスが代わりに魔力を放出してくれていたから。
 しかし今はもう、無限の魔力を持つ赤い鉱石は砕け散っている。
 頼れるのは自分の力だけだというのに、魔力がなくてはなにもできない。
 ルナリーは魔石を取り出したが、クズ石ばかりだ。直接治癒を願うにも、ルナリーの魔力回復を願うにも足りない。
 二人の痛みを和らげてと願うも、どれだけの効果があったかは分からなかった。

「はぁ……はぁ……っ」

 息苦しい。きっと寿命のせいだけではないだろう。
 アルトゥールとエヴァンダーを死なせてしまう恐怖と絶望感。
 ルナリーの魔力回復を待つ時間など、二人にはない。

「ル……さま……」
「……ルー……」

 絶望に沈むルナリーの顔を見た二人が、微笑みを浮かべていた。
 痛くて苦しくて、つらくて怖いはずなのに。
 こんな時にまで、エヴァンダーとアルトゥールはルナリーを慮り、安心させようと笑みを見せてくれているのだ。

 涙が、溢れる。

 騎士として高潔で。
 努力家で、優しくて、強くて、人のために命を懸けられる人たち。
 こんなに素晴らしい人が、どうしてこんな若さで死ななければいけないのか。
 悔しくて、悲しくて、涙は次々に地面を湿らせていく。

 助けたくても、ルナリーにはもう人を呼ぶ力も残っていなかった。
 自分よりも先に、アルトゥールとエヴァンダーが逝ってしまう。
 どう考えを巡らせても、助ける術はない。
 治癒が使えたなら、寿命が消えてもちっとも惜しくはなかったのに、それさえも叶わない。

 二人の息絶える姿を見届けなければならないと思うと、気が狂いそうだ。

「ごめ……なさい……魔力が……もう……ないの……」

 エヴァンダーの指がピクリと動いていて、ルナリーはその手を握った。

 無力な自分に嫌気がさす。
 二人には生きていてほしかったというのに。
 幸せな未来を歩んでもらいたいと、願っていたのに。

 目からは熱いものがひっきりなしに流れて落ちた。

 そんなルナリーの顔を見ていたエヴァンダーの手が、一瞬だけきゅっと力が入ったのを感じた。
 ハッとして彼の顔を見ると、その唇が動いている。
 しかし空気は振動を起こさず、音となってルナリーの耳に聞こえることはなかった。
 きっともう、喋れなくなっているのだ。
 もう二度と、エヴァンダーの声は聞けないのだと。

 はくはくと息をするように動かされる唇は、さっきと同じことを訴えていて。
 彼の言いたいことは、ルナリーにも理解できた。

 エヴァンダーが何度も、何十回も、何百回も囁いてくれた言葉。
 一生、聞いていたかった言葉。


 ──  愛 し て る ──

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「う……あぁ……!!」

 ルナリーは声を上げて泣き伏した。
 この短い期間で、どれだけその言葉を聞いただろう。
 どれだけたくさんの愛をくれただろう。

 エヴァンダーも、アルトゥールも。
 出会ってから今まで、惜しみない愛を注いでくれていた。
 旅は大変だったけど、二人がいたから乗り越えて来られたのだ。
 つらかったことも、もう無理だと言って泣いて困らせたことも、今となっては色鮮やかに輝く思い出となっている。

 聖女になった時、こんな最期が訪れるなんて、誰が考えただろう。
 忙しくとも幸せな時間が、ずっと流れ続けるのだと思っていた。

 エヴァンダーはいつも飄々としていて。アルトゥールは楽しそうに笑っていて。

 三人の思い出を、もっともっと作っていきたかった。
 アルトゥールに恋人ができればお祝いして。みんなで笑って。
 聖女と護衛騎士を引退しても、ずっと一緒にいられると思っていたのに。

 ふと気づくと、赤い光が二人を照らしていた。
 夕焼けだ。
 徐々に切り替わる闇が、二人の呼吸を浅くしているようで。
 大切な恋人を、兄を、まだ連れて行かないでと泣き叫びたいのに、息苦しくて言葉が出ない。
 エヴァンダーが自決したあの日、もう二度と死なせないと誓ったのに。

 唯一の救いは、二人が逝ったあと、すぐに追いかけられることだろうか。
 きっと、喜ばないだろうけれど。

 二人の目は今にも瞑らんとしていて。
 ルナリーは、アルトゥールの蒼い瞳とエヴァンダーの翡翠の瞳を見つめた。
 瞼が瞑りゆく、その時まで。


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