3 / 22
第3話 乾杯しよう
しおりを挟む
そして週末、レリアは『降臨と誕生』の前に行く。が、足取りは重かった。何故かロベナーも着いて行くと言って聞かなかったからだ。
「ユーバシャール家の坊ちゃん……それもミハエル騎士団の隊長が相手なのだからな!失礼があってはいかん!」
二人っきりでデート気分を味わいたかったというのに。
勿論、浮気する気などさらさらないし、アクセルにしてもそんなつもりはないだろう。ロベナーも浮気など心配していないはずだ。彼はただ、世間知らずなレリアが何か無礼を働くのではないかと、不安になっているだけなのだから。
アクセルを待たせてはいけないと、約束の時間より早く着いたにも関わらず、彼は既に紺碧の絵の前に立っていた。高そうな私服を、スマートに着こなして。
「アクセル様! お待たせして申し訳ありません!」
そう言ったのはロベナーで、アクセルは驚いたように彼を見た。
「貴公は、クララック卿か?」
「はい! 本日は私めも同席させて頂きたく……」
チラリとアクセルがレリアに視線をくれる。レリアはロベナーに気付かれぬ様に首をぷるぷると横に振りながら、右手をパタパタと上下に動かした。
「折角だがクララック卿。俺はレリアと二人で食事がしたい。構わないだろうか」
「へ!? は、はい、勿論ですとも!」
アクセルはロベナーの申し出を、バッサリと切ってくれた。拍手喝采を送りたい気分である。爽快感。アクセルの物怖じしない、こういう所が凄いと思う。
「ではレリア、くれぐれもアクセル様に無礼のないようにな!」
「はい、分かっております」
心の中でガッツポーズをしながらロベナーを見送る。ちょっと申し訳なく思ったが、たまに若い男の子と外食するくらい、許されるだろう。
「レリア……さん、今ので良かったか?」
アクセルが言いにくそうにこちらを見ていて、レリアは笑った。
「勿論です。それと、さっきの様にレリアと呼んで下さって構いませんよ」
「そうか。ではレリア、行こう」
アクセルの後に着いて行くと、美術館から外に出た。今日はアクセルの馴染みの店に行くのだと、サウス地区に入る。
「しかし、お父上には申し訳無かったな。後で謝罪に行こう」
「……え?」
レリアの両親は、既に死亡している。アクセルがレリアの父親を知っているはずはない。
まさか、ロベナーの事を言ってる……?
ロベナーは、レリアより十三歳も年が上だ。四十六歳である彼を、二十歳そこそこに見えるレリアの父親だと思われても仕方ない。
いつもなら、『夫なんです』と伝えるレリアだったが、この時は正す事はしなかった。
「あの、父はいつもああなので、お気になさらず!」
しまった、つい言ってしまったと思ったが、今更訂正は出来ない。これで押し通すより仕方ないだろう。
「そうか? ところで、失礼だがレリアはいくつだ?」
「えっと、二十……さ、いえ、四です」
九歳もサバを読んでしまった。しかし本当の年齢を言えば、親子でない事がバレてしまう。重ねる嘘に、罪悪感が纏った。
「二十四歳か。二つ年下だな」
アクセルは二十六歳らしい。もっと若いのかと思っていたが、彼も童顔の様だ。
「着いた。ここだ」
やはりと言うべきか、立派な構えのお店だった。クララック家では、子供の進級祝いだとか、結婚記念日だとか、そういう時にしか入らない様な店。そんな店を馴染みだと言い切るのだから、アクセルとの格の違いを思い知らされてしまう。
中に入ると何も注文していないのに、次々と料理が運ばれて来た。前もって注文していたのだろう。
目の前のテーブルは沢山の料理で満たされた。最後にワインが運ばれて、ゆっくりとグラスに注がれる。そしてアクセルはグラスを上げた。
「乾杯しよう」
「はい。何にですか?」
わざわざ聞いたのは『あなたに出会えた喜びに』と言うような言葉を聞きたかったからだ。しかしアクセルは少し考え、困ったように口角を下げていた。
「ロレンツォなら気の利いた言葉も言えるのだろうが、俺は思い浮かばない」
ロレンツォというのは、アクセルと同じミハエル騎士団の隊長だ。こちらも美形だが、硬派なアクセルとは違って女好きで、レリアも幾度か声を掛けられた事がある。
レリアはグラスを持ったまま難しい顔をして悩むアクセルに、優しく微笑んで見せた。
「何でも宜しいんですよ」
「では、レリアの画家デビューを祝って」
願った様な言葉は聞けなかったが、それでも嬉しい内容だ。グラスを上げるとリンと重なる音がして、レリアはワインを口に含んだ。
「まぁ……! こんなに円熟したワインを飲むのは初めて!」
「確かにこれほど感覚的で甘美な物はそうないな」
食事が始まると、アクセルは美しい所作で食べ進めて行く。ロベナーとはえらい違いだ。夫は元々貴族ではなく、クララックに婿入りしたため、どこか庶民的なところがある。それが悪い訳では無いが、完璧なお坊ちゃんと比べると、つい粗を思い出してしまうのも仕方ない。
「今はどのような作品を手掛けているんだ?」
「いくつか描き進めているものはあるんですが、何だか筆が乗らなくて。落書き程度にスケッチブックに描いて遊んでる程度です」
「ほう。それを見てみたいな」
「え!?」
スケッチブックには、アクセルの絵を描いてしまった。見られては恥ずかしすぎる。
「駄目か?」
「いえ、だ、駄目って訳ではないんですが……実は、アクセル様の絵を描いてしまって」
「俺の?」
「はい、すみません。勝手に……」
「いや、それは是非見てみたい」
余計に興味を惹いてしまった様だ。しかし、これは次回の約束を取り付ける絶好の機会である。
「では、今度はスケッチブックをお持ちします」
「ああ、楽しみだ」
アクセルは、次回会うことが当然のように言ってくれた。それがレリアの心を踊らせる。
ワインが無くなると、アクセルは別のワインを頼んでくれた。それもまた美味しくて、次々と口に運んでしまう。こんなに飲むのは初めてだ。素敵な人との食事は、お酒も進むものなのだなと幸せに浸る。
「レリア、少し飲み過ぎだ。もうやめておいた方が良い」
「らいじょうぶですよ。わらし、よってましぇんよ?」
あら、これは酔っちゃってるわ。
上手く舌が回らなかったが、頭は割としっかりしている。だから大丈夫だろうと思っていた。
グラスに残ったワインが勿体無くて飲み干す。ふわふわと体が浮くように感じて、心地いい。
「ごちそうさまでしら。とてもほいしかったですわ」
「家まで送って行こう。立てるか?」
「たてますわよ……あら?」
立とうとしても何故か力が入らない。手をテーブルに付けて無理矢理体を引き起こそうとする。
その瞬間、グラリと体勢が崩れた。
「危ない!」
アクセルが素早くレリアの脇に手を入れて支えてくれた。フゼア系の香水が、ふんわりと鼻を掠める。大人の男の人の香りだ。
「すみましぇん……ちょっろ、よっちゃったみらいです」
「見れば分か……る……っ」
どうしたのだろうと、しがみついたままアクセルを見上げる。すると彼は胸を押し付けられたためか、カァァっと音が出そうな勢いで赤面しているではないか。
あら、可愛いらしい。
わざとでは無かったが、悪戯心が舞い降りる。
「このまま、うでをかしていたらいても、よろしいれすか?」
「あ、ああ、構わない」
レリアは恋人がする様に腕を組むと、ふわふわとする頭をアクセルの肩に乗せた。
アクセルは緊張した面持ちで支払いを済ませると、二人は店を出た。
「ユーバシャール家の坊ちゃん……それもミハエル騎士団の隊長が相手なのだからな!失礼があってはいかん!」
二人っきりでデート気分を味わいたかったというのに。
勿論、浮気する気などさらさらないし、アクセルにしてもそんなつもりはないだろう。ロベナーも浮気など心配していないはずだ。彼はただ、世間知らずなレリアが何か無礼を働くのではないかと、不安になっているだけなのだから。
アクセルを待たせてはいけないと、約束の時間より早く着いたにも関わらず、彼は既に紺碧の絵の前に立っていた。高そうな私服を、スマートに着こなして。
「アクセル様! お待たせして申し訳ありません!」
そう言ったのはロベナーで、アクセルは驚いたように彼を見た。
「貴公は、クララック卿か?」
「はい! 本日は私めも同席させて頂きたく……」
チラリとアクセルがレリアに視線をくれる。レリアはロベナーに気付かれぬ様に首をぷるぷると横に振りながら、右手をパタパタと上下に動かした。
「折角だがクララック卿。俺はレリアと二人で食事がしたい。構わないだろうか」
「へ!? は、はい、勿論ですとも!」
アクセルはロベナーの申し出を、バッサリと切ってくれた。拍手喝采を送りたい気分である。爽快感。アクセルの物怖じしない、こういう所が凄いと思う。
「ではレリア、くれぐれもアクセル様に無礼のないようにな!」
「はい、分かっております」
心の中でガッツポーズをしながらロベナーを見送る。ちょっと申し訳なく思ったが、たまに若い男の子と外食するくらい、許されるだろう。
「レリア……さん、今ので良かったか?」
アクセルが言いにくそうにこちらを見ていて、レリアは笑った。
「勿論です。それと、さっきの様にレリアと呼んで下さって構いませんよ」
「そうか。ではレリア、行こう」
アクセルの後に着いて行くと、美術館から外に出た。今日はアクセルの馴染みの店に行くのだと、サウス地区に入る。
「しかし、お父上には申し訳無かったな。後で謝罪に行こう」
「……え?」
レリアの両親は、既に死亡している。アクセルがレリアの父親を知っているはずはない。
まさか、ロベナーの事を言ってる……?
ロベナーは、レリアより十三歳も年が上だ。四十六歳である彼を、二十歳そこそこに見えるレリアの父親だと思われても仕方ない。
いつもなら、『夫なんです』と伝えるレリアだったが、この時は正す事はしなかった。
「あの、父はいつもああなので、お気になさらず!」
しまった、つい言ってしまったと思ったが、今更訂正は出来ない。これで押し通すより仕方ないだろう。
「そうか? ところで、失礼だがレリアはいくつだ?」
「えっと、二十……さ、いえ、四です」
九歳もサバを読んでしまった。しかし本当の年齢を言えば、親子でない事がバレてしまう。重ねる嘘に、罪悪感が纏った。
「二十四歳か。二つ年下だな」
アクセルは二十六歳らしい。もっと若いのかと思っていたが、彼も童顔の様だ。
「着いた。ここだ」
やはりと言うべきか、立派な構えのお店だった。クララック家では、子供の進級祝いだとか、結婚記念日だとか、そういう時にしか入らない様な店。そんな店を馴染みだと言い切るのだから、アクセルとの格の違いを思い知らされてしまう。
中に入ると何も注文していないのに、次々と料理が運ばれて来た。前もって注文していたのだろう。
目の前のテーブルは沢山の料理で満たされた。最後にワインが運ばれて、ゆっくりとグラスに注がれる。そしてアクセルはグラスを上げた。
「乾杯しよう」
「はい。何にですか?」
わざわざ聞いたのは『あなたに出会えた喜びに』と言うような言葉を聞きたかったからだ。しかしアクセルは少し考え、困ったように口角を下げていた。
「ロレンツォなら気の利いた言葉も言えるのだろうが、俺は思い浮かばない」
ロレンツォというのは、アクセルと同じミハエル騎士団の隊長だ。こちらも美形だが、硬派なアクセルとは違って女好きで、レリアも幾度か声を掛けられた事がある。
レリアはグラスを持ったまま難しい顔をして悩むアクセルに、優しく微笑んで見せた。
「何でも宜しいんですよ」
「では、レリアの画家デビューを祝って」
願った様な言葉は聞けなかったが、それでも嬉しい内容だ。グラスを上げるとリンと重なる音がして、レリアはワインを口に含んだ。
「まぁ……! こんなに円熟したワインを飲むのは初めて!」
「確かにこれほど感覚的で甘美な物はそうないな」
食事が始まると、アクセルは美しい所作で食べ進めて行く。ロベナーとはえらい違いだ。夫は元々貴族ではなく、クララックに婿入りしたため、どこか庶民的なところがある。それが悪い訳では無いが、完璧なお坊ちゃんと比べると、つい粗を思い出してしまうのも仕方ない。
「今はどのような作品を手掛けているんだ?」
「いくつか描き進めているものはあるんですが、何だか筆が乗らなくて。落書き程度にスケッチブックに描いて遊んでる程度です」
「ほう。それを見てみたいな」
「え!?」
スケッチブックには、アクセルの絵を描いてしまった。見られては恥ずかしすぎる。
「駄目か?」
「いえ、だ、駄目って訳ではないんですが……実は、アクセル様の絵を描いてしまって」
「俺の?」
「はい、すみません。勝手に……」
「いや、それは是非見てみたい」
余計に興味を惹いてしまった様だ。しかし、これは次回の約束を取り付ける絶好の機会である。
「では、今度はスケッチブックをお持ちします」
「ああ、楽しみだ」
アクセルは、次回会うことが当然のように言ってくれた。それがレリアの心を踊らせる。
ワインが無くなると、アクセルは別のワインを頼んでくれた。それもまた美味しくて、次々と口に運んでしまう。こんなに飲むのは初めてだ。素敵な人との食事は、お酒も進むものなのだなと幸せに浸る。
「レリア、少し飲み過ぎだ。もうやめておいた方が良い」
「らいじょうぶですよ。わらし、よってましぇんよ?」
あら、これは酔っちゃってるわ。
上手く舌が回らなかったが、頭は割としっかりしている。だから大丈夫だろうと思っていた。
グラスに残ったワインが勿体無くて飲み干す。ふわふわと体が浮くように感じて、心地いい。
「ごちそうさまでしら。とてもほいしかったですわ」
「家まで送って行こう。立てるか?」
「たてますわよ……あら?」
立とうとしても何故か力が入らない。手をテーブルに付けて無理矢理体を引き起こそうとする。
その瞬間、グラリと体勢が崩れた。
「危ない!」
アクセルが素早くレリアの脇に手を入れて支えてくれた。フゼア系の香水が、ふんわりと鼻を掠める。大人の男の人の香りだ。
「すみましぇん……ちょっろ、よっちゃったみらいです」
「見れば分か……る……っ」
どうしたのだろうと、しがみついたままアクセルを見上げる。すると彼は胸を押し付けられたためか、カァァっと音が出そうな勢いで赤面しているではないか。
あら、可愛いらしい。
わざとでは無かったが、悪戯心が舞い降りる。
「このまま、うでをかしていたらいても、よろしいれすか?」
「あ、ああ、構わない」
レリアは恋人がする様に腕を組むと、ふわふわとする頭をアクセルの肩に乗せた。
アクセルは緊張した面持ちで支払いを済ませると、二人は店を出た。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される
clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。
状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる