マーガレットの花のように

長岡更紗

文字の大きさ
22 / 22

第22話 後日談

しおりを挟む
 子供が生まれた。
 ヨハナ家に嫁いだレリア、共に暮らすクロード、そしてアクセルとの初めての子シャーリーに続いて、四人目である。
 今回は何事もなく無事に産むことが出来た。一度お腹を切ってしまった者は、息んだ時に子宮破裂の恐れがあるという。しかしレリアは魔法で綺麗に治して貰っていたため、そんな心配もなく、普通に産むことが出来た。
 子供の名前はショーン。元気な男の子である。

「アクセル様。どうかなさいましたの?」

 レリアが問うと、アクセルは小難しい顔を向けて来る。仕事で何かあったのだろうかと思っていたが。

「クロードの様子はどうだ?」
「クロード? どうとは……ショーンが生まれて喜んでいますけど」
「塞ぎ込んではいないだろうか」
「いいえ、ちっとも。何故塞いでいると思ったんですの?」

 レリアはアクセルの考える事が分からずに、首を傾げた。

「俺はクロードを、自分の子として愛情を注いでいる」
「ええ……ありがとうございます」
「それが、クロードに伝わっているだろうか?」

 アクセルはその事を考えて、胸を痛めていたのだ。自身の本当の子供が生まれ、クロードはどんな気持ちでいるのだろうかと想像してしまっていたに違いない。

「大丈夫です。あの子もアクセル様の愛情は感じておりますし、アクセル様を父として誇りに思っておりますわ」
「だが俺は、クロードに一度も父と呼ばれた事がない。何か俺に不足しているところがあるのだろうか。どうすれば、クロードにとって俺は父となれるのだろうか」

 アクセルの言葉は真剣だ。本当に何にでも真っ直ぐで、誠実で、正義の人である。まぁそこが良いのだが。

「恐らく、照れているだけではないかと思いますが……」
「いや、きっと遠慮しているのだ。ユーバシャールの当主になるつもりなど毛頭無いというのが、雰囲気で分かる。クロードは今回ショーンが生まれた事で、この家を出て行く。そんな気がしてならない」

 それはアクセルの思い込みではなく、ただの勘である。そしてこの男の勘は、当たるのだ。

「でも、それは……当主を継ぐのは、クロードではなくショーンですし」
「どうしても嫌だと言うのならともかく、あの子には商才があり、資産を運営して行く能力がある。俺はクロードに後を継がせたい」
「……まぁ」

 そんな事を考えていたとは驚きだった。レリアは、アクセルとの間に男の子が生まれたら、当然の様にその子が後を継ぐと思っていた。

「いいんですか、それで……まだ当主を決めるには早過ぎですが」
「もちろん俺はまだ引くつもりはないし、ショーンが大きくなってからどうするか、皆で話し合うべきだろう。だからそれまで、クロードはうちにいて欲しい」
「クロードが出て行くなんて、そんな事は……」

 と言いかけた所で、慌ただしくノックが鳴った。アクセルが入室を促すと、召使いが青い顔をしている。

「どうした?」
「あの……クロード坊ちゃんが荷物をまとめていて……出て行くおつもりのようなのですが……」
「ええ!?」

 レリアが声を上げるも、アクセルはいたって冷静だ。

「まだ部屋にいるか?」
「はい、おられます」
「分かった、行こう」

 アクセルはさっさと歩き始め、レリアも慌てて続いた。部屋の中ではクロードが、着替えなどをバッグに詰め込んでいる。

「あ……アクセル様、お母様……」
「何をしている、クロード。出て行く気か?」
「……はい」

 クロードはアクセルの目を真っ直ぐに見つめて答えた。アクセルもその視線を外すことはしない。

「どうしてだ?」
「ショーンという立派な後継ぎが生まれました。僕がここにいては、余計な波風を立てる事となってしまうでしょう」
「だから出て行くつもりか? 俺達に何の相談もなく」
「僕の存在意義は無くなりました。この家にはもう必要のない存在のはずです。そうでしょう?」
「……クロード」

 レリアはハラハラと二人を見守った。きっと、クロードはアクセルに怒られ……いや、怒鳴られるに違いない。正論を口にし、その考えは間違っていると、クロードの考えを修正させるに違いない。

「お前にそう言わせてしまったのは、俺の責任だ」

 しかしアクセルは、優しい口調でそう告げていた。相変わらず小難しい顔をしてはいたが。

「俺は、完全に浮かれていた。シャーリーとショーンが生まれて、嬉しくて……。クロードを蔑ろにしているつもりはなかった。俺の態度がお前にそう思わせる要因になっていたんだな。謝ろう」
「ア、アクセル様!?」

 頭を深々と下げるアクセルに、クロードは困惑している。レリアもどうしていいか分からずに狼狽えた。

「ち、違います! アクセル様はとても良くして下さいました! いつも僕を気にかけてくれて、まるで本当の父親の様に接して下さった事、感謝しているんです!」
「では俺の何がいけなかった? 教えてくれ。何故本当の父親だと思えないのかを」

 アクセルに迫られて、クロードは唇を噛み締める。

「……思ってます。本当の父親だと……。でも犯罪者の息子である僕が、いつまでもここにいるわけにいかないんです」
「……クロード」

 アクセルは歩み寄り、グッと涙を堪えているクロードの頭を撫でた。

「誰が何と言おうとも、お前は俺の息子だ。クロードが俺を父親と思ってくれているのなら、俺は全力でお前を守る。いかなる事からもだ」

 クロードの目に涙が滲む。アクセルを見上げるその顔は、今にも泣き出しそうだ。

「だから、出て行くなどと言うな。俺は、クロードの父親であり続けたい。賢く優しいお前の父親で」
「アクセル様……」
「俺を、父と呼んでくれるか?」

 アクセルがそう言った瞬間、堰を切った様に、クロードの目から涙が溢れ出る。

「アクセル……お父様……!! すみません、僕……!!」
「何も言わずともいい」
「お父様……」

 アクセルはしゃくり上げるクロードを、ずっと抱きしめていた。
 クロードも成長したが、アクセルも成長した。
 自分の意見を押し付けるような事はしなくなり、声を荒げる事も少なくなった。丸くなったなぁ、と思う。

 愛する夫と息子が愛情を注ぎ合う姿は、こんなにも美しいものなのだなと、レリアは目を細めた。
 アクセルはクロードの涙が止まるまで、ずっとそうしていてくれていた。
 レリアは心の中に、その微笑ましい光景をスケッチしていた。


◆◆◆◆◆◆

ファレンテイン貴族共和国シリーズ
『野菜たちが実を結ぶ~ヘタレ男の夜這い方法~』
『夢想男女』
『元奴隷とエルフの恋物語』
『降臨と誕生と約束と』(18禁のため、ムーンライトノベルズ様に掲載)
『マーガレットの花のように』
『娘のように、兄のように』
『君を想って過ごす日々』
しおりを挟む
感想 2

この作品の感想を投稿する

みんなの感想(2件)

にけ❤️nilce

不誠実であったが為に周囲に多くの負担をかけたことを知るレリア。
レリアのずるく弱い気持ちで起こしたことは傷を持つアクセルだからこそより抉られて。シリーズで読んでいるので選択はわかっていたもののヤキモキしました!
どう越えていくか、償っていくか。
周囲に恵まれてたレリア。
今度こそきっとまっすぐ誠実に生きていけるね!
よかったー。

2018.07.20 長岡更紗

最後まで読んでくれて、しかも丁寧な感想までありがとうございましたっ!
最初は軽い気持ちだったっていうのがまずいけないですが、そこからどんどんずるくなってしまいましたね。
泥沼な感じがありつつも、人を好きになってしまって抜け出せなくなった心情を読み取っていただけれていれば嬉しいです。
今度こそ、きっと誠実に! 生きてくれると思います!
マーガレットは中々感想来ないので、嬉しかったですーっ
ありがとうございました♪

解除
にけ❤️nilce
ネタバレ含む
2018.07.13 長岡更紗

わー、こっちまで読んでくれてありがとうございますー!!
罪深い……ですよね……
本当にやっちゃいけん事です。
最初は軽い気持ちだったんですけど(-∀-`; )
これからこの嘘がどうなって行くか、お楽しみくださいー!

解除

あなたにおすすめの小説

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

皇帝は虐げられた身代わり妃の瞳に溺れる

えくれあ
恋愛
丞相の娘として生まれながら、蔡 重華は生まれ持った髪の色によりそれを認められず使用人のような扱いを受けて育った。 一方、母違いの妹である蔡 鈴麗は父親の愛情を一身に受け、何不自由なく育った。そんな鈴麗は、破格の待遇での皇帝への輿入れが決まる。 しかし、わがまま放題で育った鈴麗は輿入れ当日、後先を考えることなく逃げ出してしまった。困った父は、こんな時だけ重華を娘扱いし、鈴麗が見つかるまで身代わりを務めるように命じる。 皇帝である李 晧月は、後宮の妃嬪たちに全く興味を示さないことで有名だ。きっと重華にも興味は示さず、身代わりだと気づかれることなくやり過ごせると思っていたのだが……

靴屋の娘と三人のお兄様

こじまき
恋愛
靴屋の看板娘だったデイジーは、母親の再婚によってホークボロー伯爵令嬢になった。ホークボロー伯爵家の三兄弟、長男でいかにも堅物な軍人のアレン、次男でほとんど喋らない魔法使いのイーライ、三男でチャラい画家のカラバスはいずれ劣らぬキラッキラのイケメン揃い。平民出身のにわか伯爵令嬢とお兄様たちとのひとつ屋根の下生活。何も起こらないはずがない!? ※小説家になろうにも投稿しています。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。