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第1章
その2
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今、俺達は【next】の応接室で、社長を待っていた。
「…な、なんか緊張してきちゃった」
隣に座っている雪村さんはそう言うと、目の前のコーヒーを一気に飲み干した。
(何で雪村さんが緊張すんだよ…ってか、さっきの勢いはどうしたんだ?)
さすがに言うのは憚られて、心の中でツッコミを入れた。
俺もつられてコーヒーに手を伸ばした瞬間、扉が勢いよく開いた。
「ごめんなさい、お待たせしてしまいました」
条件反射的に椅子から立ち上がると、俺は相手に向かって軽く一礼した。雪村さんはそんな俺を見て、慌て立ち上がると深々頭を下げていた。
「初めまして。私【next】代表の渡瀬千沙と申します」
そう言うと、俺たちの前に名刺を差し出した。名刺を差し出す手は一目で手入れされていることが判り、爪は綺麗にネイルが施されていた。さすが、モデル事務所の社長だけあって華やかな雰囲気を醸し出している。
俺はその名刺を受取り、代わりに自分の名刺を渡瀬さんへ差し出した。
「初めまして、【グローリー・コーポレーション】販売促進課の朝倉といいます。こちらは【アンジェリア】のチーフデザイナーの雪村です」
俺の横で固まっている雪村さんを紹介すると、渡瀬さんはにっこりとほほ笑んだ。
「あなたが、雪村さんですか。今回はうちのメイを推薦して下さったとか…」
「あ…ええ、彼女を雑誌で見て、この娘だって思って…あの、申し訳ありません、名刺持ってなくて」
「構いませんよ、それより何故メイなんです?確かモデルは唯香に決まってたはずですよね?カリスマモデルの唯香を差し置いて、まだモデル歴1年のメイに白羽の矢が立った理由を教えてもらえません?」
艶やかな笑みでこちらを見ている渡瀬さんだが、その目は真剣で雪村さんをじっと見つめている。
「彼女…メイさんっていうんですか…初めて写真で見た彼女は私がイメージする女の子そのままだったんです。少女から大人の女性へ移り変わる微妙な時期の色気と清廉さ、そして強さと弱さ。相反するイメージですが、彼女の表情はそのどちらも併せ持ってる…ううん、表現できると言った方がいいかもしれない。私は彼女のイメージで服をデザインしたいと思ったんです。だから、無理を承知で今日こうやって彼女に会うために来ました」
渡瀬さんの目をしっかり見つめながら、雪村さんは自分の言葉でその理由を伝える。
それをじっと聞いていた渡瀬さんは、テーブルに置いてあった携帯を取ると誰かへ電話をかけた。何度目かのコールで相手が出た気配がした。
「あ、もしもし、私よ。今どこ?悪いけど今すぐ事務所へ来て」
相手が何か言っているのを無視すると、彼女は電話をきった。
そして俺たち2人にニコッと微笑んだ。
「それでは、詳しい仕事内容と、契約内容を聞かせてもらいましょうか?」
それから一時間程俺たち三人で【アンジェリア】の企画内容を話し合っているところへ、応接室の扉がいきおいよく開いた。
驚いてその方を見ると、背の高い女の子が怒った表情で立っている。
「メイ、遅いわよ。すぐ来るように言ったわよね?」
「…これでも急いで来たんですが。それに今日はオフなんですよ」
怒った口調で言った後、俺たちがいることに気づき口をつぐんだ。
渡瀬さんは、そんな彼女を手招きした。
「この娘が、メイです」
そう言って紹介された彼女は、訳が判らないまま俺と雪村さんへ一礼した。俺達も慌てて立ち上がると彼女と対面する形で挨拶した。
メイはおそらく身長は175cmはあるだろう。俺が185cmあるが少し低いくらいの目線で目があう。写真の彼女とは違い、今日は化粧っけのない顔に長い髪を後ろに束ね、ジーンズとシャツというシンプルな出で立ちだ。
俺は自分の名刺を彼女にも手渡す。それを受け取った彼女の顔が一瞬驚いた様に見えた。そしてもう一度俺の顔を見る。
「あの…名前は何て読むんですか?」
「ああ、ひろきです」
「…そうですか」
それから雪村さんが自己紹介をして、4人席についた。
メイは何故自分がここへ呼ばれたか判らないようで、横に座っている渡瀬さんの方を向く。
「社長、一体何なんです?休みにわざわざ呼び出すなんて」
「メイ、あなた【アンジェリア】のモデルになれるならどうする?」
渡瀬さんはメイの顔を見ながら言うと、俺達が持ってきた契約書を彼女の前へかざした。
メイはそれを受け取り書面を読み終えると、渡瀬さんへ契約書を押し付けた。
「無理です!私に【アンジェリア】のモデルなんて!それに唯香さんがいるじゃないですか。彼女には敵わないです」
「メイちゃん、私があなたがいいって言ったの。お願い、私を助けると思ってモデルの仕事受けてくれない?」
雪村さんがメイを宥めるように言う。渡瀬さんも「チャンスだ」と勇気づけるが、彼女は無理の一点張りだ。
「なぁ…君、仮にもモデルだよな?トップになろうとか野心ってないの?」
ずっと、3人の会話を聞いていた俺はついそう口にしていた。
「確かにモデルの仕事してるけど、それだってこの長身を活かせるからってだけだもの…トップなんてそんなだいそれたこと思ってないわ。ましてやあの唯香さんと張り合うなんて」
「……雪村さん、帰りましょう」
俺は席を立ちながら雪村さんの腕を掴み、立つように促した。
「えっ、ち、ちょっと朝倉君!待って、まだ契約が」
「こんな無理とか言ってる奴、【アンジェリア】のモデルには相応しくないですよ。俺達はこの企画を成功させるために必死なんだ。それなのにやる気のない奴がモデルになったって、売れる服も売れなくなる。今回は雪村さんの見る目が無かったってことで諦めて下さい。唯香で話を進めていきます。渡瀬社長、貴重な時間をわざわざ割いて頂いたのですが、申し訳ありません」
俺は渡瀬さんに深々をお辞儀をすると、雪村さんを連れて応接室を出ようとした。
「ねぇ、朝倉君だっけ?ちょっと待ってくれる」
渡瀬さんの声に振り返ると、俯いて唇を噛んでいるメイの横で、彼女は笑いを堪えているような顔をしていた。
「私達にチャンスをくれない?ううん、メイにチャンスをくれない?」
「は?」
「この娘は唯香が相手だからビビッてるだけよ。やるからにはキチンと仕事するわ。一度だけこの娘を使ってくれないかしら。もちろんギャラはいらないわ」
「社長!」
驚いた顔をしてメイは渡瀬さんの腕を掴む。
「その仕事の出来で、メイを使うかどうか決めて頂戴。私はこの娘を買ってる。あなたのその評価が間違っていることを証明したいのよ」
そう言うと艶やかな笑みを浮かべウインクした。
「…な、なんか緊張してきちゃった」
隣に座っている雪村さんはそう言うと、目の前のコーヒーを一気に飲み干した。
(何で雪村さんが緊張すんだよ…ってか、さっきの勢いはどうしたんだ?)
さすがに言うのは憚られて、心の中でツッコミを入れた。
俺もつられてコーヒーに手を伸ばした瞬間、扉が勢いよく開いた。
「ごめんなさい、お待たせしてしまいました」
条件反射的に椅子から立ち上がると、俺は相手に向かって軽く一礼した。雪村さんはそんな俺を見て、慌て立ち上がると深々頭を下げていた。
「初めまして。私【next】代表の渡瀬千沙と申します」
そう言うと、俺たちの前に名刺を差し出した。名刺を差し出す手は一目で手入れされていることが判り、爪は綺麗にネイルが施されていた。さすが、モデル事務所の社長だけあって華やかな雰囲気を醸し出している。
俺はその名刺を受取り、代わりに自分の名刺を渡瀬さんへ差し出した。
「初めまして、【グローリー・コーポレーション】販売促進課の朝倉といいます。こちらは【アンジェリア】のチーフデザイナーの雪村です」
俺の横で固まっている雪村さんを紹介すると、渡瀬さんはにっこりとほほ笑んだ。
「あなたが、雪村さんですか。今回はうちのメイを推薦して下さったとか…」
「あ…ええ、彼女を雑誌で見て、この娘だって思って…あの、申し訳ありません、名刺持ってなくて」
「構いませんよ、それより何故メイなんです?確かモデルは唯香に決まってたはずですよね?カリスマモデルの唯香を差し置いて、まだモデル歴1年のメイに白羽の矢が立った理由を教えてもらえません?」
艶やかな笑みでこちらを見ている渡瀬さんだが、その目は真剣で雪村さんをじっと見つめている。
「彼女…メイさんっていうんですか…初めて写真で見た彼女は私がイメージする女の子そのままだったんです。少女から大人の女性へ移り変わる微妙な時期の色気と清廉さ、そして強さと弱さ。相反するイメージですが、彼女の表情はそのどちらも併せ持ってる…ううん、表現できると言った方がいいかもしれない。私は彼女のイメージで服をデザインしたいと思ったんです。だから、無理を承知で今日こうやって彼女に会うために来ました」
渡瀬さんの目をしっかり見つめながら、雪村さんは自分の言葉でその理由を伝える。
それをじっと聞いていた渡瀬さんは、テーブルに置いてあった携帯を取ると誰かへ電話をかけた。何度目かのコールで相手が出た気配がした。
「あ、もしもし、私よ。今どこ?悪いけど今すぐ事務所へ来て」
相手が何か言っているのを無視すると、彼女は電話をきった。
そして俺たち2人にニコッと微笑んだ。
「それでは、詳しい仕事内容と、契約内容を聞かせてもらいましょうか?」
それから一時間程俺たち三人で【アンジェリア】の企画内容を話し合っているところへ、応接室の扉がいきおいよく開いた。
驚いてその方を見ると、背の高い女の子が怒った表情で立っている。
「メイ、遅いわよ。すぐ来るように言ったわよね?」
「…これでも急いで来たんですが。それに今日はオフなんですよ」
怒った口調で言った後、俺たちがいることに気づき口をつぐんだ。
渡瀬さんは、そんな彼女を手招きした。
「この娘が、メイです」
そう言って紹介された彼女は、訳が判らないまま俺と雪村さんへ一礼した。俺達も慌てて立ち上がると彼女と対面する形で挨拶した。
メイはおそらく身長は175cmはあるだろう。俺が185cmあるが少し低いくらいの目線で目があう。写真の彼女とは違い、今日は化粧っけのない顔に長い髪を後ろに束ね、ジーンズとシャツというシンプルな出で立ちだ。
俺は自分の名刺を彼女にも手渡す。それを受け取った彼女の顔が一瞬驚いた様に見えた。そしてもう一度俺の顔を見る。
「あの…名前は何て読むんですか?」
「ああ、ひろきです」
「…そうですか」
それから雪村さんが自己紹介をして、4人席についた。
メイは何故自分がここへ呼ばれたか判らないようで、横に座っている渡瀬さんの方を向く。
「社長、一体何なんです?休みにわざわざ呼び出すなんて」
「メイ、あなた【アンジェリア】のモデルになれるならどうする?」
渡瀬さんはメイの顔を見ながら言うと、俺達が持ってきた契約書を彼女の前へかざした。
メイはそれを受け取り書面を読み終えると、渡瀬さんへ契約書を押し付けた。
「無理です!私に【アンジェリア】のモデルなんて!それに唯香さんがいるじゃないですか。彼女には敵わないです」
「メイちゃん、私があなたがいいって言ったの。お願い、私を助けると思ってモデルの仕事受けてくれない?」
雪村さんがメイを宥めるように言う。渡瀬さんも「チャンスだ」と勇気づけるが、彼女は無理の一点張りだ。
「なぁ…君、仮にもモデルだよな?トップになろうとか野心ってないの?」
ずっと、3人の会話を聞いていた俺はついそう口にしていた。
「確かにモデルの仕事してるけど、それだってこの長身を活かせるからってだけだもの…トップなんてそんなだいそれたこと思ってないわ。ましてやあの唯香さんと張り合うなんて」
「……雪村さん、帰りましょう」
俺は席を立ちながら雪村さんの腕を掴み、立つように促した。
「えっ、ち、ちょっと朝倉君!待って、まだ契約が」
「こんな無理とか言ってる奴、【アンジェリア】のモデルには相応しくないですよ。俺達はこの企画を成功させるために必死なんだ。それなのにやる気のない奴がモデルになったって、売れる服も売れなくなる。今回は雪村さんの見る目が無かったってことで諦めて下さい。唯香で話を進めていきます。渡瀬社長、貴重な時間をわざわざ割いて頂いたのですが、申し訳ありません」
俺は渡瀬さんに深々をお辞儀をすると、雪村さんを連れて応接室を出ようとした。
「ねぇ、朝倉君だっけ?ちょっと待ってくれる」
渡瀬さんの声に振り返ると、俯いて唇を噛んでいるメイの横で、彼女は笑いを堪えているような顔をしていた。
「私達にチャンスをくれない?ううん、メイにチャンスをくれない?」
「は?」
「この娘は唯香が相手だからビビッてるだけよ。やるからにはキチンと仕事するわ。一度だけこの娘を使ってくれないかしら。もちろんギャラはいらないわ」
「社長!」
驚いた顔をしてメイは渡瀬さんの腕を掴む。
「その仕事の出来で、メイを使うかどうか決めて頂戴。私はこの娘を買ってる。あなたのその評価が間違っていることを証明したいのよ」
そう言うと艶やかな笑みを浮かべウインクした。
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