君の隣に

れん

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第1章

その9

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「……お前…麻生か?」

 俺は、こちらに背を向けて契約書を読んでいるメイへ問いかけた。

 すると驚いた様に振り向いた彼女は、俺が手にした写真を見て顔をしかめた。

 そして何も答えずにまた前を向き、契約書へと目を落とす。

 微かな苛立ちを抑え、俺は彼女の目の前へ写真を突き出す。

 …………

 メイはゆっくりと俺の方を見上げた。

「麻生だよな?」

 俺の問いかけに唇を噛み締め、メイは頷いた。

 彼女の向かいのソファに座り直した俺は、メイの顔をじっと見た。

 浅黒かった肌も透き通る様な肌理きめの細かい白い肌に変わっているが、顔立ちは中学校の時の面影を残していた。

 そんな俺の視線を避ける様にメイは俯く。

「何で言わなかった?俺が最初に会った時、名刺を見て俺って気づいたよな?」

「それは……ごめんなさい…」

「俺のせいか?今度の契約断ろうとしてるのは?」

 そんなに俺は嫌われていたんだと、今更ながらに思う。その事実に少しばかり心が折れそうになった。

「ちが…っ、朝倉君のせいじゃない」

 驚いたようにメイは顔を上げる。

 2人の視線がぶつかった。

「じゃ、何なんだ?」

「だから、言ったじゃない。唯香さんには敵わない。自分に自信がないのよ」

「【アンジェリア】のモデルはメイでなければダメだ!雪村さんの目を信じろよ。俺も彼女の目を信じてる」

 元気づけるように言ったのだが、メイは辛そうな顔で俺を見た。

「雪村さんの事、信頼してるのね?」

「?…ああ、尊敬できる女性(ひと)だよ。なあ、俺の事が嫌いなのは仕方ないけど、仕事と割り切ってくれないか?もし何ならお前の担当を別の奴に変わってもらうから」

 本当はこんなこと提案したくなかった。もう1度あの頃の様に麻生と一緒に過ごしたい。

「本当に私に出来る?」

 メイは不安げな表情で俺を見つめてきた。

「お前にしか出来ない…」

 どの位の沈黙が続いただろう。ふとメイが口を開いた。

「契約書にサインするわ……担当は、朝倉く…さんでお願いします」

 麻生--メイはあくまでビジネスライクに徹するつもりなのか、俺の事を意図的に『さん』づけで呼ぶ。

 それでも、担当は俺でいいと言ってくれた。少しだけ救われた様な気がした。

 この仕事が終わる迄に、あの頃彼女に投げつけてしまった言葉について謝ろうと俺は心に誓った。
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