君の隣に

れん

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第1章

番外編~吉澤岳史の場合

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吉澤主任視点です。話の時期は12話~13話部分となってます。

もし、よろしければおつきあい下さい。




「おい、朝倉!」

 俺は、後輩兼アシスタントである朝倉を呼んだ。

 朝倉はすぐに俺のデスクまでやって来た。

「はい、何ですか?主任」

 朝倉は185センチの長身で、座っている俺を見下ろしていた。

(お前、デカすぎ!見下ろされるのって結構怖いぞ---)

 心の中でそんな事を思いながら、おくびにも出さずに俺は朝倉に仕事の指示を出す。

「今日、【アンジェリア】の事で、雪村とメイの取材が3件入っているよな?段取りは大丈夫か?」

「はい--午後から取材ですので、正午までにメイを社に連れて来ます。そしてメイク、ヘアを整え衣装を着替えてもらい、1時にはスタンバイ出来るようにする予定です」

 よどみなく答える朝倉を見ながら、俺は感心していた。

 こいつはまだ入社して1年目だが、仕事に対してとても真剣に取り組む。俺はそんな朝倉にひそかに期待をしている為、今回俺のアシスタントという大事な仕事を任せようと思った。

 勿論、本人にそんな事は言ってない。アシスタントに指名した時、すごく驚いたみたいだが。

 今回の企画---【アンジェリア】の販路拡大は、俺にとっても大事な仕事だった。

「で、雪村の方は?」

「…それが、雪村さん、取材は嫌とかごねてるんですが」

 俺の眉間に皺が寄る。

「はあーっ?何、寝ぼけたことを!---雪村はどこにいる?」

 俺は朝倉に居場所を聞くと、雪村の所へ向かう。

「おい、こらっ!雪村、今更取材が嫌だとか、ふざけてんじゃないぞ」

 大声で怒鳴りながら、俺はデザイン室へと入って行く。

「ち、ちょっと、何よ。ノックもしないで!」

 雪村はデザイン画を描いていたらしく、机に向かっていた。

「取材は今日なんだぞ、今更嫌なんて我が儘通じないんだよ、それにメイちゃんだって来るんだ。お前取材を彼女1人にさせるつもりか。【アンジェリア】はお前のブランドなんだぞ!」

 俺が畳み掛ける様に言うと、雪村は『うっ』と言葉につまる。

 そして深い溜め息をついた。

「……分かってるわよ。それぐらい。いくら私が人前に出るのが苦手でも、みんながこれだけ【アンジェリア】の為に、頑張ってくれてるんだから、私もちゃんとしないとって---」

「分かってるなら、別にいい。取材は午後1時からだ---遅れるなよ」

 俺はそれだけ伝えると、デザイン室をあとにした。




 俺---吉澤岳史(たかふみ)は【グローリー・コーポレーション】販売促進課の主任をしている。今、手掛けている企画は【アンジェリア】という新ブランドの販路拡大で、今日はブランドの宣伝を兼ねて、チーフデザイナーの雪村と専属モデルのメイが取材を受ける事になっているのだが……

「朝倉、頼みがあるんだが」

 販促課に戻った俺は、メイを迎えに行く為に外出しようとしていた朝倉を捕まえた。

「---何ですか?俺、今からメイを迎えに行くんですが」

「ああ、実は今日の取材、お前も同席してくれ」

「へっ?何で…」

 意外な事を言われて、驚いたように俺を見る。

「厳密には、お前にはボディーガードとして部屋で待機してほしい。取材中に2人に何かあっても困るしな」

 俺の言葉に、朝倉はなるほどと頷く。

 そんな朝倉に、俺は更に言葉を続ける。

「まぁ、これは建て前として……本当は2人が逃げ出さないように見張っててほしいんだ---特に雪村な。あいつは逃げかねない」

 朝倉は呆れたように俺を見る。

「……まさか、いくら何でも」

「いいや、お前はまだあいつの事、分かってない」

 俺は断言した。そう、あいつは土壇場になると何をしでかすか、わかったもんじゃない。

「わかりました。じゃ、メイを迎えた後は、取材に同席すればいいんですよね?」

「ああ、頼んだぞ」

 朝倉は頷いて、メイを迎えに出て行った。



「どうだ、2人共……大丈夫か?」

 俺は取材が始まる30分前に、やはり気になって3人の様子を見に来たのだが、女2人が顔面蒼白の状態でソファに座っていた。

 問うように朝倉を見れば、軽く溜息をついた後『2人して帰りたいとか言ってます』という返事が返ってきた。

 俺は朝倉の言葉に、予想していたとはいえ脱力した。そして顔を上げると部屋の奥に座っている雪村へ話し掛けた。

「……雪村、お前普段あんだけ言いたい放題いうくせに、なに猫被ってるんだよ」

 すると雪村の身体がピクっと動いた。

「何ですって?誰が猫被ってるのよ!失礼な---元はと言えば、吉澤君が取材なんか受けるから悪いんでしょ。私たちの方こそいい迷惑よ!」

 先程までの緊張はどこへ行ったのか、いつも通りの雪村に戻っている。

 そんな雪村を見て、俺はニヤっと笑った。

「うん、その調子だ。雪村、いつものお前でいいんだよ」

「は?」

 意味が判らないと言った顔で、雪村はこちらを見ている。

「無理して言葉を選ぶな。お前はこの【アンジェリア】に対する思いをそのまま言葉にすればいいんだ。その後の事は俺達の仕事だ----という事で、頑張れよ!あ、メイちゃんもね」

 2人に笑いながらそう言って、俺は朝倉に任せるべく奴の肩をポンと叩いて部屋を出た。



 取材は何の問題もなく無事に終わった。

 その後、反省会と称してミーティングを行ったのだが、雪村とメイの様子がどうもおかしい---

 なんかボーっとしている様な?何かあったのか?

 朝倉に聞いてみても『はぁ…』と、曖昧な返事しか返ってこない。何なんだ?気になる……

 結局訳がわからないまま、お開きになった。

 帰り際、朝倉が駐車場から車を回してくるまで、会社の入口でメイや雪村と3人で話をしていた。

「ねぇ、メイちゃん。朝倉君のことどう思う?」

 雪村が突然そんなことを聞き始めた。

「は、はいっ?雪村さん、な、何ですか?突然---そ、そういう、雪村さんこそ……」

 メイは焦ったように雪村の質問に質問で返す。

 しかし、こいつはそんな事ではぐらかされる奴ではない。

 俺は黙って事の次第を観察することにした。

「私?私はねぇ、可愛い弟って感じ?---それより、何か2人いい感じかなぁと思って…朝倉君はお奨めよ。ねぇ、吉澤君?」

 雪村は俺の方を見て、同意を求めてきた。

(---俺に振るか?お前は!)

 メイは窺うように俺を見ている。さて、何と答えよう?朝倉はいい奴だ。それは雪村と同意見だが、それを認めると雪村は調子に乗りそうだ。

 俺が考えているところに、朝倉が車で戻ってきた。

 朝倉は車の中から俺達に『主任、送っていきますよ』と声をかけてきたが断った。

「いや、大丈夫だ。終電まではまだ時間あるからな」

「そうそう、それにお邪魔でしょう?」

(雪村!お前まだ言うか!)

「へ?」

 案の定、朝倉は意味が解らないといった顔でこちらを見ている。

「な、何、言ってんですか?変なこと言わないでください!朝倉さんにも迷惑ですよ」

 雪村の言葉にメイが焦っている。可哀想に…顔も少し紅潮している。

 俺は、首を傾げてこちらを見ている朝倉の方に近づいて行った。

(雪村の意見に同意したくはないが、確かに2人の様子は微妙に…何か違うよな?)

 朝倉の横まで行くと、俺は試しに言ってみた。

「……メイちゃんは、うちの大事なモデルだ。邪(よこしま)な事考えるんじゃないぞ!」

 一瞬、唖然と俺の方を見ていた朝倉が、次の瞬間、こちらが可笑しくなるくらいみるみる真っ赤になった。俺はつい笑ってしまった---朝倉、お前解りやすい。

「ばっ、馬鹿な事言わないで下さいよ。全く、2人共ふざけ過ぎです」

「冗談、冗談。お前の事は信用してるって!……もし付き合うとしても、お前なら真剣に付き合うだろうし」

 もし---の後はメイ達に聞こえない位の小声で言ってやった。

「大丈夫ですって、彼女は俺のこと嫌いですから」

 朝倉は俺に向かって、真剣な顔でこう言った。

「は?んな、訳ないって……」

 俺が見たところ、おそらくメイも朝倉の事が好きだろう。傍で見ていても解りやすい2人なのに、何言ってんだ?お前……

 そう言ってやろうと口を開いた時、メイが助手席へと乗り込んできた。

 続きが言えないまま、俺はそのまま黙って2人を見ていた。

「それじゃ、お疲れ様です。気を付けて帰って下さいね」

 メイが俺と雪村に別れの挨拶をし、朝倉は一礼すると、車を発進させる時に軽くクラクションを鳴らして帰って行った。

 2人が帰ってしまい、俺と雪村だけが残された。



 俺達は駅までの道程を歩いていた。

「ぜーったい、あの2人は両思いなんだって!---だって撮影の時、2人共相手の事じっと見つめてるのよ。メイちゃんなんて、朝倉君の姿見つけたら安心したように笑ってるんだから…」

 雪村……お前、仕事中に何してんだよ。頼むから、真剣に仕事してくれ……

 こいつの話を聞きながら、俺はだんだん頭が痛くなってきた。

 何で俺は、他にも仕事を抱えて忙しいのに、わざわざ【アンジェリア】の企画を引き受けたんだろう。

 答えは解っている。

 俺はこいつに惚れている。それも一目ぼれだ。かれこれ片思い5年以上か…不毛だ。

 【アンジェリア】はあのままだと撤退という話にまでなっていた。

 だからどうしても阻止したくて、自ら上層部に今回の企画を持ち込んだ。それもこれも横で能天気にしている、こいつの為に。

「私って勘が鋭いんだから!絶対間違いないわ」

(---だったら、俺の気持ちにも気づけ!この馬鹿)

 自信満々の雪村を横目で見ながら、俺は深いため息をついた。
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