君の隣に

れん

文字の大きさ
上 下
18 / 35
第2章

その17

しおりを挟む
 その次は意外に早く訪れた。


 --翌朝--

 俺は酷い頭痛と共に目が覚めた。

(やっぱり、飲み過ぎた)

 口の中は粘ついていて、喉は乾ききっていた。

 俺が水を飲もうと冷蔵庫を開け、ペットボトルを取り出し口をつけた瞬間---

 ---ピンポーン---

 玄関のチャイムが鳴った。

 時計を見ると、10時過ぎだった。

(誰だ?こんな朝から……)

 俺はインターフォン越しに返事をした。

「はい、どちら様?」

 ---あ、おはよう!私、五月だけど---

 麻生?

 俺は慌てて玄関のドアを開けた。

 そこには、今の俺とは正反対の、爽やかな笑顔を浮かべたメイが立っていた。

「うわっ、やっぱり二日酔い?何か目が血走ってるし」

「……悪い、麻生…声、少し抑えて…頭に響く……」

 俺は頭を押さえて、懇願する。

「あ、ごめん…実は、この前持たせて貰った保存食の容器、持ってきたんだけど」

 メイは紙袋を俺に差し出した。

「わざわざ、よかったのに……」

 受け取りながら俺は返事をするが、気分が悪くて言葉が続かない。

 そんな俺を見て、メイが俺を押しのけて家に入ってきた。

「麻生、何……」

「この前のお礼させてもらうね」

 そう言うと、スーパーのレジ袋を掲げて見せて台所の方へと歩いて行った。



「はい、どうぞ!味は保証しないけどね。二日酔いには効くよ」

 そう言って俺の前に、作ったばかりの味噌汁を出した。

「え?これ…」

「しじみのお味噌汁---二日酔いに良いって聞いたから」

 メイは笑って『飲め』とジェスチャーをしている。

 俺はその温かい味噌汁を、ゆっくりと飲んでいく。身体の中からじんわりと沁みてくる。

 飲み干すと、ほうっと息をついた。

「どんな?」

 心配そうにメイが聞いてきた。

「ん、美味かった。おかわりあるか?」

 俺の返事に嬉しそうに頷いて、空になったお椀を持って台所へ入って行った。



 しばらくすると、頭痛も治まりだいぶ気分も良くなっていた。

 すると昨日の事が鮮明に思い出され、今更のようにメイの顔がまともに見れない。

(うわっ、どうしよう。今更、どう言い訳する?)

 そんな俺の態度に気づいたのか、メイがそっと言った。

「朝倉君、昨日の事---私、気にしてないから。酔ってて誰かと間違ったんでしょ?」

 彼女の言葉に驚いて見つめると、メイは視線を逸らしてしまった

(気にしてるだろうが……)

「ごめん……吉澤主任と好きな子の話をしてたから、つい……」

 嘘ではない。相手が誰かは言わないけど。

「好きな子……いるんだ」

 メイが呟く。

 俺は気づかれないように、出来るだけ平静を装った。

「ああ、いるよ…… 一応俺だって健全な男ですから。ただ、片思いだけど」

 その言葉にメイは、こちらを見た。

「何で?告白すればいいのに……朝倉君だったら、『OK』貰えるよ」

「ところが、彼女は俺の事が好きじゃないんだよな……だから無理」

 俺が自棄気味に言うと、驚いた様にメイが言った

「彼氏がいる子とか?……まさか、人妻じゃないよね?」
「いや違うよ---本人は彼氏いないって言ってたけど」

「そうなんだ……朝倉君、大丈夫!他にもいい子はいるって!その子は見る目ないんだよ」

(いや……お前なんだけど)

 言いたい気持ちを抑えて、俺はメイに微かに笑顔を向けた。

「ありがとうな。慰めてくれてさ---本当、昨日はごめん、出来れば忘れてくれ。もう2度とあんな事はしない。約束する」

 俺は安心させるようにメイに言ったが、彼女は何故か一瞬、奇妙な表情を浮かべた。

「うん、大丈夫。気にしないから---朝倉君も早く、素敵な彼女できたらいいね」

 お前、その言葉は残酷すぎる……

「……そうだな、早く踏ん切りつけないとな」

 恐らくそんな日は来ないと思いながらも俺はそっと答えた。



 メイは用事があるとかで、帰って行った。

 俺は1人、家の中でメイの事を考えていた。

 諦めなきゃと思う反面、心のどこかで期待している自分がいる。

 昨日、彼女を抱きしめてしまった為に、もっと触れたいという欲望が頭をもたげている。

 さっき、彼女に『もう2度とあんな事はしない』と言ったが自信がない。言ってるそばで、彼女の髪に触れたい、頬に触れたいと手をのばしそうになっていたのだから。

 主任は『お前なら仕事とプライベート分けるだろう』と言ってくれていたが---すみません、主任。今の俺はメイに対して邪よこしまな思いしかありません。

 とりあえず、今日はメイが帰ってくれて良かった。あのまま彼女がいたら、恐らく俺の理性は崩壊していたと思うから。



しおりを挟む

処理中です...