君の隣に

れん

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第2章

その20

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「……げっ、39度!」

 体温計が表示した数字を見て、俺は枕に突っ伏した。

 この数日---体が怠くて食欲がなかったのだが、昨日の夜からとうとう熱が出た。おそらく疲れから風邪をひいてしまったようだ。

「だから、今日は出勤無理だって!」

 ベッドの横で仁王立ちして、こちらを見下ろしているのは妹の美樹(みき)だ。

「だけど、今日は大事な企画会議……」

「そんなの行く前に病院行きなさいよ!第一、会議に出てもこんな熱がある状態じゃ、まともに話も出来ないし聞けないでしょーが!それなら、いっそいない方がましだと思うけど」

 ……ごもっとも………

 美樹は今年、高校に入学した。

 普段は実家から高校に通っているが、今は秋休みという事で、一昨日から俺の家に泊まっている。買い物と最近出来たアミューズメントに行くのが目的と言ってるが、俺は知っている---本当は中学から付き合っている彼氏に会いに来たという事を……ったく、最近のガキはませすぎだよな。

「とにかく…病院行かないなら、薬飲んで寝てなさいよ!会社に連絡しようか?」

「いいっ!……自分でやる…」

 俺がそう答えると、目の前に携帯が差し出された。

「………」

「早くかけなさいよ………やっぱり私が…」

 そう言って俺の携帯のメモリーを開こうとする。

「わかったよ……返せ!自分でかける」

 俺は観念して美樹から携帯を奪い返す。

 会社へかけるとコール2回で応答があった。

「あ、おはようございます。朝倉ですけど、吉澤主任は出勤してますか?」

 電話でのやりとりを美樹はじっと見ている。

「おはようございます。朝倉ですけど、すみません---今日、休ませてほしいんですが---はい、熱が39度ありまして……」

 俺がそこまで言った時に、吉澤主任の笑い声が聞こえた。どういうことだ?

 電話の向こうの主任は笑いを引込めると真面目な声で、『病院行けよ』と言ってくれたが、あの笑いの後なのでどうも白々しく聞こえる。

 一応、行くとは答えたが、病院まで行く気力、体力が無い。

 電話を切ると、美樹が俺に話し掛けた。

「兄貴!いい?ご飯食べて---あ、お粥作ってあるから、薬を飲んで寝てなさいよ。今日は早く帰って来るから」

 そう言うと、お粥、薬と水を俺の部屋まで運んで来た。

 意外にまめだよな---言い方は雑だけど……俺は自分の妹の別の一面を見たような気がした。

 しばらくすると、美樹はデート(おそらく)に出掛けて行き、俺は1人で寝ていた。静かな部屋は薬を飲んでいる俺にはとても居心地が良く、いつの間にか眠りに落ちていった。



 どの位眠っていたのだろう---話し声で目が覚めた。

(誰だ?……美樹が帰ってきたのか。しかし、誰と話をしてるんだ?)

 俺は眠りが覚めかけた頭でそんな事を考えながらふと、自分が病人なのをいい事に彼氏を連れて来たかと思い目が覚めた。どうやら玄関の方で話をしているようだ。

 ふらつく体を起こすと、俺はリビングを抜けて玄関へと向かった。

「じゃ……お大事に」

「わざわざ、ありがとうございます」

 え?この声って---

「麻生?」

 俺が声をかけると、2人が驚いた様にこちらを見た。

「あ、起きたんだ!良かった。彼女、会議の資料とお見舞い持って来てくれたのに、帰ろうとしてたのよ」

 安心した様に美樹が言う。

 その言葉に俺がメイを見ると、居心地悪そうな顔をしている。

「せっかく来たんだから、お茶でも飲んでけよ。こいつが淹れるから」

「でも、熱があるんでしょ?安静にしてた方がいいし」

 メイは心配そうに俺の方を見た。俺は安心させる様に笑うと、美樹にお茶を入れる様に言った。

 美樹は意味深な笑顔を浮かべると、台所へと入って行く。

「ほら、早く中へ入れ。ドア開けっぱなしの方が、体が冷えて良くない」

「あ、ごめん」

 慌ててドアを閉めたメイを見ながら、俺はそっと彼女を家の中へと招き入れた。




「ごめんなさい、お待たせしました。コーヒーで良いですか?」

 カップを3客、トレーに載せて美樹が台所から出てきた。

「あ…はい、大丈夫です」

 メイは緊張した面持ちでソファに座っている---何で、緊張してるんだ?

 俺がそんな事を考えていると、美樹がコーヒーを各々の前に置いていく。

 そして俺の隣に座るとメイに向かってにっこりと笑った。それにつられてメイも微笑んだ。

「…ねぇ!紹介してよ」

 期待の籠った目で美樹が俺を見る。

「あぁ、そうか…彼女は今、一緒に仕事をしているメイで……」

「うそっ!あの【ルージュ】の?---私、あなたのファンなんです!」

 美樹は俺の話を途中でぶった切ると、メイの両手を掴んで強引に握手?している。

 お前、その雑さどうにかしろ。

「……あ、ありがとうございます」

 メイも美樹の勢いに圧されている。

「写真と印象が違うから気付かなかった!でも私、今の貴女がいいな----何かナチュラルで一緒にいて落ち着く感じ」

 その言葉にメイは驚いた様に美樹の方を見る。

 更に美樹は続けた。

「……今のメイを見たら、【ブラン】の方が合ってると思うのに…」

 今度は俺が驚いた。

「何でそう思う?」

「は?だって今のメイには【ルージュ】みたいな真紅より、純白とか淡い色が似合うでしょ?絶対!---

あ、誤解しないで!【ルージュ】の時もカッコいいよ!だから私は好きになったんだから」

 意外な美樹の言葉に、俺はやっぱり雪村さんの主張が正しかったんだと思った。

「ありがとう---こんな風に直接言われた事、ないから何か凄く嬉しい」

 メイは美樹に向かって笑顔で答えた。

 そんなメイを見て、何故か美樹が---照れている?

「ごめんなさい!素人のくせに生意気言って……」

「確かに生意気だな----でも参考にはなった。ありがとうな」

 俺の言葉に美樹は目を丸くした。そんな美樹に更に言葉を続ける。

「で、お前はいつ自己紹介するんだ?」

 ハッとした様にメイの方を見ると、姿勢をただした。

 メイもつられて、背筋を伸ばす。

「初めまして!私、朝倉美樹と言います。初対面で生意気言ってごめんなさい」

「……え?美樹ちゃん?」

 メイは驚いた様に美樹を見ている。

 美樹もそんなメイを不思議そうに見た。

「そうだよ。俺の妹の美樹」

 俺の言葉に、今度はメイが興奮した。

「本当にあの美樹ちゃん?こんなに大きくなって……全然判らなかった!」

 美樹は戸惑った顔で、俺を見る。

「お前はまだ小さかったから覚えてないか---麻生だよ。俺の中学の同級生で、よく夕飯食いに来てた奴……『五月ちゃん』だよ」

 俺の言葉を聞くと、美樹は驚いた顔でメイを凝視した。

「『五月ちゃん』?あの?……」

 美樹の言葉に、メイは嬉しそうに頷く。

 すると、美樹は立ち上がるとメイの隣に座り----抱きついた。

「五月ちゃん!会いたかったぁ---もうっ!全然連絡くれないんだもん。私も母さんも心配してたんだよ」

「ごめんね、美樹ちゃん。でも私も会いたかった!」

 抱きつかれたメイも嬉しそうに美樹を抱きしめる。

 そんな2人の光景を見て、俺は複雑な気分になった……

 ---何か、俺の時と態度が違い過ぎないか?

 ふと、再会した時の事を思い出す。

 あの時、メイは知らんぷりしていたよな?それって、俺とは会いたくなかったって事か?

 今の様に嬉しそうな顔もしなかったし……むしろ嫌そうじゃなかったか?

 そんな事を考えたら、段々気分が悪くなってきた---熱が上がったかも?

「……俺…寝る」

 嬉しそうに話をしている2人に、俺はそう言うと立ち上がった。

「あ、その方がいいよ---夕飯出来たら起こすから!五月ちゃんも食べてってね」

「え?美樹ちゃん、作るの?凄い!えっと、まだ中学生?」

「今年、高校に入学したの」

 完全に俺を忘れている2人を残し、俺は寝室へと戻った。

 そして、そのままベッドへ倒れ込むとすぐに睡魔が襲ってきて、俺はまた眠りについた。


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