君の隣に

れん

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第2章

その26

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 あれから1か月が過ぎた。

 母さんからも美樹からも電話が無く、俺はホッとしていた。

 メイとも撮影以外で会う事はなく、撮影の時も必要な事しか話さないので実家に帰るという話はいつの間にか忘れていた。

 それなのに、突然の懐かしい人物からの電話でまた悩む羽目になった。



「よぉ…朝倉、元気か?」

「林原か? 久しぶりだな!」

 電話の相手は中、高校と仲の良かった林原だった。

 しばらく、お互いの近況などを話した後、林原が唐突に言った。

「…実は、中学校の時のクラス会をやろうと思ってるんだけど、お前出席出来るか?」

「中学か…懐かしいな。10年振りくらいだよな? いつだ? 時間が合えば大丈夫だけど…」

「あぁ、来月の第2週の土曜日だけど……それで、麻生にも声をかけてほしいんだ」

 林原が窺う様に、俺に頼んできた。

「え? 麻生?」

「---お前達、付き合っているんだろ? だから、出来れば2人一緒に出てほしいなと思ってさ。麻生は転校して以来、クラスのみんなに会った事ないはずだし---みんな実は2人に会うの楽しみにしてるんだ」

 林原の言葉に俺は慌てて尋ねる。

「おい! 林原、お前誰から聞いたんだ?」

「は? お前の母さんに決まってるだろ」

 やっぱりそうか---俺は電話を握りしめながらがっくりと項垂れた。

 林原の父親は地元でも結構大きなスーパーを経営していて、林原本人もそのスーパーで働いている。いずれ跡を継ぐはずだ。

 母さんは林原に『大樹と五月ちゃんは付き合ってる。近々帰ってくる事になっているから楽しみ』と話をしたようだ。それで、よく集まるメンバーでクラス会をやろうという事になったらしい。

「いやぁ、お前と麻生が付き合っているって知って、みんな喜んでるんだぜ……中学校の時、みんなが冷やかしたせいで2人が仲互いしたの気にしてる奴もいたし」

 意外な話を聞かされ俺は驚いた。

「……そうなのか?」

「あぁ、橋本なんてこの前、話を聞いて一番喜んでたぜ! 何せあいつが元凶だしな。かなり気にしてたみたいだ」

 橋本…あの時、俺と麻生をからかった張本人だ。気にしてたんだ---

「だから、頼む! 短い時間でもいいから、顔を出すだけでもしてくれないか?」

 電話の向こうの林原が懇願している。

「それに、報告したい事もあるしさ」

「報告したい事?」

 俺は聞き返した。

「…実は俺、結婚する事になったんだ」

「ホントか? 相手は誰だ?」

「後藤だよ…後藤麻美」

「後藤…って中学の時一緒だった? お前達付き合ってたのかよ」

 驚いた。まさか、林原と後藤が付き合ってたなんて……

「あぁ、付き合い始めたのは2年前だけどな。時々、中学の同級生で集まっているうちに何となく…」

 後藤か……確かメイとは仲が良かったはずだけど…

 俺がそう思っていると、林原は更にこう言った。

「麻美も、麻生にあいたがってる。あいつら小学校からの友達だからな」

 やっぱりそうか。

「わかった、話してみるよ。だけど仕事で、もしかしたら行けないかもしれないから、あまり期待はしないでくれよ」

「おう、それでもいいよ。でも、俺達の結婚式には2人共来てくれよ。招待状送るから」

「それは勿論行くよ……良かったな、おめでとう」

「ありがとう! 朝倉も麻生と結婚するんだろ?」

「……それは、どうかな……」

 俺は曖昧に返事をすると、また連絡をすると約束し電話を切った。


 翌日は【ディア】との撮影があった。

 メイを迎えに行き、現場に向かう車の中で、林原からの電話の件を話した。

「え? 麻美ちゃんと林原君が結婚?」

 驚いたようにメイは俺の方を見た。

「あぁ、それで発表も兼ねてのクラス会をするから、俺達にも来てほしいってさ」

「行くっ! いつ?」

「来月の第2週の土曜日」

「朝倉君も行くわよね? 林原君と仲良かったでしょ?」

 メイの言葉に俺は黙ってしまった。

「…朝倉君……行かないの?」

「お前が行くなら、俺は今回は遠慮した方がいいと思う」

「何で?」

「母さんが林原に俺達が付き合ってるって言ったらしい。それでクラスのみんな喜んでて、会いたがってるから2人で来てくれって」

「クラスのみんなが喜んでる?」

 俺の言葉に、メイは首を傾げる。

「林原が言うには、中学の時に俺達の事をからかって、気まずくしたのをみんな気にしてたらしい」

「そうなの?」

「橋本なんか付き合っているって聞いて大喜びしてたらしいぜ---それに後藤がお前に会いたがってる。お前---転校以来、みんなに会った事ないだろ? 行って来いよ---俺は急な仕事が入ったとでも言うから」

「……行かない…」

 怒った様な声でメイが答えた。

「はっ?」

「朝倉君が行かないなら---私も行かない」

「何で? 楽しみにしてるんじゃないのか」

 車を路肩に止め、メイの方を見る。

 彼女は顔をしかめて俺を見ていた。

「だって……2人で行かなきゃみんなガッカリする。それなら2人共忙しくて行けないって言う方がいいと思う」

「お前---解ってるか?2人で行けば、あれこれ聞かれるぞ。それにまた母さんが会いにこいって言うに決まっている」

「私は構わないよ---おばさんには会いたいから---結局、朝倉君は私と一緒に行くのが嫌……ううん、付き合っているって思われるのが嫌なんだよね?」

 メイは睨む様に俺を見た。その表情は怒ってる様にも、悲しんでる様にも見えたが、その責める様な言い方に俺はムッとして言い返した。

「確かに……付き合ってるって嘘つくのは面白くない。ましてやリョウさんにも悪いだろうが」

 メイは俺の言葉に一瞬---怯んだように視線を外したが、再び俺に視線を合わせた。

「…リョウさんは大丈夫。クラス会に行くから向こうに2,3日泊ってくるって言うから。それに宿泊はホテルに予約入れるし、朝倉君には迷惑かけない。嘘つくのが嫌なら、むしろクラス会に行ってはっきりと本当の事言った方がお互いの為じゃない? もちろん、おばさんにも」

 俺はメイの言葉に何も返せなかった。確かに、彼女の言っている事が正しいと思うし---そうすべきだ。

 だけど、それをしたくない自分がいるのも事実だった。

「……とりあえず、私は行くから。朝倉君は好きにしていいよ」

 溜息をつきながらメイは俺にそう言った。

「わかった…」

 俺はそれだけ言うと、再び車を発進させた。
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