水芭蕉

尊命

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約束

side CECIL

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物心ついた頃には国が荒れていた。
幼い頃はまだ平和だったが年を取るにつれ、
だんだんと国は枯渇していった。
12歳になった今、最悪の事態と言っていいほど国は荒れていた

水がなく脱水による死者が絶えない。
水が無いから作物が育たず飢え死にする者。
貴族や王族でさえ、食事を制限していた。
飢えによる苦しみで近しい者同士、平民と貴族、村と村、街と街で暴動が起きた。
その波紋は徐々に広がり城へ攻め込んで殺される者達。

……死が絶えない日々。


「何故雨が降らない…」
……雨が1度でも降ってくれれば…
そうすればまだ救われる者がいるのに…


全ての国民が祈った
僕達王族だとて例外では無い。
……神はいないのか?
居たとすればなんと無慈悲な。




その日の夜もそんなことを考えて城の中の池を眺める
……水、みず、水
「……1度でも雨が降ってくれれば…そうすれば皆助かるのに…」
誰に言うでもなく呟く。

ドンッ

「っ?!」
誰かに押され池に落ちる。
生まれた頃から水の枯渇が起きていた為、泳いだ事がない。
上手く上に上がれず、ジタバタと暴れる事しか出来ない。
遠くから騎士と乳母の怒鳴り声が聞こえる。
あぁ、そういう事か…とぼんやりと思う。
上に上がろうとすればするほど沈んでいく。
あぁ、息が苦しい……体の力が入らない
ジタバタと動かしていた手足も動かせず静かに沈んでいく
ふと視界の端でキラリと銀色の何かが見えた。
…女性…?
銀糸のような綺麗な長い髪を揺らめかせ、
澄んだ碧色の瞳に女神かと思う程に美しく整った顔
ふと、彼女の細い腕に引っ張られる
どこにこんな力が…と考えながら意識が途切れた。




次に目を覚ました時、近衛騎士団長のギデオンに抱えられていた。ふと見渡すとたくさんの騎士と父である王が先程の女性に揃って膝まづいていて、理解する。
…あぁ、彼女が水神様だ。
そう認識したと同時に燃えるような怒りが沸いてくる。
口では感謝の言葉をへつらって居るが怒りは収まらない。
そんな僕に気付いたのだろう
「...なんじゃ」
古臭い言葉遣いで聞いてくる水神。
「...」
なんだとはなんだ。
「何か言いたいのであろう?」
「っ」
っなんで分かったんだっ
「言わないで後悔する覚悟があるならば何も聞かん。だがな、本心を隠すつもりなら一瞬でも顔に出さないことじゃな。ほれ、言うてみよ」
図星過ぎて返す言葉が無く、思っている事を口に出そうとすると
「、す、水神様はっ」
「セシルっ!」
父が咎める声を上げ「やめろ」という視線を僕に飛ばす。しかし
「よい。申せ」
水神は聞いてくれるらしい。
…ならば聞いてみよう。

「......水神様は、何故何もかもっ朽ちてしまってからお姿を現したのですかっ!!街には水が無く脱水で亡くなる者がたくさんおりました!雨が降らないからっ作物が育たなくて餓死する者もおりますっ!そのせいで暴動も起きておりますっ何故!どうして!こんなに無慈悲な事をっ!!あなた様は神でしょうっ!!たくさんの者があなた様に祈りを捧げました!なんでっ今になってっ、もっと、もっと早くっ...」

喋るに連れてどんどんと感情を零してしまう。
口に出すのも辛くて顔を歪ませてしまう。
なのに

「…いつの世も、人は勝手だのう」
そう言ってのけた水神に
っなんだと!と口に出す変わりに睨み付ける。
しかし、

「分からぬ者たちだのう...我は今まで何もして来なかった。
天地の恵みも災いもこの地が呼吸してるだけの事。
人間の為に神が動いてくれると何故思う?
人に出来ぬ事が神の役割だと何故思う?
自分の手で出来ぬ事を何故他人が出来ると思う?
何故望む?
そなた達は神が怒ると災いが起きると言うが、そう信じた神に何故怒る?
何故そなた達は神を崇めながら神を意のままに操ろうとする?
なんと傲慢なのじゃろう?
神たちがそなた達のその邪な気持ちに気付かないと何故思う?
そんな邪な気持ちの者を何故救ってくれると思うのじゃ。
我には不思議でならんよ。お前達人間が。」


そこまで聞いて思ってしまった。
あぁ、自分達は勝手だったのだ、と。
神が怒るのも無理は無いと。
そうだ、僕ら王族はいつも頭の片隅で思っていたじゃないかと
市民に出来ない事は王族の仕事。
自分達で出来ないことを他人である王族に頼む。
確かに王族が市民を庇護しているから当然なのだろうが、
何か問題があればその庇護している王族に市民は怒る。
金の為に、地位の為に王族に取り入り、意のままに操ろうとしている奴らを沢山見てきた。
ああ、僕たち人間は傲慢で強欲てどうしようもない生き物だ…
そうだ。なのに僕ら王族でさえ、自分達で出来ないことを神に押し付けていたんだ。ただの責任転換じゃないか…



「…のう?お前は言ったな?雨が降ればと」
片眉を上げてそう尋ねてくる水神様に
「っ、は、い。」
と応えるが苦しくて苦しくて仕方がなかった。
「ならば降らせてやろう雨を。そうじゃなぁ。100年程大雨を振らせ続けてやろう」
そう言った水神様の顔は無表情ではあったがその綺麗な瞳の奥に怒りの色が出ていた。
「愚か者共よ。自らの望みで溺れるがよいわ。…ふっふははっ!!怒りのままに力を振るおう。それがお前達人間の創り上げた神なのだからのう!」
そういい冷ややかな碧い瞳を向ける神に何も言えず涙がこぼれる。


「かわいそうで、かわいそうで、かわいいのう人間は。
もう1つ、お前の質問に答えねばのう?我が何故今現れたのか、だったのう?…我はな、1000年程前に慈しんでいた人間がおったんじゃ。でもなぁ人は変わってしまう生き物なんじゃよ。あの頃も酷い干ばつがあってなぁ…その者に加護を与えたんじゃ。涙の加護じゃ。その者が泣けば雨が降ったし泣き止めば雨が止まった。……でもな?その者は加護が金になると思い利用したんじゃ。でも神も万能な訳ではない。加護を乱用し始めると加護を使う度我の魂はすり減るんじゃよ。その者はとうに亡くなったがの?1度すり減り始めると止められないんじゃ、緩やかな死じゃよ。魂がすり減る度、我の体は弱くなる。…神は眠らないんだがの?魂がすり減っている我はそうはいかないんじゃ。500年に1度、数十年間眠り続けてしまうのじゃよ。」


ああ、この神は何も悪くないじゃないか、
この神も1種の被害者だ。
それに助けられなくて当然だ。僕らが眠るのと同じで彼女も寝ていただけの事。
ああ、僕はなんて事を言ってしまったのだろう。

すまなかったと謝るこの神に誰が怒れるだろう。

そして片手を上げ、雨をふらせてくれた。
なんと慈悲深い神なのだろうか…




それから水神様は離宮に留まる事になった。
そしてすぐに国は豊かになっていった。
水に困る事もなくなり、作物は育つようになった。
それに水神様が木の神様に作物を咲かせてくれる事をお願いし、みるみると成長したおかげで飢えに苦しむ事もなくなり、争いは絶え、人々に笑顔が戻った。
枯渇問題も終わり、今まで忙しくて出来なかった剣術や勉強に励んだ。
一段落したのはあの奇跡のような出来事の日から4ヶ月ほど経っていた。



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