森蘭丸外伝─果心居士

春野わか

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 切なげに眉を寄せ溜息を吐く事が近頃増え、天真爛漫な彼の顔からめっきり笑顔が減ってしまっていた。

───

 事情を知らぬ者が見れば、随分物々しい光景と思うであろう。
 褥の周りの四隅に棒を立て、注連縄を巡らし十二のひなごの御幣四枚を東西南北に掛ける。
 純白の寝衣に着替えた乱法師が真ん中の褥の上に俯き加減に座しているのが、まるで邪神に捧げられる美しき生贄のようであった。

「では何かございましたら紐を引いてお知らせ下さい」

「うむ」

 今宵は次の間で警護するのは三郎ではなかった。

 蓋を被せた瓦灯の火が仄かに室内を照らす。
 火を吹き消してしまえば部屋は闇に包まれる。
 毎晩同じ事を繰り返しているのに今宵は少し躊躇った。

 だが明日に備えて早く休まねばと仕方無く吹き消すと、糸のように細く上に伸びる白い煙の残像が、やがて闇に溶けた。

 褥に身を横たえると様々な記憶が脳裏を過り中々寝付けない。
 殆どが果心に纏わる事柄ばかりであったが、漸く教えて貰った『桃の実』の事を思い出した途端、その事で頭が一杯になってしまった。

 『桃の実』が古くから魔除けとされて来たのは、ある物に似ているからだと言うのだ。

 その『ある物』とは女陰である。
 女陰や女性の陰毛が魔除け、戦場では護符として身に付ける事さえあった理由は分からない。
 女性器の独特な形状を魔が恐れると思ったのか、穢れとされる女性を象徴する部位だからなのか、逆に生が産まれ出る聖域としての力を期待したのか。

 ともかく陰毛ならば妻に抜いて貰って数本紙に包んで携帯出来るが、女陰そのものは無理がある。
 そこで女陰に形状が似ている桃の実が魔除けとされてきたのだろう。

 因みに具足の隙間等に春画を忍ばせる事も良くあったらしいが、趣味と実益を兼ねた護符として好まれたに違いない。

 乱法師は衝撃を受けた。

 女陰という言葉の艶かしい響きだけでなく、そもそも本物を彼は見た事が無い。
 思いがけない物が魔除けになるという驚きより、桃の実が女陰の形に似ているという事の方が衝撃だった。

 女性の脚の間の秘奥は、初心な彼にとっては神秘の花園であった。
 極めて隠された場所であるだけに、その色形がどのような物か想像した事すら無かった。

 漠然と女人を頭に思い描き、開いた脚の間に桃の実を置いてみる。
 その絵図は実に生々しく、闇の中誰も見ておらぬというのに赤くなった顔を衾に埋めてしまう。

 信長によって性の扉を無理矢理抉じ開けられたものの、年上の同性による愛撫は余りにも一方的過ぎた。
 それに身体的特徴は同性なのだから、己の脚の間にある物が、少し大きく立派なだけの事である。

 ところが異性の場合は局部だけで無く、身体全体が未知の世界なのだ。

『美しい女性でも、そんな形状になっているというのか』

 今度は彼の短い人生経験と未熟な男の感性で、美しいと思う女性の脚の間に桃の実が付いている所を想像してみた。
 実は此の世で最も美しいと思うのは母親だったのだが、想像しそうになって慌てて除外する。

 日頃はそんなに意識しているつもりは無いのに、貴賎を問わず実に数多の女性が浮かび、武将の奥方の姿まで混じり背徳感で興奮してしまう。

 股間に触れると、萌している事に激しく動揺した。

 こんな事を考えて身体が萌《きざ》すのは卑しい愚か者と思えた。
 頭が益々冴え、身体が火照ってしまい今宵は眠れそうに無い。

「上様……」

 結び枕にしがみつき思わずそう呟いたのは、信長ならば抑えようの無い異性の肉体への関心に対する戸惑いを優しく受け止め、明確な答えを出してくれそうだと思ったからかも知れない。
 それとも、初夜の時のように他者の事を考える余地を与えぬ強引さで彼を愛撫し、罪悪感を打ち砕いてくれそうだと考えたからか。

『何とふしだらな──』

 神の声が頭の中に響き彼を責めた。

『女の事で頭が一杯とは──』

 衾を引き被り身体を縮めて耳を塞ぐ。

『それだけでは足りず信長に抱かれる事まで望むというのか』

 乱法師の身体がぴくっと動いた。
 固く瞑っていた瞼をゆっくりと持ち上げる。
 神経が研ぎ澄まされ、瞼は糊で固定されたように限界まで開かれ、瞳孔が過度の緊張で拡大する。 

「果心……」

 即座に跳ね起きるや枕元の刀架に手を伸ばし、太刀の鞘を払って咄嗟に構えたのは流石に武家の男子である。

 暗闇の中にぼおっと白い何かが浮かび上がって見えた。
 言わずと知れた蛇体の果心居士である。

 塒《とぐろ》を巻き目を爛々と輝かせ、赤黒い舌がちろちろと蠢めく様は性器そのものの淫猥さだ。

 部屋中が異常な程の冷気に包まれ、夏とは思えぬ寒さに全身の震えが止まらない。
 手指が悴《かじか》んで、太刀を取り落としてしまいそうだった。

「果心……ゆ、るさ…ぬ…」

 顔が強張り舌が縺れる。

『女などに心奪われていたのは腹立たしいが、怯えて、何と愛らしい』

「ちが…う…寒い…だけ……」

 そこだけは断固として否定した。

『強がるところも愛らしい。嘘を付かずとも良い。この前は麗しく化粧までして儂の訪れを待っていたでは無いか』

 心の臓がどきりと跳ね上がる。

『あの時、奴の気配は全く感じ無かった。くそ!やはり女装したぐらいでは効かぬのか』

『くくく。そなたが考えておる事は大抵伝わってくるのじゃ。儂らは強い絆で繋がっていると申したであろう』

『儂はそなたの事を常に見ている。寝ている時も、無論湯殿で身体を洗っている時も、厠にいる時さえも……くく』

 じゅるりと音を立て舌舐めずりする。

『淫らで卑しい化け物めが!貴様の好きにはさせん』

 言葉を発しようにも寒さで声が震えるのがもどかしく、心話で応じる事にした。
 太刀を勇ましく構え直すと、ちゃきっと音が鳴る。

 目の前にいるのは実体か幻か。

『実体ならば斬れる筈じゃ。例え相討ちになろうとも、こんな化け物の好きにされるぐらいならばいっそ! 』

『くっく、そなたの考えはお見通しと申したたであろう。謂わば一心同体なのじゃと。だが、もっと強く繋がりたい。さあ、恥ずかしがらずに衣を脱いで全てを見せるのじゃ──くくぐふぅ』

 結界は効いていないのか。
 相変わらず話しが噛み合わない。
 一方通行の歪んだ愛と冷気で心身共に挫けそうになる。
 此方へ近付いてくる果心の動きがやけに緩慢に感じられた。

『そなたを愛でる前に、厳しく躾なければなるまい。くふふぐぐう』

 それにしても全く結界を気にする様子が無い。

『先ず、信長如きに初物を奪われた罰。もう一つは汚らわしい女の事など考えた罰じゃ。衣を全て脱いで四つん這いになれ! 』

 死んでも嫌だと唇を噛み締める。
 卑猥な発言だけで彼を辱しめようとする果心を結界の中から睨み付けた。

 果心が怯む事無く躙り寄る。

 褥の周りをぐるぐる回ると結界ごと蛇体で囲んでしまった。
 途端に空間がぐにゃりと歪んだように見えた。

『さあ早く言う事を聞け!素直に従えば罰も緩やかにしてやろう。あくまでも逆らうのであれば、赤くなるまで叩いてやるぞ! 』

『下衆め! 』

 元より、そんな下劣な命令に従う訳が無い。
 沸き起こる嫌悪感で全身を固くし、太刀を構え拒絶の意志を示す。

 周りの空間が益々歪んでいく。
 結界に守られている褥の範囲でのみ異変が起こっていた。

 乱法師を守る透明の壁があるとするならば、それが狭まってきているような感じだった。

『結界の中には入れないのか』

 恐らくそうなのだろう。

 家ごと圧し潰してしまおうとしているのなら、最終的に結界の外に出なければならなくなってしまう。

『さあ良い子じゃ!潰されてしまうぞ。脱がぬならば、ひん剥いてやる。その方が楽しそうじゃ! 』

「くっ!させるか」

 態度は未だに凛として勇ましいが、結界が破られたら正直打つ手は無い。
 せめて今いる果心が幻影で無ければ、死物狂いで太刀を振り回せば傷付ける事ぐらいは出来るのか。

『乱法師、そなたは分かっておらぬ。儂の力を──太刀を離せ』

「うっああ……」

 頭に送り込まれる声の重さと存在感がいきなり増した。
 手指に力が入らなくなり、太刀をぽろりと床に落としてしまう。

『次は衣じゃ!ぐふふ』
 
 以前寝所で襲われた時と同じように心話で抗う事さえ儘ならず、乱法師の手が寝衣の腰紐に掛かった。
 しゅるっという衣擦れの音が淫靡に響く。

 嫌がる相手に着物を脱ぐように命じ、抗えずに屈する様は、支配欲の強い男にとっては堪らなくそそる眺めであろう。

 乱法師は唇を噛み締め恥辱で瞳を潤ませながらも、手を止める事が出来なかった。

 寝衣の前を寛げ、肩から滑り落とす。
 糠袋で磨き上げている肌は夜目にも白く輝き、好色な果心の前に据えられた当に御馳走だった。

 全身が紅潮し伏せた睫毛を震わせ、目に溜まった涙が頬を濡らす。
 必死に果心を睨み付け抗おうとする姿が、却って嗜虐的欲望を昂らせた。

『ぐぐふっふぅ、良い子じゃ良い子じゃ。下帯も自分で外せ! 』

 それだけは嫌じゃと、ぐっと身体の横で拳を握り締める。
 だが最早、果心の力を抑えきれず結界は狭まり、強い思念による支配までは防ぐ事が出来ないようであった。

 ただ身体が守られているだけ。
 しかも恐らく長くは保たない。

 彼の手は意思とは反対に動き、とうとう下帯の紐に指を掛ける。
 軽く引いただけで直ぐに解け、最期の砦は無情にも床に落ちた。

 肌は羞恥で益々火照り桃色に染まる。

 果心の目が食い入るように裸身の上を隅々まで這い、執拗に検分し始めた。
 先ずは目で犯し、凌辱するまでの過程を楽しんでいるのだ。

 視線が胸、腹と徐々に下りていく。
 幼さを残す裸体が、初物好きの果心の興奮を殊の他煽った。

『手入らずにしか見えぬ。信長に既に開かれたとは思えぬ清らかさじゃのう。儂の言う通りにすれば一度抱かれた事だけは水に流してやろう』

 殆ど性行為は未経験に等しい彼にとっては地獄のような時間であった。

『では今度は後ろ向きになれ』

「う……」

 僅かに残された力を振り絞って抵抗するも、言葉が出ない。
 唯一の武器であった太刀も取り上げられては、心話で非難したとて虚しく響くだけ。

 命じられるが儘に後ろ向きになると腰の辺りに強い視線を感じ、不快感で吐き気がした。

『四つん這いになれ』

 完全に勃起した状態は、人間の男性と同じく最も無防備な状態であったのかも知れない。
 涙をぽろぽろ溢しながら褥の上に両手を付く。

『ろく、す、け』

 助平心が仇となったのか、完全に勝利したと油断したのか、ほんの少し果心の支配力が弱まった瞬間、心の内で助けを呼んだ。

  

 

 




 




 







 
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