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勿論、過激な語句で誘うエロ画像に引き寄せられる人間心理は理解出来る。
性産業の全てを否定するつもりもない。
性的な事、異性の裸に関心を持つ事も性欲がある事も至極真っ当な事だ。
勿論男性も女性も千差万別。
風俗を健全に楽しむのは勝手と言えば勝手だ。
だが風俗で向き合う男女は首から下は素っ裸なのに無意識に薄い仮面を被っている。
性だけに特化したサービスには現実の憂さを忘れさせてくれる魅力があるが、所詮は人間を買っているのだ。
金で得るべきでないものを買っているのだ。
それを忘れてはならない。
本来、人間の命も性も金では売り買い出来ない尊いものだ。
風俗は男女の真剣交際を経て性行為に至る時間や手間や理解し合う努力を飛び越え、簡単にセックスに至れるという利点がある。
但し安易に手に入るからこそ、覗いた事のない世界を覗きたくもなる。
エロ画像にしてもそうだ。
様々なジャンルがあるが、そのジャンルの一つが児童ポルノと勘違いしている連中がいる。
児童を性の対象とした時点で犯罪だ。
閲覧した奴等も全員共犯だ。
罪の意識が薄い事事態が大罪だ。
人の尊厳を踏み躙る演出で徒に煽り、倫理を踏み越え、人間の欲望を見透かすように過激な方向へと誘導し犯罪の共犯者を作っていく。
自分はあるから行っただけ、あるから閲覧しただけに過ぎず、無くて困るか?と問われれば、別に無くても生活に支障は無いと断言出来る。
自分が産まれる前からあっただけ。
大半の男達はそんなもんだろう。
性欲処理?
自分に限って言えば性行為など生活の一部に過ぎず、妻や恋人がいなくても同様だ。
通常の人間関係は異性も含め、性行為以外に当てられる多くの時間で築かれているのだから。
女性の胸元が見えたからといって、いきなりスイッチが入る男がどこにいる?
精々良いものが見れたと思うぐらいだ。
風俗を力いっぱい楽しんでいる連中だって、あの手この手で客を呼び込む戦略に所詮踊らされているに過ぎない。
「男の性欲は凄い」というファンタジーで飾っているだけで、単なる性依存性と言ってしまえばそれまでの事。
一つの刺激に慣れれば別の刺激が欲しくなる。
それを見越して趣向の違う性が新しく提供される。
風俗があれば性犯罪の抑止になるというのは大きな間違いだろう。
風俗を利用する男性心理と性犯罪を犯す男性心理とは別物だ。
多少根底で繋がっている部分はあるだろうが、風俗に行く事で性欲が抑えられるというより、行こうとする時点でコントロール出来ているのだから。
単純なスケベ心と好奇心と探求心があるだけ。
それに単なる性欲処理ならば、男の自慰程お手軽なものはない。
金さえ払えば好みの女性と色んなプレイが楽しめる。
だが合法的な店であれば女性に対して何をしても許される訳ではない。
金で性を買うという行為は褒められた事ではないが、ある一定のルールは存在するのだ。
但し探求心はクセモノだ。
「金さえ払えば」と探求心が強く結び付けば、今度は非合法のものさえ金で得られると錯覚するからだ。
少しずつ少しずつ一線を踏み越えていけば道徳観念は揺らぎ鈍化し、金と権力さえあればと禁忌の領域にいつの間にか誘い込まれ、良心ごと呑み込まれてしまう人間も中にはいるのかもしれない。
そして気が重くなるのは、今や犯罪行為として脇に追いやられた極端な性向も、ある一定の需要をもってしぶとく根を張っている点だ。
小児性愛ほど残虐で許されざる性癖はないにも関わらず、しぶとく根を張り善良な人々の生活を脅かしている。
いや、性癖などという生易しいものではない。
そもそも成人男性と幼児とでは身体の大きさが違うのだ。
人として最底辺の悪だ。
根を枯らす必要がある。
尾形からすれば風俗に行く男性心理は理解出来ても、痴漢を含む性犯罪を犯す奴等の心理は全く理解出来なかった。
恐らくソイツ等は性欲あり余ってというより、寧ろある種の不能であり、合意の上でのセックスでは興奮出来ない病気の一種としか思えなかった。
痴漢をするような奴等はさぞかしスケベなのだろうと思いがちだが、実際は女性に触れながら勃起していないと聞いた事があった。
性欲を満たすのではなく、スリルと達成感、嫌がるのを無理にという支配欲を味わいたいだけ。
何らかのコンプレックスかトラウマか分からないが、歪んだ「男らしさ」で承認欲求を満たそうとしているのだろうか。
「男とはそういうもの」という世間の諦観と誤った認識に寄り掛り、それが免罪符になると信じている。
そもそも性犯罪を犯すような連中が風俗で満足するものか。
性産業においては、売る側の大半は女性であり買うのは男性という図式が常態化している。
恐らく男性の方がスケベだからというより、単に富める者が貧しい者から搾取するという構図であり、遥か昔から金と力のある女達は恥じる事なく男性を買っていた。
少なくとも風俗店が乱立する界隈では女性にランクが付けられ、値札を貼られて売られている。
自ら売っているという側面もあるが、男性は女性を性の捌け口として、女性側は男性を金として見る意識を拡大させているようにも見える。
セックスという愛の行為に耽りながら、どこか互いを軽蔑し合い、心に触れ合う事はない。
特に一番質が悪いのが金と権力を持ったクズ共だ。
彼等の思考こそクズだ。
非合法の性行為こそが、何をやっても許される自己の証明であるが如く、その歪んだ自尊心により性欲が掻き立てられている。
犯罪行為さえ、金と力で揉み消せると高を括り、彼等の金と力こそが闇の性産業を支えている場合さえある。
性産業の全てを否定するつもりもない。
性的な事、異性の裸に関心を持つ事も性欲がある事も至極真っ当な事だ。
勿論男性も女性も千差万別。
風俗を健全に楽しむのは勝手と言えば勝手だ。
だが風俗で向き合う男女は首から下は素っ裸なのに無意識に薄い仮面を被っている。
性だけに特化したサービスには現実の憂さを忘れさせてくれる魅力があるが、所詮は人間を買っているのだ。
金で得るべきでないものを買っているのだ。
それを忘れてはならない。
本来、人間の命も性も金では売り買い出来ない尊いものだ。
風俗は男女の真剣交際を経て性行為に至る時間や手間や理解し合う努力を飛び越え、簡単にセックスに至れるという利点がある。
但し安易に手に入るからこそ、覗いた事のない世界を覗きたくもなる。
エロ画像にしてもそうだ。
様々なジャンルがあるが、そのジャンルの一つが児童ポルノと勘違いしている連中がいる。
児童を性の対象とした時点で犯罪だ。
閲覧した奴等も全員共犯だ。
罪の意識が薄い事事態が大罪だ。
人の尊厳を踏み躙る演出で徒に煽り、倫理を踏み越え、人間の欲望を見透かすように過激な方向へと誘導し犯罪の共犯者を作っていく。
自分はあるから行っただけ、あるから閲覧しただけに過ぎず、無くて困るか?と問われれば、別に無くても生活に支障は無いと断言出来る。
自分が産まれる前からあっただけ。
大半の男達はそんなもんだろう。
性欲処理?
自分に限って言えば性行為など生活の一部に過ぎず、妻や恋人がいなくても同様だ。
通常の人間関係は異性も含め、性行為以外に当てられる多くの時間で築かれているのだから。
女性の胸元が見えたからといって、いきなりスイッチが入る男がどこにいる?
精々良いものが見れたと思うぐらいだ。
風俗を力いっぱい楽しんでいる連中だって、あの手この手で客を呼び込む戦略に所詮踊らされているに過ぎない。
「男の性欲は凄い」というファンタジーで飾っているだけで、単なる性依存性と言ってしまえばそれまでの事。
一つの刺激に慣れれば別の刺激が欲しくなる。
それを見越して趣向の違う性が新しく提供される。
風俗があれば性犯罪の抑止になるというのは大きな間違いだろう。
風俗を利用する男性心理と性犯罪を犯す男性心理とは別物だ。
多少根底で繋がっている部分はあるだろうが、風俗に行く事で性欲が抑えられるというより、行こうとする時点でコントロール出来ているのだから。
単純なスケベ心と好奇心と探求心があるだけ。
それに単なる性欲処理ならば、男の自慰程お手軽なものはない。
金さえ払えば好みの女性と色んなプレイが楽しめる。
だが合法的な店であれば女性に対して何をしても許される訳ではない。
金で性を買うという行為は褒められた事ではないが、ある一定のルールは存在するのだ。
但し探求心はクセモノだ。
「金さえ払えば」と探求心が強く結び付けば、今度は非合法のものさえ金で得られると錯覚するからだ。
少しずつ少しずつ一線を踏み越えていけば道徳観念は揺らぎ鈍化し、金と権力さえあればと禁忌の領域にいつの間にか誘い込まれ、良心ごと呑み込まれてしまう人間も中にはいるのかもしれない。
そして気が重くなるのは、今や犯罪行為として脇に追いやられた極端な性向も、ある一定の需要をもってしぶとく根を張っている点だ。
小児性愛ほど残虐で許されざる性癖はないにも関わらず、しぶとく根を張り善良な人々の生活を脅かしている。
いや、性癖などという生易しいものではない。
そもそも成人男性と幼児とでは身体の大きさが違うのだ。
人として最底辺の悪だ。
根を枯らす必要がある。
尾形からすれば風俗に行く男性心理は理解出来ても、痴漢を含む性犯罪を犯す奴等の心理は全く理解出来なかった。
恐らくソイツ等は性欲あり余ってというより、寧ろある種の不能であり、合意の上でのセックスでは興奮出来ない病気の一種としか思えなかった。
痴漢をするような奴等はさぞかしスケベなのだろうと思いがちだが、実際は女性に触れながら勃起していないと聞いた事があった。
性欲を満たすのではなく、スリルと達成感、嫌がるのを無理にという支配欲を味わいたいだけ。
何らかのコンプレックスかトラウマか分からないが、歪んだ「男らしさ」で承認欲求を満たそうとしているのだろうか。
「男とはそういうもの」という世間の諦観と誤った認識に寄り掛り、それが免罪符になると信じている。
そもそも性犯罪を犯すような連中が風俗で満足するものか。
性産業においては、売る側の大半は女性であり買うのは男性という図式が常態化している。
恐らく男性の方がスケベだからというより、単に富める者が貧しい者から搾取するという構図であり、遥か昔から金と力のある女達は恥じる事なく男性を買っていた。
少なくとも風俗店が乱立する界隈では女性にランクが付けられ、値札を貼られて売られている。
自ら売っているという側面もあるが、男性は女性を性の捌け口として、女性側は男性を金として見る意識を拡大させているようにも見える。
セックスという愛の行為に耽りながら、どこか互いを軽蔑し合い、心に触れ合う事はない。
特に一番質が悪いのが金と権力を持ったクズ共だ。
彼等の思考こそクズだ。
非合法の性行為こそが、何をやっても許される自己の証明であるが如く、その歪んだ自尊心により性欲が掻き立てられている。
犯罪行為さえ、金と力で揉み消せると高を括り、彼等の金と力こそが闇の性産業を支えている場合さえある。
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