人形を愛する国

春野わか

文字の大きさ
11 / 14

11

しおりを挟む
 彼は主に「幼児型アンドロイド所持禁止法」の施行を、園田に思い止まらせる必要があると考えていた。

 今なら、まだ間に合う。
 園田は尾形の事を全く警戒していない。
 ある意味、舐めているのだろう。

 尾形は邸の応接間に通され、暫し待つようにと言われたのでソファに腰掛けた。
 約束の時間より、少し早く着き過ぎてしまったようだ。

 アンドロイドのメイドが紅茶を運んできた。
 園田は余程アンドロイドが好きなのか、部屋に通されるまでの間、人間の姿を一切見掛けなかった。

 いや、アンドロイドが好きなのではなく、人間が嫌いなだけなのか。

 ガラス製の天板に置かれた大倉陶園ブルーローズのティーカップを手に取り、紅茶を口に含むとフォートナム&メイソン厳選茶葉の香ばしい薫りが鼻を抜け緊張を解してくれる。

 全く反論出来ず、従うばかりという状況は変えなければならない。

 園田は根っからのボンボン議員で、苦もなく首相の座に着いた為に国民感情に疎い。

 政治家として、とことん無能なのだ。
 そんな彼の政党に投票してしまう国民も国民だが、徐々に独裁の傾向を強め、政府批判をする者がいないか監視しているという噂は都市伝説ではないと弁えている。


チッチッチッチッチッチ──

 尾形の耳が細かく刻む秒針の音を捉えた。

 ふと、音の方に目を遣る。
 シンプルで飾り気の一切ないアナログ時計。

 高級な調度類で飾られた応接間の中で、そこだけが切り取られたように浮いていた。

 尾形の目が壁掛け時計に釘付けになった。

 今時珍しいと思ったからではなく、秒針は動いているのに、長針が進んでいるように見えなかったからだ。

 秒針の音はするのに時を止めた時計の針は、3時16分を指していた。

 約束の時間とは大幅に擦れている。

 秒針の音に急かされるように、尾形は突然立ち上がった。

 座り心地の良いソファに身を沈め、アールグレイクラシックの薫りに癒され、寛ぎながら園田を待つべき状況ではある。

 だが彼はそうしなかった。

 部屋を出ると広い廊下を進み、園田の姿を探し始めた。

 恐らく書斎。

 尾形は書斎と目星を付けた扉のノブをノックもせずに回した。

 この公邸の内部全体が、随分とアナログな造りである事を、特段不思議とは思わなかった。
 
 書斎には誰もいなかった。

 尾形の目玉がアンドロイドのように作り物めいた動きで部屋中四方八方を探索し、一つの異常を発見した。

 壁の一部に微かなズレが生じ、隠し扉の存在を物語っていた。

 胸中がざわめいた。
 直感が進めと命じてくる。

 尾形は隠し扉を開けて中に入った。

 これまた古めかしい鉄階段が下まで続いている。
 一段降りるごとに尾形の胸が深海に潜る時のように圧迫され、息苦しさを覚えた。

 一番下まで降りると、更に扉があった。
 
「鍵穴……」

 ノブに手を掛け、尾形は静かに回した。

 汗とゴミが混ざったような独特の匂いが先ず鼻についた。
 履き古した男物のサンダル。
 日光で色褪せたカーテンは閉めきられており、そのせいで内部全体が薄暗かった。

 荒い男の息遣いが奥の部屋から聞こえてきた。

 尾形の身体が緊張で強張り、慌ただしく靴を脱ぎ捨て部屋に踊り込む。

 そこで目にした光景に愕然とした。

「愛美……」

 娘の愛美が、猥褻な奉仕を園田にさせられていたからだ。

「俺の娘にーー」

「ちょ、ちょっと待て!冷静になれ!これは君の娘じゃない。よーっく見るんだ。良く似てるけど只のアンド──ぐげえ……」

 下半身を丸出しにしながら言い訳する園田の顎を蹴り上げた。

 よろめく園田に飛び掛かると馬乗りになって殴り付ける。

 園田の鼻が潰れ、吹き出た血と折れた歯が薄い布団の上に散った。

「……ア……ド……イド……アン……ロ…ドおぉ」

 震える指が許しを乞うように愛美を指す。

 そこにいるのは愛美とは別のアンドロイドなんだと訴えたいのだろう。

 だが、どう見ても愛美だった。
 袖にフリルの付いたピンクのTシャツに白黒のチェックのスカート。
 あれは愛美の洋服だ。

 悪趣味な事に愛美にわざわざ似せたセクサロイドを造り、同じ洋服まで着せて猥褻な行為に耽っていたというのか。

 亡くなった後まで愛美は冒涜されなければならないのか。

 目の前が一瞬暗くなり、理性が真っ赤に弾け飛んだ。

「下衆野郎ーー」

 尾形は絶叫し、園田の鼻と口に拳を何度も振り下ろした。
 完全に我を忘れ逆上していた。

「お前が変われよぉーー自分で変われねえんなら、俺がカスタマイズしてやるよ! 」

 顔を上げた尾形の視線が部屋の隅にある一畳程のキッチンに止まった。

 ゴボゴボと口から血と涎を垂れ流す園田から離れ、薄汚れた部屋の中で唯一ピカピカのガスコンロの前に立つ。
 シンクには食べカスと僅かに汁の残ったカップラーメンの容器が放置されていた。




しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

【時代小説】 黄昏夫婦

蔵屋
歴史・時代
 江戸時代、東北地方の秋田藩は貧かった。  そんな中、真面目なひとりの武士がいた。同僚からは馬鹿にされていたが真面目な男であった。俸禄は低く貧しい。娘二人と実母との4人暮らし。  秋田藩での仕事は勘定方である。  仕事が終わると真っ直ぐ帰宅する。 ただひたすら日中は城中では勘定方の仕事をまじめにして、帰宅すれば論語を読んで知識を習得する。   そんな毎日であった。彼の名前は立花清左衛門。年齢は35歳。  娘は二人いて、一人はとめ15歳。もう一人は梅、8歳。  さて|黄昏《たそがれ》は、一日のうち日没直後、雲のない西の空に夕焼けの名残りの「赤さ」が残る時間帯のことを言う。「|黄昏時《たそがれどき)」。 「黄昏れる《たそがれる》」という動詞形もある。    「たそがれ」は、江戸時代になるまでは「たそかれ」といい、「たそかれどき」の略でよく知られていた。夕暮れの人の顔の識別がつかない暗さになると誰かれとなく、「そこにいるのは誰ですか」「誰そ彼(誰ですかあなたは)」とたずねる頃合いという意味で日常会話でよく使われた。  今回の私の小説のテーマはこの黄昏である。  この風習は広く日本で行われている。  「おはようさんです」「これからですか」「お晩でございます。いまお帰りですか」と尋ねられれば相手も答えざるを得ず、互いに誰であるかチェックすることでヨソ者を排除する意図があったとされている。  「たそかれ」という言葉は『万葉集』に 誰そ彼と われをな問ひそ 九月の 露に濡れつつ 君待つわれそ」 — 『万葉集』第10巻2240番 と登場するが、これは文字通り「誰ですかあなたは」という意味である。  「平安時代には『うつほ物語』に「たそかれどき」の用例が現れ、さらに『源氏物語』に 「寄りてこそ それかとも見め たそかれに ほのぼの見つる 夕顔の花」 — 『源氏物語』「夕顔」光源氏 と、現在のように「たそかれ」で時間帯を表す用例が現れる。  なおこの歌は、帖と登場人物の名「夕顔」の由来になった夕顔の歌への返歌である。  またこの言葉の比喩として、「最盛期は過ぎたが、多少は余力があり、滅亡するにはまだ早い状態」をという語句の用い方をする。 漢語「|黄昏《コウコン》」は日没後のまだ完全に暗くなっていない時刻を指す。「初昏」とも呼んでいた。十二時辰では「戌時」(午後7時から9時)に相当する。  「たそがれ」の動詞化の用法。日暮れの薄暗くなり始めるころを指して「空が黄昏れる」や、人生の盛りを過ぎ衰えるさまを表現して「黄昏た人」などのように使用されることがある。  この物語はフィクションです。登場人物、団体等実際に同じであっても一切関係ありません。  それでは、小説「黄昏夫婦」をお楽しみ下さい。  読者の皆様の何かにお役に立てれば幸いです。  作家 蔵屋日唱    

還暦の性 若い彼との恋愛模様

MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。 そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。 その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。 全7話

彼の言いなりになってしまう私

守 秀斗
恋愛
マンションで同棲している山野井恭子(26才)と辻村弘(26才)。でも、最近、恭子は弘がやたら過激な行為をしてくると感じているのだが……。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

処理中です...