タツノオトシゴの憂鬱

春野わか

文字の大きさ
6 / 9

しおりを挟む
 改めて見ると笑夫さんはかなり窶《やつ》れていた。

「飲まず食わずで卵を?一体どれくらいの間? 」

「二ヶ月間かな。流石に参るよね。漸く孵ったと思ったらヤンチャな雛達の育児だろ?つくづく命削ってるよ」

「…………」

 僕は二ヶ月と聞いて絶句した。

「いくらなんでも……休まないと。ハード過ぎますよ。奥さんに育児は任せれば良いのに……」

「奥さんはいないんだ。いや、いるんだけど卵を産んだら直ぐに他の雄を探しに行ってしまったよ。エミューの雌は卵を産んだら産みっぱなしなんだ。大変だけど仕方がない。僕が子供達を守り育てるしかないんだ」

「そんな……酷い……それで夫婦って言えるんでしょうか? 」

「君から見れば僕の奥さんは酷い雌かもしれない。事実、酷い……でも僕にも原因はあるんだ」

「どんな? 」

「余りにも卵を守ろうと熱が入り過ぎて、奥さんが近付いてくると攻撃しちゃうんだよね」

「・・・・・・」

 流石にそれはやり過ぎだという感想を僕は胸の内に留めた。

「そういえば全部自分の子供ではないって言ってましたけど、他の雌のまで? 」

「そうだね。たまにいるんだよ。自分の旦那でも無いのに卵をこっそり置いてく雌が。ついでに孵してやってるのさ。仕方ないよ。僕は育児に命懸けてるから」

「ああ流石キング。心が広過ぎる」

 僕は余りの動物の好さに感心半分、呆れ半分で目を丸くした。

「まあ、そんな訳で僕と心愛さんは似た者同士って事で意気投合したんだよ。お互いシングルのワンオペだからね。そういえば弁&銀がさっき来てタツノオトシゴに会ったって興奮気味に言ってたのは君の事だったんだね」

「弁と銀は卵を見付けられたんだろうか」

「うん、見付けたって凄い嬉しそうにしてたよ」

「それは良かった。二匹に拾われた卵は幸せですね。雄同士でも産めるようになればいいのに」

「ははは!雌同士だって産めるのは限られた種だけさ。別に産めなくたっていいんじゃないかな。産んで捨てるぐらいなら育てる方が立派でしょ?そういう意味では弁と銀は非常に生産性の高い行動を取ってる訳だし。それに仲の良いカップルは見てるだけで幸せな気分になるよ。僕の奥さんは…………」

 笑夫さんの眉毛が八の字に下がったのを見て僕は慌てた。

 話題を変えないと──

「笑夫さんと話していて僕は勇気を貰いました。笑夫さんも僕も同じですもんね。笑夫さんは身体の下で、僕はお腹の中で卵を孵してるだけです。笑夫さんは凄い!流石キングと呼ばれるだけの事はある」

「いやぁ。ただ温めるのと産むのでは違うよ。イクメンなら沢山いるよ。亭主関白のイメージが強いライオンも意外とイクメンだしねぇ。流石に出産まで担当するのはタツノオトシゴぐらいじゃないの? 」

 笑夫さんが僕を褒めてくれてるのは伝わってきたし、フォレストで初めて出来た貴重な雄の友達という点では嬉しかった。

 でも、「タツノオトシゴぐらいじゃない? 」と言われてしまうと、雄で出産という特殊な種である事に対する拭いきれないモヤモヤを、笑夫さんと同じと思う事で払拭しようとしていた僕の気持ちはまた揺らいでしまった。

「その、聞いてもいいですか? 」

「何? 」

 僕は一瞬だけ躊躇い、勇気を出して訊ねた。

「ブチハイエナの花さんって御存知ですか? 」

「ああ、知ってるよ。彼女の事は。彼女の出産には是非立ち会いたいな。以前にブチハイエナの出産に立ち会った時には失神してしまってね。最後まで見届けてあげる事が出来なかったから」

 笑夫さんの寂しげな表情よりも、僕を動揺させたのは「彼女」という言葉だった。

「彼女って事は雌なんですか? 」

「雄だと思ってた?まあ、僕も正直始めはそう思ったけど」

「でも、股間に……」

「ああ、あれね。雄と変わらないから区別つかないよね。何の為に付いてるかは謎だけど──」

「はあ、雌だったんですね」

 花さんと仲良くなりたかった訳じゃない。
 でも雄で出産する動物にやっと巡り会えたと思ったのに。

「花さんて一見怖く見えるでしょ? 」

「あ、はい!実は優しいんですか? 」

「いや、本当に怖いんだよ」

「・・・・・・・」

「でも一本筋は通ってるし、心は熱いんだよね。甘えた事言うとビシッと吠えられちゃんだけど間違ってないっていうか。まあ、見た目通りカカア天下なのは確かだけど、わざと強がってる部分もあると思うよ。特に妊娠中はね」

「じゃあ、普段は割と穏やか? 」

「うーん。あんまり変わんないかな」

「・・・・・・・・」

「ブチハイエナの雌っていうのは色々背負ってるのさ。肩肘張ってないとやってられないんだろう。エミューの雄の育児の負担は確かに大きいけど、ブチハイエナの場合は出産のリスクが高過ぎるからね。僕が知る限り動物界最強の難産じゃないかな。僕はつくづくブチハイエナの雌に産まれなくて良かったって思うよ。ああ……」

「笑夫さん!! 」

 笑夫さんの眉毛が八の字に下がったと思ったら、また巨体が傾いて僕は慌てた。

「ああ、大丈夫。ブチハイエナの出産シーンを思い出して目眩が……こんな事では花さんの出産も最後まで見届けてあげられないかもしれない」

「哺乳類の出産シーンは僕は見た事ないですけど……怖いですね」

「ああ、特にブチハイエナは凄まじい。グロさMAXだよ。前に立ち会った雌は死産な上に出産時の傷が原因で亡くなってしまったんだ」

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

還暦の性 若い彼との恋愛模様

MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。 そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。 その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。 全7話

彼の言いなりになってしまう私

守 秀斗
恋愛
マンションで同棲している山野井恭子(26才)と辻村弘(26才)。でも、最近、恭子は弘がやたら過激な行為をしてくると感じているのだが……。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

性別交換ノート

廣瀬純七
ファンタジー
性別を交換できるノートを手に入れた高校生の山本渚の物語

処理中です...