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騎士の矜持

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ここは人族の王都。
海沿いの王城傍に、支えるようにがっしりとした構えの
騎士団詰め所があった。

そこに2つの影のような黒いローブを纏った魔法使いが
詰め所の番兵にかみついていた。

 「いつになったら、あの亜人を引き渡すのだ!?
  未だに雨の降る気配もなく、水魔法の使い手も
  もともと少なく、今の使い手だけでは飲み水だけでも
  足りていないのだぞ。
  分かっているのか!?」

 「体調を崩して動けぬからといって魔法が使えぬ訳ではあるまい。
  そこをどけ!引き吊り出してくれる!」

険しい面持ちの番兵の後ろから、頭2つ分抜き出た巨漢が
前触れもなく、ぬっと突き出てきた。

 「ここを何処だと思うておる!!
  第一騎士団の詰め所と知っての狼藉か!?
  どうしても引き吊り出すというのであれば
  このテュール・ゲルマを倒す力を見せよ!
  かかってこい! さぁ、どうした、来ぬならこちらからゆくぞ!」

2mもあろうかという剣というより金属の戸板のような剛剣を
片手ですらりと振りかざし、ドスンという地鳴りと共に一歩踏み出した。

その強烈な踏み込みの圧だけで2つの影は脇目も振らず逃げ去った。

 「ふん!口先だけでなく逃げ足も達者な輩どもよ。」

引き続き見張りを頼むぞ と番兵の肩をポンっと叩いて
中の階段を降りてゆく巨漢に、ビシッと敬礼を返す番兵であった。


薄暗い闇から光る眼が巨漢に向けられた。

 「テュール殿、これでもう5度目ではないだろうか。
  これ以上私のようなものをここに留めて置くことは
  貴殿のお立場を悪くするだけなのではないか。」

ネコミミを垂らせて面目なさげな声が巨漢にかけられた。

 「何の何の、あのような雑事になど、
  貴公のような猛将の力を揮って頂く
  必要などありますまい。

  あの獣人国の剣聖と謳われたフェイズ公に
  逗留いただいておるだけで名誉と思うことはあれども
  迷惑などありえませんぞ。

  思えば我が一団が、あの忌々しい勇者どものお供として
  魔族の国に攻め入っておらねば、第二騎士団どもの
  獣人国侵攻の暴挙など許さなかったものを。

  いや、無能ではあるが数ではこの国最大のあの一団の
  侵攻を受けつつ、犠牲を最低限に抑える見事な殿を務められたと
  聞き及んでおる。
  
  あの第二騎士団長の若造の話しぶりからも
  貴公の勇猛さは敵ながら見事と国王もこぼされたほどだ。

  国王からも内密に貴公のことを頼まれておるくらいだ。
  あと数日の後に、我が一団は平原の方に遠征に出る。
  その時にお送りさせて頂きたく、今しばらく逗留の方お願いしたい。」

 「いえ、私のようなものが剣聖とはお恥ずかしいのだが。
  あの敗走の時の殿を務められたのも我が愛馬あってのものだ。

  ああ、第二騎士団の方々に連れて来られる際に
  愛馬が暴れて怪我を負ったように見えたので、
  少し案じておったところ。
  平原の近くまで送って頂けるのは大変有り難い。」


 「いや、こちらこそ重ね重ねの無礼な働きで貴公の国の方々にも
  迷惑をかけておる、おのれの力の無さを恥じ入るばかりだ。

  あのような勇者を止めることもできず、そそのかされた第二騎士団も
  止める事すらかなわず、まったくもって申し開きもない。」

苦渋の思いを全身からあふれさせつつ頭を下げるテュール第一騎士団団長に
複雑な思いの表情を返すネコ獣人族の元戦士長、フェイズであった。

第二騎士団が魔法団に引き渡そうとする者の中にフェイズの姿を見つけ、
猛将相手では貴様たちには荷が重かろうと、無理矢理第一騎士団預かりの身として
幽閉状態にする体面を取る機転を利かせたことが、功を奏していた。

勇者お抱えの魔法団では、疲弊した他の種族の水魔法使いから魔石を抜き取るという
残忍な手段をとっているという噂を耳にしていた。

そんなだまし討ちのような暴挙は、テュールの騎士の矜持が許すはずもなく、
少数精鋭で結束が固い第一騎士団の全員も同じ思いで団長の命に従っていたのだった。


このやり取りの場に、小さなテントウムシのようなものが同席していたことを
二人の武人は気づくこともなかった。



 あー、これステルス護衛だけしとけばいい感じだな。
 って、テュール団長イケメン過ぎる。
 国王も気にしてるとなると、影のお仕事は対勇者と魔法団、
 おまけで第二騎士団の掃除かな。

王都の教会の屋根でそんなつぶやきが流れた。
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