人間スイとあやかし玄が営む妖癒旅館―人とあやかしが共に生きる、もう一つの世界―

桜桃-サクランボ-

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覚悟の時

第5話 重要な役割

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 今回の猫又家族のおもてなしは、結果としては順調に進んだ。

 最初に一度大きく揉めたためか、その後は目立った事件は起こらず、翌日の昼頃にはチェックアウトを済ませ、猫又家族は帰っていった。

 その間、スイは部屋に一人で過ごしていた。
 二口女が、今回のおもてなしについての出来事を細かくまとめた資料を、スイのもとへ届けに来た。

「ありがとうございます」

「いえ。ご確認、よろしくお願いします」

 二口女は腰を折り、静かに部屋を出て行った。

「…………はぁ」

 資料は、今までよりも数枚多い。
 おそらく、スイが部屋に戻ってからも、現場は今まで通りにはいかなかったのだろう。

 スイは今、両親からこの旅館を受け継ぐ準備の最中だ。
 自信は薄れ、本当に自分にできるのかという不安が、胸を埋め尽くしていた。

「ダメダメ! そんなことを考えてちゃダメ! 私は絶対に、この旅館を受け継いで、立派に全うしてやるんだから!!」

 そう気合を入れ、資料を読み始める。

「うわぁ……部屋に案内してからも、好き放題だったんだ。こういうのを、DQNって言うんだっけ。動画で見たことがある」

 部屋に案内された後も、人間界の飲み物や酒、菓子を持ち込み、まるでパーティー状態。

 持ち込み自体は禁止ではないため注意はできなかったが、壁やベッドまで汚されてしまったと記されていた。

 賠償請求をしたいところだが、もう関わりたくない。
 最後まで読み進め、スイは「あっ」と声を漏らした。

「そうか……賠償請求をしない代わりに、出禁にしたんだ。まぁ、ここまでやられたら、そうなるよねぇ」

 来て早々、大きな騒ぎを起こし、備品を壊して暴れたのだ。
 出禁にされても、文句は言えない。

「はぁ……もっと私が上手く立ち回れていたら、ここまで被害が大きくならなかったのかなぁ」

 ――――こんな時、お父さんとお母さんなら、どうするんだろう。

 今はもう、ここにいない両親の姿を思い出す。
 スイの両親は、現在入院中だ。

 旅館で暴れたあやかしたちに巻き込まれ、重傷を負った。
 命は助かったが、入院してからもう半年、いまだ目を覚まさない。

「私は……本当に、ここで成長できるのかなぁ」

 資料をテーブルに置き、天井を見上げる。
 木目を数え、気持ちを落ち着かせる。

 押し寄せる不安を振り払うように、頭をぶんぶんと振った。
 その時、襖の奥から天狗の声が聞こえ、スイは姿勢を正す。

『スイ、いるか』

「はい」

 正座し直すと、天狗は音を立てずに襖を開いた。

「いかがいたしましたか?」

「二口女から、今回の資料は受け取ったか?」

 スイの問いを華麗にかわし、天狗が質問を重ねる。
 いつものことなので、スイは気にせず、テーブルの資料を手に取って見せた。

「受け取りました」

「中身は?」

「確認しましたよ。出禁、ですよね」

「そうだ。九尾にも伝えておく」

「そういえば……九尾様は、なぜ今回もあんな危険な家族を招き入れたのですか?」

 そう尋ねると、天狗は視線を逸らした。

「え……あの?」
 
 再度問いかけるが、天狗は黙り込んでいる。
 その反応だけで、スイは察してしまった。

「……お酒、ですか」

。だから、きつく言っておく」

「一応、お願いします」

 九尾は、妖癒旅館に招き入れる客を選別する役目を担うあやかしだ。
 この妖癒旅館は、九尾が許可さえすれば、どの世界からでも客を招くことができる。

 たとえ、パラレルワールドの世界であっても。

 そのため、同じ種族のあやかしでも、性格がまったく異なる場合がある。
 今回の猫又家族も、別の世界の猫又であれば、問題なく迎え入れることになる。

 だからこそ、九尾の立場は非常に重要だ。
 妖癒旅館の運命を握っていると言っても、過言ではない。

 だが、その九尾の性格が、非常に問題だった。

「はぁ……前回もお酒を飲んで酔っ払って、変なお客様を招き入れていましたよね」

「その前もだ。あいつが酔っている時に限って、厄介な客が来る。わざとじゃないかと思うほどだ」

「あはは……さすがに、わざとではないと思いますが……」

 九尾は、自分の役割の重要性を理解していないのではと思うほど、自由奔放だ。
 現代社会へ行き、人間の娯楽を楽しむのは日常茶飯事。

 煙草、パチンコ、酒――。
 クズ男と言われても、否定できない。

 それでも、妖癒旅館への案内役は、九尾にしか務まらない。
 天狗もスイも、それを理解しているからこそ、深いため息しか出なかった。

「まぁ……酔っていなければ、仕事はきちんとする」

「仕事をしないと給料が出なくて、娯楽もできませんもんね」

「言うようになったな。さては、九尾のこと、嫌いだろう」

「正直に言うと……あまり好きではありません」

 スイは俯き、ぽつりぽつりと語り始めた。

「九尾様とは、一度しかお会いしたことがありません。その時も酔っていて、話がほとんど通じませんでした。そして、その数か月後、変なあやかしを招き入れて……私の両親は怪我をして、いまだに目を覚ましません。すべてが九尾様のせいではありませんが……少しは、責任を感じてほしいと思っています」

 スイと九尾は、最初に挨拶をしただけの関係だ。
 ほとんど面識はない。

 だからこそ、九尾のせいで何度も妖癒旅館が危険に晒されているように、スイには思えてならなかった。
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