人間スイとあやかし玄が営む妖癒旅館―人とあやかしが共に生きる、もう一つの世界―

桜桃-サクランボ-

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偽物と真実

第40話 怖い過去

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 それから天狗は、再び一人で抱え込むようになってしまった。
 スイが来てからも、ずっと。

 そしてスイも、両親のようにならなければならない。
 けれど、両親の働きぶりを、実際に見ることはできなかった。

 ここまで皆に信頼され、旅館を経営してきた手腕を持つ両親。
 きっと何でもできる人たちだったのだと、そう思っていた。

 だが話を聞くと、指示は的確に出していたものの、実際に動いていたのはあやかしたちだったという。

 それを知っても、スイには勇気が出なかった。

 自分のような何もできない、しかも人間である自分が、あやかしたちに指示など出していいのだろうか。

 本当は指示などされたくないのではないか。
 関わりたくないと思われているのではないか。

 そう考えれば考えるほど、すべて自分でできるようにならなければならない。
 そう思い込んでいた。

 だが今回、皆に指示を出すと、あやかしたちは迷いなく頷き、すぐに動いてくれた。

 黒緋や九尾までもが即座に動いたことに、スイは少なからず驚いている。
 そして確実に、事態は収束へと向かっている。

 自分が前に出ない方が、うまく回っていく。

 どこか複雑な気持ちはある。
 それでも、今はこれが最善なのだと、スイは思考を切り替えた。

「天狗様」

「あ、あぁ、なんだ? 俺も何かするか?」

「いえ、天狗様はお休みください。体が回復したら、色々と経営について教えてください。今までのように『下がれ』と言うのは、禁止ですよ?」

 にこりと微笑みながら告げるスイ。
 天狗は目を丸くし、そしてつられるように笑った。

「そうか、わかった。……ここの人間は、本当に変わり者だな」

「え、そ、そうですか?」

 今度はスイが困惑する番だ。
 目をぱちくりさせる。

 天狗はどこか諦めたように、しかし静かに語り出した。

「昔はな、天狗の中でも俺の力は強すぎたらしい。制御できず、周囲の者を殺してしまったことがある。……まあ、殺されそうになって、感情のままに殺し返しただけだがな」

「え、そ、そうなんですか?」

「あぁ」

 スイは、天狗の言葉に相槌を打ちつつ、耳を傾ける。
 天狗は自分の手を見つめ、鴉の面の奥で目を細めた。

「力を抑えれば、今度は人間に襲われた。何も信じられなくなった時に、カナ様とシイ様に出会い、拾われた」

「そ、そうだったんですね――」

 言いかけた瞬間、スイは以前見た夢を思い出した。

 森の中で一人、立ち尽くす少年。
 公園でいじめられていた鴉。

 ――まさか、あの少年が……?

 固まるスイに、天狗は首を傾げる。

「どうした?」

「わ、私、多分ですけど……天狗様の子どもの頃の夢を、見ました」

「なんだと?」

 天狗は片眉を上げ、怪訝そうにスイを見る。

「前に倒れた時、夢を見たんです。森の中に佇む少年と、いじめられている鴉の夢を。変な夢だと思っていたんですが、今のお話を聞いて、もしかして……って」

 視線を落としながら話すスイに、天狗は腕を組み、天井を見上げた。

「なるほど。どういう理屈かはわからんが、今はいい。それより――お前はどう思った?」

「え? どう思った、とは……?」

 天狗は静かに続ける。

「俺は言ってしまえば人殺し――いや、あやかし殺しの危険な存在だ。感情が昂れば力が暴走する。そんな奴が、お前の大事な妖癒旅館にいていいのか。怖くはないのか。それを聞きたい」

 そう言って、鴉の面を外す。

 黒い瞳が露わになる。
 悲しげで、今にも消えてしまいそうな目。

 その姿に、スイは言葉を失う。

 沈黙の時間が、数秒続く。
 天狗は気まずくなり、目を逸らした。

「やはり、怖いよな。悪い、答えにくいことを聞いた」

「え、い、いや……」

「……答えは、わかっているのにな」

 再び面をつけようとした、その手をスイが咄嗟に掴んだ。

「な、なんだ?」

「待ってください。あの……もっと、見ていたいです」

「み、見ていたい、とは?」

 顔を近づけられ、天狗は戸惑う。
 普段、誰にも見せない素顔が晒されたままだ。

 天狗は思わず頬を染め、「ち、近い!」と、スイの顔を押し返した。
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