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水の退治屋
「頑張らなくても」
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弥幸が妖傀の左胸に手を入れた瞬間、妖傀の動きが止まる。
碧輝は驚き、魅涼は冷静に思考を巡らせる。
「もしかして、あれが言っていた浄化なのでしょうか」
魅涼が呟き、弥幸を見上げ口元に笑みを浮かべる。そこに、碧輝が水の縄を利用し急いで戻り彼の隣に立った。
「兄貴」
「えぇ。我々は横の繋がりは広いと思っていましたが、まさかこんなに力を持っている家系を見落としていたなんて。――――いえ、見落としていた訳ではなく、元々──」
魅涼は、顎に手を当て考え込む。
碧輝は、弥幸と妖傀の動きを横目で確認しながら、思考がまとまるのを待つ。
「…………赤鬼家は、今回の件で調べていなかったら知ることは無かった」
呟く碧輝の言葉に、魅涼も同意するように頷いた。
「えぇ、私もです。今回、連絡着いたのがたまたま赤鬼家だったからこそ、知る事が出来た。これは、裏で色々隠されているかもしれませんね」
二人は、ここからは何もせず、弥幸と妖傀を見上げながら待つことにした。
※
弥幸は、何も無い暗闇を歩いていた。
周りを見て、今回妖傀を作り出してしまった女性を探す。すると、弥幸から少し離れた場所が淡く光り出した。
「あそこか」
光へと歩き出す彼は、人影を目にして眉間に皺を寄せた。
恨みが大きくなりすぎたからなのか、纏っているオーラがどす黒い。
近寄りがたい空気を発している人影に、弥幸は一瞬足を止めた。
だが、息を飲み、気を引き締め再度歩き横に立つ。
前にいる人影は、膝を抱え顔を隠し、カタカタと震えていた。
無意識に体に力が入っており、固唾を飲む。
一つでも言葉を間違えないように気を付かければならない。
浄化に、ここまで緊張したことがなく、言葉を迷う。
汗が滲み出て、頬を伝う。
横に垂らしている拳を強く握り、息を大きく吸った。
「――――君は、紅美歌で間違いないよね」
弥幸の言葉に返答はない。それでも、彼は続ける。
「君は、なんでやりたいことがあるのに、親の言いなりになっているの?」
できるだけ弥幸は、優しく問いかけた。すると、紅美歌は顔を少しだけ上げる。
顔も黒く染っており、目があるであろうところからは赤い雫が流れ落ちていた。
「教えて欲しい。君がどうして、ここまで我慢してしまったのか」
極力優しく問いかけると、紅美歌は俯きながらぼそぼそと答えた。
『わだじは、ほんがずぎ。よむのも、がぐのもずぎ。でも、おがあざんはゆるじでぐれない。はなじもぎいでぐれない』
ここは、紅美歌の精神の世界。想いの空間なのだが、ここまで大きくなってしまうと、その空間にも妖傀が侵食してしまう。
そのため、話し方や声が妖傀そのものになる。だが、感情は紅美歌そのもの、悲しげに教えてくれた。
「一度は話したの?」
『はなそうどじだ。でも、おがあざんはあどをづいでほしいどいっでる。わだじ、ひどりむずめ。わだじがづがないとなぐなっちゃう』
「そっか。だから、君は、自分自身に恨みをぶつけていたんだね。何も言えない、やるしかない。そんな気持ちを閉じ込め、想いを外に出さなかった。でも、もう我慢しなくていいよ」
弥幸の言葉を理解できず、先程までと変わらず不安げに赤い涙を流している。
「君はもう頑張った。その頑張りを誰にも見せないのは悲しい。なら、せめて自分はこうなりたい。今まで頑張ったんだから、次は自分のやりたいことをやらせてと。そう言うくらいの権利はあると思うよ?」
『わだじはがんばっだ。でも、それを言っでもいみない。あどをづげるのはわだじだげ』
「本当にそうなのかな」
弥幸の言葉がわからず、紅美歌はこれ以上何も話さない。
「これは多分だけど、君の母親は知らないんだと思うよ。君の本当の想いを」
『おもい……?』
「うん。君は自ら自分の想いを伝えない。だから、母親は娘も自分と同じく家を継ぎたいと思っている。母親だからって何も言わなければ娘の想いなんて気付かない。そりゃそうだよね。母親だからって相手の想いや気持ちを感知するなんて不可能なんだ。同じ人間なんだし」
紅美歌の頭を優しく撫でてあげ、弥幸は口元に安心させるような優しい笑みを浮かべた。
「君の母親は、君の気持ちを一番に考える人だと我は思う。そうじゃないのなら、あの部屋に飾られていた写真はなんのためだったのかな」
弥幸の言葉に、紅美歌は驚いたように口を開く。
『しゃ、しん』
紅美歌の家の壁には色んな額縁があり、賞状も沢山飾られていた。だが、何より一番多かったのは紅美歌の写真だった。
小さい頃から今の紅美歌までの成長記録が壁に貼られている。
もし、娘のことを考えていない親なのだとしたら、あの写真はなんで飾っているのか。
弥幸はその場に立ち上がり、宣言した。
「君はもう、頑張らなくてもいい。一人で、頑張らなくていいんだ」
優しく伝え、少しだけ腰を折り手を差し伸べる。
その手を、紅美歌は取り立ち上がる。その際、黒かった肌はどんどん明るい肌色に戻り、表情も浮かび上がってきた。
「私、もういいの?」
「うん。君はもう一人で頑張らなくてもいい」
弥幸の言葉に紅美歌は幸せそうに涙を流しながら、笑みを浮かべ「ありがとう」と口にした。
「ソナタの恨み、ナナシが貰い受けた──」
碧輝は驚き、魅涼は冷静に思考を巡らせる。
「もしかして、あれが言っていた浄化なのでしょうか」
魅涼が呟き、弥幸を見上げ口元に笑みを浮かべる。そこに、碧輝が水の縄を利用し急いで戻り彼の隣に立った。
「兄貴」
「えぇ。我々は横の繋がりは広いと思っていましたが、まさかこんなに力を持っている家系を見落としていたなんて。――――いえ、見落としていた訳ではなく、元々──」
魅涼は、顎に手を当て考え込む。
碧輝は、弥幸と妖傀の動きを横目で確認しながら、思考がまとまるのを待つ。
「…………赤鬼家は、今回の件で調べていなかったら知ることは無かった」
呟く碧輝の言葉に、魅涼も同意するように頷いた。
「えぇ、私もです。今回、連絡着いたのがたまたま赤鬼家だったからこそ、知る事が出来た。これは、裏で色々隠されているかもしれませんね」
二人は、ここからは何もせず、弥幸と妖傀を見上げながら待つことにした。
※
弥幸は、何も無い暗闇を歩いていた。
周りを見て、今回妖傀を作り出してしまった女性を探す。すると、弥幸から少し離れた場所が淡く光り出した。
「あそこか」
光へと歩き出す彼は、人影を目にして眉間に皺を寄せた。
恨みが大きくなりすぎたからなのか、纏っているオーラがどす黒い。
近寄りがたい空気を発している人影に、弥幸は一瞬足を止めた。
だが、息を飲み、気を引き締め再度歩き横に立つ。
前にいる人影は、膝を抱え顔を隠し、カタカタと震えていた。
無意識に体に力が入っており、固唾を飲む。
一つでも言葉を間違えないように気を付かければならない。
浄化に、ここまで緊張したことがなく、言葉を迷う。
汗が滲み出て、頬を伝う。
横に垂らしている拳を強く握り、息を大きく吸った。
「――――君は、紅美歌で間違いないよね」
弥幸の言葉に返答はない。それでも、彼は続ける。
「君は、なんでやりたいことがあるのに、親の言いなりになっているの?」
できるだけ弥幸は、優しく問いかけた。すると、紅美歌は顔を少しだけ上げる。
顔も黒く染っており、目があるであろうところからは赤い雫が流れ落ちていた。
「教えて欲しい。君がどうして、ここまで我慢してしまったのか」
極力優しく問いかけると、紅美歌は俯きながらぼそぼそと答えた。
『わだじは、ほんがずぎ。よむのも、がぐのもずぎ。でも、おがあざんはゆるじでぐれない。はなじもぎいでぐれない』
ここは、紅美歌の精神の世界。想いの空間なのだが、ここまで大きくなってしまうと、その空間にも妖傀が侵食してしまう。
そのため、話し方や声が妖傀そのものになる。だが、感情は紅美歌そのもの、悲しげに教えてくれた。
「一度は話したの?」
『はなそうどじだ。でも、おがあざんはあどをづいでほしいどいっでる。わだじ、ひどりむずめ。わだじがづがないとなぐなっちゃう』
「そっか。だから、君は、自分自身に恨みをぶつけていたんだね。何も言えない、やるしかない。そんな気持ちを閉じ込め、想いを外に出さなかった。でも、もう我慢しなくていいよ」
弥幸の言葉を理解できず、先程までと変わらず不安げに赤い涙を流している。
「君はもう頑張った。その頑張りを誰にも見せないのは悲しい。なら、せめて自分はこうなりたい。今まで頑張ったんだから、次は自分のやりたいことをやらせてと。そう言うくらいの権利はあると思うよ?」
『わだじはがんばっだ。でも、それを言っでもいみない。あどをづげるのはわだじだげ』
「本当にそうなのかな」
弥幸の言葉がわからず、紅美歌はこれ以上何も話さない。
「これは多分だけど、君の母親は知らないんだと思うよ。君の本当の想いを」
『おもい……?』
「うん。君は自ら自分の想いを伝えない。だから、母親は娘も自分と同じく家を継ぎたいと思っている。母親だからって何も言わなければ娘の想いなんて気付かない。そりゃそうだよね。母親だからって相手の想いや気持ちを感知するなんて不可能なんだ。同じ人間なんだし」
紅美歌の頭を優しく撫でてあげ、弥幸は口元に安心させるような優しい笑みを浮かべた。
「君の母親は、君の気持ちを一番に考える人だと我は思う。そうじゃないのなら、あの部屋に飾られていた写真はなんのためだったのかな」
弥幸の言葉に、紅美歌は驚いたように口を開く。
『しゃ、しん』
紅美歌の家の壁には色んな額縁があり、賞状も沢山飾られていた。だが、何より一番多かったのは紅美歌の写真だった。
小さい頃から今の紅美歌までの成長記録が壁に貼られている。
もし、娘のことを考えていない親なのだとしたら、あの写真はなんで飾っているのか。
弥幸はその場に立ち上がり、宣言した。
「君はもう、頑張らなくてもいい。一人で、頑張らなくていいんだ」
優しく伝え、少しだけ腰を折り手を差し伸べる。
その手を、紅美歌は取り立ち上がる。その際、黒かった肌はどんどん明るい肌色に戻り、表情も浮かび上がってきた。
「私、もういいの?」
「うん。君はもう一人で頑張らなくてもいい」
弥幸の言葉に紅美歌は幸せそうに涙を流しながら、笑みを浮かべ「ありがとう」と口にした。
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