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第一部 勇者学院に潜入してやろう!
第七話 良いものを貰ってやろう!
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──無詠唱魔法は瞬く間に広まった。
廊下を歩いていると、ボースハイトが戦士達に向かって水魔法を放ってるのが見えた。
無詠唱故に戦士達は反応出来ず、頭から水を被る羽目になった。
ボースハイトはずぶ濡れになった戦士達を嘲り、愉快そうに走り去る。
早速活用──否、悪用しているようだ。
我が輩が教師に無詠唱魔法を教えてからたった三時間。
学園にいるほぼ全ての魔法使いが無詠唱で魔法を使えるようになっていた。
本来、魔法に詠唱は必要ないから、皆が無詠唱で魔法を使えるようになるのも、急速に伝播していくのも至極当然であった。
「ウィナくん、少しこちらへ」
昼食の時間、バレットに人気のない廊下に呼び出された。
「ウィナくんが教師に無詠唱魔法を教えたという事実は、なかったことにしましたからな」
無詠唱魔法は、学院長の意向で今年度から授業に取り入れた……ことにした。
我が輩が無詠唱を広めたとなると、周囲の見る目が変わり、今後の我が輩の学院生活に支障が出る。
バレットはそれを危惧して早急に対処した、とのことだった。
「大義であった」
「あまり目立つことは控えて欲しいですな……いえ、貴方様に言っても仕方ないことでしたな。貴方様の強さは目を引きつけるものがありますからな」
「そう思って、生徒との戦闘は控えている」
「賢明ですな」
バレットは頷いた。
本当は今すぐにでも戦闘したいと思っている。
しかし我が輩には、我が輩に匹敵する強い勇者を育成し、心ゆくまで戦闘するという悲願がある。
今は辛抱強く待つ時間だ。
「では、失礼しますな」
バレットがその場を去る。
それと入れ違いにグロルが現れた。
バレットとの会話は魔法を使って盗み聞き出来ぬようにしていたから、聞かれていないだろう。
「ウィナ様……捜しておりました」
グロルは少し息が上がっていた。
我が輩を捜すために走り回ったのだろうか。
教室では我が輩を避けていたが、一体どういう心変わりだ?
グロルは周囲に人がいないのを念入りに確認すると、背中を丸めてニヤッと笑ってみせた。
「おい、ウィナ。聞いたぜ? 魔法の授業で無詠唱魔法習ったんだって?」
習ったというか、我が輩が教えたというか。
言いあぐねているとグロルががしっと肩を組んできた。
そして、耳元に口を寄せてこそこそと喋る。
「俺にも教えてくれよ! こっそり使うからさあ。その代わりに、良いもんやるぜ?」
「教えるのは構わないが……」
良いものとは?
□
グロルと共に、校舎の裏までやって来た。
人気はなく、花壇だけが静かに並んでいる。
数ある花壇の中から、日当たりの悪い花壇を選んで傍に座り込む。
我が輩は元気のない草花に対して《回復》を使うようグロルに指示した。
グロルの背中に手を添え、ボースハイトのときと同じように、グロルの魔力を介助してやった。
「はーッ!」
魔法発動のタイミングでグロルは妙な声を上げた。
まあ、長ったらしい詠唱よりマシだ。
草花はみるみる内に元気を取り戻し、綺麗な花を咲かせた。
「おおー! すげー! マジで無詠唱で出来た!」
グロルはぴょんぴょんと飛んで喜ぶ。
「魔力の流れは覚えたろう。あとは自分で反復練習しろ」
「了解! ありがとな! ウィナ先生!」
グロルは別の枯れた草花に近づいて、魔法の練習を始めた。
我が輩は近くにあった花壇のブロックに腰掛け、その様子を眺めた。
「いやあ、魔族も無詠唱だから俺達も出来るんじゃね? とは思ってたけど、マジで出来るとはな!」
「思ってたのにやってはみなかったのか」
「使えるようになったとして人前で使ってみ? それだけで魔族扱いだぜ? 無詠唱が使えるのは魔族だけっつうのが、フラットリー様の教えだから、授業じゃあ一生習えねーだろうし」
フラットリー……。
魔法使いを魔族だという嘘を広めただけではなく、魔法の知識にまで嘘を紛れ込ませたとは。
声だけ大きい愚者はどの時代にもいるものだ。
「学校で習うってなったら魔法使い達、無詠唱バンバン使うようになるぜ。俺はこっそり使うけど」
「ぎゃはは!」とグロルは唾を飛ばしながら豪快に笑った。
我が輩は出来るなら人間全員に無詠唱で魔法を使わせたい。
詠唱は戦闘時に大きな隙となる。
我が輩と渡り合うためには、その悪癖を矯正しなければならない。
「そういや、お前、勇者タイレの子孫と仲良いの? 教室で話してたよな?」
「勇者タイレの子孫……? ああ、コレールのことか。コレールとは仲が良いぞ。身体と身体をぶつけ合った仲だ」
「身体と……? いや、深く詮索しないでおくわ」
「詮索しても文字通りなんだが。……ああ、そうだ。グロルはタイレの話をどう聞いている?」
戦士達はタイレを伝説の勇者と言っていたが、魔法使いのボースハイトは臆病な勇者と言っていた。
どちらがより周知されているのか、僧侶のグロルにも聞いてみたかったのだ。
「魔王と対峙して生きて帰ってきた伝説の勇者」
そんなタマじゃなかったぞ、あいつ。
「ってのは建前で、仲間を見捨てて逃げた臆病者って巷では馬鹿にされてるな」
意外と正しい認識で伝わってるではないか。
「同職の奴らだけだぜ。タイレが伝説の勇者だって言い張ってんの」
我が輩は戦士科の入学試験のときのことを思い出す。
戦士志望者達は、コレールが勇者タイレの子孫だとわかると盛り上がっていた。
「ま、認めたくねーんだろうな。ご先祖様が臆病者だってさ。コレールはそのご先祖様の威厳のために嫌々戦わされるんだろ? 全く、可哀想な話だぜ」
勇者になりたくない……か。
あの男は確かに臆病だ。
しどろもどろになりながら話して、いつもキョロキョロと視線を動かして周囲の目を気にしている。
それはタイレ──臆病者の子孫だからだと笑いものにされてきたからなのかもしれない。
「あ、魔法の授業といえば、あいつに会った?」
「あいつ?」
「ボースハイトだよ。悪名高い魔法使い」
ボースハイトか。
あれが悪名高いと言われる程、悪い人間とは思えぬ。
どうせ悪事はピクシーの悪戯レベルで可愛いものなんだろう……。
「盗み、食い逃げ、恐喝の常習犯」
意外と悪いことやってるな。
我が輩には劣るが。
「あいつのおかげで魔法使いのイメージ最悪なんだよなー。ただでさえ悪いってのに。泣く泣く僧侶名乗るしかねー。困ったもんだぜ。何度か捕まえようと試みたらしいけど、強いらしくて毎回逃げられてるんだってよ」
「そんなに強くはないぞ」
「実力はあるって聞いたけど違ぇの?」
「確かに、魔法攻撃の命中率は良い。動かない的に対しては、だが。それ以外は全く駄目だな」
正しい知識を身につけて実践を重ねなければ、我が輩とは到底渡り合えない。
「ま、討伐依頼出されるくらいだし、本当に厄介者なんだろうぜ。用心に越したことはねーわな」
グロルは腰をゆっくりと上げた。
「そろそろ予鈴が鳴るな。狂信者共んとこ戻らねーと。じゃ、無詠唱教えてくれてあんがとな! ウィナ!」
グロルは歯を見せながら笑い、教室に戻ろうと踵を返した。
「ちょっと待て」
我が輩は引き留めるためにグロルの腕を掴んだ。
振り返ったグロルに手を差し出す。
「ん? なんだ、この手。握手?」
「違う。無詠唱を教えたら良いものくれるという約束だ」
「んー? そんな約束したっけか?」
グロルはわかりやすくしらを切る。
空にぶん投げてやろうか。
「ぎゃははは! そんな顔すんなって! 冗談だっつの! ちゃんとやるって」
グロルは法衣の中に手を突っ込み、ゴソゴソとまさぐった。
そして、大きい黄色の実を取り出した。
「……これは?」
「聞いて驚け? フラットリー様が好んで食べたとされる伝説の果実──その名も【神聖な果実】だ。教会からこっそりくすねてきた。誰にも言うなよ?」
これが良いものとは拍子抜けだな。
これは神聖でも何でもない普通の果実だ。
食べたら体力が回復したり魔力が回復したりもしない。
ただ腹を満たすための食べ物だ。
「いらん……」
ただただ、いらん。
嵩張るだけ。
「信者共に売りつけたら金になるぜ、きっと。なんてったって、【神聖な果実】だからな!」
「盗んだことバレるぞ」
廊下を歩いていると、ボースハイトが戦士達に向かって水魔法を放ってるのが見えた。
無詠唱故に戦士達は反応出来ず、頭から水を被る羽目になった。
ボースハイトはずぶ濡れになった戦士達を嘲り、愉快そうに走り去る。
早速活用──否、悪用しているようだ。
我が輩が教師に無詠唱魔法を教えてからたった三時間。
学園にいるほぼ全ての魔法使いが無詠唱で魔法を使えるようになっていた。
本来、魔法に詠唱は必要ないから、皆が無詠唱で魔法を使えるようになるのも、急速に伝播していくのも至極当然であった。
「ウィナくん、少しこちらへ」
昼食の時間、バレットに人気のない廊下に呼び出された。
「ウィナくんが教師に無詠唱魔法を教えたという事実は、なかったことにしましたからな」
無詠唱魔法は、学院長の意向で今年度から授業に取り入れた……ことにした。
我が輩が無詠唱を広めたとなると、周囲の見る目が変わり、今後の我が輩の学院生活に支障が出る。
バレットはそれを危惧して早急に対処した、とのことだった。
「大義であった」
「あまり目立つことは控えて欲しいですな……いえ、貴方様に言っても仕方ないことでしたな。貴方様の強さは目を引きつけるものがありますからな」
「そう思って、生徒との戦闘は控えている」
「賢明ですな」
バレットは頷いた。
本当は今すぐにでも戦闘したいと思っている。
しかし我が輩には、我が輩に匹敵する強い勇者を育成し、心ゆくまで戦闘するという悲願がある。
今は辛抱強く待つ時間だ。
「では、失礼しますな」
バレットがその場を去る。
それと入れ違いにグロルが現れた。
バレットとの会話は魔法を使って盗み聞き出来ぬようにしていたから、聞かれていないだろう。
「ウィナ様……捜しておりました」
グロルは少し息が上がっていた。
我が輩を捜すために走り回ったのだろうか。
教室では我が輩を避けていたが、一体どういう心変わりだ?
グロルは周囲に人がいないのを念入りに確認すると、背中を丸めてニヤッと笑ってみせた。
「おい、ウィナ。聞いたぜ? 魔法の授業で無詠唱魔法習ったんだって?」
習ったというか、我が輩が教えたというか。
言いあぐねているとグロルががしっと肩を組んできた。
そして、耳元に口を寄せてこそこそと喋る。
「俺にも教えてくれよ! こっそり使うからさあ。その代わりに、良いもんやるぜ?」
「教えるのは構わないが……」
良いものとは?
□
グロルと共に、校舎の裏までやって来た。
人気はなく、花壇だけが静かに並んでいる。
数ある花壇の中から、日当たりの悪い花壇を選んで傍に座り込む。
我が輩は元気のない草花に対して《回復》を使うようグロルに指示した。
グロルの背中に手を添え、ボースハイトのときと同じように、グロルの魔力を介助してやった。
「はーッ!」
魔法発動のタイミングでグロルは妙な声を上げた。
まあ、長ったらしい詠唱よりマシだ。
草花はみるみる内に元気を取り戻し、綺麗な花を咲かせた。
「おおー! すげー! マジで無詠唱で出来た!」
グロルはぴょんぴょんと飛んで喜ぶ。
「魔力の流れは覚えたろう。あとは自分で反復練習しろ」
「了解! ありがとな! ウィナ先生!」
グロルは別の枯れた草花に近づいて、魔法の練習を始めた。
我が輩は近くにあった花壇のブロックに腰掛け、その様子を眺めた。
「いやあ、魔族も無詠唱だから俺達も出来るんじゃね? とは思ってたけど、マジで出来るとはな!」
「思ってたのにやってはみなかったのか」
「使えるようになったとして人前で使ってみ? それだけで魔族扱いだぜ? 無詠唱が使えるのは魔族だけっつうのが、フラットリー様の教えだから、授業じゃあ一生習えねーだろうし」
フラットリー……。
魔法使いを魔族だという嘘を広めただけではなく、魔法の知識にまで嘘を紛れ込ませたとは。
声だけ大きい愚者はどの時代にもいるものだ。
「学校で習うってなったら魔法使い達、無詠唱バンバン使うようになるぜ。俺はこっそり使うけど」
「ぎゃはは!」とグロルは唾を飛ばしながら豪快に笑った。
我が輩は出来るなら人間全員に無詠唱で魔法を使わせたい。
詠唱は戦闘時に大きな隙となる。
我が輩と渡り合うためには、その悪癖を矯正しなければならない。
「そういや、お前、勇者タイレの子孫と仲良いの? 教室で話してたよな?」
「勇者タイレの子孫……? ああ、コレールのことか。コレールとは仲が良いぞ。身体と身体をぶつけ合った仲だ」
「身体と……? いや、深く詮索しないでおくわ」
「詮索しても文字通りなんだが。……ああ、そうだ。グロルはタイレの話をどう聞いている?」
戦士達はタイレを伝説の勇者と言っていたが、魔法使いのボースハイトは臆病な勇者と言っていた。
どちらがより周知されているのか、僧侶のグロルにも聞いてみたかったのだ。
「魔王と対峙して生きて帰ってきた伝説の勇者」
そんなタマじゃなかったぞ、あいつ。
「ってのは建前で、仲間を見捨てて逃げた臆病者って巷では馬鹿にされてるな」
意外と正しい認識で伝わってるではないか。
「同職の奴らだけだぜ。タイレが伝説の勇者だって言い張ってんの」
我が輩は戦士科の入学試験のときのことを思い出す。
戦士志望者達は、コレールが勇者タイレの子孫だとわかると盛り上がっていた。
「ま、認めたくねーんだろうな。ご先祖様が臆病者だってさ。コレールはそのご先祖様の威厳のために嫌々戦わされるんだろ? 全く、可哀想な話だぜ」
勇者になりたくない……か。
あの男は確かに臆病だ。
しどろもどろになりながら話して、いつもキョロキョロと視線を動かして周囲の目を気にしている。
それはタイレ──臆病者の子孫だからだと笑いものにされてきたからなのかもしれない。
「あ、魔法の授業といえば、あいつに会った?」
「あいつ?」
「ボースハイトだよ。悪名高い魔法使い」
ボースハイトか。
あれが悪名高いと言われる程、悪い人間とは思えぬ。
どうせ悪事はピクシーの悪戯レベルで可愛いものなんだろう……。
「盗み、食い逃げ、恐喝の常習犯」
意外と悪いことやってるな。
我が輩には劣るが。
「あいつのおかげで魔法使いのイメージ最悪なんだよなー。ただでさえ悪いってのに。泣く泣く僧侶名乗るしかねー。困ったもんだぜ。何度か捕まえようと試みたらしいけど、強いらしくて毎回逃げられてるんだってよ」
「そんなに強くはないぞ」
「実力はあるって聞いたけど違ぇの?」
「確かに、魔法攻撃の命中率は良い。動かない的に対しては、だが。それ以外は全く駄目だな」
正しい知識を身につけて実践を重ねなければ、我が輩とは到底渡り合えない。
「ま、討伐依頼出されるくらいだし、本当に厄介者なんだろうぜ。用心に越したことはねーわな」
グロルは腰をゆっくりと上げた。
「そろそろ予鈴が鳴るな。狂信者共んとこ戻らねーと。じゃ、無詠唱教えてくれてあんがとな! ウィナ!」
グロルは歯を見せながら笑い、教室に戻ろうと踵を返した。
「ちょっと待て」
我が輩は引き留めるためにグロルの腕を掴んだ。
振り返ったグロルに手を差し出す。
「ん? なんだ、この手。握手?」
「違う。無詠唱を教えたら良いものくれるという約束だ」
「んー? そんな約束したっけか?」
グロルはわかりやすくしらを切る。
空にぶん投げてやろうか。
「ぎゃははは! そんな顔すんなって! 冗談だっつの! ちゃんとやるって」
グロルは法衣の中に手を突っ込み、ゴソゴソとまさぐった。
そして、大きい黄色の実を取り出した。
「……これは?」
「聞いて驚け? フラットリー様が好んで食べたとされる伝説の果実──その名も【神聖な果実】だ。教会からこっそりくすねてきた。誰にも言うなよ?」
これが良いものとは拍子抜けだな。
これは神聖でも何でもない普通の果実だ。
食べたら体力が回復したり魔力が回復したりもしない。
ただ腹を満たすための食べ物だ。
「いらん……」
ただただ、いらん。
嵩張るだけ。
「信者共に売りつけたら金になるぜ、きっと。なんてったって、【神聖な果実】だからな!」
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