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崖。
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どっかの国のどっかの集落では、成人になる時に崖から海へ飛び込むらしい。テレビでそんなシーンを見たことがある。要するに、勇気を試しているのだろう。一端の大人には勇気が備わっている、という前提の儀式だ。
崖の前に立たされた俺は、そんなことを思い出していた。もちろん、崖ってのは比喩だ。要するに『一端だと認められる勇気試し』の場にいる。
「簡単な話だろ。あの家に行って、『役所の者ですが、振り込め詐欺にご注意ください』って言う。そんで、名刺を渡すだけだ」運転席に座る橋本が、俺に言う。
着なれないスーツの堅苦しさが、どうにも窮屈だった。
「『だけ』ってことないだろ。俺は役所の人間じゃないし」俺が反論すると、橋本は明らかに気だるそうな声を出す。
「俺らみたいな末端は、言われたことをすればいいんだよ。これに成功したら、先輩の会社で雇ってくれるって言われてるんだから」気取って『会社』なんて言っているけど、『組織』であることは、俺も橋本も知っていた。何なら、俺が名刺を渡した後に、別の人間が『振り込め詐欺』の電話をかけることも知っている。
わかりやすい振り込め詐欺の電話に驚いた『被害者』は、俺の渡した名詞の電話番号にかけてくる。そうして無理矢理築いた信頼関係を利用し、キャッシュカードを預かるのだ。
「別に雇って欲しいわけじゃない」
「馬鹿。そうだとしても、先輩に逆らったら何されるか分かんないだろ」
結局、自分たちが『被害者』になりたくないから、『被害者』を作っている。崖は崖でも、崖っぷちって言ったほうがいい。仕方なく俺は、嫌々ながらも車から降りた。とにかく儀式を終わらせないと。崖から飛び降りたって、死ぬわけじゃない。
崖から飛ぶよりも、崖っぷちに立たされている時の方が怖いのか。どっかの集落にいるだろう若者に、語りかけてみた。一方的な根拠のない共感だ。俺はそのまま指定された家に向かい、インターホンを鳴らす。
「すみません、役所の者ですが。少しお話ししたいことがありまして、よろしいでしょうか?」
ドアを開ける直前になって、急に思い出したことがあった。崖から飛び降りる儀式は命懸け。そのまま海に飲まれる者も、少なからずいる、と。
家の玄関では、スーツ姿の男が家主の老婆と話をしている最中だった。スーツの男は名札を首からかけている。『市民課 木下』の文字を見た瞬間、聞こえないはずの水音が、耳の中で鳴り始めた。
崖の前に立たされた俺は、そんなことを思い出していた。もちろん、崖ってのは比喩だ。要するに『一端だと認められる勇気試し』の場にいる。
「簡単な話だろ。あの家に行って、『役所の者ですが、振り込め詐欺にご注意ください』って言う。そんで、名刺を渡すだけだ」運転席に座る橋本が、俺に言う。
着なれないスーツの堅苦しさが、どうにも窮屈だった。
「『だけ』ってことないだろ。俺は役所の人間じゃないし」俺が反論すると、橋本は明らかに気だるそうな声を出す。
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わかりやすい振り込め詐欺の電話に驚いた『被害者』は、俺の渡した名詞の電話番号にかけてくる。そうして無理矢理築いた信頼関係を利用し、キャッシュカードを預かるのだ。
「別に雇って欲しいわけじゃない」
「馬鹿。そうだとしても、先輩に逆らったら何されるか分かんないだろ」
結局、自分たちが『被害者』になりたくないから、『被害者』を作っている。崖は崖でも、崖っぷちって言ったほうがいい。仕方なく俺は、嫌々ながらも車から降りた。とにかく儀式を終わらせないと。崖から飛び降りたって、死ぬわけじゃない。
崖から飛ぶよりも、崖っぷちに立たされている時の方が怖いのか。どっかの集落にいるだろう若者に、語りかけてみた。一方的な根拠のない共感だ。俺はそのまま指定された家に向かい、インターホンを鳴らす。
「すみません、役所の者ですが。少しお話ししたいことがありまして、よろしいでしょうか?」
ドアを開ける直前になって、急に思い出したことがあった。崖から飛び降りる儀式は命懸け。そのまま海に飲まれる者も、少なからずいる、と。
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