相棒の後始末

澤檸檬

文字の大きさ
3 / 6

しおりを挟む
 しかし、途中でその鼻歌も足も止まってしまった。

「……おい、ありゃ何だ?」

 そう言いながら中垣が指し示したのは少し離れた場所、柱の後ろにある薄く光っている何か。
 先ほど中垣が言っていたようにここは街から離れた廃ビルの三階である。
 電気が通っているわけもなく、発光する何かが存在するはずもない。
 これまで柱によってその何かに気付けずにいた堀江と佐藤は血液が凍りつくような緊張感を覚える。

「いや、その、気づいてなくて」

 何とか弁明しようとする佐藤だったが、それを聞かず中垣は光に近づいた。
 そのまま中垣は光を手に取り、鬼のような形相を浮かべる。

「やらかしやがったな、テメェら」

 怒鳴るわけでもなく普通の声量のまま語気だけを強め、堀江と佐藤に言葉をぶつけた。
 何を怒られているのかわからず立ち尽くす二人。
 中垣は二人の元へ歩きながら持っていた光を見せつける。
 そこには『通話中』という文字が映し出され、一時間を超える通話時間が表示されていた。
 瞬時に何が起きているのかを察した二人の顔からは血の気が引いていく。

「あ、え……まさか、こいつ」

 佐藤はそう言いながら亡骸を仕舞い込んだ布袋を睨み付けた。
 どうやら亡骸は亡骸になる直前、仲間に電話をかけ自分が亡骸になる一部始終を伝えていたらしい。
 もちろん中垣もそれに気づき、鬼の形相を浮かべたのである。

「おい、相手の通信機器をぶっ潰すのは基本だろうが」

 そう言いながら中垣はその光を地面に叩きつけて破壊した。
 
「これだからガキに『始末』させんのは反対だったんだよ。ツメが甘すぎる。わかってんのかテメェら」

 中垣は言葉を続けたが堀江と佐藤は何も答えられない。
 自分たちが犯した大きすぎるミスに思考を引っ張られていた。
 たった今まで通話中だったということは組織についても明日の取引についても誰かに知られてしまったということになる。
 組織にとっての損害は大きく、それがそのまま自分たちの責任の大きさであるとわかっているのだ。

「おい、何黙ってやがるガキども。どう『始末』つけるつもりなんだよ、おい」

 黙っている二人に中垣が問いかける。しかし二人には返す言葉など存在しなかった。
 その沈黙に我慢できなくなった中垣は大きな舌打ちをしてから煙草に火をつける。

「ふー、起きてしまったことは仕方ねぇ。おい、佐藤……『始末』の仕方は教えてあるよな。俺はこのことを報告しなきゃならねぇ、お前はやるべきことをやれ、いいな?」

 中垣は佐藤にだけ指示を出して廃ビルを出て行った。
 その背中を見送る佐藤は汗をかき、俯きながら苦しそうな表情を浮かべる。
 そんな佐藤に堀江が慌てて声をかけた。

「お、おい、佐藤。どうしたんだよ、ってかどうすんだよ。どうすりゃいいんだよ。そもそも『始末』って何だ。俺は何も聞いてねぇぞ」
「……」
「何黙ってんだよ、佐藤。ヤベェってこれ」
「……」

 それでも何も言わない佐藤。焦燥感に耐えきれなくなった堀江は佐藤の両肩を掴み再び話しかける。

「なぁ、何とか言ってくれよ相棒! かなりヤベェだろ、これ。ともかくコイツが誰と通話してたかを調べて『始末』するっきゃねぇだろ」

 先に進むための意見を口にする堀江だったが佐藤は何も話さない。
 いや、何も話せなかった。
 彼には明確にするべきことがあり、それをこなすには堀江との会話は邪魔になってしまう。
 黙ったまま佐藤は自分のポケットに手を入れた。
 何をするのだろうと焦りながらも佐藤の仕草を観察する堀江。
 
「おい、相棒。何して」

 問いかけている途中で堀江は言葉を止めた。
 佐藤が何をしようとしているのか理解してしまったからである。
 ポケットから出てきた佐藤の手に握られていたのは小さな拳銃だった。

「佐藤、お前」
 
 堀江は自分の心臓が止まってしまったかの様に感じるほど驚いてしまう。
 その銃口が自分に向けられたからだ。
 理解が追いつかず名前を呼んでしまう。

「佐藤」

 しかし佐藤は何も答えず引き金に指をかけた。
 着々と行動は進んでいる。

「おい、何の冗談なんだよ。なぁ、佐藤。こんなことしてる場合じゃないだろ?」

 再び堀江が問いかけるとようやく佐藤は口を開いた。

「いや、こんなことをしてる場合なんだよ、相棒」
「相棒? じゃあ、どうして俺に銃口を向けてんだ。俺が言ったように誰と通話してたかを調べて」
「もうそんな段階じゃないんだよ。通話してたってことはこの場所だってバレてる。警察が来るのも時間の問題だろ。明日の取引どころか組織の内情だって」
「組織なんてどうだっていいだろ」

 必死に言い返す堀江。しかし佐藤の心には響いている様子はなく淡々と話を進める。

「ああ、組織なんてどうだっていいよ」
「じゃあ、どうして俺に銃口を向ける?」

 問いかけられた佐藤は少しだけ苦しそうな表情で答えた。

「……生き残るためさ」
「それが俺を撃つ理由かよ?」
「お前と離れる理由さ。じゃあな、相棒」

 言いながら佐藤は引き金を引く。
 物が少ない廃ビルでは音が響きやすい。
 発砲音が四方の壁に跳ね返り、音の圧力が堀江にぶつかる。
 しかし堀江はそんな音など気にしていなかった。いや、音を気にする余裕などなかった。
 
「うぐ、ああああ!」

 堀江の悲痛な叫びが発砲音の余韻を消し去る。
 まず最初に堀江を襲ったのは後方へ弾かれるような衝撃。その時点では何が起きたのかすら理解できなかった。
 どう考えても撃たれたに決まっている。だが、そんな目の前のことすら忘れてしまうほどの熱さが堀江を襲ったのだった。その熱さが痛みだと気づくのは次の瞬間である。
 ともかく堀江は佐藤に撃たれ、その場に倒れてしまった。

「ぐっ、うう、ああああ」

 相棒に撃たれた心の痛みと鉛玉が貫通した実際の痛みが堀江の脳内を駆け巡る。
 痛みでのたうち回る堀江を見下ろし佐藤は苦痛の表情を浮かべた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

三十年後に届いた白い手紙

RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。 彼は最後まで、何も語らなかった。 その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。 戴冠舞踏会の夜。 公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。 それは復讐でも、告発でもない。 三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、 「渡されなかった約束」のための手紙だった。 沈黙のまま命を捨てた男と、 三十年、ただ待ち続けた女。 そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。 これは、 遅れて届いた手紙が、 人生と運命を静かに書き換えていく物語。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

母の下着 タンスと洗濯籠の秘密

MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。 颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。 物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。 しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。 センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。 これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。 どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。

ワシの子を産んでくれんか

KOU/Vami
ライト文芸
妻に先立たれ、息子まで亡くした老人は、息子の妻である若い未亡人と二人きりで古い家に残された。 「まだ若い、アンタは出て行って生き直せ」――そう言い続けるのは、彼女の未来を守りたい善意であり、同時に、自分の寂しさが露見するのを恐れる防波堤でもあった。 しかし彼女は去らない。義父を一人にできないという情と、家に残る最後の温もりを手放せない心が、彼女の足を止めていた。 昼はいつも通り、義父と嫁として食卓を囲む。けれど夜になると、喪失の闇と孤独が、二人の境界を静かに溶かしていく。 ある夜を境に、彼女は“何事もない”顔で日々を回し始め、老人だけが遺影を直視できなくなる。 救いのような笑顔と、罪のような温もり。 二人はやがて、外の世界から少しずつ音を失い、互いだけを必要とする狭い家の中へ沈んでいく――。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

処理中です...